転生オリ主チートハーレムでGO(仮)~アイテムアビリティこれだけあれば大丈夫~   作:バンダースナッチ

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竜騎士 -DRAGON KNIGHT-
重厚な装備をものともせず空高く『ジャンプ』し
攻撃する武技を使う戦士。槍の名手でもある


第22話

 ナルビナ要塞の一室。光源である燭台の火が揺れながらそこに居る人物たちを照らしている。

 主だった将兵が集められている中、二人の騎士が対峙していた。

 一人はバルログ辺境伯、ナルビナ要塞の主であり現在の西部方面軍の指揮官である。その表情は険しく、額には血管を浮かばせていた。

 

「何故、儂が指揮官を解任されねばならぬのだ!」 

 

「理由は先程述べた通り……今日に至るまでの敗北とその損害の責任ですよ」

 

 対する騎士は短く切り揃えられた髪に、黒竜をモチーフにしたフルプレート。その背中には鎧と同じ色の黒槍が携えられている。口の端を釣り上げ、イヤミの効いた笑みを浮かべている様はより一層相手を不快にさせている。

 オルダリーア竜騎士団副団長カイゼル。30歳にして現在の地位についており、ラナード派に属している。

 

「その場に居なかった貴様に言われる筋合いなど無い。そもそも貴様はバグロス海沿いの戦いに参加していたはずだろう……その持ち場を離れてここに居る等――」

 

「ああ、あちらの戦闘ならもう終わりました。今頃殿下はこちらに向けて出発している頃です。私はそれに先立ってこちらに来た……が、来てみればこの有様。大魔道士に対して無策で突っ込んで被害を大きくしている」

 

 続く言葉に怒りを顕にする辺境伯だが、最初の言葉は流せなかった。

 

「馬鹿な……あちらがもう終わっただと? 兵数で言えば負けていたはずだ……」

 

 海沿いでの戦いでは、鴎国の動員した兵数は3万。対する畏国側は5万はいるという報告であった。移動の距離を考えても、数日の内に決着がつくとは考えられないというのが辺境伯の考えである。

 対するカイゼルは、どうでもいいとその話を切り捨てる。

 

「事実は事実です。そして奴らはそれをまだ知らない……援軍到着と共に攻勢に出ます。ここからは我々の指示に従っていただきますが……よろしいですね?」

 

 実際のところ、この場での指揮権は当然辺境伯にある。現在の西部方面軍の大元の指揮権はラナードにあるが、その勢力を気に入らない人物も多々存在する。そして、それとは別にこの要塞を任せられているのがバルログ辺境伯である。

 辺境伯とは国境沿い等敵国と隣接している領地を持つ爵位である。権力で言えば、大雑把に判断するなら侯爵と同程度、場合によってはそれ以上となる。ラナード本人が居れば別であるが、カイゼルに指揮権を渡すように伝達したとしても辺境伯を任じたのはその上……つまりは現国王からであるため、要請はあくまで要請で留まるはずであった。

 

「……いいだろう。ただし条件がある」

 

「……なんでしょう?」

 

 予想していたよりもあっさりと受け入れられた事で僅かに拍子抜けしたカイゼルであったが、次の言葉はさらに驚くべき事であった。

 

「儂を中央に配置しろ……次の戦いは儂自らが前線に出て、汚名を雪いでみせよう」

 

 蝋燭の光は、その決意の表情を映し出していた。それは、この戦いが次の局面へと移ることを示しているように……。

 

 

―――――

 

「初日と同じ布陣ですか、そろそろ要塞に籠ると踏んでいたのですが……まぁ好都合ではありますな」

 

 会戦3日目、朝日が二日に渡る戦場の痕を映し出している。平原のいたるところに矢や折れた槍先が刺さり、魔法によって大地が抉られていた。僅かに出ている霧と共に、戦場の匂いというものが私の鼻を刺激している。

 この二日間での畏国の戦果は大きく、既に戦力の差を埋めている。無論、相手には要塞という防衛手段があるため、このままでは同兵数での要塞攻めを強いられるかと思っていたが、その予想は外れ再び鴎国軍はこちらに野戦を仕掛けようとしているらしい。

 しかし、僅かに感じる違和感と援軍が到着しないという不安感が、どこか私の心を浮かせていた。

 

「そう思っているのならば、お主はまだ青いと言うのだ」

 

 司教の言葉と考えを否定するように、一人の老騎士が声を上げた。表情は既に戦闘中のそれになっており、その顔は熱を帯びているようであった。

 

