再投稿。
41話
※
もうダメかもしれない。
本日何度目かもわからない思考を繰り返す。
前方には三十体は下らないゴブリンの群れ。
背後を振り向くと漆黒の初心者殺しがこちらを向いて舌なめずりをしている。
パーティーメンバーは全員疲弊している。その中の一人があたしに催促をしてきた。
「リーン!おい、魔法はまだか!」
「今やってるよ!けど、もう魔力が……!」
「ちぃっ!おい、ダスト!キース!俺たちで何とかリーンだけは逃すぞ!」
「「ふざけんな!」」
完全にシンクロした声が響く。仲が良いのは構わないけど今はそんな場合じゃないって!
「俺はまだ美人の嫁さん貰ってないんだよ!こんなとこで死ねるか!」
「応ともさ!逃すんなら俺だけ逃がしてくれればいいぞ!お前らのことは忘れねえ!」
「わかったから身体を動かせえ‼︎」
「魔法、できたよ!離れて!『ファイアーボール』ッ‼︎」
残った魔力を全て注いで完成させた火球にゴブリンが数体巻き込まれて焼け死ぬ。でも数が多すぎる、文字通り焼け石に水でしかない。
(あっ、ヤバッ…)
魔力の使いすぎで頭が一瞬フラついてしてしまう。
「ッ⁉︎おいバカ、リーン‼︎」
「え……?」
ダストの珍しく切羽詰まった声。なんだろう、と顔を上げると、目の前にあたしを食べようと開かれる初心者殺しの大きな口があった。
(……あ、あたし死ぬんだな)
いざその時になるとこのくらいしか考えられない。
時間がいやにゆっくりと流れていく。ダストがこちらに手を伸ばすのが見えた。
何さ、その顔。普段は軽薄に、バカにしたような顔しかしないくせに。
キースとテイラーもあたしに気付いたみたいだ。もう誰が動こうと間に合わない。
まあ…、呆気ないけど死ぬ時なんてこんなものでしょ。
大きな口があたしの頭を噛み砕こうと閉じていく。あたしは目を開いたままその時を待ってーー。
瞬間、暴風が吹き荒れた。
気がつけば目の前に迫っていた初心者殺しは輪切りになってそこに転がっていた。
「え?」
降って湧いた幸運に呆然とするあたし。ダストも、キースもテイラーも同じように唖然としてその風の正体を見ていた。
燃えるような赤い髪。静かに細められた黒い瞳は鋭い光を放っている。
表側が黒色、裏側は赤色をしたマントをはためかせて銀色の美しい剣を右手に構えた彼はあたしを庇うように立っていた。
「勝手な助力、失礼します。どうやらお困りのようですが、助太刀は必要ですか?」
彼が口を開いた。その場にいるあたしを含めた四人はハッとして、ブンブンと首を縦に振って手助けをお願いする。
確か彼の名前はゼロ。
先日魔王軍幹部を討伐した、アクセルで最強の名高い冒険者だ。あたし達はその時街を離れていたから実力をこの目で見たわけではないが、その助力を得られるなど願ってもない。
ゼロは短く首肯すると、飛びかかってきたゴブリンを縦に割る。
速すぎる。剣を振るう手元が一切見えなかった。あたしからは飛び上がったゴブリンが一人でに割れて地面に崩れ落ちたように見えただけだ。おそらく他の三人もそうだろう。
「それではこれより殲滅を開始しますので離れていてくれると助かります。できれば耳を塞いで口を開けておいてもらえると健康にいいですよ」
なぜそんなことをするのか、とは思ったものの言われた通り耳を手で塞ぎ、口を開けてみる。三人もそうしているが、なんだろう、バカみたいな光景だ。
ゼロがそれを確認して身を沈めーーー姿が消える。
そして連続して何かが破裂する音があたし達の体を叩く。塞いでいなければ耳がどうにかなっていたかもしれない。思わず目を閉じてしまった。
体感で十数秒、実際はもっと短かったかもしれない。
「もう大丈夫ですよー」
