これだけは妻にも負けない。
鉄板の上で踊る麺と具材、ソースと油が絡み合う。ヘラを使って空気を含ませながら均等に混ぜ合わせていく。
ソースと具材が焦げ付き香ばしい香りが立ち込める。全体が美味しそうな茶色に染まったら皿に乗せ、紅しょうがを添えて、鰹節と青海苔を振り掛ければ麺の上で踊り出す。
ようやく離乳食を食べ始めた長男は匂いに釣られて妻の腕から出ていこうとしている。
娘は口の周りをソースまみれにしながら、麺を頬張っている。
「父さん、次はアタシにもやらせて!」
ヤル気満々にヘラを構える娘。こういう事も挑戦させてみようとやり方を教えながら焼きそばを作っていく。
鉄板から上がる湯気の熱さにおっかなびっくりしながらも麺と格闘する娘。やがてソースがまんべんなく馴染んでくる。
娘が作った初めての焼きそばは、所々焦げて固くなってたり、場所によって味の濃淡に差が出ている。
だが、初めてとしては上々だ。もしかしたら娘には勇者適正以外にも焼きそば作りの才能もあるのかもしれない。
自分の娘の多才さに、思わず顔が綻んだ。
後で妻から「親馬鹿ここに極まれり、ね」と呆れられた。
【1】
無事に勇者部に入部出来た。それに伴い友奈を初め部員の皆と名前呼びになる程進歩したのだが、ちょっと残念なことがあった。
「ごめんなさい!今はまだ、お互いのこと、あんまり知らないし、付き合うって何すれば良いか分からないから、今は付き合えません!」
友奈からの告白の答えは、残念ながら芳しいものではなかった。
が、まずは友人からスタートするならOKだという事なので、まだゴールを一回外しただけといった所だ。俺の勝負はまだまだ終わらない。
「という訳で友奈、運動部の助っ人をした後、親睦を深めるために一緒にうどん屋デートに行かないか?」
「どういう訳か全く正当性が不明なので却下です」
「何故、東郷が決める?」
「貴方と友奈ちゃんを二人きりに出来るわけないでしょ?」
「なんだと?まるで俺が二人きりになったら襲いかかるような言い草じゃないか」
「だったら今すぐ友奈ちゃんの手を離しなさい!友奈ちゃんも成すがままにされない!」
「えー、でも親睦会は必要だしうどん食べたいし……」
「友奈ちゃん、うどんに釣られないで!これは罠よ!」
「お前の中の俺はどんなことになってるんだ、東郷」
何故か不明だが、俺が友奈にアプローチしようとすると東郷が首を突っ込んでくる。しかも、どうやら東郷は俺のことが嫌いらしい。
何故だ?嫌われるようなことは一切したことないと思うのだが……。
「……逆に嫌われないと思ってるお前が凄ぇよ……」
「そうか?」
美琴に相談しても有力な助言を得ることが出来なかった。全くもって彼女が俺を嫌う理由が分からないが、別に俺は彼女と敵対するつもりはないんだがな……。
「お前はそうだろうよ。……はぁ、まあ良いや。兎に角今度の試合の助っ人、来てくれんのか?」
「ああ、勿論だ」
「頼むぜ。意外とお前が抜けた穴はデカイんだぞ?後輩が成長するまで、暫く頼むからな」
「分かった。……すまんな、美琴」
「お前が一度集中したらテコでも動かねぇことくらい知ってるよ。何年つるんでると思ってるんだ」
そんな風に親友と話してると一限の予鈴が鳴る。
それぞれの席に戻ると担任と副担任、そしてツインテールの少女が扉から入ってきた。
「はい、良いですか?今日から皆さんとクラスメイトになる、三好 夏凜さんです」
担任の先生が黒板に「三好 夏凜」と名前を書いていく。
目の端で友奈が呆気にとられたような表情をし、斜め後ろの東郷も少し驚いた顔をしているのが見えた。知り合いだろうか?
