この素晴らしい嫁に祝福を!   作:王の話をしよう

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再投稿。





20話

 

 

 ※

 

 

 二ヶ月後

 

 

 

 

 さて、長くなった王城の逗留も明日で終わりを告げる。いよいよアクセルだ。

 思えばまだ村を出て半年も経ってないんだよなぁ…。

 早いのか遅いのか分かんねえな。

 

 

 

 今日は自由に時間が使える最後の日ということで国王、ジャティス、アイリスが旅の餞別に、と一人一人手合わせしてくれるらしい。

 

 いや、そんな物より他に無かったのかとか聞きたいが。まあその気持ちだけで値千金と思うことにしよう。うん。

 

 

 ということで闘技場で俺と向かい合うのはアイリスだ。

 

 

 

 

「それじゃあ、始め!」

 

 

 

 

 ジャティスの開始の合図と共にアイリスが冗談抜きに俺を超えるスピードで俺の周辺に残像を残しながら動く。俺の動きに少し似ているのはアイリスが周囲の影響を受けやすいからだろう。

 

 俺が以前ベルディアに使った戦法をアイリスに話してやったのだが、これは失敗だった。

 いや、これ使われる方すげー怖い。今度会ったらベルディアに謝っておこう。

 

 

 アイリスが剣を喉に突き入れて来た。一歩ズレて躱すが、アイリスの戻りが速い。突き、斬り上げ、払う動作が一息のうちに行われる。その動きの先には俺の心臓部、眉間、頸動脈を正確に捉えている。

 

 どうでもいいけど何で全部急所狙いなんだよ。殺す気か。俺はいつの間にかアイリスに嫌われてしまったのだろうか。涙がで、出ますよ…。

 

 最初の突きはデュランダルで防ぎ、斬り上げは上体を逸らすスウェーで逃れ、次の斬り払いでわざと(・・・)体勢を崩した。その時同時にある物を手に忍ばせる。

 

 

 

 さて、アイリスはどう反応する?追撃か、待ちか…。

 

 

 そこで好機と見たか、アイリスが剣を引いて僅かに力を込める。

 

 

 

 

 

(かかった(・・・・)!)

 

 

 

 

 

 俺は表情で焦り、内心でほくそ笑む。

 アイリスは素早さは他の追随を許さないがこういう搦め手に少し弱い。素直すぎるのだ。

 

 というかまだ11歳でこの動きは異常だろ。明らかに俺が同じ年齢だった頃よりも強い。これからサボらずに精進すれば俺など足元にも及ばない強さを手に入れるだろう。頑張っていただきたい。

 

 

 手に隠し持っていたエリスの肖像が掘られた1エリス硬貨を手首のスナップでアイリスの目の前に放る。

 

 

 

 

 

「ッ⁉︎」

 

 

 

 

 

 完全に虚をつかれたのか、俺に振るうはずだった剣をその何の反撃にもならないコインを弾くことに使ってしまうアイリス。

 

 

 カキン、と高い音が鳴り硬貨が割れる。

 

 

 十分以上の働きをしてくれた。流石はエリス。俺の勝利の女神といっても過言ではない。

 

 崩した体勢を戻しながらアイリスに足払い。

「キャッ!」と可愛らしい悲鳴をあげ、宙に浮くアイリスの剣を打ち落とし、落下するアイリスを両手で受け止める。俗に言うお姫様抱っこだ。事案待った無しである。

 

 びっくりした顔で固まっていたアイリスだが、俺が何をしたのか分かってきたのだろう、次第に膨れ面になりながら抗議する。

 

 

 

 

「ゼロ様ズルい!もう一度!もう一度です!」

 

 

 

「はいはい。またの機会をお待ちしてます、お姫様。」

 

 

 

 

 まだ不満そうなアイリスを地面に下ろした直後に観客席からサーベルが飛来する。

 見なくてもわかる。クレアだ。最近クレアは隠れるのが上手くなった。いざ攻撃されないと何処にいるのかもわからない。

 …多分俺を暗殺するために練習したんだろうなぁ…。

 確かに今回は俺が悪い。以前あいつと交わした『YESアイリス、NOタッチ』の誓いを破ったからな。甘んじて受けたいがそんな余裕はない。

 

 

