再投稿。
※
「立ち話はこのくらいにして、俺と酒でも飲みませんか?何本か瓶を持ってきているんです」
「……………………………」
「あ、もしかして飲めなかったりします?そうなるとちょっと予定が狂っちゃうんですが」
「……………………………」
「あなたの話を聞いてから一度ゆっくりとあなたと話したいと思っていたんですよ。いかがですか、ヒノさん。
あー、あと、この暑いの何とかなりませんか?せっかく持ってきた酒が駄目になっちゃうんで、せめてもっと抑えていただけると………」
「……………………………」
王城の人間も妙な男を寄越したものだ。
仮にも城への襲撃者と酒を酌み交わしたいだと?馬鹿馬鹿しい。よほどのアホか、その酒に一服盛ってあるかのどちらかだろう。
こんな誘いに乗るほど自分は愚かではない。
無言で立ち上がりながら自身が腰掛けていた床に置いておいたイフリートを手に取り、数え切れないほどに繰り返した構えを取る。
「っと、あー……。一応今日は戦うつもり無かったんですが。
なんとかその物騒なモノ納めてもらえませんかね?」
こちらが得物を抜いたというのになんら変わらない様子で訪問者は会話を続けようとする。
単に三味線を弾いているだけなのか、危険性が分からないほどの素人なのか。今の段階では判別は出来ない。どうでもいい事ではあるが。
「ならあんたのその腰にぶら下がってる物は何だ。自分も武装してるってのに人を咎めるのか?
信用して欲しければそのご立派な剣を床に置いて、こっちにでも来たらどうだ」
どうせ出来はしまい。観念して剣を構えるなり逃げるなりしろ。あと一時間後には王城を訪れねばならないのだ。こんな気狂いに構っている暇は無い。
そんな男の予想とは裏腹にその訪問者は鞘ごと剣を置き、手元から離した。
「なるほど、確かにそうですね。これは失礼しました。
………もうそちらに行ってもよろしいでしょうか?今の俺は正真正銘、丸腰ですので攻撃はなるべくしないでくださいね」
言いながら返事もしていないというのに歩き出す訪問者。男は目を見開いて訪問者の一挙手一投足を観察する。
何か考えがあるはずだ。そうでなければ武装して、なおかつ敵対している相手の目の前へ無手で歩み寄るなど………。
しかし、手に武器はおろか道具も持っていない。歩き方にも特に企みなど無さそうだ。
馬鹿かこいつは。いや、馬鹿だな。
そもそもこちらはもう構えているのだ。そこへ寄っていって攻撃しないでとはどんな頭の構造をしているのか理解出来ない。
つい先までは道端に転がった石ころ程度にしか思っていなかったが、目の前の飄々とした男に興味が湧きそうになる。
が、それだけだ。今からする事には大して変わりはない。いつも通りに一度剣を振って終わりだ。
「その前に一つ訂正したい。さっきから俺をヒノと呼んでいるが、人の名前は間違えるものじゃないぞ。俺の名はカガミだ」
最後の名乗りと同時にイフリートの能力を発動させ、床を踏み割り訪問者の胴体に突き入れる。
常人が見れば正に電光石火の一撃。反応するどころか目に映るかも怪しい神速の突き。当然、避ける事など能わないだろう。しかし。
「
「………やるな、あんた」
己の剣が何かを狙って外すなど、一体いつぶりだろうか。
たった一歩、横に動いただけで今まで誰も成し得なかった偉業を、さも当然のようにやってのけた男を素直に賞賛する。
会話の途中での攻撃。しかも最も避け難い胴体への一撃を完璧に躱してみせたということは、こいつには俺の剣が見えていたという事だ。
カガミは先日、この国で国王の次に強いと言われるジャティス王子を倒している。理屈だけで言えば最早カガミを止められる者はそれこそ国王しかいないはずだ。
だが、この男はどうだ。初見でカガミの剣を避け、尚も余裕を見せている。明らかにジャティス王子よりも格上だ。一体何者なのか。
「あんた、名前は」
今度こそ、カガミは自分の好奇心を抑えられずにそう口を開いていた。
早く
「ええ〜?俺の名前なんてどうでもいいんじゃないんですかぁ?さっきせっかく名乗ろうとしたのに切られちゃったからなー!どうしようかなー‼︎」
「……………」
「………すみません、ちょっと調子に乗りました。ゼロと申します、はい。以後お見知り置きを」
