射命丸文は伝えない   作:夢見 双月

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一周年記念第一弾として、続編ですよ!

久しぶりの人は、お久しぶりです!
夢見双月ですよ!(強調)

1日間隔で投稿していく予定です。
頑張ってます。


黒き羽にて字を記す
『筆』を置く


 とある冬の日から、夢を見る。

 

 誰かを助け、誰かを望み、誰かとの別離の時を過ごした数日。

 

 悲しいようで、その実、とても充実した瞬間。

 

 自分にとって、何かが変わったかけがえのない宝。

 

 

 でも、分からない。

 

 

 記憶がテレビの砂嵐のように朧げになり、それでいて切り取られたかのように思い出がない。

 

 誰と、何をしたのか。

 俺は、何を思ったのか。

 

 何も分からない。

 

 

 今の自分に残っている選択肢は、

 

 失った事すら忘れるか。

 

 

 それとも……。

 

 

 

 

 俺の家の近くには川があり、その向こう岸には多くの木々によって遮られている。

 しかし、その森は私有地なので、所有者が森に入るための小さな橋が架けられている。だからわざわざ川を渡る手段を考えなくても楽に対岸には向かえる。

 さらに言えば、所有者から森に入る許可を俺はもらっていた。

 

 山菜拾い。気づけば冬があっという間に通り過ぎ、色んな生き物が芽吹く春となっていた。事前に所有者の方に森へ入る事を伝えて、植物の採集に腐心した。

 

「うん、なかなかの量が採れた。だが、この量になると判別が面倒だな」

 

 そう、独り言を言いながら、探索を続ける。

 

 彼自身、どの植物が毒なのかはイマイチ分かっていない。

 植物図鑑は持っているが、万が一のことがあると拙いため、隣に住む……と言っても田舎のために少々距離があるが、片桐一家と共に山菜を判別し、半分をそのまま渡す事になっている。

 

 特に代わり映えのない、季節の風物詩と言える。

 

 しかし、彼にとって目的はそれだけではない。

 

 

 

 彼の頭に巣食うモヤモヤの正体。

 彼はそれを思い出すキッカケを探していた。

 

 

 冬になっていつからか、数日の記憶が消失している事に気付いたのはおそらく失った直後だ。なぜなら、来た事もない神社にいたからだ。

 気のせいかとも思ったが、いくつかの知人に連絡してみると、橋立さんから興味深い返事が来た。

 

『俺は確か親父や梢に会いにいく予定だったんだが、お前と同じように日にちが過ぎていてな。忘れてたのかと思って謝罪の電話をしたら、俺がいた形跡があったらしい。お前が何か知っているのか?』

 

 いや、分からない。彼はそう返してこの話は終わった。

 

 

 違和感を探すと、まだいくつか存在した。

 

 一つは橋立さんの親父さん、川越 龍之介のサインとともに描かれた『字』の掛け軸と。

 

 

 もう一つ、買った覚えのないロケットペンダントである。

 

 

 ロケットペンダントには、中に小さな写真を入れる事が出来る。だから中に写真が入っていれば、それは大切な手がかりとなるはずだ。

 しかし彼がペンダントを開けた時、なんとも言えない感情に襲われる事になる。

 

「誰だ……この人は……?」

 

 黒髪の活発そうな少女が映っていた。

 緋色の目には吸い込まれるようで、少し変わった小さな帽子を被っていた。

 そして、明らかにほとんど見切れているであろう隣の人間は、彼自身である。

 

 このペンダントを持って色んな人に見せて回ったが、正体どころか微かな情報にすらたどり着けず、結局分からないままに日が過ぎていった。

 

 

 山を降りて、そのまま片桐家へ向かう。

 

 チャイムを鳴らせば家の方からドタドタと大きな足音が聞こえ、世話になっている友人の片桐梢が出迎えた。

 

「久しぶり!権兵衛!!」

「ああ、片桐。両親はいるか?山菜を適当にだが摘んできたぞ」

「名前で呼べやぁ!」

 

 そう言われながら蹴られた。

 

 

「どう?私達の記憶の事、なんか分かった?」

「いや、まともな手がかりすら掴めん。そっちはどうだ?思い出せるものはないか?」

「駄目。忘れてる事は父さんや母さんも分かってはいても、誰一人も何を忘れたのか分からない。橋立さんは当分仕事でこっちに来れないし、お爺ちゃんに至っては何してたかすら覚えてないもん」

「そうか……ペンダントを渡しておく。二人に一応見せておいてくれ。念の為に龍之介さんにも見せておいて貰えると助かる」

 

