再投稿。
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「アイエエエエエエ⁉︎ドラゴン⁉︎ドラゴンナンデ⁉︎」
お袋から教わったアルマ近辺の生態分布図を思い出し、頭の中で作成する。当然ながらドラゴンなんて項目はない。当たり前だ。こんなんがいたらあんな小さな村など一瞬で灰にされちまうわ。
という事は、こいつはどっかから流れて来たドラゴンなのだろう。問題なのはそれがどうして今ここに降りてきたのかだ。そのまま流れて行けよ。わざわざこんなちっぽけな俺に構わないで結構ですけど。
そんなビビりまくりの俺の心など大自然の前には何の意味も無い。具体的には一切の躊躇も容赦も無く攻撃され続ける俺と攻撃し続けるドラゴンの鬼ごっこが平原では繰り広げられていた。古より伝わりし由緒正しい鬼ごっこの構図である。
「ゴアァアアアアアアアアアッッ‼︎」
「残像だ‼︎」
わざとゆっくり動き、ドラゴンが炎を吐いた瞬間に全力で移動。視界を振り切りながらドラゴンの背後に回り込む。
もはや何度目か数えるのも億劫だが、とにかく何度目かの火炎放射が直前まで俺がいた地面を溶かし、周囲の雑草を根こそぎ燃やし尽くしながら着弾した。
おそらくアレを喰らってしまえば俺は消し炭になってしまうだろう。そこがまた不思議なのだ。
俺を獲物として見ているならばそんな事はしない。誰も炭なんざ食いたくないだろう?
つまり他に何か別の目的があってこいつは俺の元へ降りてきたということになる。これだけ翻弄してやっても俺に執着し続けるのはそういう事だ。
ドラゴンにモテるとか辛いねえ。いや、冗談じゃ無くて本当に辛い。どうせなら美少女にモテたい。
動きの素早さだけなら俺はこいつよりも遥かに速い。この体格差で鬼ごっこの体裁を保てているのはそのお陰だ。最初はトップスピードで逃げ切ってやろうと思っていたのだが、よく考えなくてもそれは出来ない。
今は俺に執着しているかもしれないが、流石に振り切ってしまえば俺から興味を失ってしまうだろう。ドラゴンといえどもそこまで暇ではないはずだ。
そうなったらこいつは何処へ行く。この近くにはアルマ村しか無い。お袋がいる村だ。俺が産まれ、育ち、今も多くの人間が暮らしている村だ。それは出来ない。
一つ、息をつく。
俺はこいつと遭遇してからこっち、村から離れる方向に少しずつ誘導していた。その間、攻撃は一切していない。あわよくば諦めてどっか行ってくれねえかと思っていたのだ。攻撃してしまうといよいよ期待できなくなるからな。
だがそれも終わりだ。どうも俺にご執心のようだし、これ以上付かず離れずで逃げるのは俺の心臓にも悪い。何よりーーー。
「やられっぱなしってのは性に合わねえんだよなぁ!」
言うが早いか、背後から斬りかかる。まだこいつの視界に俺は入ってないはずだ。バックスタブ頂きます。
尻尾を斬り落としてやろうと、本体の大きさと釣り合いの取れたそれなりに太い尾に剣を振り下ろした。部位破壊!部位破壊!天鱗だ!天鱗を出せ‼︎
そもそも天鱗なんて物があるのかも知らんが、尻尾斬ればリーチが短くなるのは確かだろう。
「えっ」
そんな考えを持って放った渾身の一撃は、ガリィ!と耳障りな音を立てながら、尻尾を隙間なく覆っていた赤い鱗を数枚削り取るだけに留まった。
うっそお……。
「げぶぅっ⁉︎」
休まずに鍛え続けた自身の全力がその程度の成果しか出せなかった事に唖然としていると、俺の位置へ正確に尾が振られ、見事なまでに腹部にストライク。そのまま後方へ吹っ飛ばされてしまった。
「うえっぷっ…っ!てんめ、おいゴルァ!降りろ!おい免許持ってんのかゴルァ‼︎」
危うく昨夜の飯がリバースしかけたじゃねえか。アナザーじゃ無くても今のは鍛えてなかったら死んでたぞ、どうしてくれんだ。
言葉の通じないドラゴンに何やら喚き散らす危ない男がそこにいた。
当然、そんな事など奴さんには関係無い。今度は火炎放射ではなく、それをぶつ切りにした火球を俺目掛けて連続で飛ばしてくる。
正直遅過ぎる。こんな物に当たるほどノロマでは無い。が、そこじゃない。問題は俺の攻撃手段がデュランダルによる直接攻撃しか無く、かつそのクリーンヒットが今まさに通じなかった事にある。
どうすんの、これ。
火球を避けながら思案する。
そういえばだ。俺は訓練と言っても基本的には素振りしかして来なかった。
例えば、そんな男がいきなり刀を持たされて人間を斬れるだろうか。
答えは否だ。刀の切れ味にもよるが、ただ剣を振る動作に使う筋肉と、何かを斬ることに使う筋肉はまるで別物なのだ。その事に遅蒔きながら今気付いた。
実際は人間程度ならば苦もなく両断出来るが、こいつの鱗自体かなりの硬度があるのだろう。