「三好さんは、ご両親の都合でこっちに引っ越して来たのよね?」
「はい」
「編入試験もほぼ満点だったんですよ?」
「いえ」
「三好さんから皆さんに挨拶を」
紹介されたツインテールの少女、三好 夏凜は、
「三好 夏凜です。よろしくお願いします」
と、澄ました顔で簡単に挨拶を済ませた。
「(おい、三好ってもしかして……)」
「(ああ)」
隣の席の美琴が耳打ちしてきた。俺もそれに頷く。
三好。
それは俺達にとっては憧れの先輩の名字を思い浮かばせる。そしてあの意思の強さを感じさせる吊り目は、記憶の中の彼にとても似ていた。
…………………………………
……………………………
………………………
…………………
……………
………
…
三好 夏凜は放課後になるとすぐに、友奈と東郷に勇者部に案内するように言ってきた。
「御役目」がどうの完成型勇者がどうしたのと言っていたので、とりあえず俺も加わって一緒に部室に向かった。
部室に着くとすぐに御役目についての話し合いがあるらしいので、俺は耳栓をして掃除をしながら皆が終わるのを待つことにした。
窓を雑巾で乾拭きしていると、フワフワと俺の側に小さな存在が近付いてきた。
「なんだ牛鬼?腹が減ったのか?」
俺に近付いてきたのは友奈から「牛鬼」と呼ばれていた気の抜けた顔の牛のぬいぐるみような奴だった。
初めて見た時は少しだけビックリしたが、きっと大赦が関係している何かだと思うので、まあ何か不思議なそういうものなんだろうくらいに思った。
別に正体については聞く気もないし、なかなか愛嬌ある顔なので結構好きだ。
他にも、風先輩の「犬神」や樹の「木霊」、東郷の「青坊主」「刑部狸」「不知火」も見せてもらった。
どいつもこいつも人懐っこい性格なのか、出てくると決まって俺の側に寄ってきたり手伝ってくれたりする可愛い奴らだ。
牛鬼は牛なのにビーフジャーキーが好きらしいので、最近は部室にジャーキーを常備している。袋から出して与えると、ジャーキーをモグモグと食べながら幸せそうな顔でまた漂い始めた。
「ぐっ!?」
突然背中を叩かれた。驚いて振り返ると、目を釣り上がらせている夏凜がいた。夏凜は何かを捲し立てているが全く聞こえない。
「待て、今耳栓を取るから」
キュポン!と耳栓を取ると、
「だから、何でアンタみたいな部外者がいるのよ!」
と怒られた。酷いな、いきなりそんな風に言われると傷付くぞ?
「部外者じゃないぞ?俺も勇者部の一員だ。仮部員の雑用だがな」
「そうじゃないわよ!アンタ、勇者じゃないでしょ!?何でここにいるのって話よ!」
「それは俺がこの部に入りたかったからだ。安心しろ。お前達の『御役目』については聞かないし触れない。そういう話になったら俺のことは居ない者として扱ってくれ、夏凜」
「アンタまで下の名前呼び!?」
「仕方ないだろ。俺にとって『三好』といったらお前のお兄さんの方が出てくるんだ」
当の夏凜に確認したので間違いない。彼女の兄・三好 春信は俺と美琴が小学生の頃に所属していたジュニアサッカークラブのOBで、彼が中学生から高校生までの間、時折臨時コーチとしてクラブの練習に参加してくれたのだ。俺と美琴は彼にサッカーの基礎を教わったと言っても良い。つまりは大恩人である。
「それにお前、これから勇者部の一員なんだろ?仲間だから下の名前で呼ぶことにしたんだ」
「ならないわよ!」
「何?ならなんで来たんだ?」
「それは……あーもう!ちょっと!こいつ本当になんなのよ!?」
「「「友奈(ちゃん/さん)のストーカー?」」」
「そんな、酷い……」
満場一致で酷い答えが出てきた。まさか皆からそんな風に思われてたとは……。せめて愛の戦士とか……いや、それは流石にダサいか?
