再投稿。
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隣の馬鹿女が打ち立てる数多くの死亡フラグを乗り越えてカズマ邸にやって来たゼロ探険隊。今度はどんな困難が我々を待ち構えているのか⁉︎
というかこの屋敷、ウィズが浄霊に精を出してた共同墓地のすぐ隣だったんだな。気付かんかった。
魔力で動いているという呼び鈴を人差し指で押しながら中にいるだろう住人に向かって、某『トモダチ』の真似を若干失敗しながら呼び掛ける。
「ケーンジくーん!あーそびーましょー‼︎ケーンジくーん‼︎」
「ケンジ……というのか?平民にしては中々の屋敷に住んでいるのだな。武器職人でここまで稼ぐとは相当な腕前。
これは期待が持てるな。ヒノの武器について何か解るかも………」
「はあ?誰だよケンジって。ここに住んでんのはカズマだぞ」
「え?しかしお前今………」
「いくら世間知らずだからって人の名前間違えていいと思ってんの?失礼だとは思わないの?
………これだから悪徳貴族は‼︎」
「 なっ ⁉︎ 待てお前‼︎今のは流石に理不尽だろう!元はと言えばお前が最初に言ったのではないか‼︎
あと当家は悪徳貴族などではない!侮辱するのはよせ‼︎」
「はいはい、我のせい我のせい」
「こ、この男……‼︎先ほどの真面目なお前はどこへ行ったのだ!人が珍しく感心したと思えばこれだ!頼むからお前はずっと真面目なままでいろ‼︎」
「いやいやいや、ずっとあんな態度でいるとか肩凝って仕方ねえだろ、何事もメリハリってのは大切よ。
シリアスの後は息抜き。鉄則みたいなもんだ」
「どこの鉄則だ!聞いた事がないぞ!」
俺は普通のテンションで対応しているのだが、この貴族様が音量調節機能がぶっ壊れたスピーカーのような大声を出すので、先ほどから近所の民家からの奥様方の視線が痛い。
だが計画通りだ。これだけうるさくすれば多分中にいる誰かが注意しに来るはず。
俺の予想通り、玄関の向こうからドタドタと足音が聞こえてドアが弾かれたように開かれる。
「さっきから誰だ!近所迷惑だろう、痴話喧嘩なら他所でやれ‼︎」
「言っとくけど今のお前も大概だからな」
近所迷惑と言いながら自分もかなりの音量を発したダクネスは俺の姿を認めると険しくしていた表情をゆっくりとフラットに戻していく。
「………なんだ、ゼロか。クリスを迎えに来たのか?今アクアの部屋でゲームをしているから呼んでくる……いや、上がっていくか?」
「おう、クリスもそうだがアクアにちょっとな。それじゃお邪魔し」
「もしやダスティネス卿か?こんなところで何をしている。ここは貴公の別荘だったのか?」
「む?……クレア殿⁉︎貴公こそこんなところで何をして………っ⁉︎」
ダクネスが途中で言葉を切り、俺とクレアを交互に見遣ると、せっかく戻した表情をまた険しくしていく。
忙しい奴だなお前も。今度は何だ。
「………ゼロ。これはどういうことだ。クリスを部屋から追い出しておいて自分は他の女と逢瀬か?
返答次第では貴様にクリスを渡す訳にはいかないぞ」
「…………………?」
言っている意味が分からずしばらく考え込んでしまう。
こいつは何を怒っているのだ。クリスから話を聞いていないのだろうか。
考えても分からん事は聞くのが主義の俺ではあるが、それよりも先にダクネスが何に対して怒っているのかを理解したのか、クレアが顔を真っ赤にして焦ったような声を出す。
「待てダスティネス卿‼︎逢瀬などとはとんだ誤解だ!これには深い事情が……!
そ、そうだ!貴公にも伝えねばならない事がある!」
「……………あ、そういうことか」
どうもスイーツ脳の方の貴族様は俺とクレアがそういう関係なのでは、と勘繰ってしまったらしい。
馬鹿じゃねえの?お前の頭ハッピーセットかよ。
余りにもあり得ない仮定のせいで気付くのが遅れてしまったではないか。
まあクレアも気付いたようだし、誤解を正してくれるだろうさ。
「私とゼロは今からこの街を出て二人きりで王都に行こうと思っているのだ!『大事なこと』を王都でするためにな!
そのために………そう、あの、クリスという同居人にも別れ話をせねばならないのだったか?