「ねぇ。権兵衛」

「どうした。梢」

「やっぱりおかしいよ。私達に分かるぐらいの違和感で思い出せないって事は、記憶を取った人は思い出して貰いたくないからじゃないの?……正直、記憶を意図的に操るってだけでも頭痛くなるのにさ……」

「……そうとも読み取れるが、俺にはこのやり方は俺にとって思い出さなければいけない事のように映った。あの時に俺たちの隣にいた少女。何があったのかを俺は知りたい」

 

「権兵衛」

「ん?」

 

「写真の女の人だけど、その人の正体じゃなくてどう過ごしたのかを知りたいんだね」

「……そうだな。彼女が何者なのかはどうでもいいと思う節があるのは自分でも感じる」

 

「……どんな人だったんだろうね」

「……さぁな。もう、それすらも忘れてしまった」

 

「山菜の選別、ありがとう。あと、お前の両親は俺たちに気を使いすぎだ。すぐ農作業には戻らず、お礼の言葉も言わせてくれ。と、言っておいてくれ」

「分かったよ。きつく言っておく!権兵衛はどうするの?」

 彼は立ち上がりながら、告げた。

 

 

「街に行って、あの神社を調べてくる」

 

 

 

 最寄りの駅から歩いて約10分弱、30段の石階段を二つ上った所にこの神社は存在する。

 神社の名前は『御九字社』と言うらしい。

 記憶が失ったすぐ後の、一番最初に立っていた時と同じように寂れていた。参拝客どころか、人一人もこの辺りにはいない。

 

「ここで、あの少女と別れたのか……?」

 

 ここにいたという記憶がある、という事はすなわち。

 記憶がない間は彼女がいた可能性があるという事である。

 

 実際にはそこまで正確な術ではないのかも知れない。何せ、記憶が失った事を自覚出来るほど大雑把な術である。

 それでも、もし正確に記憶が取られたのなら、別れた途端に消失することがなくなったと考えられる。

 

「ここに何かしらの痕跡が残っていればいいが、そういう道には精通していない。自分の足で確かめるしかなさそうだな」

 

 そう言いながらも、探索を開始した。

 

 

 閑散とした木造の建物は一部が腐って脆くなっていて、何より人の姿が見えない。それでいて、何か不思議なものに引き寄せられるような感覚を覚えた。

 

 八角柱型の木の箱を横の家の受付口で見つけた。おみくじらしく、上側の中心に小さな穴がある。

 

 振って実際に出してみると、「14」と書かれた数字が出てきた。

 隣に、数字毎に設置されたおみくじが置いてあり、出た数字のところから受け取るらしい。『せるふさーびす』となぜかひらがなで書いてあった。

 

 お金を置いておきながら、「14」の箱から紙を一枚取り出す。

 

 

 大きく、『大吉ッ!!』と書いてあった。

 

 

 怪しく思って何回かおみくじをやったら、全て大吉だった。

 

 

 多分、適当に作られてる。

 

 

 

 気を引き締めて、神社の裏手に出る。

 この神社は小さな山の中腹に造られていて、裏山で遊んでいた子供が迷子になるという話がいかにもありそうな場所である。

 一つ一つの木々の幹は細いものの、生い茂っているために、2メートル先もまともに見れないほどである。

 

 するとここで、一つの獣道を見つけた。

 

「道?あまり人も通ってなさそうだが……」

 

 行ってみよう。彼はそう決意した。

 

 

 勾配が急なところも多く、木の幹を掴んで進んでいく。

 ザクッ、と足を踏みしめるたびに大きな足音を響かせる。

 森は深く、目印もないのでケータイのコンパスを使用しながら歩いていく。北へ向かっているので、南に行けば帰ることは出来るはずだ。

 

 しかし、緑が多い。背の低い植物でも自分の腰まで伸びているものある。

 そして何より。

 

(おかしいな。植物しかないのか?)

 

 リスなどの小動物はともかく、虫すらもまともに見ていない。蚊はまだしも、蝶のような虫はいてもいいものだと思ったのだが。

 

(それにさっきから甘いような、気持ち悪いような、へんな匂いがする。これが原因か……?)

 

 少女がこんなところにいるとは思えない。

 これは一旦出直した方がいいのだろうか……?

