「とうさんはヒーローみたいだ!」
日曜日、家族で公園に遊びに来ていると幼稚園児の娘がそんな風に言ってきた。
何故そんな風に思ったのか聞いてみると、自分のピンチに必ず駆けつけて助けてくれるからだという。
この子は俺に似たのか、不幸体質というべきなのかトラブルに巻き込まれやすいのか、さっきも勢いよく飛んできたボールに当たりそうになったり、ご老人に道を聞かれたり、飼い主がリールを離した隙に逃げた犬に追いかけられたりしていたので俺が守っていたのだ。
俺も昔からそんな感じだったし、困ってる人を見かけたり目が合う頻度が高いので苦労したことがある。
妻からは「巻き込まれ(にいく)体質」なんて言われた。酷い話だ。
しかし娘からそんな風に言われるのも悪い気はしなかった。まあ、可愛い娘を守るのは親として当然だろう。
「アタシ、しょーらいはとうさんみたいにかぞくをまもるびしょーじょせんしになるよ!」
……そう言ってくれるのは嬉しいが、俺としては定番の「お父さんのお嫁さん」なんて言ってくれるのを期待したんだかなぁ……。それとなく聞いてみると、
「え?でもとうさんはかあさんじゃないひととけっこんすると『ふりん』になるんでしょ?」
……娘よ、何処でそんな言葉を覚えたんだい……?
【1】
鳴り響くアラーム、慌ただしく駆け回る職員が結界を張りながら近付いてくる。
私にスマホを今すぐ手放せと叫んでいるのが、くぐもった音として耳に伝わる。
熱い。痛い。
血液を全て熱湯にされたような熱と、全身を針で絶え間なく刺され続けるような痛みが駆け巡る。
私はがむしゃらにスマホを投げ捨てると、焼き尽くすような熱と衝撃、電撃が左肩に突き刺さる……。
……呼吸が落ち着かず、肺に酸素が入ってこない……目の前が少しずつ白い闇に塗り潰されていく……駆け寄ってきた職員が何かを叫んでいるが聞こえない……猛烈な嘔吐感が襲いかかり、床に胃の中身をぶちまけたのを最後に、私の、意識は―――――。
……………………………
………………………
…………………
……………
………
…
……気付くと、私は真っ白な天井を見上げていた。
すぐにここが大赦お抱えの病院の一室であると理解した。何せ、もう見慣れた天井だからだ。
身体を起こそうとすると、左肩に猛烈な痛みを感じて動けなくなる。それだけでなく、肩から指先に至るまで痺れと痛みがジクジクと駆け巡る。
そっと病衣を捲ると、何重にも巻かれた包帯とうっすら黒くなったガーゼが左肩を覆っているのが見えた。
……また失敗か……。
いや、代償がこれなら、恐らくデータとしては上々だろう。すぐに治してさっそくデータの確認をしなければ……。
「あ……」
その時、私の耳に聞き慣れた声が聞こえてきた。目線だけを声が聞こえたところに向けると、そこにはツインテールの少女と、赤い鎧武者のような小さな存在がフワフワと少女の側を漂っているのが見えた。
……間に合わなかった、か……。
溜息をついて悪態をつきたい気持ちを押さえつけ、私はベッド脇のリモコンを唯一動く右手で操作し、ベッドの頭側をあげる。
少しずつ上半身が持ち上がり、少女と相対する。彼女は見慣れない、まだ着なれていないらしいパリッとした真新しい制服を着ていた。
「……このような姿で申し訳ありません。この度は御役目就任、おめでとうございます。勇者様に最大限の敬意を」
「……ありがとう、ございます……」
俺が頭を下げると、あちらもやり辛そうに頭を下げる。
彼女には申し訳ないが、私も大赦の人間だ。『大赦の一員である私』としては人類の最強にして唯一の守護者である「勇者」に対してはこのような態度をとらざるをえない。
例え、それが血を分けた兄妹であっても。
「……本当におめでとう、夏凜。やっぱり君は俺の誇りだ」
「ふん、当然よ。あれくらい、私にかかれば造作もないわ」
