目が覚めたのは朝方だったように思う。
いつか見たような場所。
少し前に見た白い室内から、ここが永遠亭という事に気付いた。
身体中が包帯で覆われており、足や腕は天井にかけられた布により宙吊りでぶら下がっていた。
ふと、側で寝ている少女に目をやる。
少女の安らかな寝息に見て心の底から安堵し、もう少し寝るか、又は少女が起きるまで見続けるか悩み。
少女の頭に手を当て、優しく撫ぜた。
「反省してください」
「お前の頭を撫でた事をか?」
「違います!!…というか、私が寝てる間に何やってるんですか!?セクハラですよ!?」
「そうか……」
「いや、そんなに落ち込まないでくださいよ。なんて言うか……その……タイミングが悪かっただけで、いつもならそんなに気にしないと言うか、むしろ嬉しいというか……モニョモニョ……」
「……文?」
「はっ!?いや、別にそういうわけではなく!!仕方なくですよ、仕方なく!今度またやってくださいね。分かりました!?」
「は、はい……?」
訳も分からずに空返事をすると、妙にニコニコした文が謎のガッツポーズをした。
とりあえず、後で頭を撫でればいいらしい。
「話を戻しますよ。……あの最後の捨て身、なんでやったんですか?」
「……あれか」
言わずもがな、ラフレシア戦の最終局面の事だろう。膨大な力を蓄えていたラフレシアには単純な力業では歯が立たず、力の差関係なしに対応できた俺が唯一の突破口であったあの戦い。
あの時、服の中に隠し持っていた『爆』の付いた木片を放り投げ、自分諸共爆炎に包み込んだ策。
何故、爆発を受けて尚、俺は生きているか。
当然、『爆』の字の威力は高く、ラフレシア本体が消し炭と化す程であった。
なら、どうしてか。簡単な事だ。自分自身に爆発を受けても死なない様に文字を書き込めばいい。
タイミングとしては、文に運ばれている時。
重傷だった俺が抱えられている時に、何度も意識が吹っ飛びかけていた。身体が既に限界を迎えていた。
それ故に使った文字は、『耐』。
右脚に書いておいた『耐』と、グレネードと同じ要領で使おうと考えていた木片を使って、自爆行為の策が浮かんだのは奇しくも文がラフレシアに捕まった時に他ならない。
結果的に、痛みから『耐』える為に書いた文字は、爆発にすら『耐』えたという話。
これによって、爆発による怪我は全身の火傷ではあるものの、全てが軽度なものに終わっていた。
もちろん、文が聞いているのはそういう事では無い。
何故、自分の体を大事にしなかったか。という事だろう。
「これはエゴだろうが、聞いてもらいたい話だ。俺には姉と妹がいた」
「……知ってます」
「……そうか、この事も話してたのか。俺の記憶には残ってないが、聞いてくれていて安心した」
「安心?何故ですか?」
「俺がこの話をする時、当然の事ながら俺の罪でもあり弱みでもあるこの話をおいそれと口外は出来ない。文が知ってるって事は、俺が今記憶にない時の頃も文をいい人だと思ってた事が分かったってことだ」
「……そ、そうですね」
「話が逸れたな。あの時、俺は妹を守れなかった。自分の手から初めて取り零した命だ。大切なものを目の前で失くした。それが俺が今回戦った理由でもある」
「理由、ですか」
「あの化け物から逃げていたら……文に会えなくなる様な気がしたんだ。その時には、文がこの世界にいる事はなんとなくは分かってた。だから、守りたかった。いつだってそうさ。文が危険にさらされるぐらいなら、俺が盾になる」
「……」
「結局のところ、一つの賭けになっていた事は事実だ。言い訳こそあるが、自ら危険を冒した俺に非はある。心配させて悪かった」
「……もうちょっとだけで、いいですから」
「うん」
「大事に。自分を大事にして下さい」
「うん。分かった。すまなかった」
数日間、療養のために永遠亭で寝泊まりを繰り返した。
これでも最短で復帰出来るように永琳先生が治療してくれたらしい。嬉しい限りだろう。
文はその間、付きっ切りで看護をしてくれた。時折、鈴仙が「あら〜」と言いながら覗いている事に気付くと、頰を赤らめながら怒っていた。
照れ隠しなのだろうが、お前は新聞屋なんだろう?……腹いせに有る事無い事書くのはやめてやれよ。そのメモ、大雑把な内容は見なくても何となく分かってしまったからな。
それと些細な事ではあるが、俺の服は所持品は全て爆発の影響で消失してしまったらしい。残っていたのは身体に融合している羽根ペンと思い出のペンダントのみである。それでもペンダントの方は写真が付いている部分は無事だがチェーンが切れてしまい、ネックレスとしてかけられなくなっている。(爆発後、落ちていたペンダントの写真を見て、文に届けてくれたらしい)
という事で治った直後の全裸になった俺を見かねて、文が俺の服を新調してくれた。
その時に、俺の身体を採寸したのも彼女なのだが、かなり時間がかかった覚えがある。服というのはそんなに難しいものなのだろうか。文が鼻血を出す程に困難なものだろうか?