「ゴードン伯……どういう意味ですか?」

 

 ゴードン伯爵。旧派閥を纏めている人物だったはずだ。歳は五十を超えているだろうか、顔には深いシワと傷痕、そして白いヒゲを生やしている。体躯は大きく、鍛えられた体からは老いを感じさせていない。そして、彼の後ろには軍議で絡んできたオストンと呼ばれた騎士もいる。

 伯爵は片目を閉じながら、ゆっくりと敵の陣営を眺めていく。

 

「今日の戦場に漂っている敵軍の戦意……それが分からんようでは軍師なぞ務まらんと言っておるのだ」

 

「戦意……ですか」

 

「戦いはこれからだという事だ、エーリッヒよ」

 

 言葉を締めたのはゴルターナ公であった。既に騎乗し、腰には剣を帯びている。これまでは本陣として後方で指揮をとっていたが、今回は前線に出るようだ。

 

「……まだ北天は来ておりません、深追いはしないようお願いします」

 

 司教は僅かに目を細めて、言われた言葉を噛み締めるように言葉を出した。私を含め、現派閥の殆どが所謂戦場の機微というものをまだ理解していないのだろう。意を汲み取ったのはオルランドゥ伯であり、ゴルターナ公の横に立っている。

 

「そう言えば、リシューナ子爵はどうしたんです?」

 

 私が疑問に思って父に声をかけてみると、意外な答えが帰ってきた。

 

「ああ、奴ならば援軍がどこまで来ているかを確認するためにゼルテニアに向かっている……閣下の言うとおりならば、ここで風神を使ったのは悪手だったかもしれないがな」

 

 予定では昨日の内には援軍が到着するはずだったらしい。しかも、その予定は遅くなると見積もってである。実際の所、この時代での行軍を考えれば数日の誤差は当然なのだが、その通常の誤差を考えても僅かに遅れているらしい。しかも、その対象が畏国を代表する騎士団である北天騎士団なのだ。早く到着することがあっても、遅れることは中々無いという。

 つまり、後方……畏国本国のほうで中々無い何かが起きたのではないか……という疑念が浮かんだのだろう。そして、何か厄介事が起きているならばただの伝令兵では対処など出来ない、その為の配置だったのだろうが……。

 そして、徐々に大きくなる不安は解消されることなく、3日目の戦いは始まっていった。

 

――――

 

 今回の布陣は初日と同様に、私は中央に配置されている。その理由は両翼に対して中央の士気が高いらしい。私にはその違いは解らないのだが、前日の浮き足立った様子が見られないらしい。

 そして、今回は畏国側が先に進軍を開始していった。ゆっくりと、そして徐々に早く。一歩一歩歩く速度から駆け足へと。中央・右翼はそのまま直進し、左翼側は包囲をするようにその陣を広げていく。

 対する鴎国側もこちらへと前進を開始してきている。万の人間による進軍は大地と空気を揺らす。そして平原の中央にて両軍の前線が触れ合った瞬間に、敵軍からいくつもの光が届いた。

 着弾した魔法は周囲の兵を巻き込み爆発していくが、私の居る場所からは随分と離れている。こちらを特定出来ていないが、頭を抑えようというのだろうか。

 

「……おかしいですね」

 

「どうかしたんですか?」

 

 頭上から届いた声はレミアさんである。現在は前線からは少し下がった位置で待機している私たちは、この戦場にあってまだ会話を出来る余裕がある。戦況は一進一退となっており、いつでも攻撃に移れる準備は出来ている。今回の指揮権は中央を直接率いているゴルターナ公にあり、私たちはその指示待ちという状態だ。

 レミアさんは私にすら届かない声で何をつぶやきながら思考を纏めている。そして細めた目は敵軍のほうを向いている。そして、最初に発した言葉から1分程経った後に次の言葉が出てきた。

 

「本来、中級の魔法は集中運用をする事が前提にされます。ですが、現状は散発的、かつ広範囲にばらまいています……何かを狙っているのでしょうが」

 

「こちらの動きを制限させるためとか? それとも魔道士の被害を抑えさせるために?」

 

「前者であれば弓でよく、後者であればもっと戦況を読んでからにすればいいはずです」

 

