空は赤く、もう忘れていたアスファルトのどことなく焦げたような嫌いになれない臭い。雨でも振ったのか、吹いてくる風はほんのり冷たく肌へと張り付いた。
もう忘れてしまっていた現代、元の世界の景色。数年前まではそれが当たり前だった住宅街という景色に新鮮味を覚え、だんだんと以前のように懐かしさがこみ上げてきた。
幻想郷では存在していない電柱が、現代の便利さを現している。
訳も分からず突っ立っている俺。その目の前には代わり映えしない実家。
夢? いや、現実。五感に浴びせられる情報はそれを確信させていた。
インターホンを鳴らすべきなのか、それとも離れて紫様とコンタクトを取るべきなのか。
伸ばしかけた手を何度も引き戻し、やめておこうと決める。創作の世界だと思っていた幻想郷を、今の精神状態でどう説明したらいいのか分からない。しかも、幻想郷のこと自体には一切触れずに説明を知ろなんて無茶が過ぎる。
そもそも、出会い頭に何と言えばいいのだ。どのような顔をしていればいいんだ。笑顔にただいま? 泣きながら?
分かるはずがない。分かってたまるかそんなこと。
お互いの為に合わないのが正解なんだ。
伸ばしかけた手を完全に引っ込めて、踵を返す。
アニメなどで感動の再開だとかいろいろある。いま、俺が直面している状況もそういったものに分類されるのだろう。
けど、精神状態が伴っていない以上どうしたらいいのか分からないというのはきっと正常なもので、やめておこうとしたのも間違ってはいなくて。
けど、でも、お約束というものは実在していて。
踵を返したその先に、ここ数年見てこなかったスーパーのビニール袋を持った主婦の姿を見つけてしまって、あっちもまた俺のことを見つけたようで、
服は雨に降られたのかほんのり湿っており、髪もびしゃびしゃ。そして、その上からでもわかる大粒のソレは、三年近くたった今でも覚えていてくれた証。
三年近く経ついま、容姿なんて大きく変わっているだろう。それでもなお、分かってくれる事実に、自然と言葉が出た。
「ただいま、母さん」
それから泣きじゃくる母をなだめ、家の中へ。家の中は掃除が行き届いており、生活感はほとんど感じられない程だった。そんな中で、俺の部屋だけは引っ越し直後から殆ど触れていないらしく、学生らしくそれなりに散らかっていた。
引っ越す前に片付けたのかと散々言われ、言われるたびに片付けたと返す。その実、本は乱雑に本棚に押し込められ、半端なキーホルダーだったりよくわからない小物は机の引き出し。大体の物は押入れに押し込んだりと、まあ、捨てるのがめんどくさくて適当に押し込んでいたのが思い出せる。
多少は捨てたし、押し込んだというほどぎゅうぎゅう詰めまでにはしてないと思い込んでいた。でも、時間が経って開けてみると、やったなコイツ感がすごい。
昔の服は殆ど入りそうになかったが、ジャージを羽織る程度は出来たのでそれを着て居間へ。
そこには、嬉しそうに買い物袋の中身を片付けている母親の姿。
「取り敢えず着替えてきたけど、やっぱり殆ど入らないわ。自分で言うのもあれだけど、筋肉ついてガタイが良くなったからなぁ」
「そうねぇ、玄関先でボーっとしているアンタを見つけた時は見間違いかと思ったもの。なんだか大きい人が家の前にいる!! ってね」
「なら、なんですぐに俺だって分かったん? 結構見た目変わってると思うんやけど」
「何言ってんだか。そんなの私がアンタの母親だからに決まってんでしょ。お父さん、仕事切り上げて帰ってきてるらしいから。ゆっくりしてなさい。アンタには聞かないといけないことが山ほどあるんだからね!!」
「……言わないって選択肢は、ないっすかね?」
「あるとおもう?」
「…………ウッス」
居間のソファに深く腰を下ろす。向こうでこのふかふかさを感じようと思ったら紅魔館にまで行かないといけないから、なんとも贅沢に感じる。
新鮮ながらも、慣れた手つきでテレビの電源を付ければ料理番組が始まっていた。三分で作るアレだ。
後ろからは洗い物をしているのだろうか、水の流れる音が聞こえる。
このまま久々のテレビを満喫してもいいのだが、それ以上に親孝行だろう。あとどの程度いられるのかも分からないし、これが本当に今生の別れになるかもしれない。やれるだけのことはしておきたい。
鼻歌を歌いながら溜まっている食器類を片付ける母の隣に立ち、一緒に作業を進める。泡の付いた食器を受け取り、それを水で流す。じゃぐちってべんり。
「めっずらしい」
「そんなことあるかもしれない」
「マツリ、何食べたい?」
「なんでも」
「なんでもが一番困るんだけど」
「母さんが作ってくれたものなら何でも喜んで食べるよ」
「褒めてくれてありがとうだけど、言ってる内容は変わってないことに騙されるほどボケてないわよアンタの母親は」
「んー、じゃあ唐揚げとか?」
「男の子ねぇ」
「三年たってんだから子って程小さくもないわい」
「親からしたらどれだけ経っても子は子なのよ」
そういうもんかと流し、料理が始まるとそのまま台所から追い出された。ゆっくりしてろとのこと。
幻想郷では基本何かしら動いていることが多かったのでかえってその要望は困ったり。
いや、割とマジでやることがないぞ? 実家に帰るとやることがないなんて聞いたことがあるが、これがそうなのだろうか? そもそもそれは三年近く音信不通だった場合でも適応されるのだろうか?
