二日目に死んでたンゴ。
赤色が抱きかかえたそれから溢れてくる。
ついさっきまで豪快に笑っていたはずなのに、一切の笑み無く、ただ息苦しげに呼吸音が響く。
豪華絢爛とまではいかずとも、十二分な高級感を漂わせる和室を力の抜けたその体を抱えひた走る。
床に続く赤色は、さあどうぞ此方ですよと言わんばかりに跡を残し、それを見て無性に腹が立った。
どうして、どうして、どうして、どうして……。
疑問ばかりが頭の中に響く。否、疑問の余地などない。答えは簡単だった。俺は、異変というものを、あまりにもなめ過ぎていたのだ。俺は、捨て身になってでも何かを守ろうとする者の覚悟を甘く見過ぎていたのだ。
襖を蹴破り、部屋の隅に抱えていた相方を寝かせる。これぐらいなら、寝てれば治る。少女はそう言った。それが嘘か本当か分からないが、少なくとも、背に聞こえる足音は嘘ではない。
信じるしかなかった。
俺が、どうにかするしかなかった。
補助輪もない、ましてや手加減などしてくれるほど甘ったるい相手でもない。
殺す。一切の希望もなく、ただ、迫ってくる相手を殺す。
これは、そういうモノだ。
時は少し遡る。
俺と萃香は人祓いの結界と竹林の天然の迷路を抜け、無事永遠亭へと抜けることができた。建物内から争っているような音はしていないので、恐らく自機組はまだ来ていないと予想。暇だからお邪魔しようという事になった。
玄関の前で一言声を掛けるも、帰ってくるのは静寂のみ。一言断りを入れながら俺たちは永遠亭へと足を踏み入れた。
しばらく屋敷の中をうろついていたが人っ子一人の気配もない。萃香も同じことを言っていたからそれは間違いなかった。故に奇妙だとも。
これだけ、生活感も残っているのに誰も見当たらない。奇妙以外の言葉で言い表せれるわけがない、と。
襖を開けながら、軽く声を掛け部屋を探索する。隣の部屋の襖に手を掛ける。そして、射貫かれた。
なんの前置きもなかった。襖に手を付けスライドさせようとした瞬間、襖ごと体が吹っ飛んで、痛みにうずくんなりながら隣を見たら腹に風穴が空いた萃香が居た。
勿論、弁明もしようとした。慌てて萃香を担ぎ上げ状態を聞きながら。何らかの術式で再生能力を阻害されているし、力も抑えられている。
鬼の四天王が一撃でこれなのだから、俺が喰らえば死ぬことは免れない。八雲だという事も、危害を加えに来たわけじゃないことも、異変の大まかな全容を知っていて、月の住人がアンタたちを見つけたわけじゃないことも。
しかし、それらはすべて一蹴された。
『貴方のどこに、信用に足るものがあるのかしら』
間違いない。どれもこれも、吐こうと思えば簡単に吐ける嘘。
『仮に、貴方の言っていることが全て本当だったとして今後、私たちの障害になりえない。その保証は一体どこにあるのかしら』
目に光は宿っていなかった。こちらの話を聞く気などない。あるのは、今ある平穏を守る。ただそれだけ。
『貴方みたいな人間。いっぱい見てきたわ。何度も、何度も、何度もッ』
詰み、だった。
『どうして、貴方たちは私たちの平穏を奪おうとするの……?』
流れた涙を見た瞬間。俺は萃香を抱え走っていた。あれは、話し合いがどうとかという問題ではない。少なくとも、俺がどうにかできる相手ではない。
そして、今、俺は俺で覚悟を決めた。
蹴破った襖で萃香を隠し、声を掛けた。どうにか時間を稼ぐ。だから、早く治してくれ。と。
五大老が一人、八意永琳。八雲紫と並ぶ実力者としても描かれることが多い。元は月の住人だったが、地上に残りたいと言ったかぐや姫の為に同胞たちを皆殺しにし、逃亡。実際がどうだったのかはさておいて、穏やかな別れ方ではなかったのは明白。青と赤の特徴的な服に腰まで届く銀の髪。瞳に光はこもっておらず、もう、勘弁してくれと叫ぶように涙が流れ続ける。手には金色の弓。威力は伊吹萃香、鬼の四天王を一撃で追い詰めるほど。喰らえば即死。近接戦はあまり得意とはされていない、固定砲台のようなキャラだが未知数な点が多すぎる。
だが、いくしかない。俺が死なないためにはこれしかない。大切なものを守るためには飛び込むしない。
覚悟を決めろ、決めろ、決めろ、決めろッ!!!!
