あっついねぇ最近…………
射命丸文とのやり取りが終わり、ふと見えた人里や紅魔館や博麗神社に逃げ出したい気持ちを必死に抑えながら飛んでいる。
そりゃあもうノロノロと。さっきの一瞬の決闘は何処へやら。なんだったら歩いた方が速いまである速度だとしても、距離は確実に縮まっていく。
そうしてやがては自宅へとたどり着く。すっと玄関前に降り、一呼吸。そしてノックしようとしたとき言いようのない違和感を感じた。
「…………はぁ、ん?」
小さな小さな違和感。
奇妙と言うほかない感覚。
虫の知らせか嵐の前の静けさか、そう、特別嫌な予感がしているだとかそういったことは全然ないのだがそんな感じは微塵もないのだがただなんとなーく扉に耳を当てたくなったなぁーって思ったり思わなかったりするわけで。
そっと、扉に耳を当て息を殺す。
オンボロ小屋だからわざわざ耳を押し当てる必要はこれまた微塵もないのだが…………ぴとっ
……
…………
………………
無音
圧倒的無音
生活音も風の軋みもなく、ただただ無音が続いていた。
中に誰もいない? 可能性としてはなくはない。だが、そうなると萃香がいるはず。彼女の力であれば俺が戻ってきてるのなんて地上に出てきた時点で分かっている筈。
こちらから声をかけていないとはいえ、一切のコンタクトが無いのは不気味と言わざるをえない。
紫苑の仕事に付いていったのか、はたまた本当に誰もいないだけなのか。
やけに汗が滲む手を戸に沿わせ、グッと力を籠め開く。
中からは紫色の不幸が出てくるわけでもなく、むわッとした酒気が漂ってくるわけでもない。戸を開けても無音は続いたままでピシッと背を伸ばし動くに動けない伊吹萃香と、その隣で微動だにせず汗を流している八雲藍。
その二人の前には、ニコヤカナ笑みを携えた依神紫苑とこれまたホガラカナ笑みを崩さない八雲紫の姿があった。
ボロボロのちゃぶ台に湯飲みは五つ。一切の波を立たせず一口も今まで飲んでいないのが目に見える。
その雰囲気だけで押し潰されそうな圧。ゆっくりと滴り落ちる汗が顎先から地面に落ち
ピチョン
と小さな音を立てようやく時も動き出す。
スッと流れるような所作で戸を閉めつつ、しっかりとかつ誰も刺激しない声色で
「お邪魔しました」
と告げた。ふぅと汗を雑に拭い人里か紅魔館にでも向かおうとその場を全速力で後にする。
「いやぁ我ながら完璧で一切の無駄のない動き。惚れ惚れしちゃうね」
「そうね」
「そうだね」
そして気付けば自宅の中。紫様から逃げようなんざ到底無理な話だったんだ。
取り敢えず自宅だしで紫苑の隣に座るか、多分紫様からお話があるんだなんで無言で睨みつけてくるんでせうか紫様? 分かりましたよ隣に座ればいい怖いんだよ許してくれよ紫苑俺だって死にたくないんだよ睨まないでよ。
じゃあ真ん中にと腰を下ろせばそれはそれで睨みつけてくるしなんだよこの状況。
「…………」
「…………」
「…………」
「…………」
「…………」
そしてなんで誰も喋んねぇんだよ!!
後ろの二人は分かるよ? ただ紫苑と紫様はどう見ても話の中心人物じゃない? え、実は違ったり? 違わないよね? 多分そのはず。
湯飲みが最初から五つ用意されてるんだから、俺が帰ってきてから話をする流れだったとしてもさ、ちと空気が重くないかい?
