再投稿。
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「なんかダクネスがずっと掃除しててかわいそうになってきたから私も手伝ってあげるわね」
「お、おい、アクア、元はと言えばお前が散らかしたんだからな?というか、自分の部屋くらい片付けておけ」
自分が放置していた酒の瓶をダクネスが掃除するのを見て落ち着かなくなったのか、アクアがそんなことを言い始めた。
お前ら今の流れからよく速攻で日常に戻れるな。感心するわ。
クレアが隣で「貴族が他人の部屋の掃除……⁉︎」と衝撃を受けているが、この屋敷では身分の高さなど何のステータスにもならない。まあ、半分くらいはダクネスの人柄故だが。
しかしちょうどいいとも言える。クリスと話もしたかった事だし、他の三人が掃除に気を取られているうちに済ませてしまおう。
「おいクリス、ちょっと大事な話が………」
「あ、ちょっと待って。アクアさんが何かやるみたいだよ」
話を切られてしまった。いや、ほんとに大事な話なんだけどな………。
真剣そのものの表情でアクアを見るクリスにつられて視線を向けると、アクアは何やら手に持った瓶を矯めつ眇めつしたと思ったら、白い布を取り出した。
「ダクネスダクネス、これ見てー」
「ん?なんだアクア、その瓶はこっちの袋に入れてーー」
「消えちゃいましたー!」
「「⁉︎」」
アクアが白い布を瓶の上に乗せて指パッチンをしたと思ったら、布が一人でに床に落下した。もちろんその下にあった瓶は影も形もない………いやどうやった⁉︎
「すっ、凄いぞ!見たかクレア殿!今確かに触っていなかったぞ⁉︎
なあ、どうやったんだアクア、さっきの瓶はどこへいったんだ!」
「ああ、こんな凄い手品は王都でもお目にかかったことが無い!
ア、アクア殿!今の手品を教えてはもらえないだろうか!アイリス様に見せたらさぞお喜びになるだろう……!
タネを見破ってみせるからもう一度やっていただけないか⁉︎」
消えた酒瓶に沸き立つ貴族二人が、口々に賞賛を浴びせるが、当のアクアはキョトンとした顔で言う。
「何言ってるの、消えたって言ったじゃない。消えた物がどこ行ったって言われてもねえ。
それに、一流の芸っていうのは何度も見せるものじゃないの。やるんなら他のやつを見せてあげるわ!次は………こんなのどうかしら?」
そう言いながらごそごそと懐からまた何かを出し始めるアクア。二人も目をキラキラさせて待っている。初めてサーカスを見る子供かよ。
しかし、消えたって言ってもまさかこの世から消えたわけじゃあるまいに、アクアも役者だな。どうせなんかタネがあるんだろ?
俺も今度は見破ってやろうと、そのままアクアが次にする芸を待ってーー
「いやそうじゃないそうじゃない。おいクリス、さっきの件について大事な話があるんだって」
危ない危ない。こいつらはまだしも当事者である俺が遊び呆けるのは許されん。さっさと片付けて帰りたいし、できれば今日中に王都に向かいたい。
「えー?……後じゃダメなの?今からアクアさんが触れずに瓶を分裂させるって言ってるんだけど」
「大事な話って言ってんだルルォ⁉︎」
何それ俺も見たいけど!
