銃口がはっきりと自分に宛がわれたのを感じ取り、一足飛びでその場を離脱する。
一瞬遅れて銃弾が地を叩き、それを音で感じながら加速、円を描くように疾走する。自分の予測到達地点を見抜いて前方に銃口が向けられるのを確認して急停止。直後、止まらなかった未来の地点が穿たれた。
急制動をかけた身体をエニグマで強引に操作、背中から引き抜いたスタンハルバードを地面に叩きつける。震動が周囲を襲い、前方の人物がたたらを踏んだ。
技後硬直はごく僅か、その隙を突いて一気に間合いを詰める。体勢を取り戻したようで慌てて銃が向けられるが遅い。姿勢を屈めて視界から消えうせるとハルバードを振り上げ銃を弾き飛ばす。
全体重をハルバードに乗せて強引に地に叩きつけ、その反動で浮いた足で胸部を蹴撃するも、タイミングよく後退されたために手応えはいま一つだ。
空中での移動は困難、故に後退した相手が地面を踏みしめ再び間合いを詰めることは避けられない。矢のような右ストレートが穿たれ、私は咄嗟にハルバードを放し、空いた両腕をクロスさせてそれに耐える。
痺れるような衝撃を伴い吹き飛ばされる。足裏で地面を滑りながらも体勢は崩さない、そのまま腰に備えたサブマシンガンを取り、一斉掃射。しかしそれを見越していた相手は既に移動を開始していて、緩急をつけた動きで最短距離を突破してくる。
銃弾を広く飛ばしながら牽制してもその速度は衰えない。舌打ちをしてエニグマを駆動、それと同時に最高速に達した回し蹴りが飛んでくる。
肥大化したかのような錯覚を受けるほどの蹴り、それが届ききる前に詠唱を終えた私はアーツを解放、自分ごと相手を飲み込ませた。
ダークマター、重力球を展開する空属性の中位魔法。それでも蹴りの威力は殺しきれず私はそれに弾かれる。結果、私は自分のアーツによる損害を最小で切り抜けた。そして相手は未だそれに囚われている。
サブマシンガンを構え、身動きの取れない相手に向けた。
「チェックメイト、です」
銃撃音が響く。そしてそれは着弾し、綺麗な黄色い花を咲かせた。
「ご指導ありがとうございました!」
「いや、まいった。まさか負けるとはな」
礼を終えて模擬戦を終了したノエル・シーカーは敬礼し、それを受けたダグラスは感服したというように手を振った。それを見守っていた警備隊員の面々も一様に目を見開いて興奮している。そんなダグラスにノエルは微笑を湛え、思い出すかのように口を開く。
「今回副司令はハルバードを使用していませんから、それだけで十分なハンデです。むしろその状態で負けるようでは副司令もお冠でしょう?」
「言うな。だが違いない」
にやりと笑うダグラスはその一瞬だけ模擬戦で見せた威圧感を放ち、ノエルはそれを涼しい顔で受け流した。しかしそれは彼女だからこそ、取り巻きの隊員はその一瞬だけで硬直し、ダグラスにそれを叱咤されている。
ふう、と気づかれないように息を吐いたノエルはそうして青空を見た。タングラムの空は広い。いや、クロスベル市の空と変わりないのは事実だが、ここにはタングラム門という一つの建造物しかないため、背の高い建物の並ぶ市内よりは広く感じるのは確かだった。
そんな青空を、ノエルはやっと素直な気持ちで見上げることができた。
やっと、ここまで来た……
教団事件から半年、ノエル・シーカーは先の負傷を乗り越えてようやく過去の自分を追い抜いた。
あの事件最後の日。ノエルは導力車でクロスベルにたどり着き、洗脳された同胞の救出を行っていた。
グノーシスによって限界以上の力を得た隊員は一人ひとりが凄まじく、彼女も無傷では無力化できない。
最初の一戦を乗り越えたまでは良かった。しかし彼女は一瞬の隙を作り、そして乗っていた導力車ごと襲撃にあった。
次に意識を取り戻したときには外に投げ出され、夥しい出血が地面を染めていた。あの時感じた死の恐怖は忘れることはできないだろう。