まあ、紫様には聞きたいこともあるにはあるから助かるんだが…………どう切り出したもんかねぇ。
「悩むくらいならスパッと切り出してしまいなさいな」
「こんな重い雰囲気でそんな簡単に口を開ける訳ないでしょう。あと、心を読まないでください心臓に悪いので。というかなんでこんなに空気が死んでるんですか、別に仲が悪いとかそういう関係じゃなかったでしょうに。少なくともこの小屋が一度ぶっ壊れた時には仲良く川の字で寝たじゃないですか」
そんなこともあったわね~と呑気そうに返事を返してくれる紫様だが、紫苑は依然として口を開かない。マジで何があったんじゃいオマエさん。
ちらりと紫様に視線を向ける。肩をすくめお先にどうぞといった感じ。
それじゃあお言葉に甘えて、体ごと紫苑へと向ける。なんというか、違和感があるんだよな。こう、怒ってるーとか、悲しんでるーとかってのはなんとなく分かるんだが……。
「なあ、紫苑? 一体何があった? 確かに紫様とか藍様は住む世界が違い過ぎて理解しがたい所も多々あるけどよ、そんな険悪ムードな事になるような関係じゃなかっただろ?」
「そうだね…………ねえ、マツリ」
真正面、つまり紫様を真っ直ぐ見つめていたその顔が視線がゆっくりと俺を刺す。
「首が飛んで、手足も落とされて、骨を引き抜かれて、炎で炙られて、水に漬けこまれて」
口から出てきたよく分からない単語たち。いや、厳密には理解したくない単語たち。
いやだって、ねぇ? あそこって心象風景というか俺の精神世界なわけで? 紫苑が知り得る筈がなくてなぁ…………偶然って怖いなぁ。
「雷に打たれて、針山にされて、圧縮されて、毒霧を吸わされて…………そんな事を隣で実況されてた私の気持ち…………分かる?」
「よし、その話は後にしよう」
「説明は直に受けてるから要らないけど、それはそれこれはこれ、ってやつだね」
にっこりと紫苑が微笑みかけてくる。薄く細く瞳の色が分からない程の瞼からニガサナイという強い意志を感じ取れた。
というか、あの時紫様の姿がないとは思ってたが……まさか紫苑の所にいただなんて…………オイコラ口元隠してても笑ってるのがよく伝えわってきてやがりますからな紫様。
「なんでそんなことしてるんすか…………ああいや、やっぱ答えなくて大丈夫です。大方面白いとかそんな理由でしょうし」
「あら、違うわよ? 私の方が上だって教えてやる為に」
「お願いしますから火に油を注がないでいただけやがります?」
「あら残念」
「マジで勘弁してください…………。それで? それだけの為に来たわけではないのでしょう? それこそ……椅子が用意できたとかそんな話です?」
紫様はその言葉を聞くとパチンッと小気味よく扇を閉じた。大正解っていったところだろう。
「改めて今の貴方の状況を説明しましょう」
「説明っつっても、要はこの世界に腰を落ち着かせるための椅子がないって話ですよね?」
「ええ、だからこそ貴方は博麗霊夢にも対応できた。それもある意味では茉裏という存在の証明でもあるのだけれど」
「…………? まあ、確かに? この世界の無想転生ってのがどういうものなのかを良く理解はしてないですけど、その口振りからして無敵とかって類なのは間違いないとは思いますが」
「端的に言うとそうね。短く纏めるならこの世界の法則から浮くことによって、どのような法則からの干渉を受け付けない。それが無想転生。活動限界はあるものの、この状態の霊夢を倒せる相手はそういないでしょう。出来て運命に関与できるレミリア・スカーレットか、存在を霧散できる伊吹萃香……他にもちらほらいるでしょうが、確実にってなると、まあいないでしょう。だってダメージを負わせられないんですもの」
「でも俺は負けこそしたもののダメージ与えられた。でも、それが今回の話にどうつながるんです?」
紫様は湯飲みを持ち、美しい所作でお茶に口を付ける。
そして一泊の間を置き言い放った。
「茉裏、貴方がこの世界の住人ではないからよ」
それは知ってます。と条件反射的に答えてしまいそうになるのを、紫様は俺の唇に指を当て黙らせる。
「この世界の住人ではない、座るべき椅子もない、本来であれば存在しえない。つまり、貴方は最初からこの世界の法則から浮いている状態。博麗霊夢の無想転生と似た状態であると考えられる」
唇から指を離される。
「だとしたら、それこそなんで紫様は俺に触れられるんです? そりゃあ敵意だとか殺意に反応してるって可能性も否定はしきれませんけど、結構死にかけてますよ俺?」
「それは、貴方の中に法則があるから。元の世界での知識、経験といったものによってこの世界に無理やり根付こうとしているからよ。ただ、貴方は博麗霊夢と戦う際に意識してかそれとも今まで通り魂が勝手にか、博麗霊夢と殺し合う為にその根を自ら断った。本当はね? 貴方が外の世界に飛ばされて、ご両親に会った瞬間に魂の定着、椅子に座らせること自体は出来たの。でも、ただえさえ不安定な状態の貴方にそれを施して壊れてしまったらと思うとねぇ」