帰ってきたらアクアの芸を一度じっくり見せてもらおう。金払えばやってくれるかな。
「あ、言っとくけど私はお金は受け取らないからね。
芸人でもない私が芸でお金を取ったら、本物の芸人の人の仕事が無くなっちゃうでしょ?」
「お前はお前でちょいちょい人の心読むのやめてもらえる?」
どっかの見通す悪魔よりも俺の心読むよね、お前。
あとその考えは立派だと思います。俺としては残念だけど芸は諦めよう。
※
アクアの芸に夢中になっている世間知らずのお嬢様達を部屋に残して屋敷の廊下にクリスを連れ出した。クリスはまだアクアが気になるのか、早く部屋に戻りたそうにしている。
気持ちは分からんでもないけどな。少し我慢してくれ。
「クリス、聞きたいことってのはさっきの『ヒノジュンゴ』についてだ。
正確な時期は聞いてないが、少なくとも十年以上前だな。死後にヒノを案内したことはあるか?」
「ああ、そういうこと?んっとね、今の話聞いて思い出してたんだけど、十……八年前かな。あるよ。
確かに『ヒノジュンゴ』さんは亡くなってる。それはあたしが保障するよ」
どうやらさっき何かを思い出す感じを見せていたのはこの事だったようだ。話が早くて助かる限りだな。
俺が産まれるのと入れ替わりくらいに死んだらしい。それは関係ないだろうが。
そしてさらに関係ないのに蘇る年齢の話。こいつは十五歳と言っていたくせに十八年前の話なんかするなよ。本当に関係ないから言わないけど。
「ヒノが使っていた神器はどうなってる?豪剣イフリートは回収されてるのか?」
「ううん、今は所有権が他の人に移ってるみたいだよ。
……でもそれが誰かはちょっと分かんないかな。天界に戻って改めて見通してみれば分かるかもだけど、どうする?」
どうする?というのは俺が頼めば天界で見てきてくれる、ということだろう。
もっと時間がある時ならありがたい話だが、今はそんな悠長なことはしてられない。遠慮させていただこう。
とりあえず、王城の襲撃者については俺の予想通りだな。
『ヒノジュンゴ』本人ではないが、使ってる武器はイフリートと考えて間違いないだろう。おそらく所有権を直接譲ってもらったんだろうが、どんな関係なのだろうか。
「さっきの話の通り、俺はしばらく留守にするから。早けりゃ数日で帰れる。クリスは俺が帰るまでここに泊めて貰いな」
「あたしは良いけど、めぐみんとかカズマ君が良いって言ってくれるかな……?」
それは尤もな懸念だが、そんなものは直接聞けばよろしい。
「俺達が部屋にいた頃から盗み聞きをしてて俺が部屋から出た瞬間にそこの廊下の角に隠れた頭のおかしい紅魔族がいるから、今聞けば?」
「おい、私をその名前で呼ぶのはやめてもらおうか‼︎
というかなんで分かったんですか!百歩譲って誰かいるというのは分かっても私かどうかなんて確証ないでしょうに!」
俺が指差した場所のすぐ横から出てくるのはめぐみんだ。
確証無いって言うても、消去法で大体分かるだろう。この屋敷の住人は、ダクネスとアクアは俺達と同じ部屋に居たし、カズマは多分寝てるだろ。引きこもり的に。朝寝、昼寝、夜寝ってのはヒッキーの嗜みだと聞いた事があるしな。あと残ってんのはお前しかいないんだから、こんなのは自慢にもならん。
盗み聞きなんてマネしないで入ってこれば良かったのに。
「い、いえ……。最初は入ろうかなと思っていたのですが、何やら真剣な話のようだったので躊躇われたって言いますか……」
「普段空気読まねえくせに、子供が遠慮なんかするんじゃねえよ。別にお前だけ仲間外れにするとかしないから安心しな」
なあ?とクリスに同意を求めると、コクンと頷く。言っても困らない話に変えてあるから、めぐみんに話しても平気だしなぁ。
「レディに向かってなんてことを言うんですか、ゼロはもっと気遣いを覚えるべきです」
「え、ごめん。なんで俺怒られた?」
極力優しげな態度をとったつもりだったのだが、なぜかめぐみんはそこで噛み付いてきた。今のでダメなら俺にはどうしようも無いんだけど。
「そうではなく!私を子供扱いするのはやめてもらおうか!」
「ああ、そっちか」
生憎だが、いくらこの世界での十四歳が女性の成人とは言っても、俺の基準だとまだまだ子供だ。ゆんゆんならともかくとして、めぐみんは……………うん、頑張れ。
