再投稿。
21話
※
「どちらからいらっしゃったんですか?」
「王都から来ました。冒険者登録をして、しばらくアクセルで活動する予定です。あ、これ一応紹介状です。」
「ああ、はい。結構ですよ。お通り下さい。」
「ありがとうございます。」
門番に滞在する理由を説明して通してもらう。
アクセルの街並みを眺める。石畳みの路を馬車や通行人がのんびりと歩いていた。
先に王都を見てしまうとどうしても基準が偏ってしまいがちだが、これでも普段より賑わっているそうだ。
(次は何をしようか…?やはり最初に冒険者登録を…いや、もう少し後でいいや。)
早速登録しようとも思ったが、俺は先に面倒ごとを片付けてしまうことにした。
途中で人に道を聞きながら路地を歩く。
大通りから少し外れたところにその店はあった。
『ウィズ魔道具店』。ここで間違いなさそうだ。
バニルからの伝言を伝えるために来たのだが、朝も早いというのにもう開店しているらしい。感心なことだ。
「ごめんくださーい!」
扉を開けながら大きめの声を出す。すると奥から
「い、いらっしゃいませー!」
と、若干上擦った声とともに髪の長い女性が顔を出す。歳は20代くらいか。穏やかな顔付きの優しそうな人だ。そして目を引くのは服の上からでもわかる胸元の膨らみ。
ふむ、でかいな。ベルディア辺りが喜びそうだ。
「あ、あの…お客様…ですか…?本当に…?」
変なことを言うもんだ。店に来る人間は大抵客だろう。俺は残念ながら違うが。
「あ…すみません、その、滅多に人が来ないもので…。そうですか、お客さんじゃないんですね…。」
どうやら客足が思わしくないらしい。見てて可哀想なほどにしょんぼりする女性。
悪いことをしたかもしれないが、実際に客として来たのではないのだ。
「あなたがウィズさんでよろしいですか?」
「あ、はい。私がウィズですけど…?」
「バニルという名に聞き覚えは?」
バニルの名が出た途端にあからさまに警戒の色を強めるウィズ。
「…あなたは誰ですか?どこでバニルさんと知り合いに?」
「ああ、いえ、違うんですよ。バニルから伝言を頼まれましてね。詳しい期日は分からないんですけど近いうちにここに来るそうですよ。」
「え⁉︎バニルさんがアクセルに⁉︎」
なるほど、迂闊だったな。
魔王軍の幹部と知り合いの自分の元へ全く知らない人間がいきなり訪ねて来たら警戒しない方がおかしい。
しかし、弁明とともにバニルからの伝言を伝えると、そちらに意識を割いてしまったようだ。
俺が言うのもなんだが、もう少し気を付けた方が良いのではないだろうか。
「俺はゼロといいます。バニルとは、王都で会いましてね。あいつが魔王軍の幹部だって事も知ってるので安心して下さい。」
「あ、そうなんですね。ゼロ…さん?わざわざありがとうございます。あの…ということは私の事もバニルさんから聞いてます…?」
少し不安げに聞いてくるウィズ。
何かやましいことでもあるのか?…そういえばウィズはバニルとどういう知り合いなのか。
悪魔関係か魔王関係か…もちろん何の関係も無いかもしれないが、一応カマをかけておくことにした。
「ええ、聞いてますよ。俺は人間ですけどあなた達が人に迷惑をかけない限り害そうとは思わないので平気です。
もちろんあなたの仲間が迷惑をかけるなら倒しますけどね。ほら、そういう方、そちらにいらっしゃるじゃないですか。」
「はい…そうですね。私は大丈夫ですけど、ハンスさんやシルビアさんなんかは一般の方も傷付けてしまうので…。
私が目の届くところなら一応注意くらいはするんですけどね。」
ちょっろ。
よくもまあ初対面の人間に内情をペラペラ喋れるもんだ。逆に感心するわ。
だがビンゴだ。ウィズは魔王軍の関係者…しかも幹部であるシルビアに注意できる程の立場にいる。幹部か、それ以上だな。とてもそうは見えないが。
しかし、シルビアはもう俺が倒したのだ。その事を知らないってのは…あまり魔王軍側に詳しくないのか?
ハンスとやらは聞いた事が無いが、シルビアと並んで名前が出たからには幹部クラスだろう。
あまり根掘り葉堀り聞くと警戒されてしまう。この辺にしておきたいが、最後にウィズ自身について質問する。
「ウィズさんが幹部だってことは知ってますけど、どんな能力を持っているのか、バニルは直接聞けと言って教えてくれなかったんですよ。よければ教えてもらえますか?」
「あ、私はリッチーなんですよ。一応最上位のアンデッドですから、色々出来ますよ?」
なんとこの危機管理能力をどこかに捨ててきたとしか思えないウィズはリッチーだという。
リッチーは不老不死で、特有の能力をいくつも持っている。通称『不死王』と呼ばれ、今では世界に数人しかいないとお袋から教わった。
戦えば苦戦どころか普通に死ねるだろう。ウィズが人間と敵対していないのは僥倖だな。
「なんで魔王軍の幹部になんかなったんです?リッチーだなんて言わなければバレやしませんし、普通に人間社会で暮らせてるじゃないですか。」
「それがですね…。昔…あ、私冒険者をやっていたんですけど、魔王城に攻め込んだことがあって、その時に魔王さんに泣き付かれちゃったんですよ。
悪いことしたかなーって思って、魔王城に張ってある結界の管理だけ受け持ったんですね。その他は何もしなくていいと言われましたので、中立を保ってる感じです。言わばなんちゃって幹部ですね。」
どうやら冒険者だった頃もかなり強かったらしい。
まさか単独で魔王軍のど真ん中を突っ切れるほど強いとは…。
「あ!せっかくなので、お茶でも淹れましょうか?よろしかったら品物も見ていってください!良い商品を入荷したんですよ!」
「ふむ、じゃあお願いしましょうか。」
それほどの実力者がどんな物を取り扱っているのか興味もあるしな。
淹れてもらったお茶を飲みながら目に付いた商品について聞いてみる。
「このビンはなんですか?なんか緑色の液体が入ってますけど。」
「それは普通のポーションですね。飲むと疲労回復と、傷の治りが早くなりますよ。」
そんな便利なものがあったとは知らなかった。後で買おうかな。
というかポーションってまんまかよ。
「こっちは…色が赤い…?これも飲むんですか?」
「あ、それは蓋を開けると爆発しますよ。気を付けてください。」
「・・・・・・」
そっと手に持ったビンを棚に戻す。
…え?それ何に使うの?