 サーベルの柄を掴み、飛んできた方向へ返してやりながらこちらに高速で向かう『エクステリオン』の斬撃をデュランダルで縦に斬って俺が通れるだけの亀裂を入れて避ける。

 

 

 

 

「次は…僕だ!」

 

 

 

 

 斬撃の軌跡をなぞるようにジャティスが走ってくる。

 

 ジャティスとの戦績はもう俺の圧勝だ。最初の半月は負けっぱなしだったが、更にその半月後には負け無しにまでなっていた。

 一対一では勝負にならなくなったあたりでジャティスとアイリスが俺を打倒するためにタッグを組んだのだが、このタッグがマジで強い。

 

 元々兄妹で、息はピッタリなのだ。片方が俺を抑え、もう片方が俺を嬲るという弱い者いじめの構図が出来上がってしまった。このコンビに勝てるようになったのはつい最近の話だ。

 

 コンビを組んだ後のアイリスは大層嬉しそうで、「久しぶりにお兄様と遊べました!」と100万ドルの笑顔を俺に見せてくれた。

 

 その笑顔は俺の犠牲の上に成り立っていることを忘れないでくれ…。

 

 

 

 デュランダルと聖剣が激突する。

 

 力でもジャティスを上回った俺が鍔迫り合いながらジャティスの胴体を蹴飛ばし、距離が開いたところへデュランダルの鞘をぶん投げる。

 

 ジャティスは、避けるのは間に合わないと考えたか、聖剣を斬り上げて鞘を上に弾くーー

 

 

 

 ーーその影に隠すように俺がデュランダルを投げていたことにも気付かずに。

 

 

 

 

「うわっ‼︎」

 

 

 

 

 見えない急襲ほど恐ろしいものはない。反応が遅れたジャティスの頰を切り裂いて地面に刺さる。かなり深い傷だ。血も結構出ている。悪いことをしたな…だが謝るのは後だ。

 

 さっきジャティスが弾いた鞘が10メートルほど上空に舞っているが、これなら一跳びで取れる。

 鞘をキャッチし、再度ジャティスに投擲。

 まだ怯んでいる彼の胸に直撃し、身体を後方へ弾き飛ばす。

 

 狙ってデュランダルの真横に着地し、剣を地面から引き抜きながらジャティスへ肉薄する。

 

 

 既に体勢を立て直しつつあるジャティスは『エクステリオン』を乱発するが、狙いも甘く、こんな腰も入っていない斬撃は苦し紛れにもならない。

 俺に直撃するものだけを斬り開き、突進。

 掠る軌道のものは無視しているため、痛みが何本も走る。それでも止まらない。

 無茶な姿勢で放っていたせいか、反動で再び体勢を崩したジャティスへデュランダルを振り下ろす。

 

 辛うじて受け止めるジャティスの顎へ容赦無く前蹴り。ぶわっと浮き上がる身体はガラ空きだ。落ちていた鞘を拾い上げて鳩尾へぶち込み、吹き飛ぶジャティスの手から聖剣を奪い取った。

 

 

 ちなみに俺がこの剣を聖剣と呼ぶのは、見た目と使う技が型月世界の某聖剣ととても良く似ているからだ。名前は出さないけど。

 

 

 

 

「さて、お前は剣を奪われた訳だが、これは俺の勝ちでいいんだよな?」

 

 

 

 

「ゲホッ!ゲホッ!わ…分かってるくせに…性格悪い…ゲホッ!最後くらい…君に勝ちたかったけど…。」

 

 

 

 

 鳩尾を強打したせいで咳き込むジャティス。敗けを認めたからには俺の勝ちである。

 

 

 

 

「よっしゃ次ぃ‼︎」

 

 

 

 

「聞けよ!というか君は本当に体力お化けだな…⁉︎」

 

 

 

 

 何を言うのか。そんな情け無いことを言うならお前をオークの群れへ放り込んでやろうか。

 この程度の戦闘で息を切らすようなら1日も持つまい。力尽きても無理矢理立ち上がらなければ貞操が危ないのだ。

 

 

 

 

「そ、そんな鬼みたいなことを何で思い付くんだ…!」

 

 

 

 

 弱音を吐き続けるジャティスを弄っていると、唐突に周囲が暗くなる。

 

 

 

 

「うおおおお⁉︎」

 

 

 

 

