文は目覚めると同時に眩しく感じた。
部屋を分ける障子が開いており、雪が光を反射していた。
「––––––!!–––––!」
「–––。–––––」
「–––––––」
誰かが会話しているのが聞こえる。なんとなく気になっているので、顔を出すと、女の子と目があった。
「え?……えーっ!?本当に!?なんでいるの!?!?」
「だから言っただろう。女性を泊めていると」
「確かに入って鉢合わせでもしたらまずかったな。分かった。どうせなら俺たちの方で食べよう。久しぶりだから親父達も喜ぶ」
「分かった。昼過ぎに向かう。またそちらで」
「絶対説明してもらうからねー!!」
「……えーっと、出ていたらダメな感じでした?」
「いや、説明が省けた。助かった」
「そうですか」
「……顔だけだったから良かったが、身なりを正しておけ。……む、胸元がはだけているぞ」
「……っ!そういうのは早く言ってくださいよ!!」
「俺だってすぐわかるわけではないぞ、っておい何故こっちに来て……」
「ふん!」
「理不尽だと思うのだが」
「反省してください!」
アザナの頰には綺麗な紅葉が出来ていた。首を傾げながら囲炉裏の火を消す姿はおかしく思えた。
「だって、寝てる時に一緒のところにいたじゃないですか!?気づいてたんじゃないですか!?というかそもそもなんで私の布団にいたんですか!?!?」
「落ち着け。服に関しては本当に気付いていなかった。すまない。だが、あそこはだな……」
「なんですか」
「……睨まないでくれ。あそこは俺の布団だ」
「え?」
「隣の部屋だと言っていなかったか?俺は自分の枕じゃないと眠れないタチでな。だが寝ている文を起こすのもどうかと思っていたら、妥協でああなった」
「いえ、もういいです……」
「すごい疲れた顔をしているな。大丈夫か」
「大丈夫じゃないです」
「ふむ……、ところで、昨晩うなされていたな?しばらくしたら収まったが、悪夢でも見たか?」
「ええ、まぁ。……でも大丈夫ですよ、途中からいい夢を見れたので」
アザナのおかげというのは内緒にした。単純に言葉にするのが恥ずかしかった。
「今日は遅く起きてしまったからな。今から川越さんのところへ昼ごはんを食べに行く」
「カワゴエさん……?」
「隣の家……と言っても距離は少しあるが、前はそこの人たちとよく食べていた。最近は中々行けなかったが」
「なんで行けなかったんですか?」
「爺さんが死んだからだ。喪中……と言えばいいのか、向こうがそんな風に気を使ったおかげで、心の整理はついたが少し疎遠になってな」
「そうなんですか……」
「だが、会いに行っていなかっただけで会わないわけではなかったぞ。向こうは農家を営んでいるから野菜を分けてもらっているし、先生をやってる人から直々に授業してくれる時もある」
「優しい人達なんですね」
「まぁ、な。とにかく川越さんの家に向かうから準備をしよう。文の服も乾いている頃だろう」
「あ、ありがとうございます」
「……俺に敬語を使わなくてもいいぞ?」
「え?……ああ、これは癖のようなものなんでどうしようもないです。でも、もう少しに気楽にしますね!」
「ああ、それでいい」
文は部屋を借りて着替えを始め、アザナは戸締りを始めた。
「よし、行きましょう!」
「待て、寒いだろう。この上着を着ておけ」
「あ、はい。ありがとうございます」
「さぁ、行きましょう!」
「待て、雪が少し深い。長靴を用意しよう」
「はい。ありがとうございます……」
「そろそろ、行きましょう!」
「待て、少し心もとないな。手袋とマフラーをつけろ」
「……」
「……」
「待て、雪合戦セットがあった筈だ。持ってくる」
「いや、もう行きませんか!?いりませんよねそれ!?」
「わぁ……凄い……」
「一面の銀世界、だな。俺もここに来て初めて見る」
扉を開けた先には異世界とも見える景色が広がっていた。文は特に、建物の積もる様子を見ていた。
「この時期に雪とは珍しいのかもな」
「時期?」
「気にしなくてもいい。しかし、そんなに写真を撮って。雪が珍しいのか?」
「いえ。私たちのところでも雪は見れますよ。ですが、この建物の、そこの看板の、そして貴方のいる雪景色はここにしかないじゃないですか」
そう言って、文は正面にアザナを据えてシャッターを切る。少し驚いた顔をした写真が撮れた。してやったりと言わんばかりに、にひひー、と笑った。
「油断禁物ですよアザナさん!」
「……やられたな。行こうか、文」
「はい!」
二人は歩いて行った。お互い無意識で手を握っていたことには気付かずに。
「どんな雪が好きですか?私はこうやって積もった雪を踏むサクッて音が好きです」
「俺は……そうだな、教科書で見た雪の結晶が好きだ」
「雪の結晶なんてあるんですか!?」
「ああ。降ってくる雪は大体が綺麗な結晶になって落ちてくるそうだ。小さいし、すぐに溶けるから見えないけどな」
「へぇー、知らなかったです」
「他には……カキ氷は好きだ」
「……あれって雪ですかね?」
「……違うかもな」
「私も好きですけど」
「食べたいのか?」
「今はいいです!」
「冗談だ」
「いらっしゃい!権兵衛!」
「いらっしゃい」
大きい建物が近づくにつれ、二人の男女が話しかけてきた。さっき、アザナと話していた二人組だ
「権兵衛?」
「俺のアダ名だ。すいません、大したものも持ってこれず」
「いつも通りでいいさ。お嬢さん、俺は
橋立は、おっとりとしつつもしっかりした印象の大人だった。
「あたしは橋立さんと従兄妹の
梢は活発なイメージそのままで、サバサバした印象がある。あと巨乳。そして巨乳……!