混乱し、全てを忘れて子どものように震え上がった。そんな倒れ伏す自分に隊員が近づき銃口を向ける。今度こそ、逃れらないと思った。
乾いた音が聞こえ、次第に痛みが消えていく。しかし意識は消えることなく、気づけばその隊員は地に沈んでおり、傍には遊撃士が二人いた。
なんということはない、痛みが引いたのは回復魔法のおかげで、乾いた音は隊員の身体を打ち据えた音だったのだ。
「ごめんなさい、今は応急処置だけで」
そう言いながらアーツを終えた白い髪の遊撃士は、隊員を無力化した黒髪の遊撃士とともに再び駆けていった。ノエルは弛緩した身体をやっとの思いで持ち上げ、物陰に身を隠した。
負傷はそこまで酷くなくなった、おそらく戦闘行為も可能だろう。しかしノエルにはそれができなかった。私も戦います、と。ただその一言が言えなかった。
カタカタと手が震える。全身が震える。死の恐怖がぶり返し、そしてノエルは意識を失った。
気がつくとそこは病院のベッドの上、泣きじゃくる妹に抱きつかれ、彼女は自身の無力さを思い知った。
それからの日々は困難を極めた。入院生活で鈍った身体を取り戻すためのリハビリも辛かったが、何より苦しかったのは生まれてしまった拒絶反応の克服だった。
銃を持つ手が震える、導力車を運転できない。ハルバードこそマシだったが、この二つに関しては最早絶望的だった。ソーニャ・ベルツ司令から除隊を勧められるほどだった、という事実はソーニャを知っている人物からすれば仰天ものだろう。
優秀な人材であるノエルは前線でなくとも活躍できる、しかしそれをわかっていながらソーニャは除隊を勧めた。ノエルはそこまで追い詰められていたのだ。
事実ノエルは一時それを受け入れようと考えていた。思い通りにならない身体は役立たずで、これではクロスベルを守れないと思った。
そんな時、彼女はあの瞬間を思い出した。
銃を向ける隊員を自分は誰と錯覚したのか。そしてその人物は、あの時ノエルに何と言ったのか。
翌日、ノエルは除隊しない旨を告げ、トラウマの克服に全力を注いだ。もう戻れないかもしれない、それでも悔いを残したくなかった。できる限りをやってから諦めようと思った。
そんな彼女の努力を、もしかしたら空の女神は認めてくれたのかもしれない。
いろんな人を頼った。病院関係者だけでなく遊撃士や特務支援課の面々すら頼り、その克服に努めたのだ。
そして彼女は今ここにいる。
銃を持ち、模擬戦とはいえ戦闘もこなした。その事実が何より嬉しかった。思わず景色が揺らいでくる。
「おい、曹長! 早く来い!」
「あ、はい!」
このまま身を任せてもいいかと思った時、ダグラスの怒声が飛んできた。慌てて腕で拭い、そうしてノエルは歩き出した。
「――さて、お前今日はもう上がれ」
「へ? あ、いえ失礼しました!」
タングラム門司令室、既存の机に座るダグラス新副司令官の言葉にノエルは思わず素の反応をしてしまった。そんな彼女がおかしいのかニヤニヤと意地の悪い笑みを浮かべるダグラスは、いやな、と右手の引き出しを漁って一束の書類を取り出した。
「これがなんだかわかるか?」
「い、いえ……」
「今日お前がやるはずだった書類だ。それを何を考えてんだか知らんが勝手にやった馬鹿共がいる。はっきり言って懲罰もんだが、まぁ気持ちはわからなくもない」
これを企てた人物は一人ではない。それを知っているダグラスは手を組み顎を預ける。一度瞑目し、開いた。
「お前はよくやった。あれだけの状態から復帰したんだからな。そして今日、復帰どころか成長した姿も俺に見せ付けたわけだ」
「……恐縮です」
「つまり、これから半日の予定はこうだ。ウルスラ病院に行って本当に異常がないかの診断、それととある人物を移送だ――――ベルガード門までな」
「ベルガード門に移送……ということは」
ノエルはダグラスが語った人物に思い当たり緊張を滲ませた。敢えて名を伏せたダグラスの意図はわからなかったが、それもどうせ些細なことであろう。
