一瞬動きが止まる師匠から目を離さず、手を握っては広げる。
何時もと変わらない体の状態。何時もとは違う意識の状態。
力を借りていると言うべきか、貯め続けた力の行場がなくなったと言うべきか……
「なんというか……うん…………このもやもやなんかすごい不穏!!」
だって露骨にやばい紫色のもあもあがずっと周りに漂ってんだもん!!
お守りとかどす黒いもんなんあれ!?!?
えっ、俺何時もこんなの身に付けて生活してたの? えっ、こわ?
いや違うんすよ? ただちょーっと現実を突き付けられるとやっぱり多少なりとも怖気づくというか、その、ね?
「ふむ……確かにこれは………」
「えっちょぉおい!!!! いま物思いにふけってるでしょうが!! 雑に殺そうとするなしアホンダラぁ!!」
「ふむ……、偶然にも……いや、不幸にもと言った方がいいか? 走ろうとした瞬間に足がもつれて地面にぶつかって鼻血が出ているが。かわりに私の尾に当たることはなかった」
「だか、ら、ってぇ!!!! いつま、で、これやって、ればッ!!」
「ゴロゴロと転がっていないで反撃してきたら……………とっ、思ったより強かっ」
ゴロゴロと雑に尾が地面に突き刺さる。一撃一撃が必殺の威力を持っており、地面が砕けその衝撃で体が浮き上がる。その一瞬を逃されるはずもなく、新たな一撃が降ってくる。
辛うじてそれも避けられたが【不幸】にも受け身を取れるような態勢ではなく地面に体を擦り付ける形となった。
慌てて態勢を立て直し視界を師の元に戻せば【不幸】にも尾の一撃を見誤ったのか地面から抜けなくなっていた。その一瞬を逃せるわけもなく身体を強化し詰め寄る、が【不幸】にも尾の一撃によって生まれたひびに足を取られ推進力はそのまま半端に伸ばされた腕が藍様の体にのめり込む。
さらに【不幸】にも、藍様の一撃で地面が緩くなっていたのだろう。
景色は地殻変動を起こしたように姿形が様変わりしていた。緑豊かだった森はあの大激闘……というには一方的な争いを得て、地表がめくれアニメのように衝撃によって幾重にも枝分かれした罅、衝撃を逃がしきれなかったのか四角く切り取られた大地が凸凹に盛り上がっていた。踏み外した一歩は力の逃げ道を失い目に見えない衝撃となって荒れ果てた大地をさらに抉っていく。
この程度の衝撃、加えてしっかりと踏み出すことすらできなかった一撃は軽くあしらわれて終わりのハズ。むしろ避ける必要すらないその一撃。
だが、【不幸】にも尾が思い通りに動かず重心がズレていた。多少とは言え意識が逸れていた。そのせいか衝撃を殺しきれなかったのだろう、一歩だけ足を下げてしまった。そう、【不幸】にも先ほどの衝撃で盛り上がった木の根に【不幸】にも足を引っかけてしまい【不幸】にも二人そろってもつれ合いながら【不幸】にも俺は実の師匠相手に馬乗りになっている。
「わお、外の世界なら確実に事案案件だこりゃ」
「おやそれなら私は今から襲われるのかな?」
「散々襲ってきた方がそれを言います? 正当防衛っすよ正当防衛」
「私としては構わないんだが……」
「これ以上増えるとマジで刺されそうなんで………」
「今更だろう」
「それは刺され慣れてるかこれ以上増やしてもって意味なのかどっちなんですかねぇ」
なんて軽い会話をしているがお互いに相手を殺すために必死なのは変わらない。
八雲藍は拘束から抜け出すために永遠と俺の体を穿たんと後ろから尾が体を打ち付けているし、彼女の形容しがたい重圧、妖気が俺の体をねじ潰さんとずっと体にのしかかってきている。しかし、【不幸】という事象が辺りを飲み込みそれは薄く薄く霧散している。
それを自身の再生力と想像力でカバーして、永遠と八雲藍の顔を殴り続けている。てか、なんでこの狐は殴り続けられていながら平然と会話ができるんだよ化物か化物だったわ。
一撃一撃が地形を変形させながらも2人の時間は続いていく。
終わらない攻攻。どちらも守るという言葉を忘れたかのように殺す殺す殺す殺す。
やがて殴るのをやめ刺すのをやめ、俺は霊力の糸を狐の首に巻き付け全力で締め上げる。ぎりぎりと首に食い込んでいく青白い糸に赤い液体が駆け上り、俺の体を燃え上がらせた。