勢い良く煽って来たと思いきや、数瞬後には鎮火する。波の激しい男だ。
こいつ。………ちょっと面白いな。
カガミの感性はどこかズレていた。
※
そんなに睨むこと無いじゃんかよ。ちょっとふざけただけなのに。
名前を教える前に勿体つけたら睨まれてしまった。洒落の分からない奴である。
しかし、予想通りとは言え、カガミ……別人か。ヒノとはどんな関係なのだろうか。
と、超高温に熱されていた室内が僅かに涼しくなった気がした。どうやらカガミが能力を解除したらしい。これから少しずつ気温は下がっていく事だろう。俺の頼みを素直に聞いてくれた訳では無いだろうが、流石にあんな中で動いていたら命の危険があるからかな。
だったら最初からそんなことするなよと言いたいが、それはまあ大目に見よう。
「俺の剣を初見で躱したのはゼロ、あんたが初めてだ。もしも今から放つ技すらも避けて見せたなら、あんたを同格として扱おう。酒ぐらい付き合うさ」
「おや、避けるだけで良いんですか?それは何ともお優しい」
俺の言葉を余裕と受け取ったか、ほんの少しだけ嬉しそうに口の端を歪め、剣を構えるカガミ。
『今から放つ技すらも』、というのはさっきのは本気では無かったという事だろう。恐らく次の一撃こそ本命だ。それを見切ってみせろと。なるほどなるほど。
……え?マジで?さっきの本気じゃないの?いやいやいや困るんですけど。
ジャティスが剣を見れば攻撃方法が分かるとかほざいていたが、ふざけんじゃねえよ。剣なんか見えねえじゃねえか。
灯りもなく、僅かな月明かりが射し込むだけの室内であんなスピードで動かされたら残像すらはっきりしねえわ。今だって暗闇に紛れてる所為で細長い物体が存在する、くらいしか分からないし。
唯一分かるのは、それが『突き技』という事だ。あの状態から撃てる技で、俺が一歩横に移動しただけでもう当たらないのは突きしかない。
少し動けば芯から外れるが、見切るのはかなり難しい厄介な技だ。ついさっきのだって俺にはほとんど見えなかったのだ。俺ですらこのザマなのだから、他の奴が手も足も出ないのは道理だろう。
では、見えないのになぜ俺が一撃目を易々と避けれたのかと言うと。
「………あの、もしかしてカガミさんって悪魔だったりします?もしくは魔王軍とか」
「何言ってるんだあんた。俺が人間以外に見えるのか?」
「ですよねえ。いえ、大変失礼しました。そうですか………」
カガミの姿を見る。夜闇ではっきりとはしないが、とりあえず人間には間違いない。
そのまま視界を少し横に動かすと、そこでは俺にしか見えない赤黒い人影が『かかって来いや‼︎』とばかりに、カガミに向かって流れるようなシャドウボクシングを披露している。
この場合のシャドウボクシングとは、影が実際にするボクシング、という意味でのシャドウだ。何せ、この人影が繰り出すパンチに実体があったら、カガミはとっくにKOされているレベルで直撃しまくっているのだから。
今までこいつは悪魔やら魔王軍と殺し合う時にしか出て来なかったのだが、どういった風の吹きまわしか。
視界の端でチラチラ動かれると鬱陶しいので、今は消えていてくれないだろうか。そもそも今回は戦うつもりが無いのだからキミの出番は無いよ。
俺が心の中でそう念じると、口も鼻も目も無い顔で、『テメエが消えろや。ッぺ‼︎』とでも言いたげにツバをこちらに吐きかける仕草をしながら、大人しく消えて行った。
何というしょっぱい対応だ。俺が彼に一体何をしたというのか。
だが何というか、前に見た時よりは雰囲気が柔らかくなっていたな。前は『オレ、オマエ、コロス』な感じだったのだが、少し仲良くなれた気がして嬉しかったりする。
「あんた、何にやけてるんだ?頭が悪いんなら腕の良いアークプリーストでも紹介してやろうか」
「いやお前に言われたく……っと、失礼。お気遣いなく」
危うく本性が出そうになってしまった。ここでカガミの機嫌を損ねてしまえば、ようやくまとまりそうな話がパーになってしまうかもしれん。ここは抑えて……俺はいつから営業の仕事をするようになったのだ。
「『フリーズ』」
「んあ?急にどうしたんです?」
