糸の先に繋がれた人形のお話   作:ちゃるもん

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2月って28日までじゃんとあわてんぼうのちゃるもんさんになってました



第41話 ふくまれていない

 外、一瞬の浮遊感の後、どこかの森の中へと足を踏み出す。

 

 見覚えなんてものはなく、木々の隙間から差し込む月明りだけが唯一の目印だった。

 特に考えるわけでもなく、いや、極力考えることを辞めながらごく自然に足を進める。

 

 やがて、影が見える。

 

 木にしがみ付く、影が。

 近づくと、それはこちらに気が付いたのだろう。その真っ黒な腕を伸ばしてくる。

 それを弾き落とし、困惑しているソレに躊躇いなく銃口を突き付けた。

 銃というものがなんなのかを知らないのか、影はただ、困惑したように佇んでいた。

 

 乾いた音が破裂する。

 

 それに驚いたのか、寝ていたはずの鳥が一斉に飛び立ち、木の葉を揺らした。

 影は黒い液体をまき散らしながら、気を背にずり落ちる。

 どちゃっと鈍い音がして、目の前の光景が切り替わる。

 

 暗い森の中、浮遊感はなく、ただ、赤い場所に佇む二人。

 一人は少年、赤い水の中で静かに横たわっている。その表情は暗くて分からない。

 そして、もう一人は俺。

 

 脳にこびり付いた光景が修正されていく。

 

 影、爛れ、白、他にもたくさん……。

 それらの光景が上塗り……いや、いままで塗られていたペンキを無理やり剥がすようにべりべりと。

 赤、あか、アカ……。

 

 少年が、少女が、男性が、女性が、老紳士もいれば幼女も、老婆も居れば青年も、ことごとくが赤くなる。

 そして、その場に立っているのは毎回、俺、ただ、ひとり。

 

 つまりは、そういうことなのだ。

 つまりは、そういう、こと……なのだ。

 

 マヨヒガで出された条件。俺が、この世界に居つくにあたっての条件。

 一つは八雲として行動すること。八雲の機密を外部に漏らすなよ。そして、この異世界に俺、霧生茉裏という椅子がないがために、その存在が消えないように紫様が施してくれた救済措置のようなもの。

 

 そして、もう一つ……博麗の手が出しづらい仕事を代わりに処理する。

 

 幻想郷という場所には大きく分けて二つの種族がいる。人間と人間でないもの。人間でないもというのは例えば、神、妖精、妖怪。

 博麗はこの二つの存在のバランスを保ち、博麗大結界を維持するのが役目だ。

 そう、二つのバランスを。

 神や妖精の力が強くなり過ぎれば、それは災害の前兆。妖怪の力が強まれば人里の危機。どちらにせよ、幻想郷という場所を保つにあたってろくなものではない。

 では、人間の力が強くなり過ぎた場合はどうなるのかという話だ。簡単だ。人の世が始まる。

 神も、妖精も、妖怪も、更に言えば動植物ですら、人間という災いの前には敵わない。

 だからこそ、外の世界では数多の動植物は絶滅においやられ、神秘と呼ばれるものは駆逐された。

 動植物が生きているのは一重に、人間とって圧倒的に利益が生まれるが故の温情だ。

 

 人は賢い。程度こそあれど、この二文字に偽りはない。

 かつて、摩訶不思議な到底理解しえないものを神と、妖精と、妖怪と信仰し恐れ敬ってきた。

 それらが、賢智によって暴かれ、当然のことで抗えない、抗う必要がないと烙印を押された。

 

 人の世が始まった。

 

 幻想郷は、そんな烙印を押された……つまり、忘れられた者たちがかつてのまま生きられる場所。

 人間に捨てられた彼らは、皮肉なことに人間がいなければ存在できない。

 人間の持つ神秘への妄信が、神が神として、妖精が妖精として、妖怪が妖怪として存在させる。

 

 言ってしまえば、幻想郷という場所は大きな人間牧場なのだ。

 

 だってそうだろう? 手を振るっただけで地形を変質させる。しかも、俺の住処の結界や人里の結界、更には博麗大結界の管理に加えて、異物の俺の魂の管理まで……そんな存在が人里の結界を大きく出来ない訳がない。

 

 じゃあ、なんでやらないのか。

 

 単純だ。人間が増え過ぎないように。

 

 だが、人間の繫殖力は異常だ。無駄に高い寿命に生命力や知識。それらを加味すると……ネズミやゴキブリの比じゃない。

 必然的に人間のキャパシティは超える。妖怪と人間のバランスが崩れる。

 

 じゃあ、どうするのか。

 これも簡単だ。増えた分は消せばいい。

 

 ああ、確かに妖怪退治もあるだろうさ。半端に強く、理性の無いやつは脅威でしかない。

 他にも、妖力に当てられ妖精や人間が半妖に変質するパターンもある。特に妖精は力の使い方を知っているだけメンドクサイ。

 人間相手が一番楽だよ。何もしてこないし、助けに来たって思ってんだもん。必死に手を伸ばして、払われたら逃げようとするけど、結局、夜の闇に怖気づいてしまう。あとは引き金を引いておーしまい。

