この素晴らしい嫁に祝福を!   作:王の話をしよう

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再投稿。






閑話
無題1


 

 

 

 ※

 

 

 それは『彼』が旅に出てすぐの頃。アクセルに着く前。

 

 

 紅魔の里で彼らは見る。まだマントを身に付けていない『彼』の背中を。

 

 

 まだ少年とも呼ぶべき者がたった一振りの剣を携え、百を超える魔王軍に一歩も退かずに、それどころか圧倒するその様を。

 

 

 その背中に不覚にも憧憬を覚えてしまったことを、彼らは忘れないだろう。

 

 

 か、かっこいい……‼︎

 

 そう思ってしまったことを忘れないだろう。

 

 

 別に『彼』が戦わずとも自分達で撃退は出来る。それでもなぜかあの姿に憧れを感じてしまうのは紅魔族の特性故か。

 

 

『彼』はマントの代金を支払いたいから自分一人で撃退すると、里の人間の助力を断っていた。

 

 

 なんと自分勝手なのだろう。だが…、そこがまたかっこいい。もう琴線に触れまくりである。

 

 

 彼らは考える。どうやったら『彼』よりもかっこ良くなれるだろう?

 議論は尽くされた。ああでもない、こうでもない。

 

 

 …それは、誰が言ったのか。

 

 

『彼』がピンチの時に颯爽と駆けつければ、それは『彼』よりもかっこいいのでは?

 

 

 

 結果は満場一致だった。

 

 

 とは言え、あれほど強い『彼』がピンチなど、よほどのことが無いとそんな機会に恵まれはしないだろう。だが、もしその日が来たらーーー。

 

 

 彼らは知らない。

 

 自分達のこのたった一つの気まぐれが、後に世界を変える程の戦争の一端を担うことを、今はまだ、誰も知らない。

 

 

 

 ※

 

 

 それは『彼』が旅に出てしばらくした頃。アクセルに着く前。

 

 

 王都の正門前で彼らは見る。もうマントを身に付けた『彼』の背中を。

 

 

 自分達に振り下ろされるはずだった『死』(大剣)が『彼』の手によって弾かれる様を。

 

 

 その背中に不覚にも安心を覚えてしまったことを彼らは忘れないだろう。

 そしてそれを上回る感謝の念を、彼らは一生忘れないだろう。

 

 

 その時の『彼』は何も考えてはいなかった。

 せいぜいがこの場で敵の相手ができるのが自分しかいない。ついでに強いやつとも戦える、その程度しか考えていなかった。

 

 

 なんと自分勝手なのだろう。それでも、その自分勝手で救われた命が幾つもあった。

 

 

 その後も度々『彼』の剣が敵の大群を切り裂き、彼らの前に道を作った。もうダメだ、そう思う度に『彼』の剣が希望を作り出す。

 その度に、彼らの感謝の念は深まっていく。

 

 

 いつかこの恩は返す。その言葉が本当になることは極めて少ない。

 

 

 特に『彼』の場合、ほとんど自力でなんとか出来てしまう。

 

 

 だが、もし『彼』がピンチに陥ったり、力を貸して欲しいと頼んできた時には。

 

 

 その時に採算を度外視して手を貸す人間は王都だけで何百人、いや、何千人いるだろうか。

 

 その全員が『彼』の戦いに勇気付けられ、また、直接助けられた人間なのだ。

 

 

 

 彼らは知らない。

 

 自分達のこの感謝の気持ちが、後に世界を変える程の戦争の一端を担うことを、今はまだ、誰も知らない。

 

 

 

 ※

 

 

『彼』は知らない。

 

 

 この世界では自分の行いは必ず自分に返って来るとされることを。

 自らが犯した業は必ず自分に返って来ることを、『彼』は知らない。

 

 

『彼』が自分勝手に犯してきた『人を助ける』という業は、いつか必ず自分に返って来ることを、『彼』はまだ、知らない。

 

 

『彼』の元の世界において、『情けは人のためならず』と表される言葉。その本当の意味。

 

 それを知らずに『彼』は今日も自分の都合で人を助け続ける。自分がそうしたいからという理由で、剣を振るい続ける。

 

『彼』が自分のしてきた旅が決して無意味ではなかったことを、自分がしてきた『努力』が無駄ではなかったことを本当の意味で知るのは、ずっとずっと先のお話。

 

 

 

 

 

 


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