「讃州中学の編入試験の方はどうだった?君は昔から勉強は苦手だったからな。また『ブースト』したのか?」
「そ、それはどうでも良いでしょ!?あ、あれくらい余裕よ余裕!」
とはいえ、『兄である俺』としての言葉を伝えたくないかと言われれば否だ。
勝ち気そうな表情を浮かべて胸を張る彼女が、御役目に付くためにどれ程の努力と研鑽をしてきたかは分かっているつもりだ。
……そして、彼女が何故こんな危険な任務を希望したのか、その原因も分かっている。
「ていうか兄貴、もっと自分の身体を労ったら?お父さん達、心配してたわよ?」
「ん、この程度なら問題ない。すぐに治すさ」
「…………あっそ」
努めて何ともないとアピールするのだが、明らかに彼女の表情が曇るのが分かった。
……何か気に障ることを言っただろうか? ここは話題を変えるべきだろう。
少し目線を病室内にさ迷わせた後、改めて彼女の側を漂っている存在、『精霊』に目がいった。
「えっと……精霊がしっかり付いたみたいで良かった」
「え?あ、そうね。この子は義輝って言うのよ。正に、私にふさわしい特別な精霊よ!」
「『三好』の精霊が『義輝』、か。何だか変な話だが、妹を頼みます、義輝」
『外道メ!』
「え」
……精霊が喋ることも驚きだが、それ以上に開口一番に外道と呼ばれて言葉を失ってしまった。
彼女は慌ててスマホを操作して精霊を引っ込めた。
すると、ノックする音が聞こえてきた。恐らく看護士さんが包帯の取り替えに来たのだろう。
「ここにいたら邪魔になるわね。じゃあ私、これから讃州中学の……勇者部、だったかしら?の監視任務があるからこれで」
「ああ……夏凜」
「何よ兄貴?何かまだあるの?」
「その制服、似合ってるぞ。可愛いと思う」
「……はいはいありがとう。じゃあまた」
去り際に制服を誉めると、彼女はさっさと病室から出ていく。嫌に早口だったし耳も赤かった気がしたが、また怒らせてしまったか?
「本当に三好さんは兄妹仲が良いですね」
「そうでしょうか?」
最早顔馴染みになってしまった看護士さんがそう話しかけてきた。
確かに異性の兄妹は年齢があがるごとに仲が悪化していくと聞くが、少なくとも俺も彼女も、そこまで関係が悪化したことはない。そう考えれば、確かに仲は良いのだろう。
「……これは独り言なんですけどね?」
「 ? 」
「お兄さんが三日も高熱に魘されて寝込んでいて、時間を見ては面会に来るほど心配してたのに、『大したことない』なんて一言で片付けられたら、妹さんはどう思いますかね?」
……今度は押さえる暇もなく、大きな溜息が漏れてしまった……。
まったく、何故自分はこうも相手の心情を察する能力が低いのか……。これでは彼女の精霊に「外道」と言われても文句は言えない。
……こんな時こそ、あれが食べたくなる。
「あの、看護士さん。私の荷物の中にある「煮干とサプリは退院してからにしてください!」うぐっ!」
思いっきり包帯を締められて呻き声が出る。
なんて事だ。完全食といっても過言ではない煮干が摂取できないとは……。
またしても大きな溜息が漏れた。
……そう言えば、讃州中学にはあの男がいたな。あいつは今、どうしてるんだろうか?
【2】
朝だ。美しく、そして新しい朝が来た。
現在時刻は6時を少し過ぎた辺りだ。俺は日課になっているランニングをしていた。
夏に向けて少しずつ気温が上がってきているが、いまだに朝は寒い。海岸付近まで来れば冷たい海風を感じて尚のこと寒く感じる。
しかし、その寒さすら、今は嬉しいと思えてしまう。
挨拶をしてくる愛犬と散歩をする人、朝日を浴びて輝く海、潮騒の音、そよぐ雑草、朝釣りをしようと釣具を担ぐ人、海面を漂う漁船……。
見慣れた筈の景色は、今日は違って見えた。ありとあらゆる物に生命力が宿り、いつもより鮮明な色と目映いような輝きを放っているように見える。