その様子を見ていたてゐが「どこかのメイドと同様、愛情も鼻から出るのかねぇ」と言っていたはずだが、イマイチ何のことか要領は得られなかった。
とにかく、以前の全身真っ黒な服装からワイシャツに黒いネクタイ、黒の長ズボンに黒のジャケットが普段着となった。
確か、ペアルック……とか言うものだろうか。シャツとネクタイは明らかに文のそれである。シャツは男用に形状が全体的にスマートな印象だが、ネクタイの蝶々結びは流石にキツいので普通に結んだ。
後で赤いネクタイピンでも付けてみよう、とか思いながらペンダントを胸ポケットにしまい込んだりした。
そして、一番厄介だったのは靴だった。天狗の靴と言えば、アレである。
靴底の一本歯が大きいのだ。あれだけは何度履いても無理だった。結局は革靴になったのだが、文がとてつもなく凹んでいたのは覚えている。
そんなこんなで入院中は大騒ぎがあり。
やっとの思いで退院したその日、文が案内したいところがあると言い出した。
俺は即答で頷いた。
「眺めはどうですか?」
「良いが、命綱が文しかいないというのは怖いな。それに重いだろう。無理に飛ばなくても良いんじゃないのか?」
「良いんです!行きたいところは結構高い場所ですので!!」
翼が片方しかない俺に跳ぶ能力はあれど、飛ぶ能力は心もとない。精々、出来てムササビの様に滑空できる程度である。
なので、文と手を繋いでもらって空を飛んでいる状況というわけだ。
「あそこに一本、高い木があるの見えますか?」
「あれか」
「はい。そこの上で少し、お話しませんか?」
「構わない」
ゆっくりと太めの木の幹に足をつけ、腰を下ろす。その隣に文が座った。
「覚えてますか?出会った時の事」
「……前も言ったが、霊魔が働きかけたのか分からないが、記憶が曖昧にされていてな。教えてくれるか?あの時の事を」
「最初会ったのは川の中ですね。冬なのに事故で川に落ちてしまって。それで字さんが助けに来てくれたんです」
「そう……だな。少しずつ思い出して来た。偶々、外に出ていたら水の音が聞こえたんだ」
「それで私を介抱してくれて。落としたものも見つけてくれたんですよ」
「そう……だったか。そこまでした事は思い出せないな」
「ダメですよ。川にわざわざ入ってまで探してくれたんですから。この時から自分を大事にしてないじゃないですか!」
「……思い出した。こんな感じで叱られた気がする」
「字さんの周りにいた、いろんな人に会いました」
「梢や橋立さんにも会ってたんだよな、文は。良い人たちだっただろう?」
「そうですね。字さんの周りには、心優しい人たちばかりでした」
「……俺はあの人たちと別れてここに来た。でも、決して忘れられない恩人だ」
「……そうですね」
「お爺さんに、『字』さんの名前がバレちゃったりして……」
「文と字……だな。上手く考えたものだ。この響きは気に入っている」
「あの時は適当って言った気がしますけど、結構本気で考えたんですからね!感謝してくださいよ?」
「感謝しているよ。俺だけの名前だからな」
「……そして、最後に二人で気持ちを伝えあいました」
「字さん」
「なんだ」
「夕陽が綺麗ですね」
「そうだな」
「文」
「はい」
「俺は、たぶん。あの時から気持ちは変わっていないと思う」
「はい」
「それでも、もう一度だけ。ここで君に伝えるから」
「はい……!」
「好きだ。俺と一緒にいてくれないか」
「はい。喜んで!」
二人の姿が、夕陽に溶けていった。
この様子を千里眼で見ていた白狼天狗、犬走椛は頰を赤らめ。