「シッ!!」
脚を強化してのヤンキーキック。十数メートルはあるであろう距離を一瞬で詰め、大振りの攻撃。そんな悠長な攻撃当たるはずもなく、手を軽く添えられ天井に叩きつけられた。恐らくは合気の類。相手の力を利用する武術の一種。
地面にならいざ知れず、真逆の天井という受け身すら取れない状況。天井から、重力にしたがい地面に落ちる。二度の衝撃に脳はパニックを起こし、肺の空気は全部外に吐き出された。
ただ、脚を握りつぶされなかったのは幸いか。はたまた、肉体の強化は不得手なのか。
俺のことはいつでも殺せると確信したのか、八意永琳は萃香の方へと向き直る。
ああ、それでいい。こうでもしなきゃ不意打ちの一つも出来やしねぇ。
再び霊力を脚に回す。この時点で気付かれているだろうがこちらを振り向く様子はない。ならば好都合。さっきよりも幾分か早い速度。狙うは胴。下手に的が小さいところを狙うよりもマシだろ。
そして、放たれた殺意の一撃。俺の頭を打ち砕く振り向きざまの裏拳。
ありがとう。
思わずそう呟きそうになった。
もしこれが、美鈴さんのように体術を得意としている相手であればどうしようもなかった。
もしこれが、レミリアのように慢心する奴であれば行動自体が無駄になっていた。
美鈴さんの感じ取る事さえできない一瞬のできごとではなく、レミリアのように慢心した故の読みようのない一撃でもない。
辛うじて、己の危機察知能力と動体視力で、辛うじてその軌跡を追うことができる攻撃。そして、隠すつもりのない本気の殺気。
だからこそ、俺はその裏拳の腕を両手で掴み、その力を利用して建物の外まで吹っ飛ばすことができるのだから。
「うぉらぁああ!!!!」
俺自身、特段力を加えたわけではないが、腕に掛かった負担は小さくはない。
相手が起き上がる隙を与えないよう、体勢を立て直そうとしている所に三発。いずれも当たることはなかったが、八意永琳を確実に萃香の所から引き離すことができた。
「第二ラウンド。お互い、傷つけたくないものが近くにあったんだ。これぐらい離れとけば気にしなくて済むだろ?」
追いかけるように外に出る。背には萃香。退くことは許されないし、俺が時間を稼ぐには永遠亭を背に向けてなければいけなかった。
「その弓。最初の一撃以外は使ってないよな。ってことは、アンタが居た先に何かがある。先にじゃないにしろ、あの周辺には何かがある。さあ、撃てるもんなら撃ってみろよ。大切な姫様に当たっても知らねえけど」
露骨に表情を歪めた八意永琳に、内心ほっとする。永遠亭の主、と呼ぶべきかは疑問が残るが、お姫様である蓬莱山輝夜。かの有名なかぐや姫だ。八意永琳、蓬莱山輝夜、そして、藤原妹紅。この三人は不老不死の妙薬である蓬莱の薬を飲んでいる。つまりは死なない。死ねないのだ。
だから、八意永琳、彼女がもしその力を最大限に活用し蓬莱山輝夜ごと俺たちを殺そうとすればアウト。
だが、彼女は建物内で主力武器である弓を使っていない。絶対ではないのだろうが、出来る事なら傷つけたくない。そういった思考をしていると判断した。
まあ、だからといって肉弾戦で勝てるって訳じゃないんですけど。
汗が目に入り掛け、視界が滲んだ瞬間、目の前に体を捻らせた姿が映る。上段、脳が理解するよりも早く体は守りの態勢に入っていた。
腕を顔の横に立て、脚を踏ん張る。衝撃。体が一気に宙を浮き永遠亭の屋根へと吹き飛ばされた。空中で態勢をマシなものにし、二度三度大きく転がりながら少しでも痛みを和らげる。銃を持っていた腕はへし折られていた。
視界が赤く点滅するのを無視して、無理やり起き上がる。口の中から吐き出されたそれはが唾液か、血か分からない。
そうしたところで、八意永琳は悠々と屋根へと上ってきた。間隔てきに萃香の方へは向っていない。何かしらが逆鱗にでも触れたのだろう。