人は心の持ちよう次第で世界の認識が変わってくるというのを聞いたことがあるが、成る程、だとすれば今の俺には世界の全てが生まれ変わったように感じるのも納得だ。
そしてこの世界で、今正に自分の心の大部分を占拠している人物が息づいていることが、素晴らしい奇跡のようにすら感じる。そう言えばあの温かい光を発する太陽は、どこか彼女の笑顔を想起させる。
そう思ったら、俺は波打ち際まで走り、世界に新しい朝を連れてきてくれた太陽に向かって、
「ありがとおおおおおおおおおおおおおおお!!!!」
と叫んでいた。
当然ながら、通行人から奇異の目で見られたがそんな事はどうでも良い。
今重要なのはただ一点。俺は、人生初めての恋に胸を踊らせているという事だ。
……………………………
………………………
…………………
……………
………
…
帰った後、シャワーを簡単に浴びて昼御飯のサンドイッチをタッパに入れて鞄に詰める。
看護士の母は今日は夜勤、父は夜型で昼まで寝ているので二人分のご飯とおかずを冷蔵庫に入れてから学校に向かった。
「……お前、昨日何があったんだ?」
「 ? 何がだ?」
登校中、俺に話しかけてきたのは最初に相談した友人の美琴だった。
同じサッカー部に所属していて、顔立ちが良いから女子にモテる奴だったので相談したのが始まりだ。
「昨日、お前が気持ち悪っい笑顔でスキップしてたのを一年の土井が見てたんだよ。あいつ、まるでバケモンにでも出会ったみたいな顔して青ざめてたんだぞ?」
「人の顔を見て気持ち悪いとは失礼な。事実だが遺憾だ」
「あー、やっぱりお前なのね……はぁ……お前が恋とかおかしいと思ってたけど、遂に頭がおかしくなったか……」
「何を言う。俺の恋は本物だぞ。それから昨日のことだが、俺、告白したんだ」
「……は?なんつった?」
「だから告白したんだよ」
「誰が?」
「俺が」
「一応確認するけど、誰に?」
「結城さんに」
「…………はぁ!????」
至近距離ですっとんきょうな大声で驚かれてしまった。うるさい。
「何か変か?」
「いや、だって……は?お前が?恋のこの字もなかったお前が?ちょっと前まで自覚もなかったお前が???告白?あの隠れ人気の結城のことが好きだって気付いたのも最近なのに????」
「おいちょっと待てどういうことだ?」
隠れ人気だと?それは初めて聞いたぞ?詳しく聞かせてもらおうか……?
「説明しろ。隠れ人気ってなんだ?」
「あ?いやほら、結城って結構可愛いじゃん?それに誰にでも優しいし頼りがいあるとこあるし。だから男女問わず隠れた人気がいててて!なんでアームロックしてくんだよ!?」
「お前も狙ってるのか?」
「ちっげーよ!俺はあーいうのより東郷の方が「結城さんに魅力がないと?」いだだだだ!言ってねぇ言ってねぇ!ギブギブギブ!!」
「ならば良し」
それを聞いて安心した俺はアームロックを外す。流石に友人がライバルになったらどうしようかと思っていたが杞憂だったようだ。
美琴は腕関節を伸ばしたりしながら確認している。
「……はぁ、とりあえずお前が本気なのは今ので痛いほど分かったけどよ。いきなり告白したのかよ」
「ああ、結婚を前提にお付き合いしてくださいと言ったんだ。そしたら逃げられた」
「……え?何それ……」
「ああ、まさか逃げられるとは思わなかった。結城さんは意外と奥ゆかしいんだな」
「俺はお前の思ったよりおっもい告白の方にドン引きなんだけど……」
そりゃ逃げるわ……可哀想に……と溜息をつく美琴。何故なのか問いただそうとした時だった。
俺の耳に、結城さんの声が聞こえた。
「……結城さんだ」
「は?え?どこ?」
「ちょっと行ってくる」
「は?いやおいおいおい!?」
少し前の方らしい。聞こえてきた声を頼りに、登校中の学生達の流れの中を身体を上手く滑り込ませながら進んでいく。しばらく進むとそこに、彼女の後ろ姿があった。東郷さんの車椅子を押しながら談笑していた。
