再投稿。
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「それで?お前は爆裂魔法撃って魔力切れってわけか。一発屋乙。」
目の前の男が失礼なことを言ってくる。もうちょっと疲れた女の子に優しくするということが出来ないのだろうか。
私が抗議しようと口を開いた瞬間にお腹が鳴る。
魔法は使うとお腹が減る。特に私の愛する爆裂魔法は貧乏な私に対する当て付けかのように燃費が悪い。これさえ無ければ文句なんてないのだが…。
ゼロがギルドのテーブルに備え付けられたメニューを差し出してくる。何のつもりだろうか。
「あ?腹減ってんだろ?遠慮すんなよ。ここじゃあ「腹減ったから何か狩ってくる」が無いから助かるよなぁ。」
「そういうことを言ったのではありません。なぜライバルに施しを受けなければならないのですか。」
「ライバルぅ?」
なんてムカつく顔をするのだこの男は。
魔力切れでなければ掴みかかってやるのに。…どうせあしらわれるのだけれど。
「ハハハ、いや違う違う。お前がそんな風に思ってたとは知らなかったもんでついな。」
「そんなに私がライバルでは不満ですか!」
「不満っつーかそんなこと思ったこともねぇな。あれだ、俺にとってお前は扶養家族みたいなもんだから。」
こ…、この男は…。
駄目だ、怒りすぎて空腹に耐えられない。
渋々メニューを開く。お腹が膨れたらどうしてやろうか。
「お、素直なのは良いことだ。お父さん嬉しいぞ。」
「誰がお父さんですか。」
「私だ。」
「あなただったんですか…。」
「暇を持て余した紅魔族の遊びってか。」
「…?」
まただ。ゼロは紅魔の里にいた時からよくわからないことを言っていた。
本当に意味がわからないし、どう反応すればいいのか困るのでやめて欲しい。
「そういや今日はお前の魔法のせいで酷い目にあったぞ。…ま、無かったらクエスト失敗してたかもだが。」
「どういうことですか?」
詳しく聞くと、なるほど、悪いことをしたかもしれない。が、同時にローリングボアを引っ張り出したのも私なのでプラスマイナスゼロくらいだろう。謝らないことにした。
それよりも気になることがある。
「あ…、あの、ゼロは私の魔法、見たんですよね?」
「おう。つっても最後の名残だけな。」
「ど…、どう、でした…?」
らしくもなく声が震えてしまう。
ゼロにはいつか爆裂魔法を見せると約束していたけれど、実際に見てどう思ったのか。
里では産廃だの使えないだの……組むことは無い、なんて……好き放題言ってくれたが…。
ゼロは私の様子を変に思ったようだが、それには言及せずに目を優しげに細めて質問に答える。
「ーーーああ、素直に凄えと思ったよ。あんな威力、直接見るのは初めてだ。お前が薦めてくるのも分かる気がした。」
「そ、そうでしょーーー」
「ただそれと別にして、お前はこの先どうやって冒険者やっていくつもりだ?」
「ーーーっ!」
一瞬で浮き足立った心に氷水がかけられる。
「そのざまを見ろ。一発撃って終わりなんて都合のいい状況なんてそうそう無いんだぞ?当たり前だがパーティーに入れてもらわなきゃそのまま野垂れ死にだ。」
そんなことは分かっている。だからアクセルに来て仲間を見つけようとーーー。
「お前は今日、二人組とクエストを受けたそうだが、そいつらはどうした。」
「…っ。それは、その…。」
「当ててやろうか。『その威力は僕達では活かせないから、他に良いパーティーが見つかることを祈ってるよ。』…こんなとこか。」
ーーー図星だった。
似たようなことを言われて解散したのだ。うっすらと分かっていた。体よく追い出されたのだと。
ゼロは目を細めたままだ。言葉は厳しいが、雰囲気は柔らかい。
私はこの仕草が苦手だ。なんでも見透かされているような気分になる。
この人は里にいた時からこうだ。掴み所がない。
普段はよくわからないことを飄々と言って、戦うときは悪魔のような表情に。…私達を諭すような時は優しげに。ーーー本当によくわからない。
私は返す言葉も無く、それでも目を逸らすのは負けな気がしてゼロの黒い瞳を見続ける。例えゼロに何を言われてもこれが私の全てなのだ。変えるつもりはない。
と、唐突にゼロがパンッと手を打ち鳴らした。
「よし、追及終わり!ここまで言っても貫ける物があるのは良いことだ!」
「………ふふっ…、なんですかそれは…。」
少しだけ笑ってしまう。
なんだか先生みたいだ。少なくとも里の学校の先生よりはそれっぽい。
多分気を遣ってくれたのだろう。ゼロがああいうことを言うのは純粋に誰かの為を思ってのことなのだ。今回なら私のために。
「そういやお前、ゆんゆんとは組まないのか?あいつも寂しそうにしてたぞ?」
「ああ、あの子のことは………うん?」
…なぜゼロの口からゆんゆんの名が出てくるのだろう。里で名前は教えたが、喋ったことも無いはず…。
「そりゃお前、今日あいつと組んでクエスト受けたからな。」
「何をしてるんですかあの子は‼︎」
こんな頭のおかしい男とクエストとは正気か。いくら組む人がいないとはいえ、常時剣一本で危険生物の群れや魔王軍のど真ん中に特攻して無傷で生還する化け物と組むなんて命がいくつあっても足りないだろう。トラウマとか、大丈夫だろうか。
「おっと、心は硝子だぞ。…お前はもっと俺の心を心配しろよ。俺だって人並みに傷付くんだよ?
大体、お前が一緒にいてやりゃ済む話だろ。」
それは出来ない。同じ紅魔族が同じパーティーにいたら目立てないではないか。魔法使いはパーティーに一人いれば充分なのだ。
「お前ら使う魔法も性格も全然違うのに何を競ってんだよ…。まぁゆんゆんがいりゃ、大抵は何とかなっちまうしな。お前も早く信頼出来る仲間ってやつを探せよ?
妹の就職先が見つからないとお兄ちゃん養わなきゃいけなくなっちゃう。あ、パーティーメンバーと恋愛なんて許しませんよ!」
今度は兄気取りをし始めた。話題と会話がころころ変わる。老人みたいだ。
…確かに私にとってのゼロを表すなら兄というのが一番近いかもしれない。今までは長女としてこめっこに接していたし、周りの子にも大人ぶることが多かったのでこういう関係は初めてだ。
ーーー少しだけいたずらしてみようか。
「では、その時はよろしくお願いしますね?ーーお兄ちゃん?」
…これはマズい。顔が真っ赤になるのが分かってしまう。自滅した。
ぜ、ゼロはーーー?
「ぶははははははははははははははは‼︎」
「おい!せっかく人が恥をしのんで呼んでやったというのにどういうつもりか聞こうじゃないか‼︎」
なんて失礼な男だ。かつて見たことが無いほどに爆笑された。
ノリは少しおかしいが、もっとクールな男かと思っていた。この男、こんな風に笑うことがあるのか。新鮮だ。
と、その笑い声を聞き付けたかゆんゆんがこちらへ小走りで向かってくるのが見えた。
「おい、ゆんゆん!聞いてくれよ、こいつ今俺のことーーーーー」
「やめっ………、やめろお!あの子にその話をしたら私は死ぬぞ!死にますよ!いいんですか!」
とんでもないことを口走ろうとするゼロに体の倦怠感を無視して飛びかかる。
私の黒歴史をゆんゆんに知られることだけは阻止しなければ。負けると分かっていてもやらなきゃいけない闘いもあるのだ。