いや!…きっと俺が知らない用途があるのだろう。そうに違いない。
「…こっちは?色は赤いですけど、ビンが違いますね。」
「それは飲めますよ。ポーションの一種ですね。」
「へえ!色からして…筋力が上がるとか?」
「いえ、飲むと爆発します。」
「何に使うんだよ!」
我慢出来なかった。
蓋を開けると爆発するのはまだいい。投げれば手榴弾として使えるかもしれない。
飲むと爆発ってなんやねん。マイナスの要素しか見つからんわ。
まさか他の物もこの調子なのだろうか。役に立ちそうなのがただのポーションしかないぞ?
この店が流行らない理由がわかってしまった。ウィズは一体何を思ってこんなモノを仕入れているのか。
何か心に病を患っているなら力になってやりたい。
「…こっちの赤いのはなんだ?これも飲んだり開けたりしたら爆発するのか?」
「いえ、違いますよ。それは強い衝撃を与えると爆発するので落とさないでくださいね。」
「…結局爆発するのか…。…ん?」
衝撃を与えると爆発?逆に言うと他の方法では爆発しない…?
「え?そうですね…。…はい。それは衝撃を与えなければ何をしても爆発しませんよ。」
ーーーーー。
…これは使えるかもしれない。
いや、他のはゴミも同然だが。なんだ、普通にマシなのもあるじゃないか。
とはいえ俺以外にはまず売れないだろう。俺は偶然活用方法を思い付いただけだしな。
「これを全部くれ。あと、普通のポーションを10個程。」
「え⁉︎あ、はい!ありがとうございます!」
驚きつつも商品を袋に詰めるウィズ。
幸いにも俺は王都で衛兵の訓練を時々見てやったり、ジャティスが前線に出ている間に攻めてきた魔王軍を撃退したりといった報酬を貰っているので少し割高なポーションを買った程度ではビクともしないくらいには金を持っている。
あれだな。実はこの店、はじまりの街で出してるから流行らないのであって、他の街ならそれなりに客が来るのかもしれないな。
※
「よし、じゃあ冒険者ギルドに行くかな。またさっきのポーション、入荷しといてくれ。たまに来るかもしれない。」
「本当ですか⁉︎あ、ありがとうございます!今後もご贔屓にーーー」
来た時は朝も早かったのに気付いたら外は昼下がりだ。
商品を包んだ袋をウィズから受け取ろうとしたその時ーーーーー。
ーーー唐突に世界が変わった気がした。
「「‼︎」」
俺とウィズが同時に全く同じ方向へ弾かれたように顔を向ける。
と、言っても俺はなんか変な感じがするな〜程度の認識だったのだが、ウィズに至ってはこの世の終わりが来た時のように怯えた表情で俺が来た方向ーーーアクセルの入り口を見つめている。
それと、俺には今の気配に既視感があった。
(…エリス…?)
目を細めながら思案する。
なんとなくしかわからないが、エリスの雰囲気に似ている気がしたのだ。
「…今の、分かったか?」
「…はい。何かとてつもなく神聖で強力な気配がこの街に降りました。それこそ世界を丸ごと変革させるような何かが。これは…神気…?」
凄いな。そんなことまで分かるのか。
普段とは違うしっかりとした受け答えにこれがどれだけ緊迫した状況なのか伝わってくる。
それよりも今、聞き捨てならない単語が出たぞ。
神気…それは読んで字のごとく、神や
「…少し様子を見てくる。その袋、預かっててくれ。また取りに戻る。」
「え、あ!き、気を付けてくださいね!」
返事を聞く前に走り出す。
周りに影響を与えない程度のスピードで元来た道を逆走して、ものの数分でそれらしきモノを見つけた。
全体的に青い色彩で身を固めた少女と、緑色のような、奇妙な服装をした少女と同年代の少年。俺よりは少し若いか。
なにやら少女が喚き散らしながら少年に縋り付いている。どうやら違和感はあの青い少女から出ているようだ。
つーかいい年頃の女が何やってんだ。もうちょっと慎みを持てよ。なんかアイツ見てると腹立つな…。あ、今緑色の少年が振り払った。ついでに殴っていいぞ。
少年の着ている服も変な感じだ。俺は見たことが無いはずなのに、似た服を着たことがあるような無いような。
ひとしきり騒いだあと、どこかへ向かおうとしたようだが、場所がわからないらしい。
少し迷った。
俺もアクセルに着いたばかりであまり詳しくは無いのだ。だが、どうにもあの2人は気になる。役に立つかわからないが、声を掛けておくことにしよう。
報酬には期待出来ないが、放っておくのもよくないしな。
「すみません、何かお困りでしょうか?」