再投稿。
※
白と黒の世界。その世界には中心に椅子が2つ置かれているだけだった。何とも寂しい光景である。
片方には俺が座り、もう片方には俺と同い年か、少し歳上に見える少女が座っていた。
いつか、どこかで見たような風景ーーどこだっただろうか?
違うところを挙げるとするなら、目の前の少女の色彩が違うことだろうか。どちらも美しい事には変わらないが、受ける印象はかなり違った。
ちなみに俺はこっちの方がタイプです、はい。
「初めまして、ですね。ゼロさん。私はエリスと申します。これでも、一応女神なんですよ?」
「エリス?エリスってーと、この世界の二大宗教神の一柱である、あのエリスですか?確か幸運の女神でもありますよね」
俺が敬語を交えながら聞く。初対面の人には敬語、これ社会人の常識な!女神だけど!
エリス様は恥ずかしそうにはにかみながら、
「あ、はい、そのエリスで合ってますけど…その、恥ずかしいのであまり口には出さないでいただけると…」
カワイイ。
何だこの人。めっちゃかわいい。天使か。女神だった。俺、エリス教に入信しようかな。
その顔に見惚れたことを誤魔化すように口を動かす。
「あー、その、えっと、エリス様?がこんな俺に一体どのような御用向きで?俺もしかしていつの間にか死んでたんです?」
「あ、いいえ、そんなことはありませんよ。えっと、ゼロさん。あなたは日本という国に聞き覚えはありますか?」
ーーニホン。
聞き覚えは、ある。どんな所かも空で言える…が、どこで聞いたのかまるで思い出せない。少なくともこの世界にはそんな国は無い。
「あなたは、そこからの転生者なのです。」
※
・・・・・・?
いきなりそんなことを言われてもどう反応したらいいのか分からないのだが。
「この世界が、魔王軍によって脅かされているのはご存じですね?」
「なので、ここで亡くなった方はその、この世界にもう一度産まれることを嫌がってしまって、人口が減る一方だったんですよ」
「困った神様が、では他の世界で若くして亡くなった人を記憶と肉体をそのままに、こちらへ呼び寄せようと、言い始めまして…」
「もちろん、平和な日本の方がそんな世界に来ても戦うのは難しいでしょう。そこで何か一つだけ、特典のようなものを授けて、それで魔王軍に対抗しようとしたんです。それは神器であったり、特殊能力であったり様々ですけどね」
「あなたもご多分に漏れず、同様の転生になるはずだったんですけど…その、日本担当の私の先輩が…言いにくいんですが…やらかしまして…」
「この世界に生を受けるはずだった胎児に特典と、一部の記憶だけが移った不完全な転生になってしまったんですよ。その、すみません…そんな微妙な顔で見ないで下さい…」
「というわけで今までずっとそのことを伝えるために探していたんですが中々見つからず、今日やっと見つけたのでこうして夢でお伝えした次第です」
※
どうやら話が終わったようだ。
「あの、いくつか聞きたいんですけど」
「はい…いくらでもどうぞ…」
本当に申し訳なさそうな顔で言うエリス様。
?何でエリス様が?別に悪くないだろうに。
悪いのは一から十までその先輩とやらだろう。もし会ったら指を一本ずつ順番に詰めてやろう。
「そ、そんな酷いこと!良いところもあるんですよ!」
良いところ
「え⁉︎えっと…あ!明るくて、面白い…?」
何で自信なさげなんだ…まあいいや。
「えっと…まず向こうの俺はどんなやつで何をして死んだんで?」
「鉄砲玉です」
「……………なんて?」
「えっと…ですから…
「……………」
随分エキサイティングな男だったようだ。
「い、一応死因はですね。所属していた組の跡取りの娘さんと恋に落ちて、それを許してもらうために大きな抗争に突っ込んで…巻き込まれそうな一般の方を庇って…という感じなんですが…」
訂正しよう。エキサイティングな漢だったようである。
その、庇った一般人とやらは…?