 やけになって魔法を撃ち散らしている……という事は今の鴎国軍からは考えられない。統率はとれているし、戦線も崩れていない。

 私たちの考えを中断するように、金属鎧独特との足音が聞こえてきた。公爵からの伝令らしいその兵は、今まで司教が派遣していた軽装の兵ではなく一騎士である。

 

「伝令です、魔爵の隊は第三隊の援護に向かえとの事です」

 

「第三隊というと左翼側に近いほうですよね……了解しました、直ぐに向かいます」

 

 後方にいる部隊の兵にも移動を伝え、移動を開始していく。移動をしながらも、レミアさんは未だに考え続けている。対して私は思考を任せ、集中を開始していく。流石に魔法を撃ち、戦いながら別のことを考える余裕は余りないのだ。

 

 兵の怒号と断末魔の叫び声をくぐり抜け、移動してから10分程で目的の場所に辿りつくことが出来た。戦況は僅かにこちらが有利であり、敵の前線を押し込もうとしている。ただ、押し込みすぎれば今度は孤立してしまうため、周囲に合わせているといった感じである。

 つまりここでの有利を確立し、相手の線を乱すことを求められているのだろう。

 改めて杖を構えて集中していく。氷塊をイメージし、浮かび上がる文字を言葉に。

 そして、私の魔法の完成と同時にレミアさんは思い至った用に声を絞り出してきた。

 

「大気に潜む無尽の水、光を天に還し形なす静寂を現せ! ――『ブリザジャ』」

 

「誘い出し……目的はこちらの位置の特定!」

 

 氷塊は敵兵を押しつぶし、散発的に続いた魔法の一部までも押しつぶしていった。そして、レミアさんの言葉で同時に思い至る。私にとっての『旗』とは魔法である――と。

 

 魔法を放った直後、後頭部……うなじのあたりに強烈な寒気を感じた。向かってくる先、敵陣後方に砂塵が舞うのが見える。そして、今しがた魔法を打ち込んだ相手は被害が大きかったにも関わらず、既にその混乱を収めこちらに一層の圧力をかけ始めている。

 

「後退します、部隊と合流を!」

 

 しかし、それを実行させまいと今まで散発的だった敵の魔法攻撃はこちらへと集中されてくる。タイミングを合わせこそせず、集中するよりも間断なく攻撃することを主体に飛んでくる。攻撃される位置は私たちよりも奥、移動を防ぐことを目的としているのだろう。

 レミアさんは必死に手綱を操り後退を試みようとするが、飛んでくる矢を打ち払う事にまで気を配らなければならず、それどころかジリジリと前線を押し込められており敵に近づかれている状態である。

 

「もう一度魔法を……!」

 

「ならばその時間を稼ぎます……周囲の隊は援護を! 僅かでも押し返すように!」

 

 後方からも声が上がり、この周囲一帯の様相は激戦となっている。鴎国側も周囲の援護を受け、この一点を破ろうと躍起になっているのだろう。

 集中を続けながらも、周囲に目を向ける。一人の兵がこちらの前列を抜いて突出してきている。詠唱を止め、迎撃にすべきかを迷った瞬間、その兵へと剣を突き立てる騎士が出てきた。

 

「すまん、遅れた! 他の連中もこっちに向かっているが、魔法で近づけない!」

 

 返り血を受けて鎧を赤く染めながら、こちらに大声を出してきたのはフォアラントであった。続いて2名、隊のメンバーが駆け寄ってきた。新兵を集められている隊の中であって、それなりの場数を踏んできている連中である。

 彼らはそれぞれ貴族同士の問題というものを抱えており、各隊で折り合いがつかなかった為の配属だが、今は非常に有難い。

 

「なら後退の隙を作る……地に閉ざされし、内臓にたぎる火よ人の罪を問え!――『ファイジャ』」

 

 2度目の大魔法。しかし、その発動の僅か前に敵兵が散開していくのが見えた。それでも多数の兵を巻き込み、陣形を崩すことに成功はした……が、それは相手も同様に目的を達したことでもあったようだ。

 急な散開行動のため連携の取れなくなった兵は倒せたが、その後方から他とは作りの違う旗と、一線を画した練度の兵。武装したチョコボを突進させ、巨大な戦斧を振り回しこちらへ向かってくる。

 

「あれは――バルログ!! 要塞騎士が何故!?」

 

「おい、後退を――」

 

 周囲の叫び声ごと断つように、戦斧のひと振りで数人の兵が吹き飛ばされている。そして、その視線は一直線に私に向かっている。

 鞍に備え付けていたダガーを2本引き抜き、それを『投げ』つける。魔法を即時に使えないときの為として取得したアビリティであるが、その効果はあまり発揮していないようだ。

