糸の先に繋がれた人形のお話   作:ちゃるもん

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いっしょういっしょにいてくれや

ってことです


第33話 一緒に生きていきたい

 十数メートルの高さから何事もなく着地し、それになんの不思議も抱くことなく目的地に進んでいく。俺も化け物に片足突っ込んでんだなぁって感慨深くなる。

 一歩、また一歩と進んでいくたびに、体をねっとりと纏わりつくような嫌な風に寒気を覚える。心臓が早鐘を打ち、危険信号を鳴らしている。

 

 落下しているときにも感じたし、なんなら体のどこかに風穴一つ程度は覚悟していたので、この嫌な感じには大して驚きはしなかった。

 むしろ、いま五体満足で地に足をつけられていることに驚いている。

 

 少し視線を上に上げれば、木々の隙間からやけに濁った曇り空が覗いていた。そして、黒い人影が一つ落ちて行ったのが見えた。一対の翼のようなものが見えたことから、天狗なのだろう。曲がりなりにも妖怪の山を支配している天狗が目的地に到達することも出来ていなかった。

 

「まじで蚊取り線香状態じゃねぇか……本格的にヤバくないかこれ」

 

 事態の深刻さを理解した上で再認識し、重い足を懸命に動かす。

 今、俺の周りを取り囲っているのは一種の防衛反応に近い。なにかよく分からないが嫌な予感がして立ち止まったら目の前を車が横切っていった。元の世界では稀にある、アレである。

 それが連続して俺に襲い掛かってきていた。しかし、立ち止まる訳にもいかないので懸命に嫌がる体を前へと押し出している。

 最初こそは大したことはなかった。しかし、近づくにつれて不幸という嵐はその勢力を強めていく。

 それにつれ呻き声や嗚咽と言ったものが茂みの奥から聞こえてくるようになった。

 

「八雲のおかげか、はたまたお守りのおかげか、それとも紫苑が無意識的に避けてくれているのか……。進めてるだけ軌跡ってことだわな」

 

 まだ余力のある天狗や野生動物は我先にと逃げ出していき、その余力すらも奪われたものは蹲り助けを乞う。そのどちらにも属してないのは泡を吹き倒れていた。

 

 ここまで来ると不幸とか関係ないのでは? いや、ここにいること自体が不幸なのかと一人納得し彼らを見捨てていく。

 

 重い足をを付き動かしながら進んでいく。距離としてはそこまでなかったはずだが、目的の守矢神社に着くころには服が汗で重くなっていた。

 多少の吐き気を催しながら、鳥居の内側を観察する。目視で見る限りは大きな変化は見つけられない。ただ、明らかに守矢神社の内側と外側では不幸の密度が違うように感じられた。

 行きたくないと鳴りやまぬ警告を無視し、一歩、神社の境内へと足を踏み入れる。先ほどまでとは比べ物にならない、全身をねっとりと覆うソレに体が凍り付く。

 喉の奥、胃の底から這い上がってきたものを吐き出す前に堪え飲み込み、揚げ物の油臭さが口の中を支配した。

 近場に会った手水舎へとなんとか足を延ばす。水源が途切れているのか、水は出ていないものの溜まっていた水を口に入れゆすぐ。

 幾分かマシになった状態に、多少なりとも心の余裕も生まれたいやうそですごめんなさいきがぬけたしゅんかんに──―

 

「…………すっきりしたぜ!!」

 

 手水舎の排水に向かって豪快に胃の中のものをぶちまけてしまった。溜まっている水で何とか見た目だけは綺麗にしたものの、まだ微かにツンとした臭いが鼻を突く。

 ま、まあ、元をたどれば緑巫女がこちらの了承を取らず幻想郷から追い出したせいなので俺は悪くない。悪くないったら悪くないのだ。

 

 完全にシリアスをぶち壊しに行っているが、そうでもしていないとこっちの精神が持ちそうにない。これは天狗も野生動物もなりふり構わず逃げ出すわ。色々と対策チックなことが出来ているであろう存在がこれなのだから。

 