「しゃ、射命丸文です……」
「とりあえずは挨拶だけで、上がってくれ。すまないが、えーっと……」
「アザナだ」
「アザナ……?」
「最近やっと決めた。俺の名はアザナだ」
「そうなの!?権兵衛って呼ばなくてよくなるね、橋立さん!」
橋立の顔が穏やかなものに変わった、と文は感じた。きっと、彼はアザナを気にかけていた一人なのだろう。
「……そうか。アザナ、手伝ってくれるか?梢では荷が重くてね」
「わかった」
「ちょっと!?今しれっとあたしを馬鹿にしたでしょ橋立さん!?分かるからね!?」
「文さんは待ってて貰っていいかい?すぐに準備出来るから」
「あ、はい」
「え、無視!?橋立さん無視するの!?」
「……せめて、米ぐらいは炊けるようにならんとな。お前は」
「うるさいわ!!余計なお世話ですよ!!」
「なら、余計なお世話をさせないぐらいに上手くなってくれ。高望みはしないから」
「うぐっ……」
「行くぞ、文」
「あ、うん」
落ち込んだ梢さんの背中が悲しく、少し微笑む程度に笑ってしまった。
「何故、わしの仕事中にパーティーをするんだ?」
「親父がここを頑として譲らないからでしょ。俺たちは勝手にやるよ」
「許さん!!わしを誘え!!わしはあやつに『今日は民宿が忙しい時期なの!』と言われて傷心気味なんだぞ!!」
「知らないよ。あと初対面の人もいるから、恥かかないでくれよ親父?」
「む?」
しばらく文がテーブルで待っていると、梢の父親と母親が現れた。紹介をされたが、パーティーには参加せずにすぐ農作業をしに行くという。なんとか一緒にパーティーをしたいと文は願ってはみたが、「農作業に休みはないの。それに一日くらい、娘を休ませたいと思うのも親心ではない?」と言われ、呆気なく倒されてしまった。今は玄関の方で梢とその両親が話し合っている。
その時、奥の襖が開いて和服の年配が出てきた。厳かという文字を体現したような佇まいであった。文を一瞥すると「む」と少し唸り、近くの椅子に座った。
「お前が、橋立が言っていた奴か?」
「へっ!?多分そうです……」
「権兵衛が連れてきたのか。名は何という?」
「権兵衛……アザナさんか。私は射命丸文と申します!!」
「む……?アザナ?……お前、文とか言ったな。字は何と書く」
「はい!『文章』の『文』で『あや』と言います……」
目の前の年配はやや思案して、
「くっくっく、ぶわっはっはっ……はぁ!?ゲホッゴホン!!」
「!?」
笑って咳込んだ。
「だ、大丈夫ですか?」
「あぁ心配ない。お主も粋な奴よな。お主が考えたのだろう?」
「は、はい……」
「赤らめんでもよい。文よ。この先どうなるか分からんが、アザナの奴もお前を気に入っているようだ。悔いは残してやるな。分かったな?」
「は、はい!」
「橋立ェ!!これから仕事をする!!騒いでいいが入ってくるなよ!!」
「分かったよ親父!けど、聞こえてるからそこまで叫ばなくてもいいから!」
「じゃあな、文よ。こんな小さな催しだが楽しんでくれ」
「ありがとうございます……」
年配の方はにこやかに笑って元の部屋に帰っていった。結局、文は年配の名前や仕事についての事を聞きそびれた。
その直後、梢が戻ってきた。
「ふぅ、父さん達にも困ったものね。私も手伝おうと思ってたのに」
「たまにはいいんじゃないでしょうか……?」
「それもそうだけどねぇ……。あ、ところであんた!聞きたいことあんのよ」
「えっ、聞きたいことですか?」
「あんた、権兵衛のなに?」
「なっ!?……そう言うあなたはどういうご関係で?」
今の質問で確信したのは一瞬。梢は私の敵だ。負けじと梢に睨みつける。
「そういえば、なんでアザナの前は権兵衛ってアダ名だったんだ?由来はなんだ?」
「名無しの権兵衛からって片桐が……って、あの二人らなにをやってる?」