「無事ですよ。ゼロさんは安全な場所まで送り届けてから力尽きたようです」
…そうか。それならまあ筋は通したと言えるだろう。もちろん未練はあっただろう。だが、その瞬間、『俺』は後悔していないに違いない。他ならぬ俺だから分かる。
「本来ならそういうご職業の方は転生させないのですが、最期がとても立派だったので、ということだそうです」
そりゃ嬉しいね。
「ほいじゃあ次なんですが、俺がついさっき倒したドラゴン、分かります?」
「はい、お疲れ様でした。凄かったですね。その歳で最長齢クラスのフレイムドラゴンを討伐するなんて多分初めてですよ。」
フレイムドラゴン。それがあいつの種類か。その中でもかなりの長寿個体だったらしい。まあでっかかったもんなあ。
で、俺が聞きたいのは…
「俺の左腕、こんがりされちゃったじゃないですか。これってどこかで治してもらえるんですかね。」
「えっ」
「えっ」
何だ、どういう「えっ」なんだ。
「もう粗方治ってますよ?」
…なんだって?
「フレイムドラゴンの血液は少し特別なんです。」
いや、急に何の話?関係あるのだろうか。
「体内では普通に流れているんですが、空気に接触すると凄まじい高温を発するんです。その高温によって熱に強い自分の皮膚を焼いて傷を塞ごうとするんですね。」
すげえ生態だな。セルフ根性焼きとはたまげたなぁ…
しかし、なるほど。だからあんな短時間で炭化まで進んだのか。
「しかも傷が簡単に開かないように炎が消えたように見えても徐々に体内に熱が進行するような呪いみたいなものも付加されていまして、通常の手段じゃ治りません。」
「えっ、マジで?あれ、でも治ったって…」
「ええ、それを治癒する数少ない手段の一つがドラゴン、それもその火傷を負わせたドラゴンの肉を食べることなんです。他には高ステータスのアークプリーストに治してもらうとかありますけど…まさか知らずに食べたんですか?」
知るわけがない。ただ腹が減ったから食っただけである。せいぜい栄養が豊富で自然治癒力が高まる、程度の知識しか無い。
「じゃああいつの肉食わなかったら今頃死んでたってことです?」
「はい。あの炎を浴びて何とか逃げ延びたものの、翌日に焼死体になって発見されたケースもありますからね。」
こっわ。
何それ、どんだけ他の生物殺す気満々なんだよ。
もうお前がNo. 1でいいよ。
しかし、それだけであんなになった腕が治るのか?正直、二度と使い物にならないレベルだったんだが。
「割と危なかったんですよ?ゼロさんが死に近付いたからこそ、見つけてここへ呼べたんですから。」
「…………」
今更ゾッとした。よく俺アレに勝てたね。
そもそもあいつは何でわざわざ俺のとこに来たんだろう。
「えーと、あの近辺ってあまり強いモンスターって生息してないんですよ。」
知っている。それこそ俺が瞬殺できるレベルの奴しかいまい。
「だからみたいです。」
「うん?」
「周りに低い山しか無い所に高い山が一つだけあると気になる、みたいな感じじゃないですか?」
「…………」
えっ。
じゃあ何か?俺が村から離れるように逃げ切ればあんな死ぬ思いして戦う必要無かったの?
「まあ逃げ切ることができるならその通りですけど…忘れているかもしれませんが彼等、飛べるんですよ?流石に無理では…」
なるほど。それは考えてなかった。つまりどう足掻いても絶望ってやつですね。
「じゃあ次は…」
「はい」
「俺の転生がイレギュラーって言ってたじゃないですか」
「はい」
「なんか俺の知識、偏ってません?何でです?」
「そ、それは直接先輩に聞いていただかないと…」
ああ、そういえばそれもあったな。
「…何でやらかした張本人がここに居ないんです?」
ピシッと、空気が固まる。
そっと視線をそらすエリス様。
おい。
「せ、先輩は…急用が、出来たそうなので…代わりに私が…」
「今、連絡って、つきます?」
にこやかに、感情を隠すように、ゆっくりと口を開く。
「ヒッ…⁉︎あ、あの、少々お待ちください…」
おや、なぜビビるんだろう。不思議だなぁ。
「あ、アクア先輩ですか⁉︎あの、先輩が前に転生に失敗させちゃった方がいるじゃないですか、覚えてますよね?あの、凄く怒ってらっしゃるので出来ればこっちに来て欲しい…えっ、アニメ?あの、急用は…あ、そうですか。あの、じゃあ早速こちらへ…………そんな!あんまりじゃないですか!いつかバチが当たっても知りませんよ!あっ、ちょっと!」
