再投稿。
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ギルドの酒場。そこに設置されたカウンターに一人でカズマ君が座っていた。他のメンバーはそれぞれの用事で出掛けているようだ。
「は?やだよ。厄介ごとに巻き込まれるのはごめんだぞ」
……ほらごらん。
どうするのさ?という意味合いを込めて隣にいる男の人を見る。あたしは嫌だし、そもそも手伝ってくれないって何回も言ったのに。
しかし、ゼロ君はカズマ君が適任だと思っているようだ。諦めずに報酬について交渉している。
「そんなこと言うなよ。報酬だって払うって言ってんじゃねえか。何が不満なんだよ」
「全部だよ‼︎なんで犯罪の片棒担がなきゃいけねえんだ!
それで金貰うくらいなら普通にクエスト受けるし、だいたい、お前がいて尚難しいんじゃ俺一人追加したところで大して役に立たねえだろ……」
「声がでけえよ。今の掲示板に貼ってあるクエスト受けられんのか?カズマのパーティーじゃ厳しいんじゃないかねえ」
「ぐっ。痛いとこ突きやがる………」
カズマ君が顔を顰める。確かに最近は妙に簡単なクエストが出なくなった。まだ駆け出しのダクネス達では難しいと思う。
ゼロ君がニヤリと笑い、ここで畳み掛けるとでも言うように報酬を追加する。この人ほんと悪い顔するなぁ……。
「どうだ?今なら報酬金とは別に今から一ヶ月の間俺をタダで使わせてやるぞ?俺なら今のクエストでも楽勝だ。この条件なら悪くないんじゃないか?」
「ゼロ君⁉︎い、いいの……?」
ゼロ君は基本的に報酬に関しては厳しい。例え相手が友達だろうと無償でクエストに力を貸すことはまず無いし、決められたお金は絶対に徴収する。その代わりになにか不測のことがあって、クエストが潰れた時や命の危険がある時は手助けして、組んだパーティーがお金を差し出してきても受け取らない。明確な基準があるみたいだ。
……あたしの頼み事ではお金取ったことなんてないけれど。
その事実が無性に嬉しくて、恥ずかしい。この人はなんで『私』をこんなに好きで居てくれるのだろう。以前理由を聞いたことがあったけどはぐらかされただけだった。「わからないならそれで良いよ。今はな」……そう言ってそっぽを向くのだ。
彼の提示した条件を聞いてカズマ君が腕を組んで悩み出す。これはいけるんじゃーー?
「………お前ら、王都に行くっつったよな?いつからいつまで向こうにいるんだ?」
………あれ?確かに。今から一ヶ月ゼロ君を使えるって言ってたけど今から一ヶ月はあたし達は王都に行くわけで。
ゼロ君をあたしとカズマ君が見る。
「……バレたか」
「やっぱりかてめえ‼︎ふざけんなよ⁉︎どうせそんなこったろうと思ったわ!俺はまだあの小銭だらけのサイフの件忘れてねえからな‼︎なにが知力最低クラスだ、この詐欺野郎!」
狡っ‼︎今のは狡っ‼︎実質報酬金しか払わないつもりだったんじゃん!
これはカズマ君が怒り狂うのも仕方ないだろう。
「ま、まあ待てって。悪かったよ、期間じゃなくて回数制にしてやるから……」
「はい、もうお帰りくださ〜い!交渉の場で嘘つくやつを信用できるわけねえだろうが!回数制にしたってなんかインチキするんだろ?ほら早く出て行け‼︎」
取り付くしまもないとはこのことだ。なくしたのはゼロ君だけど。ゼロ君にもまだなにか考えがーーー?