上がれ、とは言ったが結局は外での任務である。曹長である彼女がする必要もないほどの簡単なもの。彼女にとっては張り詰めた気を和らげるには十分だ。
「……ありがとうございます」
「礼はいい。ソーニャ司令から何かあったら通信しろ」
礼をし、退室する。ノエルが消えた司令官室でダグラスは背もたれに身体を預けた。
天井を見上げると白いスクリーンに様々な情景が浮かび上がる。その中では、一人の隊員が懸命なリハビリを行っていた。
「……ままならんな」
かつて“鬼”と呼ばれた警備隊随一のハルバード使いは戦場の厳しさを知っている。しかし前途ある若者に限ってそこの神様はサービスをする。
運命と言ってしまえばそれまで、しかしそれでもやりきれないなと思った。
導力車の運転をようやく楽しめるようになったのは武器を持てるようになるよりも遅かった。
どうしても不意に何かが飛び出してくるのではないかと警戒してしまう。それは当たり前の注意だったが、それでも今までより果てしなく精神をすり減らしてしまうようになったのは偏にあの事件が原因である。
数少ない趣味とも言えたそれが苦痛になってしまったことはノエルにかなりのダメージを与えたが、それももう過去の話になりつつある。
導力車の速度で流れる市外の風景は心地よい。魔獣も反応しないのでまるで無害な動物のようだ。木々は気温の変化に伴い色調を変えている。そのうち鮮やかな景観を作ってくれることだろう。
石造りの橋を越え、ウルスラ病院にたどり着く。駐車スペースに車を置いた後警備員に挨拶、ゆっくりと清潔感溢れる玄関へと進む。秋晴れを体現する日和、入院患者もここぞとばかりに広場に出ては自然の営みを満喫している。
看護師の薄桃色が随所に見えた。ロビーに入るとひんやりとした人工的な空気が身を包む。受付に向かうと用を察したのかすぐに通信をしてくれる。担当医であった初老の医師と会話しつつ、最後の検診へと赴いた。
「おめでとう、これで貴女も病院通いから解放されたのね」
清潔な白の個室、レースのカーテンが風に棚引くのを背景に優しく微笑する女性はベッドから上半身を起こしてノエルを見つめた。そこには純粋な喜びと、ほんの僅かな羨望があった。
「ありがとうございます。ですが今回の私の任務を考えれば他人事ではないのでは? ミレイユ准尉」
金色の髪をまっすぐに伸ばし水色の病院着を着た彼女はノエルの言葉に困った風に首を傾げる。
「大方、ダグラス副司令の命令でしょう……いえ、ソーニャ司令かな。申し訳ないけれど、まだ退院の許可は出ていないのよ」
「……つまり、あの命令は嘘、ですか?」
ええ、と頷くミレイユにノエルは天を仰ぐ。
警備隊のトップが嘘の任務など出していいのだろうか。いや正式に命令を下された、というわけではないのかもしれないが、こうして警備隊の導力車を使用している以上職務中ということになるのではないか……
「別にノエル曹長が気に病むことじゃないわ。貴女は任務で自身の検診に来たのだし、仮にそうでなくとも上官の命令に従っただけだもの」
「…………」
「うん? どうしたの、曹長」
「いえ、准尉がそんなことを言うなんて意外でした」
ノエルの中にいるミレイユという警備隊員は規律を遵守し他人以上に自分に厳しい、本人にはとてもでなく言えないが鋼鉄のような女性だった。
そんな彼女が階級が上という事実から無意味な任務を言い渡す、という報告に顔をしかめず、それどころかさらりと流すという結果をノエルは想定していなかったのである。
ミレイユは僅かに睫を下ろし、掛け布団に投げ出された両手を見た。
「……まぁ、今の私は警備隊員じゃないから」
「………………」
「ごめんなさい、居心地を悪くしてしまって。せっかくお見舞いに来てくれたんですもの、しっかり話はしてもらわないとね」
それまでの空気を払拭するように悪戯っぽく片目を瞑るミレイユにノエルも苦笑し、では、と警備隊の近況を報告する。