何だか電波でも受信しているような実に危ない雰囲気だが似たようなものかもしれない。
そもそも一部の知識と特典だけ胎児に移るってなんだよ。どんな失敗したらそうなるのさ。
そして、アクアか。覚えた。
「えっと、その時先輩は見たいアニメの時間が迫ってる、ということで割と適当に処理したそうで…」
ほう。
「今もアニメが忙しいから来ることはできないと…」
なるほど。
「あの、怖いのでその顔やめてください…。それで…先輩の言う事をそのまま伝えるとですね…『完璧な私が失敗するなんてありえないの!むしろそっちに問題があったんじゃないの⁉︎帰って!早く帰って!』とのことで…」
ぶっ殺。
「ヤロオブクラッシャァアアアア‼︎」
力の限り叫んだ。
こんなに怒ったのは産まれて初めてかもしれない。そりゃあ神なんて碌なものじゃない。ソースはギリシャ神話な。
それでも神だ。正直に謝るようならこちらもそれなりの対応をするが、後輩に謝罪を押し付け、あまつさえの責任転嫁。これは絶許である。
よくまあヘラクレスはあの
「お、落ち着いてください!すみません!本当にすみません!」
む、なんの責任もないはずの美少女に諭されては怒鳴るに怒鳴れないな。
「あの、次の目的地は決まってませんよね?急ぐ旅でないのなら、紅魔の里に行ってはいかがでしょう?ドラゴンの鱗や爪を武具にしてもらえますよ。…お詫びと言っては物足りない情報かもしれませんが…これぐらいしか出来ることもなくて…」
何を言うのか。謝罪すらしない駄女神とは比べ物にもならない。マジで見習えよ、アクア。
ふむ、しかし武器は間に合ってるし、防具はスピード落ちるから着けたくないな。持ってるだけで効果のあるアクセサリーとかにしてもらえないかな。
「…もし紅魔の里に行くようでしたら、道中でオークの縄張りを通ると思いますけど…決して彼女達を傷付けてはいけませんよ。」
オーク?確か雌しかいない変わった種族だっけか。
……傷付けてはいけない?
別にお袋は特に何も言ってなかったけどな。まあそう言うのなら肝に命じておこう。
「ありがとうございました。ではこれで。」
そろそろ朝になるだろう。ひと段落ついたし返してもらって……。
「あれ?もういいんですか?」
…それはもっとお話ししたい、ということか?
おやおや、女神様ともあろう方がおねだりなどはしたない。ニヤニヤ
「違っ、何でそんな嫌らしく言うんですか⁉︎そうじゃなくて、まだゼロさんの特典について説明してませんよ?」
はあ?彼女は何を言ってるんだ。もうデュランダルがあるではないか。
「それはあなたのお父様の特典ですよ。」
ああ、そういえば元々親父のだっけ。あまりに馴染むからつい自分のかと…
…うん?じゃあ親父も転生者なの?転生者の息子に転生者の魂が宿るって中々の確率じゃないの?ある意味すげえな。
「じゃあ俺のはどんななんです?」
「身に覚えがありませんか?」
ふむん。なんとなく避けていたが、あるっちゃ、ある。
自分を見直すきっかけになった寝て起きたら治った裂傷。
ドラゴンの肉を食ったとはいえほとんど治ったという左腕。
ここから導き出される結論は…
「再生能力?」
「う〜ん、惜しい!当たらずとも遠からず、ですね。」
おや、間違いないと思ったんだが…
「あの時にあなたに与えられたのは『鍛えれば鍛えるほど強くなる体』です。」
「正確には2種類ありまして、まず肉体のもつ回復力の強化、これは成長スピードを超回復で促進するためのものですね。副次効果として怪我が早く治ります。」
「・・・・・・・」
「もう一つは成長の上限の解放。人間の持つ絶対的な限界をなくすものです。これによって肉体自体の強度などもどこまでも上げることができます。」
「・・・・・・・」
※
エリス様が丁寧に解説してくれているが、俺は途中からほとんど聞いていなかった。聞く余裕が無かった。
俺が強くなれたのは血の滲むような努力によるものだと思っていたのだ。
俺が強いのはこれだけ努力したからだと、誰に何を言われても、お前らが努力しないからだと、口にはしなかったが、それなりの自負を持っていたのだ。
それがなんだ?結局は才能か?