ともかく、こいつは私が連れて行くから後のことはよろしくお願いする!」
「ねえ、お前ホントに誤解を解こうと思ってる?言い方考えようよぉ」
こいつマジでやってんの?わざとやってる訳じゃないならある意味天才だぞ。
具体的な事を何一つ明かしていないが故にどうとでも解釈出来るような言い方すんなや。今のは俺から見てもクッソ怪しいぞ。色々足りないし。
もっと早ければ数日で戻る、とか俺には依頼する為に来たんだ、とか言えよ。ダクネスも貴族で、しかも王家とも親密な関係な家柄なんだから話しても構わんだろうに。
こいつもしかして俺を破滅させるためにわざわざ王都から嘘話ぶら下げて来たんじゃねえだろうな。
案の定、ダクネスが顔を阿修羅のような形相に変貌させながら今にも怒鳴り散らしそうになる。
これはいけない。手遅れになる前に何か言わないと。
「ま、まあ待てって。俺とこいつがそんな関係に見えるか?
大体こいつはアイリスのことがだなーーー」
「なああああああ⁉︎おっ、お前!それはここで言う必要はあるのか⁉︎その事が公になれば私はアイリス様とどう接したら良いのだ‼︎」
「知らんわ!お前があんな誤解を加速させるような事言うからだろうが!もう良いから、この際全部ぶち撒けちまえよ‼︎」
「なっ、ななななにを言っているのだ!私のアイリス様への想いの丈を語り始めたら一日や二日では足りんぞ!そんな事をしている暇は………」
「そっちじゃねえ!お前が言う『大事なこと』だよ!それとも何か?ダクネスは関係者じゃないってか⁉︎違うだろ!別に言っても良いだろ!てめえがわざわざボカして言うから変な事になるんだろうが!
これだから頭の固い貴族様は!もっと臨機応変に対応するって事が出来ねえのか!ああ⁉︎」
「貴様らいい加減にしろ‼︎近所迷惑だと言うのが分からんか‼︎
…………話なら中で聞くから、とりあえず上がれ」
「「………………はい」」
このままでは埒があかないと判断したのか、ダクネスが言い合う俺達に一喝してドアを開ける。
そう、これが臨機応変ってことだ。先ほどまでの怒りを抑えてでも大人の対応をする。素晴らしいよダクネス君。
………いやあ、今回はマジすまんかった。俺もガキっぽいとこあるからさあ。
※
「ふーん?それは多分『豪剣』イフリートね」
「イフリートぉ?名前カッコいいな」
所変わってアクアの部屋。
神器について聞くと、目の前に貴族がいるというのに酒の瓶とグラスで両手を塞いだままのアクアが何でも無いように言う。
その隣ではクリスが上を向いて記憶を探るような素ぶりを見せている。おそらくそのイフリートとやらの概要でも思い出そうとしているのだろう。
なんとなく周囲を見回すと、豪奢な部屋の中に散乱した酒の瓶が妙に痛々しい。掃除くらいせんかい。
最近自分で勝手に街の『
「掃除屋?………アスファルト、タイヤを切りつけながら♪」
「待てアクア‼︎それ以上いけない‼︎」
とんでもないことをしでかそうとしたアクアを止める。
なんて事をしやがる、この世界が終わっちまうだろうが。
「………?何よ、ただ歌おうとしただけじゃない。それとももう一つの方が良かった?」
「だから歌うなっつってんだよ。対処されたらどうすんだ。
…………でもお前上手かったな。後でカズマとミツルギ呼んでカラオケっぽい集まりでも開くか。盛り上がりそうだ」
「当然お酒もあるんでしょうね?だったら行ってあげても良いわ!」
「まあそのぐれえなら俺が用意してやっても」
「キミは飲まないでね?」「お前は飲むなよ?」
「……わ、わかってますぅ〜!」
隣に瓶を退けて座るクレアと、俺と向かい合うクリスから止められてしまった。どうやら俺の禁酒令はまだ解けないらしい。
「いや、お前達何の話をしているのだ。重要な話だろう」
「え?……ああ、そうだそうだ。その、イフリート?ってのはどんな能力を持ってるんだ?」
もはや足の置き場もないくらいに転がっている瓶を少しずつ片付けながらダクネスが突っ込んできた。
ちなみにダクネスには既に事件の全容を話してある。
まあ攻めのシンフォニア、守りのダスティネスと呼ばれる王国の懐刀の双璧を為す片割れだし、伝えない方が不自然だしな。
予想では多少慌てるんだろうなと思っていたが、ダクネスの意外にも落ち着き払って。
「なるほど。それでゼロを王城へ、か。なるべく早く片付けてアクセルに戻って来るんだぞ、ゼロ」