何となく世界の闇に触れたような気がして落ち込んでいたらカガミがいきなり床に向かって初級魔法の『フリーズ』を使った。
そうか、俺と違って普通に魔法使えるのか。裏山。
「暑いからな、空気を冷やす為にこの魔法は重宝する」
「………え、ダッサ」
忘れないで欲しいのは、元々涼しかった冬の夜を『かっこいい』という訳の分からん理由で灼熱地獄に変えたのはカガミ本人だという事だ。それを暑くし過ぎたから魔法を使うというのはいくら何でもダサ過ぎではないだろうか。
「何でも良いだろう。さあ行くぞ、あんたも剣くらい構えたらどうだ」
「あ、武器持って良いんですね。てっきりそういう縛りプレイをさせられる物かと」
「……いきなりそんな下ネタを言うとは思わなかったよ。縛りプレイとは、そういう趣味があるのか?」
「さっ、来ーい‼︎」
突っ込むのが面倒臭かったのでスルーする事にした。
しかし武器持ったところで、あの突きが俺に見切れるとは到底思えないんだがなぁ。やっぱりもう少し『あいつ』に居てもらえば良かったか。
会話がなくなり静まり返る教会。カガミは飛び出すタイミングを計っているのか、微動せずに構えている。本来の戦闘ならこの隙に俺から斬りかかるところなのだが、後手に回らざるを得ないのは辛いな。
する事も無いのでデュランダルを右手に、その鞘を左手に持ったまま、カガミを観察する。どうも先程から気になる。初見の時からどこか違和感があるのだ。
今まで戦ってきた強敵。ドラゴン、シルビア、ベルディア、ジャティス、アイリスに国王。あとは冬将軍も含めようか。そいつらと対峙した時特有のゾクゾクとした感覚が目の前のカガミからは感じられないのだ。有り体に言うと
俺自身、恐怖らしい恐怖にはあまり縁が無いが、それでもやはりおかしい。カガミは間違い無く強い。だと言うのに、まるでハリボテと向かい合っているような違和感が拭いきれない。
「っと」
それまでしていた思考を中断する。カガミが動く気配がした。何をこんなに待っていたのかは知らないが、そろそろあの突きが飛んで来るーー
「っだあ‼︎」
デュランダルを力一杯地面に叩き付けて石造りの床を粉砕。破片が飛び散り、何年も掃除されていないだろう埃が宙に舞い上がる。それと同時にカガミと逆方向、つまりは後方に全力で跳び退った。
影の力を借りない状態で俺がアレを視認するにはこれくらいしないとダメだろう。これでも半々と言ったところか。
直後にカガミが踏み切り、神速でこちらに飛んで来るのが
楽観視する俺の目に信じられない現象が飛び込んできた。俺に突き入れられる剣先が分裂しているのだ。
正確に言えば、三点。俺の喉、心臓、右鎖骨辺り目掛けての三角形を形作っている。咄嗟に左手の鞘と右手の剣を鎖骨と喉の前に突き出して盾にし、身体を思い切り左に傾ける。心臓を狙っていたのは躱せないし間に合わないが、少なくとも致命傷にはならないはずだ。
デュランダルの鞘にイフリートが命中して弾かれ、体勢を限界まで崩した俺は並んでいた木製の椅子を薙ぎ倒しながら埃まみれの床を転げ回る。すぐさま起き上がり、自分の傷を確かめ……。
「…………あれ?」
傷が見当たらない。最低でも一つは捌き切れなかったはずなのだが。
チン、と澄んだ音が聞こえる。
目を向けると、カガミがイフリートを鞘に納めてこちらに手を差し伸べるところだった。
「………二つか。最後の一つはサービスしておいてやろう。ほら、立てるか?」
「あ、これはどうもご丁寧に。まさか数が増えるとは思いませんでしたけど」
何だよアレ。まさかこいつも身体能力だけで第二魔法に到達出来るとか言うんじゃないだろうな。
『無明三段突き』………いや、事象飽和起こしてる感じじゃないな。単純に同時に三つ存在していたから、近いのはむしろ『燕返し』の方か。まさか実際にこの目で見る事になるとはな。
「しかし凄いな。俺の『アトミックファイヤーブレード』まで見せたのに、ほぼ対応されるとは思わなかった」
「いや、悪いんですがいくら玉ちゃんでもあんな域までは辿り着けないと思いますよ」
何?Fateかとおもいきやバンブレ好きなの?今度あんこ入りパスタライス作ってご馳走してやろうか。その後無事でいられるかは知らん。あれ、クッソ不味いらしいからな。