 同時にとんでもない重量が俺目がけて落下してくる。デュランダルで受け止めるが身体中が軋み、足が地面に埋まってゆく。折れるはずのないデュランダルが折れるのではないかと思う程の圧倒的な質量だ。

 

 

 

 

「ふむ、よく受け止めたものだ。剣の方が折れると思ったのだがな。」

 

 

 

 俺にとんでもない一撃を見舞ったのは国王だ。さっきまで反対側の観客席にいたから、多分直接跳んできたのだろう。

 

 お忘れかもしれないが、この闘技場、端から端まで300メートルあります。

 

 

 

 

「さあ!最後の相手は私だ!」

 

 

 

 

「アンタは仕事しろぉ‼︎」

 

 

 

 

 

 敬語も忘れて叫んだ。

 

 

 

 

 

 ※

 

 

 

 

 

 俺が勝手にベルゼルグ三脳筋と呼んでいる国王、ジャティス、アイリスの三人は同じ脳筋でもタイプがまるで違う。

 

 

 アイリスは力に頼らない速攻タイプ。その素早さはなんと俺よりも速い。まさにハヤテのごとく!である。

 

 

 ジャティスはああ見えてスピードとパワーを両立させたバランスタイプだ。ハイレベルで纏まっているため、戦闘の幅が広い。

 

 

 そして国王だがーーー

 

 

 

 

 

「ふん!ぬん!おりゃあ!」

 

 

 

 

「ひっ!ちょっ!あぶっ!」

 

 

 

 

 掛け声の度に俺に死そのものである大剣が振るわれる。スピードで翻弄したいが、これを実際目にすると反撃する気なんかさらさら起きない。

 

 軽く振るわれる一撃が掠っただけでその周辺がごっそり持ってかれるような凄まじい圧力を持っているのだ。反撃して直後にこれを喰らったら即死待った無し。

 故に剣すら振るわずにひたすら躱すことしかできないのだ。

 

 

 柔よく剛を制す?ふざけるな。このバケモンを見てから物を言え。

これを受け流せるのは渋川先生くらいだろう。

 

 

 

 究極の剛。破壊神。日中三倍バスターゴリラ。

 

 

 

 呼び方など何でもいい。とにかくとんでもない剛の化身がそこにいた。

 

 見た目は俺と同じくらいの体格なのにそこから引き出される力は間違いなく人類最強だ。どんな筋肉をしているのか、地面に拳を振るえばクレーターができてしまう。バカか。

 小学生が考えた『ぼくのかんがえたさいきょうのひーろー』とはきっとこんな感じなのだろう。

 

 

 その手に持つ大剣など、幅が50センチ、全長が3メートルを超えているのだ。どこのガッツさんだよ。それほどの大剣が驚くことにジャティスと同じくらいの速度で振るわれる。

 

 以前、俺VSアイリス、ジャティスペアで闘っていた時に国王が急に「今日は私も混ざろう。」などと言ってきたことがある。

 

 

 その時は俺とコンビで手を組んで国王をギャフンと言わせてやろうと意気込んでいたのだが、開始10秒後にはもう涙目になってしまった。

 

 

 

 開始と同時に国王へ躍り掛かるアイリスとジャティス。普通なら片方に気をとられている隙にもう片方が攻撃するシステム。しかも今回は背後に俺が控えているのである。

 

 この布陣なら魔王ですら攻略できると思える最強トリオのうち2人が国王のたった一振り(・・・)で夜空の彼方へ吹き飛ぶことになった。

 

 

 

『………は?』

 

 

 

 

 俺は最初、2人が高速で動いたせいで見失ったのかと思ったのだ。

 だが、国王が剣を振り切った姿勢でいることに気付き、呆然とした。

 

 後に聞いたが、アイリスとジャティスは闘技場の外まで吹き飛ばされ、周辺の民家に激突していたんだそうだ。文句無しの場外ツーランホームランである。いや、すぐ俺も後を追ったからスリーランか。

 何度でも言うが、端から端まで300メートルある闘技場だ。

 

 

 その時に前回から一ヶ月の間を空けてエリスに会ったことは誰にも言っていない。

 

 

 

 

 

 

 その恐怖の斬撃が俺一人目がけて襲いかかるのだ。俺が如何に綱渡りをしているか推して知るべし。回避に専念するのはしょうがない、しょうがないのだ…。

 

 

 

 

 

 

 

