この素晴らしい嫁に祝福を!   作:王の話をしよう

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再投稿。






6話

 

 

 ※

 

 

 

 あれから一週間。

 途中でいくつかの小さな村で宿をとったが、平和そのものである。

 魔王の脅威とはなんだったのか。エリスを疑うわけではないが、拍子抜けしたのも事実だった。

 

 

(そういや、アルマの村も別に魔王に怯えてるわけでもなかったしなぁ)

 

 

 例えるなら、戦争が起こっているのは知っているがそれが自分に関係あるのか実感が湧かない、みたいな感じか。

 聞いた限りだと王都では毎夜のように魔王軍が攻めてきているそうだ。

 

 

(紅魔の里→王都→アクセルの順で回ってみよう)

 

 

 

 大まかに旅の予定を頭の中で組む。

 最初の目的地である紅魔の里まではあと2日といったところか。

 

 

 そこまで考えて気づく。

 前方数百メートル、何かいる。ゆっくりこちらへ歩いて来るようだ。旅人かなにかだろうか。向こうから来たということは紅魔からきた可能性もある。話を聞くのも良いかもしれない。

 だが、少しずつ近づくにつれて、はっきりする姿。

 まず、輪郭がおかしい。二足歩行してはいるが、どう考えても人間のそれではない。

 そして話しかければ声が届く程の距離。俺は愕然とする。

 

 

「あら、旅の冒険者?よければ私の家で休んでいかない?ご馳走も用意してあるわよ?」

 

 

 …醜い。

 どの動物にカテゴライズされるか分からないレベルで色々とごちゃ混ぜにした様な生き物がそこにいた。

 だが、やはり辛うじて分類できるならば、それは正しく(オーク)だった。

 

 ※

 

 だが、こんな形でも話が通じるのは良いことだ。

 言葉こそ人間を人間たらしめる文明。

 顔が引き攣るのを自覚しながら文明を紡ぐ。

 

 

「ち、ちなみにそのご馳走とやらはどんな物を?」

 

 

 俺が想像するものならマジで逃げる5秒前である。略してMN5。

 

 

「それはもちろんあ た 」

 

 

 パァン‼︎

 

 

 そこまで聞けば充分です。

 音の壁を破裂させながら脱兎の如く駆ける。

 どうやら行動に移すのが早かったおかげで何が起こったのか分からないらしい。ポカーンと間抜け面を晒す豚を尻目にひた走る。歩いて2日。このスピードなら日が暮れる前に到着できる。

 なにやら背後で凄まじい鳴き声が聞こえるが気にしない。

 

 

 ※

 

 そこから僅か1分後。

 

 

 ゴゴゴゴゴ……

 

 

 地鳴りが聞こえる。地面もかすかに揺れている気がする。

 

(…?地震?)

 

 

 速度を落とさないままに思考するが直後、地平線の彼方を見て動きを止める。

 砂煙が、こちらへ来る。周りを見渡すと、360度全方位から少しずつ大きくなってくる。

 

 

 それを起こす者の正体を見て絶望する。

 

 

 豚豚豚豚豚豚豚豚豚豚豚豚豚豚豚豚豚豚

 

 

 もはや見渡す限り豚塗れである。

 数を数えたくもないが、どんぶり勘定でも千体は下らないだろう。

 一体として同じ形のものはいない。共通するのはあらゆる動物をチャンポンにした様な見た目をしているということだけだ。

 

 

 再び紅魔の里の方向へ走る。おそらく包囲網の薄いところなど存在しないだろう。

 ならば目的地へ!

 走る方向にはやはり豚。だが、一箇所につきせいぜい十体程度の厚みしかない。これならばエリスの言葉も守りながらすり抜けることも出来よう。

 

 

 いよいよ間近に迫る悍ましい生物を前に集中する。思い出すのは王者の踏み付け。あの時のゆっくり時間が過ぎる様な感覚!

 …先に言っておくけどパクリじゃないから!オマージュだから!

 

 

 イメージするのは球体。一歩踏み出して剣が届く範囲の『円』。

 最初の豚が俺の領域に踏み入る。通常ならば剣で真っ二つだが、エリスの言葉もあるし、正直デュランダルで触りたくない。

 手を伸ばすのが分かる。髪の毛一本触れないように躱す。そこで一歩踏み出せばもうそいつは考えなくても良い。こいつらも相当の速度だ。一度逃した標的を追うのは難しいだろう。

 次は三体同時か。今の俺には止まって見えるね。

 スピードの下落は目を覆う程。しかし、それを補って余りある精彩さをもって襲いくる豚を躱し続ける。

 

 

 抜けた‼︎

 

 

 それと同時に入れていた『スイッチ』を切り替え、全速力で逃げる。

 フハハハハ!追い付けるものなら追い付いてみやがれぃ!なんの為にマッハで走れるようになったと思ってる!いや、絶対このためじゃないけど!

 

 

 油断。慢心。それが許されるのは王のみである。

 つい先日痛い目を見たというのに俺はまたやらかす。

 

 ほんの十メートル(・・・・・)先で巨大な壁が地中から立ち上がる。歩いていたなら躱せただろうが、悲しいかな、今の俺は音速である。

 

 

(っ、無理!)

