揺らぐ思考、とろける思考、されど鮮明に現実を突き付ける。
記憶も感情もみなすべて、貴様のものであると訴えた。
手放したい、吞まれたい、思考を、狂気に。
許されななか、精一杯手を伸ばした。伸ばしたつもりで呼んだ。
嗚呼、だからこそ自分に嫌気が差す。
身体が崩れていく。
一体俺は何のためにここにいる?
自分で望んで? 違う。
両手足を細長い鞭のようなものが巻き付き、ギリギリッと締め上げていく。それに体は悲鳴をあげて皮膚が破け、血が流れ血管が破裂し肉が千切れ骨が砕けた。
薄れゆく意識の中で、ピクリと指が動いた。
では、なぜ?
しるかんなもん。
皮が剝げる、肉が剥げる、繊維が剥げる、ぐちゃりと音が聞こえてくる。一体ナニに当たっているのか分からない風が妙に冷たい。
薄れゆく意識の中で、ピクリと体が跳ねた。
俺はただ、自分自身に胸が張れるようになりたかっただけなんだよ。
紫苑に助けを求めちまうような軟弱な男でも、こんだけやられて終わりじゃあ誰一人にも顔向けできねぇ。てか、そもそも終わりがあるのかも分からねぇから、折れてる暇なんてねぇんだわ。
気が付くのが遅い?
切り開かれた胸の内、師玉を扱うかのように弄ばれる芯が跳ねる。
そりゃどうも、こちとらただの一般人なんっすわ。
跳ねる跳ねる跳ねる跳ねる。
何度も何度も殺されながらでも、思考は回って諦めすら許されていなかったらそりゃあ嫌でも向き合いますよ。
血が巡り、血管が形成され、肉が生まれ、皮が生える。
じゃあ、なぜ今更かって? そりゃあ、忘れてたとかそこまで気が回らなったとか色々あるでしょうよ。一般人だぞコノヤロー。
感嘆の顔を浮かべるわが師の顔面に全力の回し蹴り。いやはや、我が体術の師にも勝るんとちゃいますかね? 流石に無理か。
さて、俺のイメージで師を超えるなんてイメージは無理。だけれども、強い程度には押さえ付けられる。それでも、足りない。もう一つ、ナニカを超えるための決定的なもの。
「ようやくか、待ちわびたぞ茉裏」
「すっごい楽しそうに殺してくれてたくせによくもまあいけしゃあしゃあと言えますね藍様」
「ふむ……紫様のお力添えもあるとはいえ、もう少し壊れていると思っていたが……。思った以上に成長をしていたんだな。初めの師として嬉しい限りだ」
「それは今からもっと嬲れるからとかそんな理由ですよね? うっわ、無言で笑ってやがる……」
藍様の尾を二本の腕で捌きながらも口が弾む。四方八方から襲い掛かってくる尾の波に劣勢を強いられる。眼球が潰され腕がへしゃげ脚が顔が横腹が食い破られても、こちらの再生力の方が上なのか仕留めきることは出来ていない。
身体を貫く尾を掴み勢い良く引っ張る。水が炎が針が雷が尾から体へと流れ込んでくる。内側から引き裂かれていく感覚は嫌悪感以外の何物でもない。
だが、今更、その程度では止まらない。その程度では止まれなくなってしまった。俺をそんな存在に仕立て上げたのはアンタだろう?