 いまにも力が抜けへたり込みそうな体を、手水舎の柱に寄りかかり何とか立てている状態。

 恐らく事件の中心は本殿か、居住区辺り。真っ直ぐ歩けば一分程度のその距離が憎たらしいほどに遠く思える。

 何度も、何度も力の入らない手で足を殴る。弱弱しい音と共にふっと全身から力が抜けた。

 口は酸素を求めながらも開いてはいけないと脅迫されたかのように堅く閉ざされ、視界はジェットコースターに乗っているかと錯覚するほど安定しない。

 足は勿論、腕にも、腰にも首ですら力が入らない。力の抜けた足はズルズルと地面へと引き寄せられ、腕はだらんと投げ出された。上半身が起き上がっているのはある種の軌跡に近く、たまたまバランスよく座り込めただけ。首はそれが鳴りを潜めるのを待つように下を向く以外の選択肢を取らせようとはしなかった。

 

 生物としての本能。この世界に来たばかりに見た理不尽な暴力とも、生存権を巡っての争いとも、他者自身に向けられた殺気とも、圧倒的過ぎるが故に頭を垂れるしかないそれとも、違う。

 ただ、過ぎ去るのを待つしかない天災。生物が抗う事すら許されない絶対の象徴。ただ、祈り安全を願うことしかできないソレが、この本殿に凝縮されていた。

 もし、自身の感覚が正常なのであれば、今全身を取り巻いているソレは天狗と吸血鬼の生存争いの時に見せた藍様の力の奔流と同等かそれ以上。

 しかし、質の悪さで言えば間違いなくこちらに軍配が上がるだろう。

 

 次第に体の感覚が薄まっていく。ふわふわとした夢心地に固く閉じられた口の端から、唾液が薄らぼんやりと光を受けながら地面へと滴り落ちる。

 ただ、助けてほしい。この場に居たくない。帰りたいかえりたいかえりたいかえりたい…………。

 

 …………だからこそ、進まねばならない。

 

 もう、残っていない腹の底から胃酸が噴き出てくる。鼻の奥を喉の奥を不愉快なもので溢れ返させながら地面へと突っ伏した。

 そして、動かない体を、動かせない体に身じろぎしながら抗う。

 

 帰りたい。なら、一緒に帰らないとダメだろう。ついさっき両親と約束をしたのに、ものの数時間で守れませんでしたじゃ格好付かないだろうが馬鹿なんじゃねえのか俺!? 

 

 幸いと言って良いのか悪いのか、視界は常にクリアだし、思考も問題なくできている。だからこそ、現状の重さを、この先に渦巻いているモノのヤバさを認識してしまえる。

 

 足も、腕も、腰も、肩も、口も、脳も、心臓も、行くな馬鹿か死ぬぞやめろ阿保だろ進むな、あるものは力が抜けて使えず、あるものは警鐘を鳴らし正気へと引き戻そうとし、あるものはその速さを上げ必死にそのヤバさを伝えてくる。

 

 我が体のことながら、随分と必死になっているものだ。

 

 何時だって綱渡り状態だったのに、今更何を焦っているのか。

 紫様の駒になったあの時も、初めて幻想郷の土を踏みしめた時も、吸血鬼の本気を垣間見た時も、鬼と絆を交わした時も、体の半分を持っていかれた時も、タガの外れた妖精たちを相手取った時でさえ、安全安心だったことなんて無かったろうに。

 なんなら、常日頃から奪う側の人間が今更危険に晒されるだけで怖気ついてんじゃねえぞなあおい。

 

 頭で認識できていなくても、心に残り続ける違和感を拭えたことなんてないだろうがッ。

 

 奪う側ならとことん奪え。死ぬことが怖いなら死ななきゃいいだけの話だろう? 生きたいだけなんて甘えた答えを吐き捨てて、今もみっともなく生きていられればいいなんて言える訳ねぇよなぁおいッ!!!! 