これが恋愛フィルターと言うものなのか。
彼女を見た瞬間、周りの景色が更に輝いて見えたのだ。最早神々しいレベルの輝きに、数瞬、意識が飛んでしまった。
気付くともう校門まで来ていたようだ。俺はハッと意識を取り戻して二人に近付いた。
「結城さん、東郷さん、おはよう」
「うぇっ!?あ、に、西村、くん?お、おはよう…」
「おはようございます。西村くん」
ササッと自分で車椅子を操作して俺の前に出てきた東郷さんを挟んで俺と結城さんは挨拶した。
ああ、本当に可愛いな、彼女は。頬を赤くして視線を反らしているその姿に、自然と胸を糸で締め付けられる感覚を感じた。
そうか。この胸の感覚は不整脈ではなく、「ときめき」、或いは「萌え」と言うものか。初めて理解した。
「西村くん、何かご用があるんですか?そんなに友奈ちゃんを見ていますが」
東郷さんの言葉に改めてハッと意識を取り戻す。
そうだ。俺は結城さんに用があったのだ。
「結城さん」
「な、何かな?」
「昨日の告白の答えを聞かせてほしい」
「は?」
何故か周囲がザワッと一瞬で動揺したような波紋が広がり、東郷さんはピシリと固まってしまった。
「うわわーーー!に!西村くん!声おっきいよ!」
「む、すまないな。だが、この気持ちに偽りはない。結城さん、俺は君のことが好きだ。君のことを考えただけで夜は眠ることが出来なかったし夢の中でも君のことを考えていた。朝日を見れば君の笑顔を連想し、風が冷たいと君が風邪を引かないか心配になる。君の声を聞いただけで俺の心は弾み居ても立ってもいられなかった。それほど好きなんだ。もはや抗いようがないほどに君の事を愛してしまっている。だからどうか俺の心に答えてほしい」
「えと、あの、えっと、その、うぇぇぇっ!?」
「その困惑した表情も実に素敵だ。本当に君の表情はコロコロと変わってまるで「はいはいごめんなさいね!おらぁ!なにしてんだこのボケェッ!」ぐごぉっ!?」
後ろから美琴が通学鞄でのフルスイングを俺の後頭部に直撃させてきた。結城さんに集中していた俺にはそれを避ける術がなかった。
「ごめんなー結城!このバカ捨ててくるからさっさと東郷と教室に行っててくれ!」
「ああ、続きはきょうし「黙ってろバカ!」はぐっ」
……結局俺はそのまま美琴に絞め堕とされてしまい、保健室に連行されてしまった。
目が覚めた途端、美琴と担任の先生、更に教育指導の先生に囲まれて説教されてしまった。
何故だ?
【3】
結局結城さんから告白の答えが聞けずに放課後になってしまった。
周囲からしこたま怒られて、漸く自分が公衆の面前でどれだけ飛躍した告白をしたのかを理解した。なので、そこら辺を結城さんに謝って、また改めて告白しようと思い、結城さんを探したのだが、東郷さんと共にそそくさとどこかに行ってしまうようだった。
そこで俺は勇者部を訪ねることにした。理由は勿論、勇者部に入部するためだ。
やはりまずは結城さんとの距離を詰め、相手の事を知ることが肝要だ。それには部活動が最も正道だろう。
何度も断られてしまっているがここは誠心誠意、真心を込めてお願いするしかない。女子力に目覚めてないのが唯一のネックだが。
という訳で「家庭科準備室」兼「勇者部部室」前まで来た。
「お、落ち着いてください風先輩!」
「落ち着ける訳ないでしょー!よりにもよって友奈に先越されるなんてー!」
「お、お姉ちゃん落ち着いてよー!」
「くっ、どのようにしてあの男を排除すれば……」
部室の中からは、何やら大騒ぎになっているのか、結城さんの慌てたような声以外に東郷さんの何やら呪詛のような低い声、犬吠埼先輩の怒気の孕んだ声と、それを止めようとしているらしい妹さんの声が聞こえる。
勇者部とは、普段からこんなに賑やかなのだろうか?
