魔女狩りの話   作:ふーてんもどき

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クレアという魔女

 

 

何かを焦がしたような芳ばしい匂いがしてきて、僕は読みかけの本を置き、書斎の椅子からむくりと立ち上がって一階へ降りて行った。年季が入った階段は、一番下から三段目あたりを踏む度に軋みを上げる。そろそろ整備しなければと思うが、明日になれば忘れてしまっているだろう。最近は何かと忙しい。

ダイニングと併設されている居間に入れば、焦がしキャラメルに似た匂いは一層強くなった。

 

「クレア。何か作ってるの?」

 

長いブロンドの髪を後ろでひと括りにしている女性、クレアに話しかける。自作のエプロンのポケットに可愛い猫の刺繍がしてあって、どうにもこの人が一世紀以上を生きていることを忘れそうになる。

 

「お菓子じゃないわよ。魔女秘伝の薬」

 

「なあんだ」

 

残念そうに言ってみたけれど立ち去らず、クレアのそばに寄って何をしているのか見ようとした。

それをクレアに遮られる。

 

「こらっ、見ちゃダメよ」

 

「なんで」

 

「見たら死んじゃうもの」

 

立ち位置から顔は見えないが、口調がイタズラをする時のそれだとすぐに分かった。覗き込めば、きっとクレアは笑っているはずだ。

 

「君も見てるじゃないか」

 

「私はいいのよ。魔女なんて死んでるようなものよ」

 

「寂しいこと言うなよ」

 

クレアは洒落にならない冗談を言う。

彼女の肩越しに、作業の様子を覗いてみる。黒焦げの何かが鉄串に刺してあり、クレアは三本あるそれを真剣にひっくり返し続けていた。

 

「カエルだ」

 

でっぷり太ったカエルが、丸ごと串焼きになっている。カエルと分かったのはシルエットがそれだったからで、色は満遍なく黒一色でとてもこれが生きていたとは思えない。消し炭みたいにポロポロ崩れてしまいそうなほど、真っ黒だった。

 

「食べてみる?」

 

クルクルクルクル、忙しなく串を回転させている。冗談を言ってはいるが、瞬きすらせずにカエルをひっくり返すことに集中している。当然、笑ってなんかいない。

三角巾を頭に巻いて、腕捲りして直火の前で作業するクレアは、魔女というよりは屋台の店主に見える。カエルに目を瞑れば大変庶民的であった。

 

「いつからやってるのさ」

 

そう聞くと「二時間くらいかなあ」と返ってきた。

 

「君が言う二時間は三時間くらいはあるだろ」

 

「そうかも。じゃあ、三時間」

 

じゃあ、ってなんだ。

悠久を生きる魔女の性なのか、クレアは時間に対して非常なほど頓着しない。敏感なのは月の満ち欠けくらいで、時計などは見ず、太陽が昇ってきたなぁ、とか沈みかけだなぁ、くらいにしか時間というものを気にしないのだ。

 

「完成したらマルクにあげるから、楽しみにしてなさないな」

 

「実験はやだよ。解毒薬だとか言ってとんでもない利尿剤飲まされこと、忘れてないからな」

 

「あれは私も大変だったのよ。貴方ったらずーっとトイレに籠ってるんだもの。膀胱が破裂するかと思った」

 

「こっちのセリフだし、淑女が下の話をしちゃいけないよ」

 

クレアは僕の小言を、ふふんっと鼻で笑った。

 

「淑女じゃなくて魔女だもん」

 

なんだこの100歳児。子どもみたいなこと言いやがって。僕はこめかみを押さえて、カエルを遠ざけるように手を振った。

 

「とにかく、飲まないからね」

 

「あらら」

 

おどけるクレア。背を向けて、また二階に戻る。戻ろうと思ったが、妙に気怠くて、階段を上がる気すら起きなかった。

強烈な眠気が襲ってくる。リビングのソファーに横になった。ここ最近はやることが多すぎて、徹夜もしばしばあったから、そのせいだと思う。

やらなきゃいけないことを頭の中で反芻しながら、瞼が自然と落ちていき、考えをまとめる間もなく意識は遠のいて行った。

 

 

 

 

起きたら朝になっていた。夕飯も食べず、ソファーに倒れて、少なくとも半日は寝てしまっていたようだ。

クレアがかけてくれたらしい毛布を畳み、手近な窓を開ける。

早朝の山は靄がかかっていて、木々の向こう側に朝焼けの空が見える。

 

「あら、おはよう」

 

ドアが開く音に振り向くと、クレアが篭を抱えて入ってきた。外に出ていたのか、長いスカートの裾が濡れている。山の中の朝は、茂った草や花に夜露がたくさんついていて、どう頑張っても濡れてしまうものだ。

 

「おはよう。毛布、ありがとう。何しに行ってたんだい?」

 

聞くと、クレアは篭の中身を見せてくれた。まだ濡れている色々な種類のハーブが入っていた。菜園に摘みに出かけていたらしい。

 

