今までとは違って空を飛ぶ。駆けるじゃないぞ、飛ぶだ。こう、ビューンとな。
…………………………いや、な? 便利なんだようん。すごいこう、楽なんだよ? ただ、その、な? ほら、ゲームとかでさ、高い所から落ちるとこう、股がひゅんってなるだろ? あれがずっと続いてるんだよな。そのせいか、微妙に腹が痛いんだよな。なんなんだろうなこれ。控えめに言って凄く気持ち悪い。
だから結局空を蹴るようにしながら移動しているんだよなぁ………、これが貧乏性ってやつか………さすがに違うか。
地底から這い上がってきたときに見た地上は悲惨も悲惨な状況だった。
おおよそ直径五メートル程度の風穴、その出口はまるで隕石でも振ってきたのかと言わんばかりのクレーターが出来上がっていた。
クレーターの大きさは大体十キロぐらい? 具体的には分からないが、妖怪の山を抉り取るような形で出来上がっている。流石に守矢神社が被害範囲とまではいかないが、もう少し角度が逸れていれば守矢神社も消し飛んでいただろう。
そして、その表面は赤熱しており今なお陽炎が立っていた。山に生えている樹木は水分を含んでいるから燃えにくいと聞いてことがあるが、そのクレーターから漂う熱波だけでじわりじわりと木々に火が付き始めており、河童や天狗達が慌てて鎮火活動を行っていた。
そんなのを横目に飛ぶ練習をしているのだが、いやはややっぱり股がスッてなる。
にしても大変そうである。川がわりと近くにあるみたいだが、それでもクレーターの大きさはおおよそ十キロ。河童が水を、天狗が風でとどうにか奮闘しても後手後手になっているのは否めなかった。
流石に少しくらいは手を貸した方がいいだろうかとやきもきしていれば、ふとずいぶん昔に見た記憶が目の前で今一度現れる。あの時とは状況も目的も全く違うが、当時のインパクトは随分と大きかったのを思い出せる。
流れる川の勢いが増す、それはクレーターの真上で集まり巨大な、それこそそのクレーターを飲み込むほどの巨大な水滴となった。いつぞや吸血鬼たちが飲み込まれたあの水球よりも圧倒的な質量で持ってその水滴はクレーターの上に落とされる。
濁流が赤熱に蒸発されながら沸騰するのが目に見える。そして、蒸発し水蒸気に、その水蒸気を天狗達の風の力で集め妖怪の山を覆うほどの雨雲となった。
やがて振るのは、雨の槍でも鉄臭い赤い雨でもない、正真正銘災害を止めその地に恵みをもたらす雨だった。
「……………状況や環境が違ければ、負けていたのは吸血鬼だった可能性も全然ありえたなこりゃ」
そう判断をするのは軽率だとは分かっていたとしても、口に出さざるを得なかった。
考えている間にも山火事の勢いは弱くなっていき、鎮火するのも時間の問題だろう。
流石になんの手伝いもなしに帰るのもなぁと思っていたところだったが、これだと本当に手伝いの一つも必要ないだろう。
「じゃ、余計な奴に見つかる前にかーえろ」
「おいこら」
「あ、どうもー、鎮火活動お疲れ様ですー頑張ってくださーい」
「何勝手に逃げようとしてるんですか? 説明、していただけますよね?」
「HAHAHA一体なんのことやらてんで言っている訳が分かりませんなぁ」
「ほうでは不祥事を嗅ぎ付けてやってきた火事場泥棒ということで、殺してしまっても構いませんね?」
掴まれた肩、あくまで穏やかながらも怒りを隠し切れない声色、首に張り付いた冷たい感覚。
感じられる気配は一人、それが彼女の傲慢か配慮なのかは分からない。ただ、その声は幾度となく雌雄を決そうと遊びに興じた仲、姿は見えずとも誰なのかぐらいはよく分かった。
「まあまあまあまあクソ烏。俺が犯人だって証拠はないだろう?」
「直後に中心の穴から貴方が出てきたのを目撃した者がいます。そして、私たちの手伝いをするわけでもなくただ浮かんでいるのも」
「だからって俺が犯人とは決まったわけじゃないだろう?」
「犯人でないのであれば素直に事情聴取に付いてきてくださいますよね?」
「お断りしますメンドクサイので。それに形はどうであれ、地上に攻撃が向くように仕向けたのは俺だからな。な? 事情聴取の必要はないだろう?」
「自分から犯人だって白状したうえでその態度、随分と杜撰な態度をするようになりましたね」
「そんなつもりはないが」
「全容は把握できていませんが、多くの命が奪われました」
「だろうな」
「動物、植物、これから先の我々、引いては幻想郷全体の生活は厳しくなるでしょう」
「だろうな」
「その中に貴女の友人も含まれるでしょう。多少なりとも貴方は白狼天狗や河童たちと交友関係があったようですし」
「だろうな」