「はぁ……まあ良いわ。残りのバー……兎に角、もうすぐ御役目も終わるし、それまでの我慢ね」
「うん、一緒に頑張ろうね!」
「……頑張るのは当然。足引っ張るんじゃないわよ!」
ツン!と友奈から話し掛けられても強気な態度を崩さない夏凜。
なんというか、人馴れしてない猫のような奴だな。
「ねぇ、これからうどん屋さんに行かない?」
「……必要ない。行かないわよ」
うどん屋への誘いも断り、夏凜は入部届をさっさと書いて部室から出ていってしまった。
…………………………………
……………………………
………………………
…………………
……………
………
…
「ふーん、成る程。プライドが高くてお堅いタイプか」
「ええ」
翌日の昼休み、俺はイワ先生に夏凜のことを相談しに行った。
あの後、夏凜以外の勇者部でうどん屋に行き、夏凜のことを話し合ったが、彼女とどのように接すれば打ち解けるのか、その解決策は全く浮かばなかった。
風先輩に関しては「張り合いがある」と闘志を燃やしていた。
そこで俺は人生の先輩であるイワ先生なら何か知恵を借りれないかと思って職員室に来たのだ。
「そういう奴は大抵、かなりの努力家だ。常に誰よりも強くありたい、誰よりも上手くなりたいって感じだな。周りは敵だらけ、って思ってる奴もいるな」
「はい」
「でも、そいつ一人にしてはおけない。だから相談しに来たんだろ?」
「はい」
「なんだなんだ?結城にフラれて次の恋に目覚めたか?」
「違います」
「あっそ。……でも何でだ?何か気になることでもあるのか?」
「……簡単に言うと、あいつ一人で何かをするのは無理だと思ったからです」
「ほほう?」
俺は、友奈達の「御役目」については触れずに、俺が感じてる懸念を説明した。
勇者部は、「一つのチーム」だ。風先輩の元に、友奈達が集まって結成されたのが勇者部だ。
それはつまり、「一人では達成できないことがある」からチームになっているのではないか、と思ったからだ。
風先輩も一人での限界値を理解している。だからリーダーとなって勇者部を纏めている。
御役目に関わらず、勇者部に来る依頼を全て完遂するには一人の力じゃ無理だ。
それぞれが得意なことを担当して、時にお互いにサポートしあいながら依頼を成功させる。それが勇者部のやり方だ。
しかし夏凜は、どうも他人と関わろうとしないところがある。出来るだけ他人と距離を置こうとしているような気がする。
確かにサッカー部にもスタンドプレーを好む奴は一杯いた。しかし誰もが、自分だけの力で勝てると思っている訳ではない。自分のポジションの役割を把握し、背中を仲間に預けながら勝利に向かって貪欲に突き進む。それがチームだ。
夏凜は分かってるのだろうか?
チームである意味を。どれだけ努力しても、個人では「手」が届かないことがあることを。
「いつか結城達も巻き込んじまうんじゃないかって?」
「それだけでなく、あいつ自身が痛い目を見るんじゃないかと」
「……成る程、ね。……でも今のままで大丈夫だと思うぞ」
「え?」
しかしイワ先生から帰って来た答えは、予想外のものだった。
「三好は多分、分からないだけじゃないか?」
「分からない?」
「ああ。誰かが寄り添ってくれるとか、他人が自分のことを気にかけてくれてるとか、なんつーの?自分が本当は孤独じゃないってことに」
「…………」
「そう言う奴ほど見捨てないで仲良くなっちまう、受け入れちまう。そういう奴らばかりじゃねぇか、勇者部は。現にお前も三好のことが心配なんだろ?」
「はい」
「なら大丈夫だ。お前らのペースに乗せちまえば、あいつ自身、気付かない間に乗せられてるさ。……三好には、孤高になりきれない『甘さ』がある。それがある限り、あいつを見放す奴なんて居ないだろうよ」
……確かにそうだ。
昨日盗み見ていた友奈達との絡みや俺への反応を見ると夏凜は、根っからのツッコミ体質だ。
本当に誰とも付き合いたくない奴はツッコミなんてしない。だって関わりが出来るからだ。
でもあいつは他人の反応に敏感に反応していた。
まだまだ、あいつとは「仲間」になれるチャンスがあるってことか。
「ありがとうございました、先生」
「いやなに。生徒の相談に乗るのも先生の仕事さ。つーか、次は体育だろ。早く行けよ」
「……何故この時期の体育は男女別々なんだ……」
「お前、結城の水着姿を想像しただけで鼻血出して気絶したの忘れたのか?」
【2】
放課後、俺は牛鬼にジャーキーをやりながら折り紙を折っていた。
折り紙は結構得意だ。こうして無心で作業を行っていると自分の集中力が研ぎ澄まされていくのが分かる。しかし今回は目の前の折り紙ばかりに集中することは出来ない。
「……ん?青坊主、もう出来たのか」
俺に折り鶴を差し出してくるのは東郷の青坊主。赤ん坊みたいな丸っこい手をしているが、こいつがなかなか器用に折っている。きっちり角を合わさっててシワもない。恐らく東郷の躾が良いのだろう。
紙飛行機を折っている犬神は悪戦苦闘している。犬だから仕方ないか。時々爪を立ててしまって破いては呆然とした顔をしていてちょっと可哀想だ。
刑部狸は…………こいつ、さては寝てるな?