「顔洗ってらっしゃい。それから気が向くようならお風呂も」

 

「うん。さっぱりしたいかな」

 

クレアはにっこりと微笑んで、

 

「そのあとは、少し早いけど朝ご飯にしましょう。お腹空いているでしょ?」

 

そう言って風呂を沸かしに行ってくれる。彼女の魔法はたいしたもので、お湯自体を沸かすのは無理でも、薪に火を着けるのは僕がやるより何倍も早い。樽を改造した簡易風呂なら、すぐにほどよい湯加減にしてくれる。

洗面所で目ヤニなどを洗い流しに行き、それが終わって風呂場に向かえば、もう浴槽がほんのり湯気を立てていた。火力の調整をしていたクレアが、得意そうに親指を立てて笑う。

 

「それじゃ、ご飯の準備してるわね」

 

至れり尽くせりでなんだか申し訳なく思いつつも、ありがたくお湯を頂戴することにした。

20分くらいで風呂から上がり、リビングを抜けてキッチンと併設されてるダイニングに入る。良い匂いに唾が湧いてくる。

 

「お待たせ、クレア」

 

「待ってないわ。ちょうど出来たところよ」

 

クレアは木のお盆にスプーンとカップを二つずつ、そして美味しそうな匂いをさせている小鍋を乗せて運んで来た。

 

「シチュー?」

 

「んー、ちょっと違うわね。山芋のスープよ。ドロッとしてるけど、それがまた美味しいわよ」

 

白っぽくて少し粘りけがあるスープをお椀に取り分け、一口啜ってみる。

 

「美味い!どうやって作るんだい、これ」

 

とんでもなく美味かった。山芋のスープとは初耳だし、そもそも香りからして嗅いだことのないものだ。どことなく、クレアが前に作ってくれた東洋の料理と雰囲気が似ている気もする。

 

「摩りおろした山芋とか野菜を煮るだけよ。塩漬け肉も細かく刻んで。ハーブは仕上げに散らしてやるのが良いわね」

 

「それだけ?」

 

「あとはね......これよ」

 

いたずらっぽい笑顔を浮かべて台所からクレアが持ってきた大きなガラス瓶を見る。オリーブ油がなみなみ入っていて、下半分にはたくさんの木の実やキノコなど食材らしきものが沈殿している。その中に、一際目を引く物があった。

 

「あっ、か、カエル......」

 

昨日、クレアが焼いていたあの黒焦げのカエルが、丸のまま油に漬け込まれていた。

 

「東洋の滋養強壮に効くレシピに、疲れをふっ飛ばす魔女のおまじないをかけといたわ」

 

なんともまあ、死人すら蘇らさんばかりの字並び。魔女の面目躍如である。一週間ほど前の出稼ぎの時にオリーブ油をやけに多く欲しがったと思っていたが、これを作りたかったのか。

 

「あなた、最近疲れきってたでしょ」

 

「そのために......」

 

薬油の効果か、感動のせいか、胸の奥がじんわり熱くなった。彼女が僕のことを考えてくれていることが素直に嬉しかった。すぐにカップ一杯を飲み干してしまう。

 

「ごめん。昨日はその、飲まないとか言っちゃって」

 

「そうだったかしら?」

 

おどけたように言うクレアに苦笑する。まったく、流石に百年近い年の差は埋められないらしい。スープを息で冷ましながら飲んでいる姿は本当に若々しいのに。

ほら、白く透き通るような首筋なんか、品があると言うか、妖艶で......。

 

「あ、あれ?」

 

頭がクラクラしてきた。胸の熱さが尋常ではなく、明け方で涼しいはずなのに汗が出てくる。

荒くなっていく呼吸を整えようとしつつも、クレアの顔を見た。

クレアは笑っていた。いたずらが成功したときと同じ顔でほくそ笑んでいた。

 

「ちょ、クレア。この効果はい、異常なんじゃない、か?」

 

「あらぁ?調子が悪くなってきたの?仕方ないわね、寝室まで行きましょ」

 

「いや、だから、これって薬のせいじゃ......」

 

言葉に反して、どこかウキウキしている様子で僕の肩を担いでいく。抵抗するにも、とてもではないが身体がまともに動かない。いや、意識と切り離された身体がクレアを振りほどこうとしていないようだった。彼女のしなやかな体のラインや柔らかい感触を狂おしいほど気にしてしまう。

ここに及んでようやく、してやられたと思った。

 

「そうそう。滋養強壮ってね、精力増強って意味もあるのよ。最近ご無沙汰だったものね」

 

「謀ったな......謀ったなクレア......!」

 

そうして寝室のドアは閉じられた。もはや諦めて、この効能がなければ、もう少しあのスープを飲みたかったなぁ、などと思った。

 

 

 

 

 

 

その後のことは筆舌にし難い。

 

 

 

 

 

 

おしまい

 

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