 

 もう、分かるだろ? 博麗という存在がナニをする存在なのか。

 

 博麗ってのは幻想郷のバランスを維持する存在。

 妖怪退治の専門家で、人殺しのスペシャリストだ。

 

 そして、俺が、そんな博麗の暗い部分だけを背負わされた操り人形ってわけだ。

 

 ガキもジジイも、男も女も、ババアに半端のなりそこない。全部全部殺してきた。

 だって分かんないんだもん。視界の奴らは人型のナニカで? 頭の中ですらおぼろげで? 何をどうすればいいってんだよふざけんな。

 

 …………嘘だよ。分かってた。どうすればいいのか分かんないなら、わざわざ面と向かって紫様に人殺しをさせられていたなんて言う訳ないっしょ? 

 

 ただ、実感しただけだよ。いま、この瞬間に。

 

「俺って…………人、殺しちゃってたんだなぁ」

 

 空を見上げると、俺にだけ月明りが差し込んでいる。

 返り血も殆ど浴びていない、純真無垢だと言いたげな格好の俺を。

 

「…………萃香、いるんだろ。鬼の中で同族を殺した奴ってどういう扱いになるんだ?」

 

 風が吹き抜ける。いるはずのない場所に、友人に話しかけるように。

 言葉は帰ってきた。何もない場所から、声だけが。

 

「バレてたか」

「お前は何処にでもいるだろ。で、どうなんだ」

「同族殺しねぇ…………状況次第としか言えないが、まあ、ウチは負ける奴が悪い。だから、茉裏の行いを咎めるつもりもなければ、それが悪いことだとさえ思えない。死んだコイツが悪いんだ。人間観点からいくとどうなのかは知らないが」

「そうか…………弱い奴が、悪い、か」

「そうそう、だから深く考えずにさっさと帰って来な。こちとら暇でしょうがないんだ。精々夜が明けるくらいまでしか我慢ができないよ」

 

 そして、声は聞こえなくなる。多分、もう一度話しかけても返答はないだろう。

 

「鬼相手に気を遣わせるとは、よっぽどひどい顔をしてるんだろうな、おれ」

 

 死体を見る。ものの見事に額には風穴が出来ている。困惑したままの顔で、暗闇に沈む表情はとてもではないが穏やかとは言えない。だが、無駄に苦しんでいるようにも見えなかった。

 

「わるいな。俺も、生きたいんだ。恨むなら、こんな時間に外をほっつき歩いてたアンタを恨んでくれ」

 

 そっと、その瞼を閉じさせる。少しはマシな表情になっただろう。

 死体に背を向け、森の中へと歩みを進める。後は、紫様が処理をしてくれることだろう。

 

 俺の仕事は、増え過ぎた人間の数を減らすことなのだから。

 そう、幻想郷の守護者として。

 

 やがて、感じる浮遊感。目の前は森の中ではなく、人里にある鈴奈庵。月明りに照らされたその身には、少しだけ掛かっていた筈の返り血でさえきれいさっぱりなくなっていた。

 

 現実を直視したからだろう。かつて感じていた筈の違和感はない。

 あれだけ止まることのなかった手の震えはなく、夜風に当たりほんの少しだけ肌寒い。

 止まることのなかった涙もなく、欠伸をしていると誰に言うでもなく誤魔化す必要はない。

 冗談交じりに止まらない言葉を紡ぐ必要もなかった。

 

 ごく自然に、何事もなかったように、事実、心の中は想像以上に穏やかなまま戸を開く。

 始めてきたときとは違い、かび臭さも本が乱雑しているわけでもない。ただ、ごく普通な本屋の姿。

 

 奥の居間へと音を殺して進むと、そこには静かに寝息を立てる本居小鈴と、そんな店長を抱き枕のように抱えて寝ている紫苑の姿。

 そばに腰を下ろし、紫苑の髪をそっと持ち上げる。少し身じろぎした後、また寝息を立て始めた。

 

 ふと、声が漏れる。誰のものか…………誰でもない、自分自身の声。

 

「ああ、そっか……おれ、こわれちゃったんだ」

 

 りかい、リカイ、理解。

 自分自身の人間としての機能、感情が壊れてしまっている事実に直面。もう、戻る事は決して出来ないという事実への理解が。

 

 髪に触れていた手に水滴が落ちる。やがてそれは雨となり、二人を起こしてはいけないと、部屋の隅へと移動した。

 その間も、涙が止む気配はない。

 

 声を殺し、部屋の隅で涙を流す。

 服を握りしめ、後悔や自責、妥協、怒り悲しみ、浮かんで混ざって分からなくなる。

 

 

 ああ、

 だが、

 かなしいかな、

 そこには、ひとまじりもの殺した相手への罪悪感だけはふくまれていないのだから

 

 




お読みいただきありがとうございます。

にんぎょうさんこわれちゃったねぇ

さあ、はしっていくよぉ

またじかいー
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