夏凜が連れてきた義輝って奴はさっきから折り紙で刀を作っている。剣豪将軍の名前通りに、今や彼(?)の周りは折り紙の刀だらけだ。
手のない木霊と不知火はさっきから紙風船でバレーをしている。……燃えないのは何故なのだろうか?
「……何してんの?あんた」
「見て分からないか?次の依頼に備えてこいつらと一緒にデモンストレーションをしているところだ」
「は?」
「大地、依頼の説明してあげて」
「御役目」に関する話し合いが終わったらしい。奥の黒板の方から皆がこっちに戻ってきた。それに合わせて牛鬼達も姿を消し始める。去り際に全員が手を振ってくれたのはちょっと嬉しかった。
怪訝そうな表情をこちらに向けてくる夏凜の後ろから風先輩に声をかけられた俺は、すぐに作っておいた資料を全員に配布する。
「では始めます。本日届いた依頼により、日曜日に児童館で子供会のレクリエーションの手伝いを行います」
「具体的には?」
「折り紙教室、お絵かき、鬼ごっこ、ドッジボールなど、子供達と様々なことを行います」
「わー!楽しそう!」
無邪気に喜んでいる友奈を見てるだけで本当に可愛いくてどうしようもない。
今回の依頼は児童館からメールで届いたものだった。時折勇者部はここの子供会に参加するらしいが、どうやらかなり好評らしい。俺も脚を引っ張れないと思い、牛鬼達を子供役に当日の練習をしていたのだ。
折り紙に集中しすぎて子供達を置いてけぼりにしては本末転倒だからな。
「夏凜にはそうねー……暴れたりない子のドッジボールの的になってもらおうかしら?」
「はあ!?て言うかちょっと待って!アタシもなの!?」
驚いた顔をする夏凜に風先輩は、昨日夏凜が書いた入部届を突き出し、ここにいる間は部の方針に従うことを命じた。
夏凜は明らかに嫌そうな顔をした上、スケジュールを勝手に決められたことに文句を言ってきたが、
「夏凜ちゃん、日曜日に用事あるの?」
「……いや……」
「じゃあ親睦会をかねてやった方が良いよ!楽しいよ!」
「何でアタシが子供の相手なんかを!」
友奈に押されぎみの夏凜。必死に抵抗しようとするも友奈が残念そうな顔で「いや?」と聞くと(スマホで撮影しとけば良かったと思うほど可愛い)、
「わ、分かったわよ。日曜日ね。丁度その日だけ空いてるわ……」
と、渋々と言ったように答えた。
ワッと盛り上がる勇者部の面々。俺はもう一度、夏凜の方を伺う。
溜め息をついてめんどくさそうにしているが、俺がさっきまで見ていた折り紙の本を少し捲っている。
どうやら決して興味がない訳ではないらしい。
今のままで良い、か。
確かに、夏凜は勇者部に少しずつだが馴染み始めているようだ。
…………………………………
……………………………
………………………
…………………
……………
………
…
6月12日の日曜日になった。現在時刻は9時49分。
俺は学校に来ていた。
理由は単純に、風先輩が部室に忘れ物をしたので代わりに取りに来ているからだった。
日曜日の学校は、休みの部活が多いので学校内は静まり返っていた。それでも耳を澄ませれば運動部の威勢の良い掛け声が聞こえてくるが。
俺は部室目指して廊下を走っていく。あと少しで部室が見えると言うところで、部室前に誰かがいるのを発見した。
「……夏凜?」
「遅いわよ、アンタ」
そこには何故か夏凜がいた。彼女らしい、動きやすくてあまり飾り気のない私服姿の夏凜は仏頂面で俺を睨んでいた。
「まったく、来てやっただけ有りがたいと思いなさいよね。他の連中も、いつまでアタシを待たせるつもりなのかしら?」
「……何いってんだ、お前?」
「は?」
「皆なら児童館の方でもう集合してるぞ」
「え?」
「……お前、さては集合場所を間違えたな?」
「……………」
俺が指摘すると、段々と夏凜の顔が朱色に染まっていく。耳まで赤くなったとき、夏凜は俯きながらツカツカと俺の横を過ぎ去ろうとしていた。