とりあえず俺が失敗する可能性は微塵も考慮していないらしい。
信用してくれるのは嬉しいけどあんまりそういう態度取られるとプレッシャーやばいんだよなあ。
失敗する気なんか毛頭無いし、失敗しない為に今でき得る限りでの情報収集をしてる訳だが。
クリス達には『王城に襲撃』を『クレアの屋敷に襲撃』に置き換えて説明した。
秘匿するべきなのは王族に危機が迫っているという事なのであって、こうすれば極力違和感を抑えてありのままを話せるからだ。
「豪剣イフリートは神器の中では珍しく能力を二つ持っている剣ね。
一つは『熱を操る力』で、もう一つは『動きを登録する力』、だったかしら」
「能力が二つだあ?チートじゃねえか。なんで同じ神器の中で当たり外れの差がこんなに激しいんだよ」
俺のデュランダルを見てみろよ。言っちゃ悪いが、硬いだけのただの剣だぞ。もっと氷を操る力とか欲しかった……いや、あれは扱う本人の力だったか。
しかし、熱を操る力はクレアから聞いた通りだけど、動きを登録する?………どういうこっちゃ。
「動きを登録するっていうのは、文字通り一つの動きを登録しておけるのね。
それで、その動きを繰り返せば繰り返すだけ強くなっていく力」
「結局チートじゃねえか。羨ましいし妬ましい」
いいなあ。もし俺にそんな能力があれば……なーんてな。正直今でも充分過ぎるくらいに強いのにさらにチートを欲しがるのはちょっとねえ。
しかし、羨ましがるような言葉を口にした俺に首を捻る事によって返答するアクア。
「うーん?でもチートってほど便利じゃなかったと思うわよ?
イフリートは能力が二つある代わりにどっちの能力もすんごい微妙なのよ。実戦で使えるかって聞かれると首を捻るレベルで」
「そんなにか?聞いた話だと結構汎用性は高そうだけどな」
魔力に頼らずに熱を操れるって時点で多くの魔法使いが涎を垂らすだろうに。
そんな事を思う俺の考えを読んだか、アクアがチッチッ、と指を横に振ってきた。
「甘いわね、甘々よ。想像力が足りないと言ってもいいわ。そんなゼロにこの崇高なるアクア様がレクチャーしてあげるからしっかり聞きなさいな。
まず一つ目、イフリートが操る熱はせいぜい百度くらいまでが限界だし、高くする方向にしか操れないから、周囲の温度を上げるとしばらく冷めない?」
「………………………」
……百度?百度ってなんだよ、名前負けもいいとこじゃねえか。イフリートとか名乗って恥ずかしくないのそれ。
確かに熱いことは熱いが、百度と言えばサウナより少し熱い程度である。それは使えなくもない……くらいだな。うん。
「でしょ?そして二つ目、登録する力は登録した動き以外での攻撃が出来なくなっちゃうの。
しかも威力が上がっていくって言ったって、上昇幅が小さいのよ。それこそ、実感出来るくらい上げるのに一万回は繰り返さなきゃいけないんじゃないかしらね。
………どう?これでもチートだとか言える?」
「「「………………」」」
その場にいたアクア以外の全員がなんとも言えない表情になった。そして気持ちもほぼ一致していることだろう。
どうしよう、予想以上に微妙だった。
「し、しかしアクア殿。その神器には他に何か能力は無いのか?
私が直接見たわけではないが、他の者の話だと目に見えないほどに速かったそうなのだが………」
今の説明では納得できなかったのか、クレアが食い下がる。
衛兵だけでなくジャティスまでもが『見えなかった』と言っているのだ。今の微妙な話とは食い違いがあるように思えてしまったのだろう。
だが、俺からすれば別に不思議な事などない。
「そんなの簡単じゃねえか、繰り返せばそれだけで強くなれるってんだからずっと繰り返せばいい。
目に見えないくらいに速くなるまで、何百万、何千万とな」
「そんな事をする人間がいるのか?」
「おっと、その言葉は俺にもぶっ刺さるからNGでお願いします」
まあ不思議がるのも無理はない。ヒノがどんな信念を持って行動したのかは知らんが、実際に生半可な覚悟では途中で折れてしまうだろう。
似たような事をしてた俺が言うのもなんだが、あれは常人には相当キツい。物理的な話ではなく、心の問題で。俺ですら一つの動作を延々と何年も続ければ発狂してしまうかもしれない。
一体どんな思いで剣を振ってきたのか。何が目的で王城に攻め込んできたのか。
その辺は本人に直接聞くことにしようじゃないか。