灼熱の地獄、それも良くも悪くも慣れさせたのは貴女自身だ。
そして【不幸】にも降ってきた晴天の雨はその炎の勢いを弱らせる。二人そろってびしょ濡れになりながらもその手から力を抜くなんて甘ちょろいことはしない。
炎の勢いは弱まり、手の力は強くなっていく。余裕を見せていた彼女の表情が苦くなっていくと同時に抵抗も激しいものになっていく。
糸を切ろうと伸ばされたその手は赤い鮮血で【不幸】にも滑り力が入り切らない。
何度も何度も体を穿っていった尻尾は局所的に振り続ける雨を吸い込み重く、最初の一撃とは比べ物にならない程に鈍い。
無理やり起き上がろうとすれば雨でぬかるんだ地面に手を取られ【不幸】にも起き上がることは叶わない。
無数の針が襲い掛かってきても、その瞬間に【不幸】にも雷が落ちてきてその動作が止まる。
雨に意思が宿ったように動き出したかと思えば【不幸】にも炎の勢いが増し蒸発していく。
炎の勢いが上がったのをいいことに焼き殺そうとすれば【不幸】にも雨の勢いが増す。
そんな訳のわからないやり取りを続け、お互いがボロボロになりながらやがてプツンッと糸から抵抗がなくなる。
同時にごとりと落ちる首、止まない雨。地面に広がる鮮血は間違いなく俺の体を汚していく。
炎は役目を終えたとでも言わんばかりに雨に飲み込まれていく。
眼下には馬乗りになった女性の体。その頭部は、ない。
すこし視点をずらせば綺麗な断面が見える我が師の頭部。その眼に光は宿っておらず、口は意思なく半開きになっていた。
「おめでとう、茉裏。思っていたよりも早かったわね」
「紫様………これ、勝ったってことでいいんですかね?」
「不安なら心臓でも抉っておけばいいと思うわよ?」
それならと、半場投げやりに自身の手を強化して首のない死体の胸に沈ませる。赤黒い血を受けながらそれを無理やり潜らせていけば、ひと際重いそれを引きずり出した。ソレに繋がった管を引き千切ればそこからまた赤黒い血が零れ落ちる。
「俺、本当は普通の大学生だった筈なんすよね。そりゃあ、多少なりともワクワクしてました。選ばれたって。日常にいたからこそ、非日常に憧れを抱く。つまらない現実より、死に物狂いで足掻く幻想のほうが魅力的に見える。見えた。せめて、あそこで俺が少しでも貴方達の事を否定していれば、緊張感の一つでも持っていれば……………もーすこし楽に生きれていれたんですかねぇ」
「さあ、どうかしら。けれど茉裏、貴方はたった今、示した。いえ、今の貴方の心情で言えば、示してしまった。八雲足りえると」
「そーなんすかねぇ……俺、何回も死んでますけど本来なら」
「それを決めるのは貴方でも、他の誰かでもなく、私です。そして、私が求めたものを貴方は示した。もう、手放さない。本日より、貴方には八雲を正式に名乗ってもらいます」
「……………わかりました。不肖八雲茉裏、八雲紫様の人形と相成りましょう」
赤い泉に膝を付け、主に傅く。
頭に手を置かれ、全身……いや、血管のような新たな何かが身体の中に構成されていくような感覚。
なるほど、これが式神になるといった感覚か。これは本当に初めての感覚だな。
「これで貴方が求めた不老不死に近い存在になれました。嬉しいでしょう?」
「少し違和感はありますが。これで、俺は正真正銘貴方様の操り人形となったわけだ。何というか、長かったっすねぇ」
雨は止み、晴天の空が濡れた体を乾かしていく。精神世界といのもあってか目に見えて分かるほどに。
「さて、そろそろ藍も起こしてあげましょう。このままは可哀想だもの」
そう言って紫様は藍様の体に近づく。みるみるうちに藍様の体は元に戻っていき、気が付いた藍様は紫様に軽い説明を受けているようだ。
短い時間とは言え一人になった俺は、改めて手を握る。今までとは比べ物にならない強さの妖力が体の内に張り巡らされているのが分かる。それが、当たり前だと言わんばかりに馴染んでいるのも。それが紫様に繋がっているのも。
かくして、この日、俺は正真正銘八雲紫というこの世界の絶対の操り人形と成ったんだ。
お読みいただきありがとうございます
正真正銘初勝……………り?
多分、初勝利です初勝利、ね?
では、また次回~