 

 しかし、彼の思考に退却はなかった。それが全く関係のないものだとしても、少女に繋がるためならば小さな関わりだとしても行かなければならない。

 

 敢えて、彼は匂いが強い方に向かって歩を進めた。

 

 

 甘ったるくて気分が悪くなるような錯覚を覚えながらも進み続ける。

 彼女が遥か彼方だろうと、その先にいると信じて。

 

 

 そして、大きな自然の広場に出ると同時に、ありえないものを見つけた。

 

「なんだ、あれは?」

 

 現実として、あってはならないもの。

 

「亀裂……なのか?」

 

 それは天国への入り口か、地獄か。

 まるで、風景画に亀裂のような穴を開け、後ろからもう一つ別の風景画を重ねてるような。そんな奇怪で神秘的な場所だった。

 

 そして、その下の異物にもやがて気づく。

 

「大きな……花?いや、これは……!?」

 

 何かの入り口を包み込むかのような大きな花弁。中央部には全てを惹きつけるほどの蜜。

 

 曰く、世界最大の花。

 

 

「ラフレシアか!?」

 

 

 瞬間、大きな蔓によって薙ぎ払われ、彼は夥しい木の一つに押し付けられた。

 

「なぁ!?ぐっ、がぁ……ああ!?」

 

 メキメキと体内で音が鳴り、体の至る所が危険信号を発した。

 お腹を抑えてうずくまりながらも、必死に考える。

 

「はぁ、はぁ……!うぐっ」

 

 何故、ラフレシアが日本にいるのか。

 何故、蔓が意思を持っているかのように動くのか。

 何故、俺を攻撃したのか。

 

 意識が混乱したまま、何も考えられなくなっていた。

 口から血が流れ出る。内臓へのダメージが著しい。

 

 しかし、さっきのような蔓の攻撃は、距離から考えて俺にはもう届かない

 。吹き飛ばされてラッキーだったのかもしれない。

 

 なんとか立ち上がろうと体を奮起させるが、足が震えて中々立ち上がれない。激突した木にもたれかかるようにして早く立てるように体を動かす。

 

 

 

 ふと、耳障りな音が聞こえた。

 

 

「は?」

 

 

 同時に、ラフレシアの近くにある、三つの塊を見つける。あれは、図鑑でもよく目にしたとある虫の巣。

 

 それは、蜂の巣。

 

 

「まさか……!嘘だろう!?」

 

 羽音は次第に増えていき、目の前の景色を途端に黒く染めていく。

 

 間違いない。

 

 蜂はラフレシアに操られている。あの蜜の効果なのかは分からない。

 そして、あのラフレシアは––––––––!?

 

 俺を、殺すつもりだ!!

 

 

「くっ、間に合えぇぇええ!!」

 

 一気に背を向けて走り出す。

 羽音の勢いが増し、信じられないほどの轟音となって迫ってくるのが分かる。

 

 腹部の負傷や、あらゆる痛覚を無視して森の中を走り抜ける。

 森の勾配は急だった。なら、下りである今なら勢いよく駆け下りられる!

 

 足はほぼ跳躍の形を取り、半ば落ちるように走り抜ける。

 

 蜂の種類なんて俺はよく分からない。だが、もし自分があの花だとしたら。

 

 毒のない蜂なんて、そんな優しい蜂を飼う筈がない!!

 

 一匹にでも刺されれば動けなくなり、集団で刺されれば間違いなく即死。一瞬の油断も出来ない。

 

 腕を使って、たくさんの木にぶつからないように軌道を変え、さらには勢いをつけて蜂を引き剥がそうとする。

 

 不意に、手の甲に激痛が起こった。

 

 

 刺された。問題はない。手なら。

 

 

 ふくらはぎの方にもチクリとした感覚が起こった。

 

 

 まだ。

 

 

 一瞬にして背中の感覚が消えた。

 

 

 まだ。いける。

 

 逃げなきゃ。

 

 

 

 逃げなきゃ。

 

 

 

 逃げなきゃ。

 

 

 

 

 

 

 

 ……。

 

 

 

 

 

 逃げなきゃ……。

 

 

 

 

 

 

 ……逃げなきゃ。

 

 

 

 ……に……。

 

 

 逃げ……。

 

 

 

 

 

 なきゃ。

 

 

 

 

 

 逃げ…………。

 

 

 

 …………ないと……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 だれか……。

 

 

 

 

 ……………………。

 

 

 

 

 

 

 ……たす…………け…………。

 

 

 

 

 

 

 

 

 て。

 

 

 

 …………–––––––––。

 

 

 

 

 

 

 ––––文。すまない。

 




脳裏に浮かぶはかつての……。

かの者の運命の歯車は今、再び廻りだした。

幻想は、全てを受け入れる。

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