俺はそんな驚きを感じつつも、一回深呼吸をして、扉にノックをしようとした……その時。
「え!?樹海化警報!?」
突然、部室内からけたたましいアラーム音が鳴り、誰かが驚きの声をあげた。
この音、聞き覚えがある。確か、1ヶ月前にもあった。
前にこの音が鳴った時、突然結城さんと東郷さんが消えたのだ。
授業中になったので、当然ながら教室内は騒然となったが、すぐに大赦の職員が現れて、二人は「御役目」と言うものがあってそれに参加することになったと言われた。
大赦の権力は絶対の物だ。
不思議な事件や事故が起こると決まって大赦の人間が現れて対処する。そして、大赦が現れた場合、その件にはあまり首を突っ込むことはできない、口出ししないと言うのが民間人の暗黙の了解だ。
今回も大赦の人間が現れて、二人は大丈夫だが気にしないでほしいと言われたので、もうおしまいだ。二人からは何も聞くことは出来ない。
それ故に、大赦への民間人の評価は「信頼はしているが信用は薄い、不透明で秘密主義の組織」という感じだ。
そのため、俺の父のように大赦嫌いな人間もいるし、警察からは仕事を横取りするので煙たがられているそうな。
俺はすぐに部室の扉を開けた。しかし、既にアラームは鳴り止み、部室には先程まで大騒ぎしてたとは思えないほど静まりかえり、部室に入って中を見回しても、誰一人その場にはいない。
あの時と同じだ。忽然と姿を消してしまう。それも、今回は二人だけでなく、犬吠埼先輩とその妹さんまでだ。
勇者部とは、もしかしたらその「御役目」を遂行するために出来た部活なのかもしれない。
そうなると、自分がこの部に入るのはなかなか大変かもしれない。
……いや、それでも雑用くらいなら出来る筈だ。
幸い、今彼女達がいる場所は分かっている。
結城さんの声が屋上から聞こえてくる。なら、屋上に行って改めて入部をお願いするしかない。
そう考えた俺は部室を出ようとした時だった。
……目の端に、黒板の上に掲げられたそれを捉えた。
何故か凄く気になって、俺はそれに向き直った。
『勇者五箇条
一、挨拶はきちんと
一、なるべく諦めない
一、よく寝て、よく食べる
一、悩んだら相談!
一、なせば大抵なんとかなる 』
俺は、それを食い入るように見ていた。
恐らくこれは勇者部のスローガンなのだろう。はっきり言って在り来たりな内容だったし、目新しいことはない。
なのに、何故だろうか。これが彼女達勇者部の根底に有るものだとしたら、これこそが『勇者部の資格』のように感じた。
ずっと疑問に思っていた。何故彼女達が、大赦が絡んでくるような何かに参加しているのか、と。
俺が結城さんのことを好きになる前の印象は(当然今の印象は「最愛の人」)、「変な名前の部活に入ってる元気な娘」だった。
東郷さんも「脚を悪くした礼儀正しい娘」というものだ。
はっきり言って「普通」だった。そんな普通な彼女達が、普通じゃない何かを背負った理由。
俺と勇者部の違いだと思った。
そう思うと、俄然、この部活に興味が湧いてきた。
俺の中で勇者部への入部が手段ではなく、目標に変わった。
「もー、本当になんだったのよあいつ……ってまーたあんたか」
「あれ、西村くん?」
「えぇっ!?なんでここに!?」
「……」
犬吠埼先輩は呆れた顔をし、結城さんは純粋に何故ここにいるのかという顔をし(可愛い)、妹さんはちょっと驚いた顔をし、東郷さんは目線を明らかに鋭くして入室してきた。
俺はすぐに床に正座して四人に向き合う。
「まずは勝手に部室に入ったことをお詫びします。大変失礼しました。……一つだけ、質問していいですか?」
「何よ?何で入部させないかってこと?」
「いいえ。俺が聞きたいのはこの勇者部五箇条についてです。皆さんは、この五箇条を胸に勇者部をしているんですか?」
俺の質問に対して、真意が読めないのか、全員不思議そうな顔をしている。
「この五箇条を見た時、これを胸に実践出来るかどうかが、俺と勇者部の違いだと思いました。だから俺は入部を断られたのだと……。だから教えてください。皆さんにとって、五箇条とはなんですか?」
そう聞くと、全員少し考えたが、やがて一人一人答えを出していった。
「うーん、買いかぶり過ぎだけど……そうね。私達が一人で出来ることなんて限度がある。だから、こうして形にして一致団結してるのよ。皆で守って頑張ろー!みたいな」
「えと、そこまで深くはないと思いますが……でも、これを口に出すと、何だか元気になるんです。変、ですかね」
「これは私達みんなで決めたスローガンなの。だから、私達にとって大切な言葉なのは確かよ」
「うん!私はこの言葉好きなんだ!なせば大抵なんとかなる!」
「…………………そうですか」
勇者部の面々の姿が、不思議と輝いて見えた。
改めて、自分の浅ましさが恥ずかしい。いや、だからこそ、誠心誠意を見せなければならないだろう。俺はそのまま、頭を下げた。
「お願いします。俺を勇者部に入れてください。皆さんが何か重要で簡単には教えられないような何かに参加しているのは分かってます。ですがそれでも、俺もその一員になりたいんです。勇者になれなくても、皆さんと同じようになりたい。だから、お願いします」
深く深く、頭を下げた。
自分でもここまでの情熱があったことに驚きを隠せない。サッカー部に居たときも情熱を持ってなかったかと言われると違うが、何故か、この期を逃してはならないと思えてしまったのだ。
……暫くした後、
「顔、あげなさい」
そう言って犬吠埼先輩が近付いてきた。
俺は言われた通りに頭を上げて、犬吠埼先輩の顔を見上げる。
「あんたの察してる通り、私達は内容を他言出来ない『御役目』があるの。仮に入っても、あんたは蚊帳の外。それでも良いの?」
「はい。関わるなと言うのなら、何も聞きません。ただ俺は、皆さんを近くで見ていたい。支えたい。それだけです」
「……はぁ……まあ、断ってもしつこそうだしね。皆は良いかしら?」
「ちょ、ちょっと怖いけど……でも悪い人じゃないのは分かったよ。だから、お姉ちゃんに任せる」
「……色々と言いたいことはありますが、誠意は伝わりました」
「私も良いと思います!仲間が増えるのは大歓迎です!」
「……という事で、満場一致であんたの入部を許可するわ」
「………………!」
全身から、喜びが溢れてくる。鳥肌が立つような気分だ。
そうか、俺はこの人達と肩を並べられるのか。このどこまでも普通だけど、でもだからこそ輝いている彼女達と!