前警備隊司令が教団事件により失脚し、ソーニャ・ベルツ副司令が司令となり、新たに副司令として警備隊一のハルバード使いが座ったのは記憶に新しい。それぞれの隊の軸であったミレイユ・ハーレルとノエル・シーカーも負傷し暫く前線を離れた。
晴れてノエルは復帰したが、未だミレイユのほうは復帰の目処が立っていない。グノーシスの影響か、身体がぼろぼろになっていたベルガード門の隊員もリハビリを終えて現在最後のサバイバル演習に入っているとのことだ。
その訓練は、ミレイユの代わりにある男が担当している。
「――あのバカは相変わらず?」
ふと、ミレイユが窓の外に思いを馳せて呟く。ノエルは僅かに沈黙し、そして口を開いた。
「ええ、相変わらず有能だそうですよ。ミレイユ准尉の穴を見事に埋めてくれているみたいです」
「対外的には、でしょう?」
口を噤んだノエルにミレイユは視線を戻し、しょうがないやつ、と愚痴る。その言葉は彼には届かず、それがノエルには口惜しい。膝に乗せた両手に知らず力が篭もった。
「……あの、准尉――」
「ねぇ、今私は復帰していないから、できれば名前で呼んでほしいのだけれど」
「へ?」
「お願い、ノエルさん」
ミレイユに階級なしで呼ばれ、ノエルは呆とする。見つめてくるミレイユの瞳が懇願するように待っていた。
深く考えられないまま、ノエルは肯定してしまう。ありがとう、と礼を言われてようやく自分を取り戻した。
「……ミレイユ、さん、はいいのですか? その、ランディ先輩があんな状態なのを……」
「うーん、聞くところによると酷いらしいわね」
天井を見上げるミレイユの言葉にノエルは違和感を覚え、そしてその事実に驚愕して立ち上がった。椅子が大きな音を立てたが、それ以上にノエルの声のほうが大きかった。
「まさか先輩は一度も……!?」
「…………」
「私っ、今すぐ先輩に――!」
「やめて」
その簡素な否定は、感情を載せた制止よりも如実にその意を告げていた。ノエルは思わず駆け出しそうになった足を止め、視線を右往左往させた後に再び椅子に座る。
「ありがとうノエルさん。でもいいの」
「ですが……ですが、先輩はここに来るべきです! ミレイユじゅ――さん、ということはあの後一度も会っていないってことじゃないですか!」
ミレイユは微笑し、そしてゆっくりと両手を上げた。小刻みに震えるそれは彼女の状態をはっきりとノエルに伝えてくる。ごくりと喉が鳴った。
その両手を顔の前まで持ち上げ、そして力尽きたように投げ出される。目を閉じたミレイユは深く息を吐き、告げる。
「もし、もし私とあいつが逆の立場なら、私は辛いけれどお見舞いには来るわ。でも、私とあいつは違うから。あいつが背負っているものが何なのかはわからないけど、でもね、あいつに斬られた瞬間、私には見えたの」
目を閉じたミレイユにはその過去がはっきりと思い出せる。見ている側が絶句するような、怒りと憎しみに満ちた表情。
「自分自身が憎くて憎くて、それこそ殺してしまいたいとすら思える。そんな顔をしたあいつが、私に会えるわけがないのよ」
「ミレイユさん……」
「――もしかしたらあいつにとっては、私はもう死んでいるのかもしれないわね」
ミレイユが抜けた穴を埋める人材、ソーニャ司令はそれをランディ・オルランドに願った。穴を作ってしまった張本人にそれを命じた。
本来の彼の配属先を考えればそれは依頼で、実際受けるかどうかは本人に委ねられる。しかしランディはそれを受け、正式に警備隊に復帰した。
彼を首にした前司令が失脚したこと、そして除隊を命じられた原因を彼自身が取り除いたことが要因だった。その彼は今、彼女の抜けた穴を正確に埋めている。
「――それは違うと思います」
ノエルは言う。ミレイユに先を促され、続ける。