この様子を念写した姫海棠はたてが熱愛報道を記事にして。後日、文に追いかけられる事になる。
この日からしばらくして、文の薬指には指輪が光るようになったが、何を意味するか文本人は決して言う事はなかった。
そして、字は。
「ふむ、迷うが……なら、これはどうだろうか?」
「ダメですね。もう少し綺麗なアングルならこっちの方が見映えが良くなりますよ」
「なるほどな」
「……字さん、ちょっと良いですか?」
「……?構わんが?」
「なんで、取材に使う写真よりも私の写真のデータの方が多いんですかねぇ!!恥ずかしいからそんなに撮らないで下さい!!」
「可愛いからこのぐらいは良いだろう」
「かわっ……!?じゃなくて、そう言う問題じゃないです!!」
「ほら、この写真はどうだ。綺麗だろ」
「えぇっ!?何この写真!?寝顔なんて撮らないで下さいよぉ!!もう、貸してください!!私の写真で恥ずかしいのは全部消します!!」
「全て現像済みだから構わないが」
「はぁっ!?何やってるんですかこのバカはぁ!?」
「なっ、バカとはなんだ!」
「大バカですよ!!バーカ、バーカ!!全部燃やしてやる!!」
「させるか!待て!」
「待ちませんよ!」
「……っ!この!」
「えっ、わっ、ちょっと……!」
「すいませーん。薬を売りに来ましたー。字さん、以前の怪我の調子はどうですか?痛みの再発とか出てませんか……って、え?」
「「ん?」」
「……」
「「……」」
「えっと、ごゆっくり」
「待って、うどんげさんんんんん!!!???」
文と共に取材に訪れ、写真を担当する様になった。
そして、時々「射命丸さん」と呼ぶと、二人ともが振り返る時がある。
「何故って……。俺の名前は––––––––」
『射命丸字』、だからな。
『黒き羽にて、字を記す』完。
字が永遠亭で目覚めた翌日。
(ところで、何かを忘れている気がするのだが……思い出せない。なんだったか……?」
「よう、射命丸はいるか?」
「ん?……ああ、霊魔さんか。今、文はいない。しばらくしたら来ると思うから、待っていると良い」
「いや、都合がいい。お前だけに用がある」
「何か?」
「お前と一部の奴にしか言えないことだ。決して、他の誰にも口外するな。射命丸にもだ」
「……霊魔さん。一体何の話を?」
「近いうちに起こる、最低最悪な異変についてだ」
––––to be continued
これにて『射命丸文は伝えない 黒き羽にて字を記す』編、完結でございます!
これ以下、あとがきになります。
いやぁこんなに長くなるとは思わなかった。
コレ、一周年記念第一弾なんだぜ?もう一個、続編を出す予定の短編あるんだぜ?きついよ。アッハハ。
そんなわけで前にも言った通り、私が書いている別作品と合流した形となり、その作品の伏線もこちらで貼られましたね。
これ以降は、字さんや他の設定など、そちらの連載作品に出るようになります。
『幻想郷でまったりと過ごす話』←こちらです。
気が向いたらこちらも読んでもらえると助かります。
作者の名前から調べたりなんなりすれば出てきますので。
ここだけの話、字さんが最後に忘れた事。それによってまた字さんが現れる事もあるかもしれません。
ただ、連載の方は進行ペースがかなり遅いので、だいぶ後になってしまうかもですが……。
後、一周年記念企画第二弾の告知は活動報告、またはツイッターで作者の名前そのまんまのアカウントにて告知する予定です。
フォローしてくれる方はよろしくお願いいたしますね!
さて、宣伝もここまでに、またどこかの作品でお会いしましょう!
ここまで読んでくれたあなたに感謝を!
さいならー!