彼の声に目を開くと、そこは一面血の海だった。
中心には返り血すらも浴びていないゼロがこちらに笑いかけている。
その様子にようやく助かった、という実感が湧いて腰が抜けてへたり込んでしまった。
「お怪我は………無さそうですね、良かった。
いやあ、大変でしたねえ。ゴブリンってのはもっと数の少ないコロニーを作るもんですが、まあ何事も例外はありますしね。ただし型月作品、テメーはダメだ」
ゴブリンは多くても五、六体でしか群れないはずなのに、本当になんであんなにいたんだろう。ゴブリン退治なんて楽なクエストを受けてこんなことになるとは……。
「あ、ああ。助かったよ、俺はテイラー。そっちが右からリーン、ダスト、キースだ。
……お前さんがゼロだろ?礼をしたいのは山々なんだが、生憎と手持ちがこれだけしか無くてな。これで勘弁してもらえないか」
リーダーのテイラーが代表して彼に礼金を払おうとする。確か彼は傭兵紛いのことをしていたはずだ。
普通の冒険者はそんなことはしない。そもそもクエストは複数人で受けなければ達成すら困難なものがほとんどで、むしろ組んでる人が居なければ頼んでパーティーに入れて貰わなければロクに稼げもしないからだ。
彼がそれを生業にして成り立っているのは、ひとえに彼の実力がそれだけ飛び抜けていることの証でもある。
当然、報酬が発生するものだと思っていたがーー
「え?ああ、いりませんよ」
差し出したサイフをやんわりと手の平で押し返されてしまうテイラー。
これには渋面を作ってしまう。それは「こんな端金いらねえよ!」なのか、「あとから別の物で補填してもらいます」なのか。どちらの意味でもそんなに安くは済むまい。命あっての物種とはいえこっちは一般冒険者なのだ、そんなに高額の報酬は払えないーー
「いえいえ。報酬自体今回は結構だと言ってるんですよ」
あたしの方を向いてそんなことを言ってくる。そんなに分かりやすい顔をしていただろうか。それとも彼の観察眼が優れているのか。
今度はダストがそれを聞いて不機嫌そうな声を上げる。
「おいおい!さすがは王都の英雄様は器が違うなあ!命を助けたけど好きでやったことだから金は取りませんってかあ⁉︎お高く止まってんじゃねえぞ!」
「ちょっとダスト!失礼でしょ!」
この男はなんでこんなにクズの思考をしているのだろう。せめて心の中で留めておいてくれれば実害はないのに、漏れなく口に出してしまうから余計な争いを呼ぶというのだ。
ゼロの顔がヒクッと引き攣る。気のせいか青筋もこめかみに浮いている。ここで彼を怒らせてしまえばあたし達もこの血の海に沈むことになる。それはマズい。
しかし幸いにもこっちのクズよりも精神的には大人だったらしく、平静を保ったまま受け答えをしてくれた。
「ーー確かに好きで助けた、それは間違いじゃないですよ。ただ、勘違いはしてほしくありませんね。俺は別に人を助けるのが好きなわけじゃ………あー、ないです。
……白状すると、あなた達に限らず、あまりモンスターによって死んでもらうと困るんですよ。
「……?お嫁さん?」
なんと、彼は若く見えるが結婚しているのだろうか。
アクセルではなぜかカップルの成立が珍しい。女性の方が困惑してしまうぐらいだ。そんな中で結婚まで漕ぎ着けるとは、意外とプレイボーイなのかもしれない。
しかし、冒険者が死ぬと嫁の仕事が増えるとはどういうことだろう?葬儀屋の手伝いでもしているのだろうか。
そしてそんなことは関係ないとばかりに『嫁』という言葉に反応して吠えだすクズがこのパーティーには一人いる。いや、今二人に増えた。
「おいゴルァ!先輩を差し置いて嫁だとぉ?厚かましいとは思わねえのか!」