「どうした!逃げてばかりでは勝てないぞゼロ君!それで魔王を倒すつもりか!」

 

 

 

 

「勝手なこと言わないでもらえます⁉︎それより手加減!手加減プリーズ!これ死にますって!」

 

 

 

 

 

「それでも私の子供たちに勝った男かね!あまりに不甲斐ないと私が魔王を倒してしまうぞ!」

 

 

 

 

「ぐっ…!」

 

 

 

 

 

 

 むしろ出来るんならなんで今までやらなかったのか。

 人類的に言えばさっさとやれという話だが、それは俺に一番効く煽りだ。

 

 

 横薙ぎに振るわれる大剣を地面スレスレに伏せて躱し、伸び上がりながら腕辺りを狙って突き上げる。しかしもうその時には次の一撃を振っているのだ。おかしいだろ。あの大剣をどうしたらそんな回転で扱えるのだ。

 

 動きを中断して一旦大きくバックジャンプして距離をとり、構える。とりあえず剣が届かない場所で一息つきたかったのだ。

 それを見て取った国王が言う。

 

 

 

 

 

「さて…ゼロ君。私はなにも君に怪我をさせたいわけでもないし、本気で闘いたいわけでもない。」

 

 

 

 

 ウソつけ絶対殺す気だゾ。

 

 

 

 

「なので、この一撃を躱すか防ぐかすれば君の勝ちにしようと思う。気張るといい。」

 

 

 

 

 

 

 

 国王が剣を両手で握り、右に思い切り体を捻る。そしてミシ…ミシ…という音が聞こえそうなほど…いや、実際に聞こえる。力を込め始めた。

 

 なるほど。

 あれを躱すか防げば俺の勝ち…素晴らしいサービス精神だ。恐怖で涙が出るね。

 

 この場にいなければわからないだろうが、俺と国王は30メートルは離れているのだ。

 その相手が筋肉を膨張させるのが目で見て分かるこの圧迫感。多分冗談でも何でもなくアレが掠っただけで命が危ういだろう。

 

 

 

 

 

 防ぐのは無理だ。ならば全力で避ける。いつもやってることだ。

 

 全身から力を抜く。そして剣を垂れ下げ、久しぶりに『スイッチ』を切り替える。時間が引き延ばされ、自分の体が重くなる。

 動体視力が上がる代わりに動きは遅くなるこの『スイッチ』。自覚したのは村で鍛えていた時だ。

 

 

 よく漫画とかで「動きが止まって見えるぞ」って強キャラ感出すセリフがある。

 …それが止まって見えるなら日常はさぞ生きにくいだろう。常々心の中でツッコミを入れていたが、同じ立場になって分かった。

 

 アレは集中した時にだけ起こる現象なのだ。そう結論付けた俺は自分の中に『スイッチ』をイメージして、切り替えることで体感時間を引き延ばすことができるようになった。

 

 体感時間が延びると、周りの空気が質量を持ったかのように重くなり結果的に動きが遅くなるが、それなりに便利なものである。

 

 

 

 

 国王が一歩踏み出す。

 足元が爆発し、真っ直ぐにこちらへ飛んでくる。対して俺は剣を垂らしたまま微動すらしない。

 

 大剣が届く距離になって初めて国王に困惑が浮かぶ。「なぜ避けない⁉︎」とでも言いたげな顔だ。しかし止めるわけにもいかないだろう、その鉄の塊を全身を使って横に振るう。砂塵を巻き上げて俺に迫る『死』。

 そこでようやく俺が動く。

 

 ーー剣をほんの少し上に投げる。

 

 国王が更に目を開く。ここで武器を手放す意味がわからないのだろう。

 

 

 投げた高さは10センチ程度。普段なら投げたとも言えない距離だが、この引き延ばされた時間の中ではかなり滞空しているように見える。

 

 

 大剣はもうすぐそこまで来ているが、俺にはしっかりと見えている。

 

 ーー大剣の腹に手を乗せる。こちらを斬るために振るのだから当然腹は上を向いている。他の剣では無理だが、これだけの大剣ならーー

 

 そのまま剣の上を転がる(・・・)。その途中で上に投げたデュランダルを手に取り、着地。

 砂塵吹き荒れる中、国王の喉に向かって腕を伸ばす。こっちは加減などする余裕はない。怪我をさせてしまうかもしれない…。

 