 投げつけられた2本の内一本はチョコボを僅かに傷つけ、もう一本は向かってくる騎士にあたってはいるが、鎧によって弾かれてしまっている。

 その間もレミアさんは反転して後退しようとするが、最早間に合わないだろう。行く手を阻もうとしたフォアラントは1合目で弾かれている。怪我はないようだが、私との間に入ることは無理だろう。

 

「ナルビナ要塞騎士、バルログである! その首を貰い受けるぞ!!」

 

「掴まって下さい!!」

 

 二つの声は同時に、そして動作も同時と言えた。後方から振り抜かれた戦斧の一撃は、私たちが居た空間を通り抜けてそれまで騎乗していたチョコボを両断していった。対して私はレミアさんに抱えられて地面へと投げ出されていった。

 最初の衝撃こそ強かったが、地面に直接当たる事はなく跳んだ勢いでそのまま地面を転がっていく。多少土が顔にかかるが、それでも僅かな距離は取ることが出来た。

 勢いが弱まり、抱えられている腕の力が弱まったところで、直ぐに立ち上がり今しがた攻撃してきた方へと向き直る。ゆっくりと地面に降り立ち、その戦斧……人の身長ほどもある大きな得物である……をこちらへと向けてきている。

 

「本当に子供だったとはな……だが、女子供といえど戦場に意味は持たぬ」

 

「少し位遠慮してくれてもバチは当たらないと思いますが」

 

 空気から伝わる緊張が肌に刺さってくる。周囲に気を配れば兵は目の前男……バルログが連れてきた兵によって押し込まれている。レミアさんを見れば、その肩口から血を流しているのが見える。致命ではないだろうが、この状況では大きな制限である。

 そして目の前の騎士だ。はっきりと言って非常に強い。似たような感覚で言うならば、オルランドゥ伯の前に立った時だろうか。あの時のように負けるイメージしか湧かない……という事は無いが、それでも勝てるイメージは湧いてこないのだ。

 そして、杖を構えようと手を動かせば空を切ってしまった。先程の衝撃で手を離してしまったようだ。見れば数メートル先に落ちているが、それを拾いに行くことを許してくれる相手でもない。

 ゆっくりと腰に差してあるナイフを引き抜く。マインゴーシュ、攻撃力は中程度であるが、回避力を上げる効果を持つナイフ類の一つである。万が一……本当に来るとは思っていなかったが、備えていたものの一つである。ローブについているベルト、その背中側にくくりつけておいたのだ。

 さらにジョブを頭の中で切り替え忍者に設定する。時間にすれば30秒程だが、それでも尚目の前の男はこちらを見ているだけに留めている。

 

「心の準備は出来たな?」

 

「僕だったら、即座に攻撃していたけど……」

 

「逃げ出していたらそうしていた。だが、儂を前にして相対する事を選んだのだ。神に祈りを捧げる時間位くれてやる」

 

 その言葉で締めて、再び戦斧を動かしていく。相手の身長は2Mにも届くのではないかという長身、そしてその太い腕や足は鍛え抜かれているのだろう。持っている戦斧は重量で私よりも重いだろう。それを軽々と扱うのだ、恐ろしい程の膂力である。

 

「では、参る!」

 

 巨体からは想像も出来ないほどの突進力、地面スレスレから切り上げる一閃は並の人間なら反応すら出来ないだろう。全ての神経を回避に傾け、上体を切り上げる角度に合わせて反らす。耳元で風切り音が不快に響いてくるが、それに気を取られている場合でもない。

 切り上げた動作から先端の重量を利用し、次は切り下ろされてくる。右手側に流れる体をそのまま乗せて、横へ一回転転がっていく。一瞬後には先程まで居た私の場所には戦斧が振り下ろされ、地面をえぐっている。

 

「――甘い!」

 

「くっ――――!!」

 

 地面に突き刺さった斧を力任せにこちらに振り抜いてくる。射程距離からは離れていたはずだ。だが、攻撃手段はその巨大な戦斧ではなく地面そのもの。

 抉り飛ばされた土や石は容赦なく私に打ち込まれてくる。どこの幕末の暗殺剣だと言いたいが、なるほどこれは効果的だ。飛んできたものは私の肌を削り、その勢いに体の軽い私は後ろに飛ばされ体勢を崩してしまう。