「そろそろ名前で呼んでやれ……ん、あいつら顔近いな。お互い睨んでるのか?」
「仲が良くて何より」
「……あの時から何かと教えてはいるが、お前にも恋愛観は教えた方が良かったか」
「……?それより料理を運ぼう橋立さん」
「この状況でそれはきっとマズイぞ、アザナ」
「文さん?あたしは貴方よりも長く彼といるのよ?」
「梢さんでしたよね?彼は私の付けた名前を気に入ってくれてるんです!」
「ぬぐっ、どうせ短い間しか接してないんでしょ!そのぐらいで彼を分かった気にならないで!」
「うぐっ、そこまでいても進展がない貴方よりはマシじゃないですか!?」
「ぐぬぬ……!」
「うぬぬ……!」
「仲良しだな」
「ある意味な。こいつら相手に深く考えたら負けだな。そろそろ止めに行くぞ。……あと、お前も気付いてやれ」
「?」
料理が運ばれ、パーティーが始まる。ソフトドリンクを持ち、乾杯してそれぞれ楽しんでいった。
「想像以上に美味しい……!なんで!?」
「ふっふっふ、そりゃもう素材が違うのよ!!」
「新鮮な野菜が近くで採れるからな。鮮度が違う」
「いつも都会の方にいると、この味は味わえないからな。農家はこれが羨ましい。アザナ、こっちの料理いるか?」
「すまない、とってくれ」
「全部一口は貰います!橋立さん!私にも下さい!」
「あたしも負けないわ!橋立さん!あたしにも!」
「梢は近くにあるだろう。文さん、取りますね」
「ひどい格差を見たな」
「梢さんが無言で涙目になってる!?」
「分かったよ!取ってやるから、なっ!」
「さっすが橋立さん!頼りになるね!」
「嘘みたいに元気になりやがった」
「そうだ、文さん。相談なんだが、そちらの知り合いに独身男性はいないか?俺の姉が華の二十代の後半にまで行っているのに未だに男の気配がない。何とかしてあげたいんだ」
「……私の周りに男自体が少なくて……すみません」
「あたしもお嫁さんになりたいな〜。ね、権兵衛!!」
「……っ!」
「ん?まずは料理出来るようにならないと話にならんと思うが。まぁ、頑張ってくれ」
「……ぐふっ」
「容赦ないなお前」
「……何か間違えたのか橋立さん?嫁に行くには必要だろう?」
「そういう意味じゃないですよ……」
「文さんすら同情してるじゃないか」
「皆さんで写真撮りませんか!?」
「いいわね!権兵衛!!あんた真ん中ね!」
「あ、ああ……」
「俺が撮ろうか?」
「タイマー機能があるので大丈夫です!……撮りますよー!」
「「「はい、チーズ!」」」
「……チーズ」
「ご馳走様でした!」
「ご馳走様!!」
「相変わらずおいしいですね、橋立さん」
「そう言ってもらえると嬉しい。また勉強見てやるよ、いつでも連絡してきてくれ」
「分かった」
「橋立さんが先生なんですか?」
「そうだよ。アザナが話してたのかい?国語の教師をやっている。姉も大学の方で教鞭を取っているよ」
「そんな事より、文さん!!決着をつけるわよ!!雪合戦で勝負!!」
「おっ、いいですね、そういうのには自信がありますよ……!」
「俺もやりたい」
「俺も参加させてもらおう。ジャンケンでチーム組んでさ」
グーチーム 射命丸文 片桐梢
パーチーム アザナ 川越橋立
「「決着がつけられない!?」」
「よし、やるぞアザナ」
「なん……だと……」
「くっ、とにかくやるわよ!」
「はい、足を引っ張らないでくださいよ!」
「こっちのセリフよ!」
「しまった、女子だけになるとは思わなかった」
「相手が女子でも手加減なしでいいんじゃないか?」
「それは駄目だろう」
「ふむ、ならこうするか。おーい!」
「何ですか?」
「どうしたの橋立さん?」
「勝ったら言う事なんでも一つ聞くってのはどうだ?」
「……?いいですよー!」
「わ、バカ文さん、そんな事したら……!」