 

 

 だがそれは杞憂に終わった。

 

 国王はあろうことかデュランダルを歯で挟み込み、首を捻って俺の突きを回避したのだ。

 

 驚愕する俺に凄まじい衝撃が襲いかかる。感触からして大剣ではないが、背骨から嫌な音がした。もしかしたら折れたかもしれない。

 

 

 意識が遠のく。これはまたエリスコースだな…、そんなことを思いながら瞼を閉じた。

 

 

 

 

 

 

 ※

 

 

 

 

 

 

「・・・・・・」

 

 

 

「…あの、大丈夫ですか?」

 

 

 

 

 いつもの場所でいつもの通りエリスが座っている。

 しかし、俺は答えられなかった。

 

 

 ーーー悔しい。

 

 

 国王の基準では勝ったことになっているが、そんなことは関係無い。

 実力で勝てなかったことが、あれだけ歴然とした差があることが悔しくてたまらない。

 

 

 

 

 

「だーうー…。勝てないなぁ…。」

 

 

 

 

「それは…仕方ないと思いますよ。彼は歴代の王族でも類を見ないくらい強いですから…。」

 

 

 

 

「…俺が国王に勝ったらエリスがなんかしてくれるなら勝てる気がする。」

 

 

 

 

「…?えっと、例えばどんなことですか?」

 

 

 

 

 

 …そう言われると考えてなかったな。

 

 

 

 

 

「チューとか?」

 

 

 

「はぇ⁉︎」

 

 

 

 

 

 もちろん冗談だ。俺にそんな勇気は無いし、乗ってこられても困るが、こうしてふざけてないと泣きそうなのだ。

 エリスの表情の変化を楽しんで帰してもらおう。

 

 エリスはしばらくうんうん唸っていたが何か思い付いたようにこちらを見た。

 

 

 

 

「さすがにち、チュー?とかはダメですけどーーーー」

 

 

 

 

「・・・・・・」

 

 

 

 

「ーーーーーこれならどうですか?いつか彼に勝った時にでも。」

 

 

 

 

 ーーーーーー。

 

 

 

 

「・・・エリス、今すぐ俺を帰せるか?」

 

 

 

 

「え?できますけど…?」

 

 

 

 

「今からリベンジしてくる。起こしてくれ。」

 

 

 

 

「え⁉︎だ、ダメですよ!起きるのはできますけど、ここにいるってことはかなりの怪我を負ったんですよ⁉︎すぐに闘うなんて…!さっき万全の状態で負けたばかりじゃないですか!」

 

 

 

 

「大丈夫大丈夫。今なら無茶すれば勝てる気がするから。」

 

 

 

 

「だから無茶はしないでくださいって…ああ!もう!」

 

 

 

 

 

 俺の意思が変わらないと悟ったのか、エリスはしょうがないとばかりにーーー

 

 

 

「『筋力増加』!『速度増加』!『体力増加』!『防御増加』!『知覚強化』!」

 

 

 

 

 矢継ぎ早に…これは…支援魔法…?たまにクレアと共にアイリスの世話係をしているレインが使っているーーーそれをかけてきた。

 

 

 

 

 

 

「どうせやるなら勝ってきて下さい。あなたは同じ条件で勝負したいかもしれませんが、今度同じものを受けたら本当に死んでしまいますよ。」

 

 

 

 

「いや、確かに自分の力だけで勝ちたいのはあるけど…。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 それは今更だ。

 元々特典(チート)を持っているわけだし、俺が振るう力はほとんどが初めてエリスに会った時にエリスから貰ったものだ。あの会話が無ければここまで来ることは出来なかった。

 この魔法もありがたくもらおう。

 

 

 

 

 

 

 

「さあ、目が覚めますよ!頑張って行ってきて下さい!ーーー『祝福を』‼︎」

 

 

 

 

 

 

 

 最後の魔法はおそらく幸運を引き上げるものだろう。幸運の女神による『祝福』。人間が同じ魔法を使うよりもはるかに効果は高いだろう。

 

 

 ありがたい。俺の運が悪いことなどとっくに分かっている。自慢ではないが旅に出てから人との出会いにしか恵まれていないからな。その最たるものがエリスと出会えたことだ。

 

 

 

 

 

 

「ああ!行ってきます!」

 

 

 

 

 

 ※

 

 

 