言葉に出したらまた怒ってしまいそうなので、ゆんゆんから聞いた話で気を逸らす事にした。
「そういえばお前もうすぐ十四歳の誕生日なんだってな?おめっとさん。
なんか欲しい物とかあるか?高価な物じゃなきゃ買ってやっても良いが」
「あ、ありがとうございます…………うん?あれ、私ゼロに誕生日教えましたっけ?」
………おう、この流れは失敗したな。ゆんゆんから聞いたって言うのは簡単だが、それだとゆんゆんがプレゼントを用意してる事を気付かれてしまうかもしれない。
せっかくサプライズを計画している友人の思いを無駄にする訳にもいくまいよ。
「あー……お前から直接は聞いて無いぞ。ほら、俺が前に紅魔の里にいた時にこめっこから聞いたんだよ。
少し前にふと思い出してな、そのうち言おうと思ってたんだ」
お、これならイけそう。本人がいないから確認する方法も無いだろうし、誤魔化せるはず。
めぐみんはしばらく俺の言葉を訝しむようにしていたが。
「そうですか、まあそういうことにしておきましょう」
俺の目をじっと見てからポツリとそう言った。
なんだその気になる言い回しは。まさか今ので真相がわかったとか言わねえだろうな。さすがに勘が良いってレベルじゃねえだろ。
「そ、それよりも、クリスをしばらく泊めてやってほしいんだ。
金なら相応に払うから、カズマにも伝えておいてくれないか?」
「それは構いませんが………。というか、お金なんて要りませんよ。
クリスがいるとダクネスも嬉しそうにしますし、アクアの相手もしてくれるので助かるのです。カズマには私から言っておきましょう」
「そうか、ありがとな。………だ、そうだ。良かったなクリス。これで無問題だな」
「…………………………」
「………あ?どうした?」
こちらはこちらでなぜか不服そうにしてしまう。
おいおい、この屋敷に厄介になるのが嫌だってのか?どうしても嫌ならあれだけど、せめて理由を教えてほしいもんだ。
「べっつにー?…………めぐみんの誕生日は祝うんだ……」
「…………いやいやいや、お前さん無茶言いなさんな。教えてもらってもいない物は祝うも何もねえぞ」
なんとまあ。誕生日を祝う祝わないで拗ねてしまったらしい。可愛らしい話ではあるが、今回は理不尽じゃね?
年齢聞いたら怒るし、その関係で誕生日も教えてくれないだろうし。
「じゃあ聞くが、クリスの誕生日はいつなんだ?」
「あたしにも分かんないけどね」
「せめて答えは用意しておいてくれない?俺に何を求めてるんだお前」
こんな答えが無い出題があってたまるか。そもそも誕生日が存在しないんじゃあどうしようもないだろうが。
だだ、普段我儘はあまり言わないクリスの意見だし、尊重はしてやりたいな。
「………ふむ、単にプレゼントが欲しいって訳じゃないんだろ?
誕生日知らないんなら自分で決めてみたらどうだ?」
「自分で決める?」
「うん。なんかこの日が良いとかないか?記念になるような事があった、とかさ。その日をクリスの誕生日にしようぜ」
「そんなんで良いの?」
「だって、他にどうしようもないだろ。元がわからないならそれもありじゃね?
まあでも俺は今から王都に行っちゃうから、帰って来たら教えてくれよ」
「……ん、わかった。約束ね」
「おう。指切りでもするか?」
「それはいいや。約束破るとは思ってないし」
それはまた随分と信用されたものだ。約束や契約の不履行は俺みたいな傭兵が忌み嫌う物であるのは確かだけどな。
「じゃあ気をつけて行って来てね」
「言われるまでも無いね。なるべく早く帰ってくるようにするから、今のうちに答えでも考えておけよ」
「……………………………」
「……………………………」
なんとなく目を合わせたまま黙り込んでしまう。
………お?二人きりかつ、この空気なら伝説のアレができるんじゃね?あの、夫婦間でもそうそうお目にかかれないという、幻の『行ってきますのチュー』。
これができたら、もう……ゴールしてもいいよね……?
「………あの、人の目の前でイチャイチャされると、どう反応したらいいのか困ってしまうのでやめてもらっていいですか?」
「あ、サーセン」
そもそも二人きりじゃなかった罠。