四足歩行から振り下ろされる前脚を躱しながらまた斬る。結果は変わらない。
ここに来て実戦経験が足りないとか勘弁してくれよ。これが初戦だっつーの。
…………だが、考えようによっては好都合かもしれない。
動きが遅く、体が硬いドラゴン。うん、初めての相手としては悪くは無いぞ。
また放たれる火炎放射を掻い潜り、胴体を連続して斬りつける。何度も何度も、身体にその感覚を刻み込むように。
鱗が剣を振る軌跡に沿って剥ぎ取られていく。その下に地肌が見えて来た。ここを斬ればダメージは通るのだろう。まだ早い。
流石に痛みは感じたのか、焦ったように俺を前脚で蹴ろうとするが、今度はまた背後に回り、後ろ脚を斬る。回避せざるを得ない攻撃が来るまで何度も。そして地肌が見えて来る。だが、まだ早い。
幾ら体を動かしても俺を振り払えない事に痺れを切らしたのか、巨大な翼を羽ばたかせて尾で打ち付けようとして来るが、逆に尾を伝って体を登り、頭部で思う存分暴れてやる。
そう、こいつの攻撃は俺にはまず当たらない。ならば今のうちに何かを斬る感触を覚えれば良いのだ。
先も言った通りに俺は斬る行為に不慣れだ。こいつのように、いつでも攻撃が躱せ、尚且つ体が硬く生命力が強い、すぐには死なないモンスターは恰好の練習台になる。
遭遇時には不幸だと嘆きもしたが、なるほど。こうしてみると案外幸運だったのかもしれないな。
「オラオラオラオラァ‼︎逆鱗寄越せ‼︎あと三百個あればとりあえず足りるんだからよぉ、秘石は要らねえぞぉ⁉︎」
なんだかんだでドラゴンの動きにも慣れ、余裕の出て来た俺はデュランダルの硬さと自身の力に任せて全力で頭部の鱗を剥ぎ取り続ける。
ドラゴンの方も黙っておらず、必死に上空に飛び上がったり急降下したりして俺を振り落とそうとするが、その度に鱗を掴んで抵抗してやる。
落とせるもんなら落としてみやがれ。俺を襲った事を後悔して死んでいくがいいわ。いや、むしろーーー。
「テメエが落ちろ」
剣を一振り。今度は鱗に弾かれず、斬り裂きながら確かな傷を与えた。鱗だけで無く血と炎が飛び散っている。
………?炎?
ともあれ、そろそろコツも掴めて来た。お別れの時間だぜ。
初めて傷らしい傷を受けたからか、今まで以上に激しく体を揺さぶる。
残っていた鱗に掴まり、ドラゴンの動きが鈍くなる瞬間を待つ。生態系の頂点だからって疲れねえわけじゃねえだろ。動きが止まった時が決着の時だ。
待つ。待つ。待つ…………今‼︎
デュランダルを逆手に構え、頭上高くに振り上げる。あれはよく見たら逆手じゃなかった気もするが、まあいいだろう。
「もらったぁああああーーーーーっ‼︎」
叫びながら、先ほど斬った炎燻る傷口を抉るように全力で突き下ろしたーーーーー‼︎
※
「……いっ……づっ……あっ…‼︎」
苦悶にのたうち回りながら黒焦げになった左腕を地面に押し付ける。ようやっと燃え移った炎が消えたところだ。
俺がこんな重傷を負うハメになったのは無論あの憎っくきドラゴンのせいだ。
奴の頭頂部にデュランダルを根元まで突き刺して息の根を止めたまでは良かったのだ。そう、なぜかその傷から大量の炎が噴出して俺の左腕を丸ごと飲み込みさえしなければ。
熱いというかもう痛いすらも超越した感覚だ。まあ完全に炭化してる訳ではないという証拠でもあるが。
………これ治んのかな。治らなかったらヤバくね?
ドラゴン一頭の討伐と引き換えに腕一本。対価としては充分以上に感じるが、当人である俺からすればたまったものじゃない。
いつもみたいに寝て起きたら治ってたりしないものか……流石に無理か。
アクセルに行く前に優秀な医者か、プリーストを見つけなければいけなくなった。お袋はそこまで腕は良くなかったはずだし、何より、あんな大見得切って旅に出たのにその日のうちにとんぼ返りとか俺が情けなくなるから頼れないし。
「っとに余計な事してくれたよ、クソトカゲが…!
大体誰だよ、こいつと遭ったのが幸運とか言った奴は。俺の目の前に出てこいってんだ」
できるわけがない。それを言ったのは他ならぬ俺だ。
今後の予定が大きく狂ってしまった事に悪態をついていると、腹が鳴るのが分かった。そういやあ朝からなんも食ってないな。
こんな非常時でも腹は空くのかと苦笑してーーードラゴンの肉の効能を思い出す。
確かドラゴンの肉は栄養が豊富で、かつ自然治癒力を高め、冒険者ならレベルという概念が上がるとお袋から聞いた事がある。
どうせまともな処置も出来ないのだから、ドラゴンステーキでも食ってさっさと不貞寝決め込むのが俺なら最善手な気もする。治らないにしても痛みを忘れるくらいはできるはずだ。
初めて自分で狩った肉は調味料が足りないのか、クソみたいな味がした。
きっと喰種がコーヒーか人間以外を食うとこんな味がするんだろう……。