「あ!ゼロ様が起きましたよ!」

 

 

 

 

 目を開くとアイリスの声が聞こえる。

 どうやら看病…と言っていいかはわからないが看てくれていたらしい。

 

 

 

 

 

 

「まったく!お父様は少し反省して下さい!」

 

 

 

 

「そうですよ、ゼロじゃなかったら普通に死んでましたよ、あれ。」

 

 

 

 

「う…む…。す、すまない…。」

 

 

 

 

 

 これは珍しい光景だな、一国の王が王子と王女に叱られている。普通なら一生見ることはないだろう。いつか誰かに自慢したいものだ。

 

 

 

 

 

 

「いや…すまなかったね、ゼロ君。君が思いの外強いものだからつい熱中してしまった。しかし私が提示した条件をクリアしたのだ。素晴らしいよ、君の勝ちだ。」

 

 

 

 

 

 手を差し出しながら俺を褒めてくる。

 素直に嬉しい。だが残念、俺が本当に欲しいのはそんな上辺だけの賞賛ではない。

 

 

 握手のために差し出された手を無視して国王に喧嘩を吹っ掛ける。

 

 

 

 

 

「そのことなんですが…今からもう一度俺と勝負してもらえませんか。」

 

 

 

 

 

 

 手を引っ込めながら俺を見据える国王。何か思案する素振りを見せたが、快く了承してくれた。

 

 

 

 

 

 

 ※

 

 

 

 闘技場。中央で向かい合う俺と国王。

 

 

 勝利条件はどちらかがどちらかに一撃を入れることーーーこれは俺が提案した。さっきのままだと勝ったとは言えないからな。

 

 

 国王はあの時と同じ構えで既に力を溜めている。もしかしたらアレが国王の一番得意な技なのかもしれない。勝手に『フィールドクラッシャー』と名付けさせてもらおう。

 

 

 

 

 ーーー俺は今まで試していなかったことがある。

 

 この場で言えば、ジャティスも国王も持っている、俺の知る漫画やアニメの世界でも大抵誰でも持ち、使っている華々しい『必殺技』を俺は一度も考えたことがない。

 

 漫画のキャラクターの技を再現しようと思えば、まあ出来るのだろう。むしろ一部俺の方が強く、速く撃てるかもしれない。

 

 

 だが、それには()がこもっていないのだ。当然だろう、あいつらが使う技はあいつら自身がそれこそ身を削って生み出したあいつらのための技なのだ。

 

 それをいくら強さが上とはいえ、猿真似にすぎない俺が使って良いわけがない。

 

 ならば、俺の『必殺技』とはなんなのか。

 これは俺の持論でしかないが、『必殺技』とは一番繰り返し、自身が最も得意とする技に与えられる名称ではないのか。

 

 誰しも、最初に必殺を思い描く。それを目指して修練していく中で、そいつが『これだけは他の誰にも負けない』程に積み重ねて自分に合わせて変化させたものだけが『必殺技』と呼べると思うのだ。

 

 その考えでいくと俺が最も積み重ね、世界で一番とは言わない、同じ年数だけ生きた人間には決して負けないくらいに繰り返した動作ーーー。

 

 

 

 

 剣を正眼に構え、脚は前後に肩幅より少し広めに。そのまま大上段に振りかぶり、そのまま振り下ろす単純な動き。

 

 向こうの世界でいう剣道の素振りに似ているが、細部は違うだろう。

 

 これ(・・)だ。これが俺の必殺…誰にも、誰よりも繰り返した俺の技だ。

 

 

 一体俺の他に誰が朝日が昇り、夜日が落ちるまで…それを10年以上延々とこの動作を続けたというのか。

 他の動きや振り方に手を出してもこれだけは欠かしたことがない。これが俺の基本動作ーーー『必殺技』だ。

 

 

 だが、哀しいことにこんなものは戦場で役に立つことなどない。

 当然だ。脚を止めてこんな綺麗な形で剣を振ることなど戦闘時において出来るわけがないのだ。

 

 

 この『必殺技』が役立つのはそれこそ今のように一撃必倒の試合ぐらいなものだ。今後使う機会が訪れるかどうかーーー。

 

 

 

 

 

 国王の足が沈み込み、もういつでも飛んできそうだ。

 俺の方は気負うことなどない。いつも通りに、いつものように剣を振りかぶる。力を抜き、来るべき時に備える。

 