「えーっと、取り敢えずなんですけど、俺は、なんて言うんですかね…………要約すると、この世界での俺の状態は無想転生に近い物で、よく分からないから手を出せなかった…………自立するために根を張ることで、この世界に無理やり適応していた。無想転生に近い状態に自らすることで、無想転生状態の博麗霊夢と殴り合えた?」
「そんなところよ。そして、私が一番ネックだったのが適応するための根。私が引き抜いて耐えられるかは分からない。椅子なんて奪えばいいけど、そればかりはどうしようもない。でもね、茉裏、貴方は切ってくれた。完全に自由になってくれた。だから、後は貴方を八雲にした上で、椅子に座らせればもう失う心配はないの」
なるほど、と頭の中で完結させる。
「紫様、一つお尋ねしたいことが」
「どうしたの?」
恍惚とした笑みで紫様が答えて見せる。
そりゃそうだ、彼女の話を纏めれば、後は手駒にするだけってことだろ? 藍様みたいな感じになるのか、はたまた本当の意味での操り人形になるのかは知らない。ただ、見せつけたかった。勝利宣言をしたかった、いままで一緒にいられなかったぶん勝利の余韻に浸りたかった。
ここにいる人間は私のモノだと誇示したかった。
いや、まあ、うん、嫌ではない。事実紫様を愛しているかと問われれば間違いなく愛していると答えられる。てか、ここまで来て見捨てるとか、離れるって判断はつかない。私のモノと言われれば否定も出来ない。
「要は今からそれをするって事で、正真正銘俺はこの世界に定着する。【八雲茉裏】がこの世界に産まれる訳だ。いやはや、名前が大事なのは散々聞かされてきましたから、大変だなーって。ねえ、紫様、約束って大事ですよね、どう思います?」
さも当然と言わんばかりに、紫様の手を取る。片側からの視線が突き刺さるがそれはまた後で。
何度かそのか細い掌を弄び、ゆっくりと、名残惜しそうに手を離す。
紫様のトロンとした瞳が【俺】を見た。
「? ええ、大事ね」
「俺もそう思います。ああ、約束はとても大事だ」
初めて八雲紫と身体を重ねた日を思い出す。
接し方は特に変える必要はないわ。あの子とも仲良くしてあげて頂戴。ただ、忘れてはいけないことが一つ増えただけ。貴方は私の物。貴方は私の操り人形。
「紫様、愛してます。貴女を一番、愛しています」
「ええ、私もよ」
大丈夫、ちゃんと愛してあげるし、自由だって与えてあげる。でも、忘れた時はこれじゃあ済まない。本当の所は、こんな脅迫じみた事はしたくなかったのよ? だから、あの子と仲良くすることも、沢山の交友関係を築くことも、色んな子に色目を使っていたことも、全部許してきた。
「あの日の事、おれ今でも思い出すんですよ。初めてでしたし」
「私も、初めてだったわ」
でも、否定するのはいけないこと。拒否するのはいけないこと。貴方の一番は私で、私の一番は貴方。それ以上でも以下でもないそれが全て。
「だからといって、約束を反故にするのはいただけない」
「…………?」
いまだ瞳がトロンとしている紫様の耳元でそう囁く。
「交友関係を気付くのも、色んな相手に色目を使うのも、そして何より紫苑と仲良くしていいんですよね? じゃあ、その約束を無下にされるのであれば椅子は必要ない」
ゆっくりと目が見開かれる。
精神世界で俺を救ってくれたお守りを取りだし、ガシッっとその腕が掴まれる。その瞳にはどす黒いモノが宿っており、きっとそういう意味でないと伝えているのだろう。だが、その可能性が見えた以上…………人間ってのは止められないモノなんだわ。
「紫様、愛してます―――」
―――この愚か者に指を指して盛大に笑い飛ばしてやってください
今の俺なら、一瞬であればまだ動ける。握りつぶされた腕から零れ落ちるお守りをもう片方の腕で掴み、中を開く。薄っすらと湧き出てくる黒い瘴気と変色した紙。そこに書かれている文字は間違いなくこの世界に根付いた俺が書いたもの。
がったがたで枠も気にせず書かれたクッソ汚い文字。恐らくは自分にしか読めない文字。
【きりゅう まつり】
「俺の名前は【霧生茉裏】。八雲紫様という糸の先に繋がれた人形です」
紫様、貴女の慢心と人間の愚かさへの尺度の負けです。
糸の先に繋がれた人形とは言え操り人形とは限らないんですから。
「だからどうか、俺から目を離さないでくださいね? 何をしでかすか分かりませんよ?」
お読みいただきありがとうございます
書いてて楽しかったけど、辻褄合わせが大丈夫なのか心配な今日この頃
暑さに負けずにがんばるぞい!!
ではまた次の機会に~