魔女狩りの話   作:ふーてんもどき

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閑話 二人の日常
マルクという木こり


 

「ただいま。クレア」

 

「おかえりなさい。マルク」

 

木こりの青年、マルクの家に住み着いてから二ヶ月が経つ。あの町から魔女である私が逃げ出した噂は予想以上に尾を引いている。彼の好意でまだしばらくは住んでいいとのことだ。出会いからしてそうだったけど、彼は人が良すぎる気がする。

いくら世論の影響を受けにくい山奥に住んでいるからって普通、魔女と共同生活をしようだなんて思うものかしら。正しいか間違っているかはさておき、マイノリティなのは確かだと思う。魔女の観点からも中々に興味深い人間ね。

 

慎ましく清らか。

この一ヶ月で把握し確信した、彼の性格。 私としては好ましいし、一緒に生活する上でも過ごしやすい人だけれど、たまに仙人かとツッコミたくなる。その点で言えば私なんかよりよっぽど人外だわ、あいつ。

 

「マルク?早く入ってきなさいな」

 

帰って来たにも関わらず、未だに中に入ってこないマルクに呼びかける。

もうちょっとー、と声がした。

何をやっているのかしら。

彼はちょくちょく突飛なことをするから心配になる。もう少し我が身を省みて欲しい。

そう考えて、私はクスリと笑った。

まるで彼のお母さんみたいね、私ったら。年の差で言えばおばあちゃんだけど。

読みかけの本を置いて立ち上がり、扉をくぐる。

 

「何してる、の......」

 

外に出て、私は絶句した。

血だ。血、血、血。強い臭気に思わず鼻を摘まんだ。

流れる鮮血を辿ると、大量の血溜まりと、真っ赤に血濡れたマルクがそこにいた。

熊の死体と共に。

 

「熊の解体。手伝ってくれるのかい」

 

振り返って何でもないことのように言うマルク。彼に怪我はないようで、この血は全て熊のものらしい。

優男と大きな熊の死体の組み合わせは、どこまでもミスマッチだった。

痛むこめかみを押さえて、私はマルクに言った。

 

「どうしたのよ。その熊」

 

森で拾ってきたのだろうか。

 

「罠にかかっててさ。仕留めてきたんだ」

 

手慣れた様子で熊の皮を剥いでいくマルクはそう答えた。

また絶句する。つまり、あれか、彼がこの熊に引導を渡したのか。

べっとりと血糊の付いた薪割り用の斧を横目に見る。

 

「大変だったよ。暴れるもんだから罠が壊れちゃって、仕方なく倒すはめになった」

 

斧とマルクを交互に見つめ、またまた絶句する。ええい、もうたくさんだわ。

 

「はあ!?闘ったの!?熊と!?」

 

「え、うん」

 

私の剣幕に引き気味になりながら、マルクは肯定した。

どういうことなの。理解が追い付かない。人が生身で熊に挑むことがどれだけの無謀か。

けど熊の頭部に疾る深い裂傷が、まるっきりの事実だと告げている。普通に仕留めたらこうはならないだろう。

熊の爪は一本一本がツルハシのようで、それがマルクに襲いかかっていたらと思うと恐ろしさに鳥肌が立つ。

 

「あ、あなた......あなたはもう......!バカ!バカよバカ!本当にバカ!」

 

100年培った語彙をかなぐり捨てて、私は叫んだ。本当にこういうことは止めてほしい。悪魔に捧げたはずの心臓から、動悸が聞こえてくる気さえする。ああ心臓に悪いったらない。

なんで罵られているのか分からない、と顔に書いてある馬鹿(マルク)に、さらに激情を燃やしてダメ押しで言ってやる。

 

「なんで危険なことするの!死んじゃうかもしれないでしょ!?」

 

一年分は叫んだと思う。実際ここ何年かは叫ぶことさえなかったから、喉が痛い。

そんな私の気持ちがようやく通じたのか、マルクは怒られた子供みたいにシュンとした。

 

「......うん。ごめん。ごめんね、クレア」

 

私の肩に手を置こうとして、不自然に引っ込める。服が血で汚れるのを気にしたのね。

まったく、そうやって気が使えるなら危ないこともしないで欲しいのだけれど。

 

「わかったならいいわ。気を付けなさいよ」

 

まあ素直に謝ったから良しとしてあげる。良い女は済んだことを引き摺らない。寛大な私に感謝することね。

 

「うん。ありがとう」

 

私の心を読んだようにマルクはそう言った。

微笑むマルクから顔を反らす。そういうのは私の専売特許なのに。なんか、恥ずかしい。赤くなってないかしら、私。これもこいつの人が良すぎる性格の弊害ね。

 

「......熊料理、楽しみにしてるわよ」

 

任せておくれ、と胸を叩くマルクに私は苦笑した。

 

 

 

 

 

「ごちそうね」

 

並べられた料理に舌鼓を打つ。新鮮だからか、臭みがなくて美味しい。いいえ、処理が丁寧なのね。その辺りの細かさは、さすが細工職人なだけあるわ。

 

「ワインと生姜で下茹ですると獣臭さがとれるんだ」

 

「手が込んでいるのね」

 

そう言った後、ふと湧いた疑問を口にした。

 

「そういえば残った肉はどうしたの。これで全部ってわけじゃないでしょ」

 

マルクは食糧貯蔵庫の方を指差して答えた。

 

「全部塩漬けと燻製にしたよ。肉の備蓄はもう十二分だね」

 

確かここはかなりの量の塩漬け肉や燻製肉が保存されているはずだ。来てすぐの時に感嘆したのを覚えている。

待てよ。ということは、いやまさか。

 

「ねえ。まさかとは思うけど、他にも熊肉があるんじゃないでしょうね」

 

「よく分かったね。貯蔵庫の肉は3分の1が熊の肉だよ」

 

マルクはなんだか感心しているように言った。魔女は加工されてる肉の種類も見ただけで分かるのか、とでも思っているんだろう。

 

「まさかまさかとは思うけど、それを今回みたいに“闘って“仕留めたなんて言わないわよね?」

 

「ははっ、そりゃ無理だよ。心配しなくても大丈夫」

 

そう、そうよね。それだったらすぐに彼のお師匠様の後を追ってしまっているものね。

マルクもついさっきのことがあって、私の言いたいことをわかっている様子。

そうして、ほっと胸をなで下ろした矢先だった。

 

「そんなのはね、今日のでまだ三回目だから」

 

めまいがした。何が大丈夫だ。

私の心配を分かっているくせに、てんで的外れで人間離れしたことを言うマルク。魔女だって黒魔術を使う一部以外は、熊に勝てるとは思えない。やっぱり私より人外よね、こいつ。

 

「そうそうないけどさ、こんな山に住んでたら、どうしようもない時ってあるんだよね」

 

「あ、そう......」

 

今日何度目かの頭痛を感じながら諦念を覚え、熊肉のシチューを頬張った。

 

ああ悔しい。美味しいわ。

 

 

 

 

おしまい

 

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