ゼロ君の顔を見ると、冷や汗が一筋流れていた。
あ、ダメだこれ。もう考えなんてないや。
もともと乗り気じゃなかったあたしが完全に諦めていると、ゼロ君の目が鋭くなった。
「カズマ。賭けをしよう」
どうもまだ諦めないらしい。あたしとしてはゼロ君と二人でいいと思うんだけどなあ。
カズマ君があたし達を追い出そうとする動きを止める。
「……賭けだと?」
「そう、賭けだ。お前が勝てば協力しなくていい。しかも俺が王都から帰ってきてから一ヶ月、お前らパーティーの専属になってやる。その際には分け前だけ貰えれば報酬は要らん」
「………負ければ?」
「俺たちに協力はしてもらう。ただし、こっちも報酬は払うし、帰ってきてからも一週間はお前らの依頼を優先してやる。……どうよ、そっちの不利益は最小限にしたつもりだが……?」
再びカズマ君が熟考する。確かにカズマ君達からすればどう転んでもゼロ君の力を借りることができる分有利だ。でも。
「(ちょ、ちょっと!あんなこと言っていいの?だってゼロ君の幸運、本当に最低じゃない)」
そう、彼の幸運はあたしやカズマ君からして、目を覆うほどに差がある。今までの旅だってそのせいで色々不幸な目にあい、その度に死にかけてきたのではないか。
それでもゼロ君は笑う。
「(心配すんな、賭けの内容はつい今し方思い付いた。あとはこいつが賭けを受け、俺の望む内容にできるかだがーーー)」
「いいぞ。その賭け、乗った!」
「(ーーーかかったぜ、カモが)」
うわぁ……。今の顔は魔王軍幹部って言われても否定出来ないレベルだったよ…。あたしじゃなかったら嫌いになってたかも。……いや、別に今だって好きってわけじゃなかった。
変な思考が頭をグルグル回るなか、ゼロ君が勝負をかける。残った条件は賭けの内容。
「カズマよ、やり方は俺に決めさせてくれないかね。もちろん実力勝負なんてのは無しだ。純粋に運の要素でやろう」
「おい、おい本気かよ?お前程度のステータスでこの『レア運だけのカズマさん』に運で勝とうってか?しょうがねえなぁ!さっさと決めろよ!」
御愁傷様です。
あたしは心の中で手を合わせる。ゼロ君の勝利条件が揃った。ゼロ君はいかにも今から考えますよ、という風に悩み出す。白々しいなこの人。
「そ、う、だ、なぁ。よし、じゃあこうしようぜ」
彼の提案はこうだった。
器に入れた野菜スティックを用意して、細工の無いようにカズマ君が選ぶ。それを机に置いて、二人とも離れてからあたしが机を叩く。野菜スティックが飛ぶか飛ばないかを賭ける。
……?これのどこに勝利できる要素があるんだろう?見かけは完全に運次第だけど……。
彼のことは信頼してるけれど、もう少し詳細くらい話してくれてもいいのに。そう思っているとカズマ君が首を捻る。
「……野菜スティックが飛ぶってなんだ?飛ぶの?野菜スティック」
ああ、そう言えば彼も転生者だったっけ。まだこちらの常識に慣れていないらしい。ゼロ君が一言。
「キャベツだって飛んだだろ」
「…………分かった」
凄い説得力だ……。
カズマ君が器を選んで二人とも離れていく。カズマ君は『飛ぶ』方に賭けた。その器を机に置く時に気付いてしまった。
このスティックは飛ぶ。だってもうプルプル震えてるんだもの。活きが良い証拠だ。
さすがはレア運のカズマと呼ばれるだけはある。多分この店で一番活きの良い野菜を迷わず選ぶとは……。
「(だ、大丈夫なんだよね⁉︎もう飛びそうなんだけど!)」
彼に視線を向けると不敵に笑う顔が見えた。俺を信じろとでも言いたげだ。ようし!もうどうにでもなれ‼︎
「行くよ‼︎」
合図をあげて手を振り上げる。意味なんてないけど何故か身構える二人。振り下ろす。ドン、と手に鈍い感触。衝撃でスティックが僅かに浮き上がりーーーーー。
ッパァン‼︎
なにかが破裂する音が大音量で響き渡り、直後にキーーン、と耳鳴りが起こる。思わず耳を塞ぐ。
い、今のは…?
周りを見渡すと、カズマ君もギルドにいた他の人も全員耳を押さえていた。
唯一、ゼロ君を除いて。
「はい。悪いなカズマ、賭けは俺の勝ちだ」
「え?……あっ、くそ!」
見れば、野菜スティックは変わらずにそこにあった。飛んだ形跡がない以上、ゼロ君の勝ちと言えるだろう。
……カズマ君は遠目で分からないようだがあたしははっきりと分かる。
野菜スティックがなぜか
ダメ押しとばかりにあたしに向けてチラリと剣の柄を見せてまたニヤリと笑うゼロ君。
彼の旅を思い出す。最近は使っていなかったが、彼は音速で剣を振って斬撃を飛ばすことが出来なかっただろうか。彼自身はかまいたち程度と卑下しているが、その威力は野菜を切り裂くなど造作も無い。
ーーーそう言えばこういう人だった。
どれだけ運が悪かろうと、誰にも負けない努力によって手に入れた強さで全てを捩じ伏せる。死にかけてきたということはまだ死んでいないということだ。これからも彼はこうやって文字通り道を切り拓いて行くのだろう。
ーーーいや、やったことはただの不正なんだけども。
ジト目でゼロ君を見つめる。それには気付かない様子で項垂れるカズマ君を煽り続ける彼。
「いやあ、ホント悪いなカズマ!当日はよろしく頼むぜ!そう気い落とすなって!今回ばかりは『幸運の女神様』は俺に微笑んでくれただけだからSA☆」
「・・・・・・」
『幸運の女神様』なら今キミに若干ヒいてるけどね。
さすがは普段から『無理をゴリ押し道理を粉砕』を座右の銘にしているだけのことはある。
終始ゴリ押しで何とかしちゃったよこの人。