 

 直後に国王の足元が爆ぜ、地面に蜘蛛の巣状に亀裂が入る。完全にあの時と同じようにこちらへ振られる大剣。もう目の前だ。

 

 

 

 

 

 ーーー今‼︎

 

 

 

 

 全身に瞬時に力を入れる。

 支援魔法で強化された力が爆発的に膨れ上がり、たった一つの動作をすることだけに注力される。

 

 

 狙うのは王そのものではない。

 振るわれる大剣。確かにその大剣は国王が振るに値する名剣と呼ぶにふさわしい。

 

 だが俺のデュランダルは神から授かった神器だ。人が打った剣が『不壊剣』との衝突に耐えられるものかーーー‼︎

 

 

 

 全身の力が解き放たれる直前に思う。そういえば俺はこの技の名前を考えるのを忘れていた。

 

 と言っても元がただの素振りだ。そんな大層なものは付けたくない。かといって呼び名無しは…。

 

 

 …ダメだ。思いつかない。イタくなく、カッコ悪くも無い名前は存外に難しい。

 

 

 

 まあ、後から考えるとして、とりあえずはこう呼ぼう。

 

 一太刀であらゆるものを切り裂く。どんなものをも真っ二つにする。そんな願いを込めて…。

 

 

 

 

 

 

「『一刀両断』‼︎」

 

 

 

 

 

 直後に人が打った名剣と神が授けた神剣が激突する。

 何かが折れる音がした。

 

 

 そしてーーーーー。

 

 

 

 

 

 

 ※

 

 

 

 

「王都に寄った時はいつでも遊びに来てくれよ。」

 

 

 

「そんなに王都に来ることはねえだろうけどな。」

 

 

 

 

 翌日、正門の前でジャティスの見送りを受ける。

 アイリスは俺が帰ることになって寂しそうにしながら部屋に閉じこもってしまった。

 それくらいには懐いてくれていたようで嬉しい限りだ。

 

 

 国王は「しばらく山に籠る」とか言って姿をくらませてしまったそうだ。何やってんだ。冨樫も国王も仕事しろ、マジで。

 

 

 

 

「いや、折角の出発なのに見送りが僕だけでホント申し訳ないね…。」

 

 

 

 

「まあいいさ。アイリスによろしく言っといてくれよ。国王様は一発殴っておけ。」

 

 

 

 

「き、君じゃないんだからそんなこと出来ないよ…。」

 

 

 

 

 顔を引攣らせながらジャティスが言うが残念、俺だってそんなことは出来ないし、絶対やりたくない。

 

 

 

 

「それじゃ、もう行くわ。ありがとうな。」

 

 

 

 

「僕こそ。君のおかげで前よりずっと強くなれた。また来た時にでも勝負しよう。」

 

 

 

 

 

 ジャティスと握手して三ヶ月過ごした王城を離れる。

 

 アイリスの部屋がある辺りをふと見ると、アイリスがこちらへ手を振っているのが見えた。隣にはクレアとレインもいるようだ。手を振り返して王都の正門へ向かう。

 クレアとはあいつから突っかかって来たからある程度話したが、レインとはあまり会話できなかったな。今度来たらもう少し仲良くしたいものだ。

 

 

 

 街を歩いていると見知った衛兵が敬礼をしてくる。いらないってのに。

 今度は一緒に戦ったことのある冒険者が話しかけてくる。今からアクセルに向かうことを告げると、『サキュバスネスト』という店を紹介された。何の店かは教えてくれなかったが、行けば分かるそうだ。楽しみにしておこう。

 

 

 

 正門に着いた。

 王都からアクセルへ行く手続きをして、衛兵に別れを言う。また敬礼されたが、何で俺に敬礼するのか。王子でも貴族でも無いんだぞ?意味分からん。

 

 

 

 

 王都を出てしばらく歩いた後に振り返ってみる。滞在中に何度も思ったが、やはりデカい。周囲をグルっと城壁が囲んでいるため、魔王軍も容易く攻められまい。

 

 

 

 

 

 再びアクセル方向へ歩き始める。

 色々なことがあったが、やっと冒険者になれる。それがとても楽しみだ。

 

 

 それ以上に今度エリスに会う時を楽しみにしながらゆっくり歩いてゆく。

 

 

 

 


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