もう一丁の銃を右手で抜き、構える。赤色に染まった視界では彼女の服が何色なのかもはや判別が付かない。金色に輝いていた弓も、それに番われた矢も、何時ぞや見たレミリアの弓矢と酷似していた。
化け物相手に多分一分は持ちこたえているのだから、俺としてはかなり善戦したほうだろう。
強く、固く、こちらを殺さんと証明するかのように響く金切り音。死にたくないから頑張っては見たものの、結局俺は主人公でもなんでもなくて、こうして、ただ、突っ立ている事しかできない。
左腕は折られてて、立っていれば立っているほど、自身が本当に立てていられているのかも怪しくなってくる。右手に持った武器はあまりに重く眼前に持ってくることさえ難しい。
「しにたく……ねえぇなぁ…………」
不意に出た、心の吐露。紛れもない本心と共に一際大きくなった金切り音。
死にたくない。それが、今までの原動力で生きる意味だった。死ぬのが怖いとか、大切なものを失うのが怖いとか、たくさんの怖いが入り混じって、結局、ただただ生きたいという願望に結びついていた。
その怖いといものさえも、きっと後から付いて回ったものかもしれない。
今となっては、当時の気持ちを思い起こすことは難しいけれど、生きたいという思いに変わりはなかった。
だが、おれは、主人公じゃない。
ご都合主義で、何かの奇跡が起きて、格上を倒すなんて夢物語は起こりえない。
だが、希望に縋ることは出来る。少しでも時間を稼いで、最強の相棒が復活するかもしれない。博麗の巫女さんたちが到着して助けてもらえるかもしれない。そう言った、主人公という奇跡に希望を抱き、縋り、死に物狂い、死にたくないって叫ぶことぐらいは、出来るんだ。
矢から手が離れる。それと同時に体を倒し斜め前へ。人一人は軽く飲み込める程度の太さとなった矢が、俺のいたところを通り抜ける。屋根の瓦は溶け、射線上にあった竹は消し飛んだ。
背中を掠ったのか、はたまた余波か、肉を焦す嫌な臭いと、全身に行きわたる鈍痛。全身から力が抜けそうになるのを必死に押しとどめ、崩れる体勢を無理やり反動へと変え懐へと潜り込む。
勿論、相手もそんな易々と懐を許すわけもなく、一歩引いてまた弓を構えようとした。それに応対するように、右手を蹴り上げ、無理やり銃口の位置を上げ、発射。
それが、鉛玉ではなく、霊力の弾と分かったからか、同じく霊力を使って応戦した。目に見えるほど濃い力の塊は壁のようになり、俺の攻撃を受け止める。
受け止めた壁は、霊力の弾と相殺しあい、そして、霧散した。
八意永琳は起こりえないものを前にして固まっていた。
1の攻撃を100で余裕を持って、持ちすぎて、警戒を込めてまで受け止めた筈の八意永琳。それが、相殺されたのだから無理もない。
だから、俺は言ってやるんだ。
懐に潜り込んで、銃口を押し当てながら、
八雲印のお味はどうだい?
五度、その引き金を引く。
一度目で、その弓矢が消え、
二度目で、その体から力が抜け、
三度目で、全身の倦怠感が増し、
四度目で、引き金を引くこともままならなくなり、
五度目で、右手から銃がすり抜けた。
これだけやって、動きを抑制できるのは僅か数秒。脚を踏ん張り、握ることもできない拳を握り、顔をしかめながら困惑の色を浮かべているその顔面に向けて、今、持ちうる全力で、
ぺちゃり
という、擬音が似合う攻撃を繰り出した。
間違いなく、今、俺が出せる全力がこれ。死なないために、必死に足掻いてもがいた結果。格上も格上。そんな存在に、今出せる全力を見舞ってやったのだ。
全身から力が抜ける。しかし、来る筈であろう地面への衝突は訪れない。
それは紛れもなく、希望を掴んだ証だった。
お読みいただきありがとうございます。
不完全燃焼感は拭えないが、そこそこいい感じにできたんじゃあなかろうか。
自画自賛はやっていかないとね。
では、また次の機会に
ばいちゃー