「おい待て、何処に行く」
「は、離しなさいよ!別にアタシ、元々アンタ達と馴れ合うつもりなんてなかったし、集合場所を間違えたのも逆に好都合だわ!子供の相手をしなくて清々するわ!」
過ぎ去ろうとする夏凜の腕を捕まえると顔を赤くした夏凜が捲し立てるようにそう言ってきた。
いや、確かに集合場所は間違えたが律儀にも集合時間の15分以上前からいた時点でその言い訳は通用しないだろと思ったが、それを指摘したらもっと怒るだろうと想像がつくので言わないでおいた。
「落ち着け、走ればまだ間に合う。それに子供達も楽しみにしてるんだ。少しくらい付き合う余裕くらいあるだろ?」
「う、ぐぅぅ……」
とりあえず落ち着いてもらえたのかなんなのか、真っ赤な顔で俺を睨み付けているが逃げないでくれた。
「ちょっと待っててくれ。今忘れ物を取ってから行くから」
部室前に夏凜を待たせて俺は部室に入って忘れ物を探す。えーと、確か戸棚にあるんだったよな。
戸棚を開くと、大きな黄色のレジ袋の中にパーティーグッズが入っているのが見えた。
夏凜が俺の背に話しかけてきたのは、俺がレジ袋に手をつけた時だった。
「……ねぇ、アンタこの間、この部活に入りたかったからいる、っていったわよね?」
「ああ」
「……アンタ分かってるの?御役目は常に危険と隣り合わせなのよ。アイツら、今まで偶々上手くいってたみたいだけど、気を抜けば最悪、死ぬことになるわよ」
思わず、レジ袋を持った手が止まった。
死。
それは、日常生活を送っているとあまり実感することのない言葉だが、夏凜の冷たく突き放すような鋭い口調から、決して冗談で言っているわけではないことを感じるには十分だった。僅か数日の付き合いだが、こいつがつまらない冗談を言うような奴ではないことも知っている。
「アンタ、気にならなかったの?アタシ達がしてること……中途半端に関わるくらいなら止めときなさい。後悔することになるわよ」
「だろうな」
俺の答えに気を悪くしたのか、更に夏凜の視線がキツくなったのを背中に感じた。
「……分かってるならなんでいるのよ。はっきり言って、アタシ達の邪魔になるだけよ」
「信じているから。そして知りたいから」
「は?」
俺はレジ袋を持って振り返る。何を言ってるのか分からないって顔だ。それはそうだ。
「お前達がしてることは、俺には、というか一般人には知覚すら出来ないことなんだろ?そして現状、俺にはお前らの無事を祈ってるくらいしか出来ない」
「……そうよ」
「だから俺は、お前らが帰ってくることを祈る。そして信じている。お前らが無事で帰ってくると。あれがあるからな」
俺はそう言って勇者部五箇条を指差した。
「勇者部五箇条、一つ、なるべく諦めない。だからきっとお前らは諦めないで帰ってくる。俺はそれを信じて俺はお前らを待つ。おかえり、って言ってやるために。そして俺は、そんな辛いことがあっても何故勇者部はこんなに頑張れるのか知りたい。勿論、友奈がいるからってのもあるがな」
だから俺はここにいる。
「勇者」とは何なのかを知りたいから。そして彼女達にとっての「日常」を守りたいから。だから、
「俺は勇者部に入ったんだ」
「……」
「お前のことも信じてるからな、夏凜」
「え?」
「お前は強いんだろ?なら、皆を守ってくれると思ってる。頼むぞ、夏凜」
話してて分かった。こいつは優しい奴だ。
さっき、御役目のことで皆が危険な目に合うかもと言ったが、それはつまりこいつは心配してるんだろう。皆が怪我したり死んでしまうことを。
そして俺が傷付いた皆を見て後悔すると心配してくれた。
だから俺は、夏凜を信じることにした。彼女は間違いなく、俺達の「仲間」だ。
「い、言われるまでもないわ!確かに緊張感のないトーシローどもだけど、目の前で死なれても迷惑だし、仕方ないからピンチの時は守ってあげるわよ」