なんて、どーでもいいことを考えたりしながら軽いストレッチをすることに落ち着いた。
テレビから流れる人の声に、後ろから聞こえる家族がいる生活音。当り前が当たり前でなくなったあの日から忘れていたもう一つの日常。いまでは、それが非日常に満ちたもの。いやはや、人生なにがあるか分かったもんじゃないね。
というか、結構のんびりしているが幻想郷側は大丈夫なのだろうか?
いや、俺一人がどっかに行った程度で劇的に変わるなんてことはないことは百も承知だが、紫苑とか萃香あたりが暴れん坊将軍になっていたら何かとマズい気がする。
足を広げてからだみよーん。
だって、あの二人が本気出したら幻想郷半壊できるぜ? 知らんけど。
けど、守矢神社への襲撃はしでかしそうで怖いんだよなぁ。守矢神社の二柱と貧乏神どっちが強いかは知らないけど、現状で考えると軍配が上がるのは紫苑のほうだよな。
片や二柱とはいえ消えかけの瀕死状態。対して、形こそ違えど人々から受け入れられてる貧乏神。神の力ってのが信仰心から来ているのだとすれば、間違いなく紫苑の方が強いだろ。
そこに萃香も加わる可能性がある。アイツ、紫苑のこと割と好きだからな。カチコミ行こうやって言われたら二つ返事で行くに決まってる。面白半分で。
…………頼むから厄介事を起こさないでくれよ。
そんな悩みもほどほどに、やがて揚げ物の空腹を誘う匂いが漂ってくる。
そろそろかとストレッチを切り上げ配膳の手伝いにでもと立ち上がった時、玄関の鍵が開く音が聞こえた。
鍵を開けた本人は焦っているのか、ドッタンバッタン大騒ぎ。何度か何かにぶつかった音がした後、一瞬の静寂が来て、ゆっくりとリビングの扉が開く。
扉の先にいた人物は台所の方を向き、母さんに指差され、その方向へと向き直した。
目と目が合う。母さんと同じく、三年ぶりの再会。顔にかけたメガネはズレていて、スーツはだらしなく右肩だけ脱げていた。どこかで転んだのか、ズボンの膝部分が破けて血がにじんでいる。
なんともまあ、だらしない形での再会なことで。
まるで幻覚を見ているかのように茫然としている父を見据える。
「ただいま。父さん」
母にしたように、何時もの、いつも通りの日常を口ずさむ。
父さんの目尻には涙が溜まり、やがてリビングのカーペットにシミを作り始めた。
鼻をすする音が聞こえる。息をのむ声が聞こえる。
「お、おかえり。おかえり、茉裏。よく、帰ってきたな」
何気ない返事と共に、俺は父さんに抱きしめられていた。その肩は酷く震えていた。
それから、母さんの料理に舌鼓を打ち、片付けまで済ませた。
会話はそれほど多くない。共有の話題もないし、なにから切り出せばいいのかが分からないからお互いに困ったちゃんになってた。
その間にある程度心の整理は済ませていたので、俺の方は何があってもバッチコイの状況。
食卓に座り、目の前にはお茶のみ。向かいには神妙な顔をした父と母の姿。
何をしでかしたって? 三年間音信不通で行方不明になっていただけだが?
いやはや、色んな奴を相手にしてきてそれなりに場慣れもしている筈ですが、両親というものは両親というだけで緊張するものですな。
まあ、何が言いたいかと言うとですねはい。
お読みいただきありがとうございます。
次回、家族会議。
本当はここに入れようと思ったけど、リアルがちと忙しかったのもあって次回にぶち込みます。
んじゃ、また来月ねー