書き溜めは既に尽きて、ギリギリなんです。ごめんなさい。
それでも頑張ってます!
どうぞ!
「ふぃ〜、やっと着いたのぉ〜!!橋立よ、もちょいと早く着くように出来んか?」
「ここがどれだけ秘境の地か分かってるか?というかそもそも、怪我人をこんな遠くに運んでいいと思ってんのかよ親父!」
「構うまい。此奴は子供の頃からタフじゃったろう。この程度、どうということはない」
「親父……!」
「橋立さん……。気にしなくていい。冗談だというのは分かっている」
四人は一旦片桐家の駐車場で車から降り、彼の自宅に向かっていた。
この中で唯一の女性である恋だけは、辺りの畑を珍しそうに眺めながら歩いている。
歩いて暫く。
橋立は事あるごとに本題を龍之介から聞き出そうとするが、その度に龍之介はのらりくらりと躱していく。彼の自宅に着くまでは、頑として語らないという意思がありありと見て取れることだろう。
そして、ついに自宅へ着いた。
彼にとっては、この場所にいたのが遠い過去のように感じた。
ふと思えばだが、こうして家の周りを見たのはいつ振りだろう。
前まで一緒にいた爺さんが生きてた時に一回。どんな家なのかという好奇心と共に。
独りになってからは十数回。まるで自分の存在を縛り付ける楔を確かめるように。
確か、あの雪の日もそうだった。
俺の生きる意味が。徐々に。消えていった時。
家の大きさに潰れそうになった俺に、刺激を与えるかのように。
近くの川で誰かが飛び込んだ音を……俺は……聞いた?
「……権兵衛?」
「……!?……なんだ、橋立さん?」
「いや。ぼーぅ、としてたから何かあったのかとな。考え事か?」
「…………そのようなものだ」
声のトーンとは裏腹に、少し慌てるように先導する。
自分の家なのだ。俺が案内しなければならない。
鍵を取り出して玄関を開ける。
と、ここで。
片桐家から出た時、厄介な事にならなかった事に気付く。
橋立同様、またはそれ以上に自分の身を案じてくれる人。
その存在を。
目の前で見た事によって思い出した。
「久しぶりじゃない。権兵衛?……で?言わなきゃいけないことはない?」
「……梢……か」
「『梢か』じゃねぇわぁぁあ!!!」
「うぐっ!?待てっ、まだ傷が……!」
「うっさいうっさいうっさいうっさい!!この馬鹿ぁ!!大馬鹿!!うわぁーん!!!生きててよがっだァァァアアア!!」
タックルされた拍子に倒れてしまったが、泣き喚きながら抱きつく隣人を見ていると当分立ち上がれなくなるのだった。
「そろそろ良いか?梢よ。いつまでもワシらがここに留まるのは拙い。橋立にも仕事があるなかここまで来てくれたし、ワシにも今日中に千枚は書かねばならんほどの依頼がある」
「千枚って……、親父いつからバックれてたんだよ……」
「昨日だけじゃ。ワシはこれでも高尚な書道家ぞ。敬え、おら」
「高尚なら、まずサボらねぇだろ。それで?どうするんだ?」
「……ワシはあくまで此奴にのみ、話すべきじゃと思う。その結果、此奴がどの選択をしようと良いようにな。お前達にも話せばきっと此奴を止めようと奔走し、此奴の優しさ故に、本心を押し殺して流されてしまう。それだけはいかん」
「……そうだな。やはりそう考えてしまうだろう。俺なら」
「……権兵衛」
「じゃから、お前達は手を引け。ざっくり言ってしまえば、お前達は邪魔なんじゃよ」
「そうなの……?」
「……」
「梢、すまない。先に片桐の家に行っててくれ。橋立さんも恋さんも。俺だけでいい」
「……ばか」
「……わかった。行くぞ。恋、梢。この先は俺たちが考える事じゃない」
「ウー」
各々の反応と共に、三人が外へ出た。
最も反応が顕著だったのは梢ではなく橋立だった。口から出た言葉こそ冷静そのものであったが、実の父である龍之介を睨んで去って行ったからだろう。
「ふむ。橋立との付き合い方を考えねばならんのう。近いうち、ワシはあやつに殺されるかも知れんなっ!今のうちから媚を売っておかねばのう……!」
「龍之介さん。軽口はここまでにしてくれ。出し惜しみしすぎですよ、流石に」
「分かっておる。ところで、例の掛け軸の所で話そう」
「掛け軸?」
「儂が書いた事になっている『字』の掛け軸じゃよ。ほれ、説明してやるからさっさと案内せんか」
「……かーっ!いつ見ても立派な文字じゃのう!儂が書いたから当たり前じゃがな!ははっ、はーはっはっはぁ!!」
「これについて、何か分かったんですか?」
「何を言っとるか」
「
「……!」
「馬鹿な、なんて思ったか?職業柄……いや、書道家の在り方の一つとして、いつ、どこで、どんな事あって、どんな事を思いながら書いたかを聞かれたら即答出来る、という特技が儂にはあってな。よくあるじゃろ。この画家はこんな気持ちを込めて描いていた、とかな。それと一緒じゃ。儂はこれまで書いた書道の作品ならば、失敗作含め全ての情報を記憶しておる」
まぁ未熟者時代の時は別じゃがな!と、軽口を交える。