胸を張って自信満々に言い放つ夏凜。やはりこいつは優しい奴だ。これから仲良くしていけたら良いな。
「頼むぞ。というか、本ッ当に頼むぞ。特に友奈に何かあったら俺、流石に立ち直れないかもしれん。だから頑張ってくれ」
「……アンタ、ホントブレないわね……。ところで……」
夏凜は俺の持っているレジ袋を指差してきた。
「それ、何y「秘密だ」
「いや、だって「秘密だ」
「…………」
「秘密だ」
「分かったわよ。……とりあえず走りましょ。アイツらも待ってるんでしょ?」
「そうだな」
言われて時計を見れば55分になっていた。幾らなんでも話しすぎたな。これでは走っても10時には間に合わないな。
SNSアプリを起動してこれから児童館に行くこと、夏凜も一緒なことを風先輩に伝える。すぐに、先に挨拶してるから急いで来るように、と返信が来た。
それから夏凜を発見したことを褒められた。
本当に運が良かった。なにせ、今回の主役がいなければ何も始まらないしな。
……そうだ。
「夏凜、児童館の場所分かるか?」
「え?勿論よ」
「なら先にどっちが着くか競争しないか?負けた方は今度うどん奢りだ」
「……上等じゃない、受けてたつわ。完成型勇者の実力、アンタに教えてやるわよ!」
「俺も負けん。行くぞ、夏凜!」
「ええ!」
「3、2、1、GO!」
俺の掛け声と共に、俺達は同時に駆け出す。隣を疾走する少女の口元が楽しそうな笑みを浮かべているのを、俺は見逃さなかった。
…………………………………
……………………………
………………………
…………………
……………
………
…
「じゃあ皆!一緒にお祝いしましょう!せーの!」
『『『かりんお姉ちゃん、お誕生日、おめでとーう!!』』』
「……………へ?」
児童館に着いた俺と夏凜(勝負は足の長さと持久力の差で俺の勝利)は、すぐに勇者部の他の面々に謝り、館長さん達にも謝り、館内に入る。
すぐに俺は持ってきたレジ袋の中からバースデー用のキャップと『今日の主役』襷を取り出して夏凜に装備させる。夏凜は突然の俺の行動に目を白黒させてたけど、そのうちに友奈と東郷、樹に連れられてステージに立たされると、マイクを握った風先輩の掛け声と共に、子供達から祝福の言葉をかけられる。
夏凜は、何が何だか分からないという顔をした。
「……あれー?もしかして夏凜お姉さん、自分の誕生日忘れちゃってたの?」
「な、何でアンタ達がそれを……てか何よこれ……?」
「友奈ちゃんが入部届に書いてあったのを見つけたんですよ」
「そうなんだよ!だから、今日の子供会でサプライズパーティーしようってなったんだ!」
「子供達も協力してくれたんですよ。ほら、ここにいてください!」
「皆、夏凜お姉さんに花束贈呈だ。順番にだぞ」
『『『はーい!!』』』
樹が夏凜の背中を押して子供達の側まで近付けたのを見届け、俺が声をかけると子供達は一列にならび、折り紙で作った花を一輪ずつ手渡していく。子供達も渡すたびに「おめでとーございます!」と満面の笑顔を添えている。
夏凜は困惑した顔をしていたが、1つ、また1つと花を受け取り、最後の子供がおずおずと差し出した花を受け取った頃には手に一杯の色とりどり、形も種類もバラバラの花束が握られていた。
「それじゃあ夏凜お姉さん、子供達に一言!」
「えっ!?え、ええっと……」
風先輩からマイクを向けられた夏凜は顔を真っ赤にしてしどろもどろになり、視線をさまよわせた末に俯いて、
「…………その…………こんなこと、初めて、だから、上手く言えないんだけど……え、っと……―――――。」
「んー?何々?良く聞こえないわよ?」
「ッ!~~~~ッ!!あっ!ありがッ!とう……ござい……ます……」
「……ウフフフ、はーい皆!最後に大きな拍手ー!」
会場中が拍手の音で震える程、大きな祝福の音が夏凜を包む。夏凜はその祝福を受けて、ただただ顔を俯かせるばかりだった。
「良かったな、夏凜の奴」