「ランディ先輩が頑なに警備隊にいるのはミレイユさんが復帰することを信じているからです。さっき逸った私が言うのも何ですけど、たぶんランディ先輩はそれを完遂しないとミレイユさんに合わせる顔がないんじゃないかって。だから先輩がミレイユさんを死なせているなんてありえません。これは絶対間違いないです」
若干前のめりになって言い切ったノエルは姿勢を正し、大きく息を吸った。それでもミレイユから目を離さない。
そんな視線を向けられた彼女はきょとんとしており、そして思い出したかのようにクスクス笑い出した。
「ミレイユさん?」
「いえ、ごめんなさい。ありがとう、ノエルさん」
「はぁ……」
疑問符を浮かべるノエルに対し、愛らしいな、と見当違いの感想を覚えるミレイユはそんな後輩の気遣いに感謝しつつ――
「ねぇ、ノエルさん」
自分の最悪の予想が的中したことを理解した。
「――ちょっと、相談があるのだけど」
* * *
「はい、これでめでたく依頼は完了。ご苦労だったわね」
「いえ、私も初めての経験でしたから無事に終われてホッとしています……ただのお使いですけど」
遊撃士協会クロスベル支部。口を窄める姿に苦笑したミシェルはカウンターに腕を乗せ、そんな彼女を見た。
栗色の髪は肩口までのセミロング、アクセントとして黄色いリボンが巻かれており、遊撃士ながらおしゃれにも気を使う年相応の部分も見受けられる。赤を基調としたタイトスカートに蒼のプロテクターというシンプルな衣装は彼女の戦闘スタイルを想像させるには十分だ。
そして何より、腰に挿した一本の剣が雄弁に語っている。
「まぁ初めての国外任務、まずは無事に達成したという事実が大事よ。それに実際問題、それは口実みたいだしね」
ミシェルが指し示すそれは彼女の左手に握られている。一通の便箋の送り主はユン・カーファイとある。
正確には彼女にとって国外任務はこれが初めてではない。遊撃士協会本部が存在するレマン自治州のル=ロックル訓練校における強化訓練が任務と判断されるからだが、それはあくまで遊撃士本人の技術向上によるものであり自己責任である。
今回のように第三者からの依頼という形での国外は初めてである、という意味ではミシェルの言葉が正しい。実質遊撃士において重要なのは後者であるのだ。
「ホントですよ。だってこれって普通に郵便でいい話じゃないですか、何を考えたら手渡しさせるなんて事態に行き着くんでしょう!」
はぁ、とため息を吐き、きょろきょろと辺りを見回す。
「それで、アリオスさんは――」
「今戻った」
カランと鐘が鳴り、扉が開く。長い黒髪に頬の刀傷、真紅のコート。A級遊撃士アリオス・マクレインはまるで狙ったかのようなタイミングで現れる。
ミシェルが労いの言葉をかけ、アリオスは報告を行う。依頼完了が確定したところで、初めて彼は彼女に目をやった。
「久しいな」
「えぇ、本当に。アリオスさんもお元気そうで何よりです。いつ以来でしょうか」
「俺がボースを訪れたのは確か四ヶ月前だな。あの時は世話になった」
「あはは、こちらこそ。あ、アリオスさんにこれを」
手紙を受け取ったアリオスはその場で目を通し、終えたのか目を切って手紙を直した。
「師父も相変わらず、壮健そうで何よりだ」
「あと三十年は軽く生きそうですよ」
「幸いなことだ」
アリオスは微笑し、ミシェルに向き直る。意を理解したミシェルは通信で何がしかを話し、さらさらと書類を書いて頷く。
「時間はあるか?」
「え? はい、後はリベールに戻るだけですから」
「なら、一つ手合わせ願おうか」
アリオスは剣を抜き、射抜くような視線を向ける。あわあわと慌てふためく彼女は、しかしそれが手紙の内容だったのだと気づいてため息を付いた。そんな彼女にアリオスも堪えきれないのか僅かに口端が上がっている。
覚悟を決めたのか、彼女は剣を抜いた。利剣“迅羽” 、彼の剣聖とともに鍛え上げられた究極の剣である。
その輝きにアリオスは笑った。
「その剣に見合う力があるのか――――見せてもらうぞ、アネラス・エルフィード」