「それは今回の事であろうと変わらん。
「あ、ああ……」
「それでは本題じゃ。といっても、儂が言えるのは儂とお主とあやつが関わったアレだけに過ぎんがな」
「……どういう事だ?」
「儂がこれから言う事以外は自分で思い出せ。そこまでの面倒が見切れるか、という事じゃ」
「今一度、言うぞ。『お前の名は「
1人、部屋の真ん中で座ったまま、字は心の整理をしばらくした。
龍之介さんは先に片桐家の近くにある仕事部屋で仕事を済ませに行った。
「決めたのなら、結果如何に関わらず儂の処へ訪れろ」と残して。
忘れられた記憶。
掛け軸にある俺の名前。
写真の入ったロケットペンダント。
廃れた神社での別離。
謎の異世界への入り口。
異形の花。
橋立さん。
恋さん。
龍之介さん。
梢。
そして、名をくれた少女。
まだ名前も思い出せないのに。
今は、とても近くにいてくれる気がする。
おもむろに立ち上がり、手拭いに包んでいたロケットペンダントを取り出した。
中を開けば、少女の顔が字を迎える。
「決める事」なんてとっくに決まっていた。そんな気がする。
確かに、そう誓っていた。はずなんだ。
もう迷いはない。既に無かったんだ。そんなものは。
ペンダントを握りしめ、もう一度誓う。
「待っていてくれ、『文』。」
目を見開く。少しして、ふっ、と声が漏れた。
ペンダントを首にかける。
その黒い眼には、決意と覚悟の色が映っていた。
片桐家に向かう。
既に、覚悟は決まっている。
しばらくして正面の家から梢が飛び出し、橋立も玄関から顔を覗かせた。恋はその橋立の背から字を覗き見ていた。
「権兵衛!!」
「……違うよ。梢」
「え?」
「名は、既にあったんだ。俺の名前は字だ。やっと、思い出せた」
「……」
「思い出はまだ思い出せてないけど。きっと、彼女に会って思い出す。例え思い出せなくても、忘れたという後悔がなくなるぐらいの思い出を作って……ありがとうと言いたいんだ」
「……うぅ」
「ごめん、俺は行くよ」
「うあぁぁああああ!!あぁぁぁあああ!!!」
梢さんは縋り付いて泣いた。
字はただ何も言わずに梢の頭を撫でた。
「橋立さん」
「……なんだ」
「無謀かもしれない。危険なのは分かってる。それでも、だった」
「……そうか」
「ありがとう。心配してくれて。会いに行ってくる」
「違うところかもしれないぞ」
「かもしれない。それでも諦められない」
「戻れないかも知れないんだぞ」
「覚悟はもう決まってるんだ。どんな道でも、進むよ」
「……」
「橋立さん。すまない」
「……謝るぐらいなら、やめろよ」
「……」
「……勝手にしろ。精々のたれ死ね」
「橋立さん。多分、俺とはもう会えないよ」
「……」
「橋立さんもそんな言葉で終わらせたくないのは分かるよ」
「……幸せに、生きろよ。お前だけでも」
「……ああ」
「恋さん」
「……?」
「あなたに会ったのは今日だから、早い別れで少し言いづらいかもだが……」
「……??」
「橋立さんと仲良くな。この人の優しさは不器用なところあるから。橋立さんから大切に想われてるのは分かってくれ」
「うぅ!」
「……知ってたのか、それは良かった」
「じゃあ、いってきます」
「……いってらっしゃい」
最後、見送った娘は小さな声で。
「やっぱり、勝てなかったなぁ」と呟いたという。
「来たか」
「はい」
「座れ。紙だらけじゃが、適当にどかせ」
「これ、仕事の作品なのでは……?」
「知ったことか。奴らなら雑に扱われてる事すら付加価値にしおったからな。次はいっそのこと、ビリビリに破いてしまおうか」
「龍之介さん」
「ワシのことなぞ、どうでもいいんじゃ。お前に渡しておく物がある。数年前に死んだ友人が、その直前に儂に渡したものだ」
「友人?」
「旧友でな。画家のあんちくしょうなアイツと三人でつるんでた。小説家をやっとったんじゃが、ヤツはいつも愛用の羽根ペンを使っていた」
そう言って、取り出したのは羽根ペンと、それをしまうための墨壺。
「お前になら渡しても怒られんじゃろう。この羽根ペンはアイツが一回も執筆に使わず、ただただホラ話の自慢をするために話題に挙げていた」
字が驚いたのは、龍之介が羽根ペンを持っていたことでは当然ながらない。
驚いた事。それは。
「漆黒の……羽根。全てが黒い」
「奴曰く、『鴉天狗の羽根』。奴が最高の友と言った鴉天狗の置き土産じゃ」
「こんなものを……」
「儂が持っていた所で使えん。紙を貫いて穴を開けるのが精一杯じゃ。お前に託す」
「お前をボコボコにしたヤツ。そいつの鼻を明かしてこい。字よ」
爺「はな、だけにな!!」
橋立「一発はこの爺さんを殴っていいと思うんだ」
恋「ダメ」
梢「いいぞもっとやれ」
それは魔術にとっての聖遺物であり。
幻想において、価値なきに等しい弱き力。
しかし、ことこの世界において。
純然たる神秘を振るう矛となる。
再戦の時は、近い。