「うん、本当に良かったね!」
お昼ご飯の時間になり、子供達と並んでご飯を食べていた。
夏凜の奴は、男の子から弁当が煮干とおにぎりだけなのをからかわれてたり、隣の女の子からタコさんウィンナーをあーんしてもらったりして楽しそうにしている。
俺は友奈と共にその姿を微笑ましく思った。
あれだけ参加を渋っていた夏凜は、子供達と折り紙をしながらとても楽しそうにしていた。意外と教えるのが上手いからか、子供達から慕われているようだ。
「夏凜とはまた仲良くなれそうだな」
「うん!これから勇者部も忙しくなるし、楽しみだね!」
ニコニコと笑顔を見せる友奈を見ながら、俺は夏凜との会話を思い出していた。
『御役目は常に危険と隣り合わせなのよ。アイツら、今まで偶々上手くいってたみたいだけど、気を抜けば最悪、死ぬことになるわよ』
「……友奈」
「 ? 」
「俺は、お前達が帰る場所を守る」
夏凜に言ったことは嘘ではない。彼女達が戻ってくることは信じている。
……だが、全く心配してない訳じゃない。
彼女達が傷付いた姿を想像するのも嫌だし、何も出来ない自分に苛立ちを感じる。
それでも今の俺に出来るのは待つことだけだ。
「だから約束してくれ。どんなことがあっても帰ってくるって。でないと、俺は……」
嫌な想像をしそうになる。
これも恋をしてから知ったことだが、人間は特別な誰かが出来ると、想像力が増すらしい。それは良い悪いの区別なく。こんなに辛く、身を焦がすような想いを、世の人々はしているのだろうか?
俺は……彼女達が危険な時……どうなるのか……。ダメダメだと思っても、思考がそちらへ行こうとする。
「大丈夫だよ!」
しかし、そんな俺の思考を吹き飛ばすような明るい声が耳に届く。
「御役目は大変だけど、風先輩も樹ちゃんも、夏凜ちゃんも東郷さんも、勇者は皆強いんだよ。だから安心して!勇者は最後まで諦めないから!」
そう言って、彼女はまた、あの強くて優しい笑顔を見せてくれた。その笑顔には嘘がなく、絶対に大丈夫だという自信に溢れていた。
俺の中の不安が突風に吹き飛ばされる砂の城郭のように消えていく。その笑顔を見ただけで、安堵感に包まれる。
ああ、やっぱり俺は……。
「友奈」
「何?」
「ありがとう」
「えへへ、どういたしまして!」
「それから」
「 ? 」
「やっぱり俺と結婚してく」
サクッ!
「スッゲー!車椅子の姉ちゃんの作った手裏剣が兄ちゃんの頭に刺さった!」
「お姉ちゃん!その手裏剣の作り方教えてー!」
「な、何故なんだ……東郷……」
この後夏凜宅で二次会をして滅茶苦茶盛り上がった。
ここまで読んでいただき、ありがとうございました。
読者の皆さん、感想、お気に入り、評価してくださった皆さん、ありがとうございます。
2018年最初の投稿です。今年もよろしくお願いいたします。
2018年、勇者の章最終回に色んな意味で安堵したり、ゆゆゆいの謹賀新年ガチャをなんとなく回したらいきなり振り袖友奈ちゃんをお迎えしたりと始まって早々に色んなことがありました。
本ッ当にあの最終回は良かった。ご都合主義?それがどうした幸せならオールOKなんだよ!と言わんばかりの展開で頭がすぐには追い付きませんでしたが良かった良かった。
この小説も夏凜ちゃんが加わり本格的に動き出してきました。夏凜ちゃんツンデレチョロイン可愛いよ夏凜ちゃん。
精霊と戯れたり、アニメと違って子供会に参加する展開は、当初全く考えてなかったんですが、神樹様のお告げなのか突然舞い降りて来ました。そのせいでまさかの10000字超え。次は計画的に行きます…。
さて、次は東郷さん&風先輩と大地の絡みを書いていきます。アニメ4話の話は少し先になりそうです。ではまた次回のお話でお会いしましょう。
(前書きの女の子について正体が分かった方もいると思いますが、今はまだ秘密でお願いします(隠す気は余りない))