やがてふっと軽くなり、眼前まで近づいたその顔は相も変わらず美しい。潤った唇、サラリと靡く金色の髪、目を強調するまつ毛、眩いその目は獣を彷彿とさせる真紅に染まり、顔全体のバランスも素晴らしい。
コンマ数秒遅ければ唇と唇が重なりかねないその時間、めいいっぱい開かれた手の平がその顔面を変形させた。
衝撃、吹き飛ぶ、逃がすはずもなく、掴む、勢いを下へ、土、大地、押し付ける。
轟音
その場を中心に大地が爆ぜた。
衝撃に岩が跳ね上がり、地形が変わる。地面から伝わる衝撃に辺りの木々は吹き飛び、パラパラと雨の代わりに砂が降ってくる。
「まあそんな簡単にくたばる玉じゃぁないっすよね」
腕が掴まれる。自然を破壊しつくせる剛力をもってしてもなお押し返される。掴まれた手首が嫌な音と共にへし折られた。
「だめじゃないか茉裏。相手を殺したいのであれば、その手を緩めては。息の根が完全に止まるまで、何度も、何度も、何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も。その手でもって刈り取らねば。経験したばっかだろう?」
腹が蹴破られ、上空へ放り投げだされる。雲も掴めそうな高さに至ろうとしたところで動きが止まった。貫通され再生が始まっていた腹部に、九本の尾が無理やりねじ込まれていた。
「探求するものにおいて終わりと呼ばれるものは存在しない。内側から食い殺すなど、似たような事はしたが……これはまだ試したことがなかっただろう? あとで感想を聞かせてくれよ? なあ、茉裏」
ぎちぎちと尾が開こうとする。
それを抑え込むように肉体が再生する。
俺がしているのは、夢であればなんでも出来るってこと。だから、死のうが肉体は再生するし。山を握りつぶせる化物相手に善戦出来てただけの話。ここは俺の精神世界らしいからな。それぐらいはできるだろ。
ただそれも想像できなければ意味がない。俺の中で八雲藍は絶対的強者なわけだ。どれだけ、勝てると思い込んでも、どこかで「無理」の文字がちらつく。
だからこそ、あと一手が足りないんだ。
再生破壊再生破壊再生破壊破壊再生破壊破壊破壊再生破壊再生破壊破裂
やがて終わりはくる。ただ、新しい始まりが見えてくるだけ。腹部を中心に両手足に頭が綺麗に散り散りに吹き飛んだ。それと同時に瞬時に体が再生する、ことはなくそれぞれの部位が八雲藍の尾に貫かれた。
……………いやぁー、やっぱ無理じゃないっすかね?
地力の差がありすぎますもん。むしろよく頑張った方だと思いますぜ?
かの大妖怪、その筆頭的そんざい九尾を相手に。いや、もちろん手加減はされてるとは思いますがね?
高々人間一人の実力でも、運でもどうしようもないですって。そう、高々人間ひと、り……の?
ふと目に付いたそれ。
落ちていく拳銃とは違うソレ。
いったいいつから持っていたか、現代人においても過去の人においても結構な割合で持っているもの。
ソレがぷらりと首から先の骨の突起に引っ掛かっていた。
ただの人間であれば、だからなんじゃと思えども。いま、この我が身は特別なものである。そして、ソレとある二人から確約を貰える正真正銘の
厄除けの守り
もう一度とでも言いたげにズルリと尾が引き抜かれる。
自由に落下していく我が身は元の姿に、拳銃もホルスターの中に納まっている。そして、今の今まで、我が最愛の神からの想いを一心不乱に受け止めてきてくれていたソレを握る。いやはや、すっかり忘れてたわ。こんなんあったあった。
尾が迫るお守りの封を解く
ふと出てきたのはぐしゃぐしゃの黒ずんだ紙。そこにはがったがったの文字で「きりゅう まつり」
俺の、名前だ。
忘れていた、特殊な境遇にいたがために、貧乏神の不運を受け付けない。だとしても、その「きりゅう まつり」という存在に乗ってしかるべき不運が消えるものではない。
「ずっと、守ってくれてたんだな。お疲れ。じゃあ、アイツからの想い、全部今ここで解き放っちまおうぜ?」
名前の書かれた札が急速にどす黒くなり風に乗って細かい塵となる。それと同時に数年分の……いや、貧乏神と一緒にいたという、人も悪魔も天使も神ですらも抱え込むには大きすぎる不運が降り注いだ。
ここは夢の中、精神の中、そう、俺の。であれば、その不運が向かう先も、紫苑していたように指向性を持たせることだって出来る。
「それじゃあ、今日ぐらいは勝たせてもらいますよ。ね、八雲藍師匠?」
お読みいただきありがとうございます。
デジャヴとか言ったらだめなんだぞ?
では、また次回~
ばいならちゃ~(=゚ω゚)ノ