「ただし!条件が3つあるわ」
「条件?」
「ええ。一つはさっき言った『御役目』には絶対に関わらないこと。これはあんたの為でもあるの」
「はい、分かりました」
「二つ、あんたは部員としては仮部員の雑用よ。一番下っ端。良いわね?」
「了解です。……3つ目は?」
「3つ目は……この後ゴミ拾いのボランティアをしたらうどん食べに行くのよ。あんた、奢んなさい。そしたら認めてあげる!」
「はい、お安いご用です!」
「よし、ならあんたはこれから勇者部の一員よ!頑張んなさい、大地!」
そう言うと、バシッと思いっきり肩を叩かれた。
少し痛かったが、それよりも嬉しくて、口角が少しだけ上がったのを自覚した。
スッ、と健康的な少し日焼けした手が目の前に差し出される。すぐにそれが結城さんの手だと分かった。
「これからよろしくね、大地くん。勇者部へようこそ!」
「結婚しよ」
「えぇっ!?なんで!?」
「……やっぱり入部に反対です!」
ここまで読んでいただきありがとうございました。
また、お気に入り、評価、感想をくださった皆様、ありがとうございます。今後の励みとさせていただきます。
さて今回は無事に勇者部に入ることが出来た大地。
恋を知って感受性が強くなった大地には勇者部も、そして五箇条も素晴らしい物に写ったようです。
あらすじに書いてあるようにこの物語は勇者の物語ではありません。
「勇者」と認められていない大地は、今後勇者部と活動を共にしてどのようになっていくでしょうか?
以下、登場人物紹介
・三好 春信
身長・体重:183cm・78kg
好物:うどん、煮干
好きなタイプ:努力を惜しまず、自信に溢れている人物
原作「結城友奈は勇者である」で今のところ設定のみ開示されている夏凜の兄。
この小説ではとあるプロジェクトに参加している模様。
「優れた者ほど責務を果たさなければならない」というノブレス・オブリージュを地で行く真面目な性格。そのため危険な実験には率先して被験者になろうとする。
夏凜のことを大層気にかけており、彼女が勇者になることには内心反対だが、自分へのコンプレックスが原因であることも知っているので葛藤している。
煮干とサプリメントと栄養ドリンクが主食。
・美琴
身長・体重:170cm・65kg
好物:うどん
好きなタイプ:大人しくて落ち着いた子
大地の親友。サッカー部所属(FW)。
見た目は茶髪(地毛)のチャラ男だが、面倒見が良く、体育会系らしく先輩を敬い、後輩にも優しいので人気がある。
真面目だがどこかズレてる大地のツッコミ役で、相談に乗ったり、一緒につるんで遊んでいる。
見た目のせいでどちらかというと苦手なギャル系に好かれ、好みのタイプに避けられやすいので黒に染めようと考えている。
・一年生の土井くん
恋に目覚めた直後の大地を発見してしまった可哀想なサッカー部部員。
無表情で何を考えてるか分からない上に謎の理由で退部した先輩の、見たこともないくらい上機嫌な姿を見て、見てはいけないモノを見てしまったと精神的ダメージを負う。