 

「…………ッあ!! だ、ったら、よぉッ!! 言ってみ、せろよおいッ!!」

 

 ふわふわとした夢心地が一転、視界が真っ赤になって現実へと引き戻される。なんとまあ、ご都合主義の主人公のようで嫌になる。

 

「アイツと、一緒に生きていきたいってッ!!!!」

 

 ああ、でも、主人公になるのは悪くない。

 俺の為の主人公。大切な人を迎えに行ける、ちっぽけで弱っちい、そんな主人公。

 

 震える腕を地面に押し付け、体を勢いよく持ち上げる。

 勢いあまって倒れそうになるのを、膝を使って受け止める。

 いう事を聞かない上半身に活を入れ、大きく開いた口から求めてやまない酸素が舞い込む。

 警鐘鳴らす脳に一瞬の隙が生まれ、振り上げた腕で心臓を打つ。

 全身を脅かしていたモノが晴れるかのように、全身の力が程よく抜け、張り詰めた緊張感がやってきた。

 

「…………ふぅ。行けるか? 行けるな、良しッ。八雲の一派として、一人間の茉裏として、大切な人を迎えに行く主人公として。いま、迎えに行くぞ。紫苑」

 

 踏み込み、駆ける。迷う必要なんてない。だって、迷惑をかけてきたのはそちらからなのだ。

 歩いても一分かそこらの距離を全速力で駆け抜けて、本堂の中へと続く半開きの扉を蹴破る。

 

「ダラッシャァあああああ!!!!」

 

 扉はへし折れ、内側へと勢いよく飛んでいく。中は薄暗く、明かりらしい明かりはない。だが、その場にいる全員の姿をハッキリと見て取れた。

 一人は本堂に祀られている像の目の前に陣取り、吹き飛んできた扉を片手で弄んでいる。よく見知った顔。伊吹萃香だ。ようやく来たと言わんばかりにニヤニヤしているのであとでこってりと絞らねばなるまい。

 その隣には結界を張って自身の安全を確保している博麗の巫女さんの姿。こっちに気付いていないところを見るに、かなり余裕がないのだろう。

 それより手前。この部屋が薄暗くても視界を確保できている原因。不気味な青白いオーラを纏っている紫苑だ。蹴破った扉が掴んでいた対象に当たったのか、右手を見つめている。

 入口にいる俺よりももう少し奥。失禁しているのか涙なのかは深く言及はしないが、とても乙女がしていいものではない状態で転がっている緑巫女こと東風谷早苗。可哀想ではあるが自業自得である。

 そして、萃香と紫苑の間に倒れ伏す一柱と、それに縋りつく一柱。八坂神奈子と洩矢諏訪子。八坂神奈子は自慢の御柱が投げ出され、自身も咳き込み立ち上がる余裕はなさそうだ。

 洩矢諏訪子は比較的余裕はありそうなものの、戦意は完全に喪失している。

 

 想像以上にひどい状況だな……。特に緑、いや、触れないでおこう。

 

 触れないでおこうと心に決めたので、その方を完全に無視し紫苑の元へと向かう。

 一歩近づくにつれて、手水舎の所とは比べ物にならない重圧がのしかかってくる。間違いなく藍様以上の重圧のそれを、意地と空元気だけでさも悠然と歩いていく。

 

 吹っ切れたらなんとなく虚勢を張れるもんよ。

 

 ある程度近づくと、萃香がニヤニヤと遅かったじゃんと声を掛けてきた。勿論返事を返せるような余裕は一切ないので黙ってろちび助がと心で叫んでおく。てか、どんだけ余裕なんだよお前は。そんだけ余裕あるなら止めてくれよばーか。

 

 そんなことを考えながら、紫苑の持ち上げられた右手を取る。

 

「帰るぞ、紫苑。心配かけてごめんな」

 

 それと同時に紫苑の顔が俺の方を向く。一瞬見えた生気のない目に光が戻り、その目尻に大粒の涙が溜まっていく。

 ゆっくりと落ち着いていく重圧に安堵しながら、目の前に鼻をすすっている紫苑の肩を抱き寄せた。

 

「もう、会えないって…………言われて…………」

「大丈夫。ここにいるよ」

 

 胸の中で泣きじゃくる紫苑をなだめ、静かに寝息を立て始める事には、紫苑から放たれていたオーラというものは完全に鳴りを潜めていた。

 

 ここに、妖怪の山を襲い、守矢神社を壊滅にまで追い込んだ不幸の嵐はなんともあっけなく過ぎ去ることになった。

 

 

 

「来るなら来るで、もう少し早く来なさいよ…………」

「いやー、あれは霊夢の言い方が悪いと思うぞ私は」

 




お読みいただきありがとうございます。

書いてる時と読んでる時だと長さに違和感覚えて立ち直り早くねってなるたすけて

また来月じゃあね!!
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