 

 

 判断するや否や壁をぶった斬って通り抜ける。そうしてようやくそれ(・・)の正体を見る。

 それは縦に五メートル、横に十メートル、そこから更に何十本もの触手を伸ばした形容しがたい何かであった。

 まさかこれもオークだとでもいうのか。これは流石に無理があるだろ。クトゥルフに出てくる邪神と言われた方がまだ納得がいく。見てるだけでSAN値がピンチである。

 

 

 そして、気づく。奴を斬ってしまったことに。

 

 

 その途端にかなり引き離した筈の豚共が加速。こちらへ爆走してくる。

 

 

 もはや恥などと言っていられない。もしかしたらエリスに見られてるかもとかも言ってられない。

 

 

 顔から色んな体液を撒き散らしながら走る。

 イメージとしてはサンプラザ中○くんのRunnerを想像すれば近いだろうか。ただし流れるのは汗と涙と鼻水、涎等色々だが。ついでに小の方を垂れ流すまである。

 

 

 

 

 

 

 

「あなた、速いのね?一族で一番速い私でも追い付くのがやっとだなんて」

 

 

 

「ッ⁉︎」

 

 

 急停止しながら直角に跳ぶ。冗談ではない。マッハに追い付くとはどういう了見だ。俺が死ぬ程の鍛錬で得たものに性欲で得たものが勝っていいはずがない。

 

 どうやら直線でしか俺に対抗できないようだ。

 間近に来ていた豚も急停止しようとして失敗。バランスを崩してこけていた。

 ただこけただけと侮るなかれ、それが音速を超えると地面との接触で出来上がるのは紅葉おろしに似た何かである。味付けは塩と胡椒でどうぞ。

 

 

 だが俺もただでは済まない。少しスピードを落としただけなのに俺は豚に囲まれていた。一斉に襲いくる豚。

 これは逃げ場が上しかない。力一杯のジャンプ。目下では勢い余った豚共がぶつかり合い、轟音を響かせていた。どんな勢いだよ。殺す気か。

 

 

 そのままのんびりしていたら待つのは地獄である。既に手を出してしまったのだ今更変わるまい、と抜剣。デュランダルを汚したくはなかったが、これも必要な犠牲。いわゆるコラテラル・ダメージというやつだ。心の中で愛剣に謝る。

 

 

 地上は見渡す限りの豚野原。まさにこの世の終わりの風景だ。

 どいつもこいつも目をギラギラさせて手を広げている。俺が剣を抜くのを見てこいつら何を言ったと思う?

 

 

「あら〜剣なんか抜いちゃって。これは下の方もヌいてあげた方がいいのかしら?」

 

 

「剣を抜く…これは男根のメタファー…⁉︎」

 

 

「そ、その剣をどこに刺すの?大歓迎よ?」

 

 

「何が国だよ!クンニしろオラァ!」

 

 

「ヤらせろ(直球)」

 

 

 

 

 吐き気がするわ。

 唐突にエリスに会いたくなった。

 

 

 着地と同時に地面を血の海に変えながら斬る。斬る。斬る。斬りまくる。

 ゾロッ、と音がしてなにかの舌が頰を舐める。

 もはや辛抱堪らん、一刻も早く、誰でもいい、人間(・・)の顔が見たい。

 

 

 周囲は豚、豚、豚、豚、豚どこまで斬っても豚。

 これだけ囲まれると自分も豚なのではないかという気さえしてくる。もちろん錯覚ですらない。

 

 自分が何を叫んでいるのかもわからない。型もなにもない斬撃を繰り出し続ける。あれからどれだけ経った?豚の数は一向に減らない。その癖、地面は死体だらけで動きにくいにも程がある。

 

 

 その俺の貞操を守護るためだけの闘いは体感で三日三晩続いた。

 その間俺の悲鳴はおさまらなかったように思う。

 

 

 

 

 ※

 

 

 

 

 …呼吸が荒い。手足の動きがおかしい…

 心臓は弱まる一方で、どんなショックを受けても止まりそうだ。

 

 ここはどこだ…少し先に灯りがみえる…久しぶりの人の営み…

 豚はどこだ、早く斬らなければ、大事なものが奪われる。

 しかし、周りを見ても見馴れた姿はない。

 

 

(……もう…斬らなくても…いいのか…?)

 

 

 

 自覚した瞬間に力が抜けてヘタリ込む。純粋な運動だけならここまで消耗しなかったろう。常に狙われる精神的苦痛は思いの外俺の心をすり減らしていたらしい。

 

 ここが紅魔の里なのだろうか、それとも、元いた村に戻ってしまったのか、どちらでもいい。ようやくアレ以外のものがみられる…

 身体を引き摺りながら灯りを目指す。全身にこびりついた返り血が乾いて動きにくい、自らの汗とその他の体液、そして豚共の汚らわしい唾液が混ざり合い、なんとも言えない匂いとなっている。

 だが、あそこまで行ければ全て終わる、あそこに辿り着ければ…

 

 

「『カースド・ライトニング』!」

 

 

 突如として響く人の声。そちらを振り向く前に、黒い雷光が俺の胸を貫いた。

 

 糸が切れたように崩れ落ちる俺。もう自由がきかない。手も足もピクリとも動かない。意識が遠のいていく。完全に落ちる前に、先程と同じ声が聴こえた。

 

 

「あれ⁉︎やべえ!人か⁉︎すまん!誰か、来てくれ、血塗れの人間が死にかけてるぞ!」

 

 

 

 トドメ刺したのはてめえだクソ野郎。


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