 尻餅こそつかなかったが、片膝をついた私が体勢を立て直す前に正面を向けば、眼前には穂先が迫っている。立ち上がることを諦め、敢えてその槍に飛び込むように向かって行く。

 当たる寸前で首を捻り、相手の懐をくぐり抜けようと2歩目を踏み込む。

 戦斧の先端、槍状になっている部分が私の頬を僅かに掠って行く。体中に響く痛みに加え、鋭い痛みが走ってくるがそれらを全て無視して再度の回避だ。

 

「――っあああ!!!」

 

 肩口にも傷をつけられたが、なんとか距離をとることに成功をした。

 受け止める事も、受け流すことも今の装備では出来ない。そして一矢を報いるには相手が悪い。だが、これでいいとも思っている。

 私がHP補正の低い忍者を選択したのは回避を優先するためである。私にとっての勝利とは目の前の男に勝つことではなく、この男に勝てる者が来るまでの時間稼ぎだ。

 仮にそういった人物が居なければ、どうにかして倒さなければならないのだが、幸いこの戦場にはそれが出来る人がいる。つまりは雷神が来るまで耐えることだ。

 

「よう動く……後数年鍛えれば一廉の武人になれたであろう、惜しいな」

 

 その言葉に返す余力は今の私には無い。既に肩で息をし、体中に怪我を負っている。だが、それでも相手から目を離すことだけはしない。

 そして、次で終わらせようというのだろう。手に持った得物を大きく構え、腰を落としてくる。

 

「最後に訪ねよう魔人よ……名は?」

 

「……トリスタン。トリスタン・ブランシュ」

 

「ではトリスタンよ……これで終わり――」

 

 その一撃を繰り出そうとする前に、声をかける。この一瞬に至ってのみ、相手より私のほうが周囲に気を配ることが出来ていた。次の一刀で終わるつもりでいる相手と、何かきっかけを探そうとしていた私との僅かな差である。

 

「戦場で長々と会話はするものじゃない!」 『ケアルラ』

 

「なに!?」

 

 相手が踏み込む直前、私の体を光る風が包んでいった。小さな怪我は完全にふさがり、一番大きい肩の傷すらも消えていく。

 視線を横にずらせば、まだ完治はしていないものの動けるようになったレミアさんが杖を構えている。そして、その光景でほんの一瞬硬直したバルログへと持っていたナイフを全力で投げつける。狙うのは額の一点。

 

「この期に及んで無駄な足掻きを!」

 

 当然それは簡単に打ち払われる。稼げる時間で言えば2秒ほどだろうか?

 しかし、その2秒という時間は私の命を繋ぐ時間でもあった。

 

 レミアさんのいる方向とは逆、未だに要塞騎士に率いられた兵たちと南天騎士の兵が拮抗していた場所。銀光が煌き、数名の兵から血しぶきが上がる。崩れ落ちる一人の兵を踏み台に、赤い影が飛び上がってきた。手には白く輝く聖剣。空中で剣を構え、着地と同時にバルログへと剣戟を叩きつけてきた。

 

「――雷神か!」

 

「総大将が自ら最前線に出るとはな! ここでこの戦いの決着をつけさせてもらう」

 

 南天騎士団の誇る最強の武である雷神。しかし、それに臆するどころか返り討ちにしようとする要塞騎士の戦い。最早私の出番は無いのだろう。

 そう考え、ほんの半歩。そう、僅か半歩下がっただけであった。

 

「――いかん動くな!!!」

 

「――え?」

 

 オルランドゥ伯の叫び声と共にやってきたのは、強烈な悪寒である。前進の肌が泡立つ感覚に、視界の端に捉えた一瞬の影。本能に従って視線を真上に向ければ黒い影が一直線に向かってくる。手には僅かに光を反射させている黒い槍。

 

「その油断は致命的だな!!」

 

 最早思考が追いつくことはなかった。しかし、反射的に構えた手は確かに攻撃を受ける体勢になっていた。何も持たないが、それでも尚日頃の訓練は私の体を動かしてくれた。

 直撃する刹那、光と共に現れた赤い刀身の剣は私の心臓へと向かう槍の一撃を僅かに反らし、絶命を免れる。

 だがそこまでである。黒騎士の一撃は私の左胸を貫き、体重でもって肋骨を砕いていった。その衝撃は私の意識を刈り取るには十分過ぎる威力であり、この最前線で私は地に伏せる事となった……。


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