瞬間、さっきまで頭のあったところに何かが通り過ぎた。それを雪玉と認識したのは、投げた人物の手に持っているものが雪玉だったから。
すなわち。
「もう、言いなりは、ごめんなんだ……!」
アザナは本気を出した。
「エェーー!?何ですかあれ!?」
「昔、同じように遊んでて、無茶な命令していたらー……気付いたらああなってた」
「梢さんのせいじゃないですか!?わぷっ!?」
「当たった」
「文さんアウトだ」
「隙あり!!」
「のわっ!?」
「橋立……!仇は取る!!」
「おい。今、ナチュラルに呼び捨てじゃなかったか?」
「決着の時よ、権兵衛……!くらえっ!」
「させん……!」
二人の激闘の最中、アウトになった文に橋立が話しかける。
「文さん、顔に当たったけど、大丈夫かい?」
「あ、はい。何とか」
「そうか……。彼から聞いたかい?過去の事は」
「……はい。少しだけ。虐待で妹さんを亡くしたと……」
「その後はまだかい?」
「はい」
「まだ決着がつかないだろうし、少し話しておこう。君になら知っていてもらいたい。妹……朱里ちゃんは手遅れだった。悲しいけど。その時、アザナは朱里ちゃんへの罪悪感と共に両親の憎しみも芽生えていた。そこで出会ったのが俺だ。親父とアザナの爺さんの仲で、たった一回だが、一緒に過ごしたのを俺は覚えていた」
橋立は少し俯いた。
「あの時のアザナの目は忘れられない。恐怖すら感じた。両親を殺す勢いと思えるほどの気迫があった。だから、方法を教えた。法を利用する方法をね。彼を犯罪者にはしたくなかった。だが、その結果があれさ。元気でいてくれている。あとは向こうのお爺さんと一緒に住んで、最近亡くなってしまった。そのぐらいかな」
「……あなたはアザナにとって恩人なんでしょうね」
「そこまでは分からない。彼がどう思ってるかなんて聞く気もない」
「きっと思ってますよ。彼の代わりとしてと、こうして彼と会えた私からお礼を言わせてください。ありがとうございます」
「……おかしな子だな。ありがたく受け取っておこう。おーい、そろそろ決着つけろよー」
「わかった……!」
「行くわよ権兵衛ぇ!!」
そう言って橋立は顔を背けて誤魔化した。文はなんとなくだが、橋立の顔を見なくてもどんな顔をしているか分かった気がした。
「もう行くの?」
「ああ、やりたい事がある。すまない二人とも、こんなわがままを」
「気にするな。お前の気持ちもわかる」
文にはよく分からなかったが、アザナには何かあるようだ。気にすることではないと思い、別れを告げる。
「それでは、また「待たんかぁぁあ!!」
「えっ!?」
「親父!?」
別れを告げる前に年配の方が戻ってきた。肩の上下運動が凄い事になっている。
「やっと出来た自信作だ。おいアザナ!これを持っていけ!掛け軸にでもしな!!」
「なんだこれは……『字』?」
持ってきたのは毛筆で書かれた『字』であった。文はそれに気付いて顔を赤く染めた。
「なんだ知らんのか?それがお前の名だよ、
「字……」
「そんだけじゃ。あー疲れた。思いつきで書くもんじゃないわい」
「親父……こりゃいい出来じゃないか」
「うー……こりゃ負けちゃうわ。ここまで情熱的だとねぇ」
梢が文の方を見て、手を口に当てて笑ってくる。
「うぅ……。行きましょう!字さん!」
「ああ。それじゃあ、また」
「またね!」
「気を付けろよ」
「……手、繋いでたね」
「あれは諦めるしかないな、梢?」
「あれは卑怯だよぉ、橋立ぇ……」
「泣くな泣くな。なんか奢ってやるから」
「満漢全席食べたい」
「お前、おれの財布を殺しに来たな!?」
「いい人達でしたね」
「ああ、今までも……おそらくこれからも世話になる」
「それでもいいんじゃないですか?」
「なぁ文」
「なんです?字さん」
「この後、行きたいところがある。来てくれないか?」
「はい……え?」
「……え?」