いや、才能よりもよほど悪い。
だって、正真正銘人様、いや、神様から貰った
ハ、笑える。あいつらの言った通りじゃないか。
嫌味ったらしく投げ掛けられた言葉が頭をよぎる。
『才能がある奴は違うよな』、『俺たちみたいな凡人の気持ちなんて分からないんだろうさ』。………確かこんな感じの事を言われたっけか。
もう俺にそれを否定することは出来ない。権利が無い。
今まで、俺を動かしていた炎が、小さくなってゆく。これが消えれば、もう二度と燃え上がることはないだろう。だがもう、
ふと気づくと、エリス様がじっとこちらを見ている。
話を聞いていなかったことを咎められるのかと思ったが、どうやら違うらしい。
真剣な表情で話始める。
「…少し誤解があるようですね。確かにこの力は他の人にはありませんが、普通の人間がこの力を持っても意味なんてありませんよ。
超回復は便利でしょう。傷が早く治るのだから。でも鍛えるぶんには少し成長が早いだけで個人差の範囲でしかありません。
上限の解放はそもそもそこまで鍛えなければならないという前提があります。この世界で生きる人間であっても、そこに到達出来る人はほんの一握りでしょう。」
「そこまで鍛えたのは他ならぬあなた自身なのですよ。
あなたはそれこそ皮が裂け、血が滲んでも、腕が震えて、剣を握れなくなっても。ひたすらに努力して、遂にはドラゴンを倒すほどに強くなりました。」
「それだけは純然たる事実です。この私が女神の名をかけて、否定などさせません。」
「女神のお墨付きですよ?これは誰に誇ってもいいんじゃないですか?」
最後の言葉はいたずらっぽく笑いながら。
彼女は、いとも簡単に俺の火に、薪をくべてくれた。
少しずつ、少しずつ、炎は大きくなってゆく。
遂には、あのドラゴンの吐く炎と同じくらいになる。
何かが弾けて、世界が広がった気がした。
「エリス…エリス様?あの、なんとお呼びしたら…?」
「え?別に今まで通りで…あ、でもフランクな感じも憧れますし、タメ口でも良いですよ?」
「じゃあエリス。」
「はい?」
「結婚してくれ。」
「……………ふぇ⁉︎」
「俺が魔王を倒そう。そうして平和になったら、俺と結婚してくれ。」
「あああの、困ります!そんな、女神とけっ…こんなんて…ぜ、前例もありませんし!そもそもで、出来るかどうか…!」
シュボッと真っ赤になりながらしどろもどろになるエリス。
魔王を倒して、それでおわりか?
「え…」
そちらの都合でこっちに呼び出しておいて、神様とやらはいざ目的を果たしてもらって、なんの褒美もくれないのか?
「い、いえ!あの、神様が魔王を倒したあかつきにはなんでも一つだけ願いを叶える、と…」
それだ。それでエリスを所望する。
「そんな…神様がお許しになるか…………え⁉︎神様⁉︎い、今大事な話を………え、オッケー⁉︎そんなあっさり…あ、ちょっと!
………………あの、い、良いそうです…」
ほう、神にも話が分かる奴がいるじゃないか。威張り散らす癖に人間には何もしてくれない案山子ばかりだと思っていたが見直したぞ。
「な、なんか性格変わってませんか⁉︎」
人は恋に落ちると変わる。これ豆知識な。
「こ、恋って…」
………嫌なのか?
俺はエリスと結婚したいがエリスの意思を蔑ろにするつもりはない。嫌ならすっぱり諦めよう。
「そんな…いやなんて…まだお互いよく知りませんし………。あの、好きと言ってくれるのは、その、嬉しいですけど………」
それなら見ていてくれ。
「え?」
この世界の様子は見れるのだろう?女神は全てを見通すって話だしな。
「ええ、まあ………」
だから俺のことを見ていてくれ。俺が何をして、何を考えるのか。その上で判断してくれればいい。
いつか魔王を倒した時にもう一度聞こう。返事はそのときくれ。
相応の苦悩と葛藤があっただろう。これすら断られれば望みなどないが、エリスは真っ赤になりながらも、
「は…、はい……」
と応えてくれた。
「そして時々でいいから、こうして夢で会ってほしいな、今の契約は関係なく、友達としてさ」
その言葉にエリスは、花が咲くような笑顔を浮かべてもう一度、頷いてくれた。
※
目覚める。
もう日は上っている。左腕…まだ痛む……が、問題ない。
体調を確認して大きく伸びをする。
これからドラゴンから必要な物を切り出して紅魔の里へむかわなくては。
解体する為にデュランダルを引き抜き、誰へともなく呟く。
「魔王しばくべし」