スッと首に当てられていた刀が離れていく。
「私と貴方の関係は良好とはいえない。ええ、ええ私は貴方の事が嫌いです。貴方のせいで仕事も多くなり趣味の時間も減った。だとしても、私は茉裏と呼ばれる人間を認めていた。たかが人間が我々に啖呵を切って見せた。不遜な態度を崩さなかった、それでもなお交友関係を築ける茉裏という存在を、私に牙を剝く茉裏という人間を認めていた」
「そりゃあ有り難いこって。ああ、俺もオメェの事が嫌いだったが、射命丸文という存在を認めていたよ。決して叶わないと思っていても、俺に合わせた上で手を抜かないクソ真面目なクソ烏の事を、認めていた」
「どうも。ですが、それも終わりです。貴女は変わってしまった」
「そうか? 射命丸文がそう言うんだったらそうなんだろうな。ただ、弁明だけしておくと、変わったつもりはない。俺は初めから大を守るために小を潰してきた人殺しだ同族殺しだ博麗の代理人で、正真正銘の―――八雲だ」
射命丸文は刀を鞘に戻す。しかしてその手を柄から離しはしない。
「そう、ですか。どおりで……」
「で? どうするよ。俺を殺すか? 悪いが今の俺は八雲だ。そう簡単に負けてやれる立場じゃない」
「だから? 素直に引き下がるような性格ではないことぐらいご存知でしょう? 死んだ同胞の命を軽んじられて黙っていられるほど、私は貴方ほど非常にはなれない。だから、その首、貰い受けます」
射命丸文を中心に嵐が現れる。正真正銘の災害が、射命丸文という存在の暴風が吹き荒れた。
今まで射命丸文の本気は見たことがないが、地上の赤熱、濁流、豪風が、まるで彼女の心情を体現するかのように広がっていき、収束していく。
やがて、その嵐の中から現れたのは紅蓮の嵐を握った射命丸文だった。
ゆっくりと抜き捨てられた刀は、その紅蓮の嵐に触れた瞬間粉々に砕け散りただその形だけを遺して逝った。
「――――――死ね」
刀を顔の横に垂直に掲げ、空気を蹴る。風を切り、射命丸文の体が音を超え光に差し掛かるその時、紅い稲妻と化す。
それが、目に見えていた。射命丸文の動きに視線が追い付いていた。
射命丸文と視線が交差する。
何かを悟ったように歯を食いしばる表情が、見開いた瞼から、力を乗せる開かれた口から、全力を告げる赤い液体が飛び散って行く様でさえ、
全てが視えていた。
かといって、素直に受け止めれば紫様に力を授けられた俺でも危ういものはある。射命丸文の全力は八雲の一端に届くほど強力だと言うべきか、天狗の先鋭が命を賭して挑んでもその程度にしかならないと言うべきか、答えは出ない。
だが、そんな思考しながらでも射命丸文の突き出されたその剣先に糸で補強した手を添え逸らし顔を掴んだ。ギリギリと力を込めれば逃れようと藻掻く姿が目に映る。
離せと言われる前にパッと手を離し、それと同時に紅蓮の嵐は霧散していった。
「じゃ、そういう事だから」
「……………ええ、私では貴方には叶わない。かといって、これ以上噛みついて八雲そのものを敵に回せば天狗は滅びる。このあたりが引き際でしょう。これだけして、実力差を見せつけておけば、上も貴方に因縁をつけることはないでしょう」
「悪かったな」
「謝るのであれば、今後は私の前にその単細胞を思わせるような顔を見せないで頂きたいですね」
「そりゃあ無理な話だろ。お互いの立場的に。それじゃ、帰るわ。これからもどうぞよろしく、クソ烏」
「ええ、今後とも……………よろしく頼みますよ、八雲の方」
射命丸文は一瞬手元に視線をやって、もはや意味をなしていない柄だけとなった刀を投げ捨てた。
そして、妖怪の山へと帰っていく。
「八雲の方……………ね。交友関係の見直しも必要だわなぁ」
そういった事に無頓着に近い人里の人間はまだしも、紫様の力を授かった事を他の奴等が気付かないわけがない。
本居小鈴に上白沢慧音に、博麗霊夢にレミリア・スカーレット、他にも多くの友人達………そして、伊吹萃香と、紫苑。
浮く練習? なにを子供みたいな言い訳を、俺はただ、変わってしまうであろう関係性を見たくがないためだけにここに少しでも留まろうとしていただけだ。
それでも、そんなことが無くても変わっていくものは変わっていく。それがただ、今回は劇的なだけ。
ふぅと小さく息を吐き、先ほどの一撃で裂けた腕を直していく。
「まあ、どうとでもなるべ」
そう呟きながら、ゆっくりとゆっくりと、一歩一歩を噛みしめるかのように、帰るべき場所に歩を進める。
ゆっくりとゆっくりと、怒られたくない子供のように………
お読みいただきありがとうございました
本当に今年中には終わると思う
きっとおそらくめいびー
ではまた次回~