「夜は奥さん侍らせてニャンニャンってか!随分といいご身分ですねえ、英雄様は‼︎」
「ゼロさん、この二人はもう斬ってもいいと思うよ」
キースとダストのゴミ二人がチンピラそのものの様子で助けてくれた恩人に絡みまくる。そうか、ここが地獄だったのか。
しかしまだ我慢するゼロ。歯を食いしばって腕を押さえながらここを去ろうと二人を無視してテイラーに別れを告げようとする。いい人だなぁ。
「と、ともかく、そういうわけですから。自分の都合で助けておいて報酬を貰うなんて詐欺師みたいな真似はできませんよ。それでは帰りもお気を付けて」
「あ、ああ。こっちのゴミどもは気にしないでくれ。今日はありがーー」
「おいおいこっちはまだ話ついてねえぞ!ああ⁉︎」
「ハッ、結婚も出来ねえクズどもは話すにも値しねえか?人が話しかけてんのに無視すんのは人間としてどうなんですかねえ⁉︎」
「上等じゃゴルァ!さっきっから聞いてりゃ好き放題言いやがって!話だぁ?つけてやろうじゃねえか‼︎」
「「うおっ⁉︎なんだお前、やんのかコラァ‼︎」」
ついに我慢の限界がきたのかチンピラ二人に飛びかかるゼロ。さっきまでの丁寧な口調はカケラも残っていない。もしかしたらこっちが素なのかもしれない。さっきよりは取っ付きやすい印象は受けるが、まるでチンピラが三人になったかのようだ。
二人がボコボコにされるのを待ってから五人でアクセルに帰った。チンピラ三人は喧嘩してそれなりに打ち解けたようだ、笑い合っている。
なんだかあたしも仲良くなれそうな気がした。
※
「じゃあな、気いつけて帰れよ」
アクセルに着いた俺はテイラーのパーティーと別れる。今日も目に付く範囲では誰も死なせなかった。少し前から画策していたエリスの仕事を減らそう作戦が実を結んだかはわからないが、最近はずっとクリスの姿でアクセルにいる。
まあ、冬場になって出歩く冒険者が少なくなったから女神としては暇になったってだけかもしれんが、とにかく喜ばしいことだ。
「おう、またな」
「(おい、ゼロ。今度俺とキースである店に行こうと思ってるんだが、お前も来いよ)」
「ん?何の店だ」
ダストが小声で話しかけてきた。俺が聞き返すと、チラリとリーンの方を見てから首を振る。
「(そいつは今は言えねえな。現地に行ってからのお楽しみってやつだ)」
「へえ……」
そりゃまあせいぜい楽しみにさせてもらうとするかねえ。
そのままキース、ダストと別れると、テイラーがまた申し訳なさそうに呟いてくる。
「なあゼロ、お前の言い分もわかったが、本当に金はいいのか?気持ちだけでも……」
いらねえって。俺は俺の好きなようにやるだけだ。それで金を貰うのは正規の依頼だけで充分だっつの。
「……そうか、わかった。ありがとうな。お前がなんか困ったことがあったらいつでも言ってくれ。力になれるかは分からんができることはしたい」
「じゃあね、ゼロ!」
テイラーとリーンも連れ立ってギルドの方向へ歩いていく。
ベルディアの討伐から二ヶ月が経ち、もう季節は冬になる。その間、とにかく目に付いたモンスターに殺されそうになっていた冒険者を助けまくって、どうにか被害をゼロのままここまで持って来れた。
冬になれば弱いモンスターは冬眠に入り、強いモンスターだけが闊歩するようになる。そうなれば必然、難易度の高いクエストが多くなるが、冒険者もなるべく危険なクエストの受注などしたくないため、街からは出なくなるのだ。ここまで来れば少しは楽になるはず。
………『助けるのが好きなわけじゃない』、か。つい照れ隠ししちまったな。
ダストに勢いで言ってしまった言葉に苦笑しながら帰路を急ぐ。
早く帰ろう、今も自室では嫁(予定)が帰りを待ってくれているはずなのだから。