この素晴らしい嫁に祝福を!   作:王の話をしよう

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再投稿。







70話

 

 

 

 ※

 

 

「ゼェ……ゼェ……。き、君どうなってるんだい⁉︎……ゼェ……結構本気で殴ったんだけど……ゼェ……」

 

「ジャティス様!いっ、今水をお持ちします‼︎」

 

「もう終わりぃ?お前、体力無いの治ったと思ってたんだけど、鈍ったんじゃねかぁ?

 ………まー、忙しいから仕方ないかぁ。身体は大事にしろよぉ?」

 

 

 ジャティスは心底驚いていた。確か、以前手合わせした時のジャティスとゼロの腕力はほぼ互角だったはずだ。それ以外で圧倒されはしていたが。

 

 それなのに、だ。

 

 

「僕があれだけ殴ったのに痛くないのかい………⁉︎」

 

「痛くない訳ないだろぉ。仮にもお前のパンチだしなぁ。まあ転がり回る程では無いってだけだぁ」

 

 

 今なお渡した紙から目を離さず、何かを書きながら返答が返って来る。

 

 ジャティスが放った拳は数十にも及ぶ。

 それらはゼロが避けるか防ぐかするだろうと思って振るったのだが、なんと彼は無抵抗に一つ残さず自身に直撃させたのだ。そしてそれを全く意に介していない。生命力と耐久力がズバ抜けているのだ。

 

 彼はいつこんなに堅くなったのだろう。前から一定の頑丈さは見せていたが、どちらかといえば身軽に躱す動きを主体にしていた。

 それなのにこんな耐久まで併せ持つようになってしまうとは。

 フットワークが軽く、攻撃が滅多に当たらないのに折角当てても効かないなど、対戦相手からすれば絶望に他ならない。

 

 ゼロが味方で良かったと思う反面、隠し切れない悔しさがジャティスの胸に沸き上がる。

 

 

「随分と差を付けられてしまったね…………」

 

 

 事実、もはやジャティスではゼロの相手にはならないだろう。

 いくら王族の血が強く、人類最強クラスだとしても、特典の影響で常に強くなり続けるゼロと、前線に赴くことが多いとはいえ王子としての政務に追われるジャティスでは土俵が違って来てしまっている。

 

 自身が好敵手だと思っていた人物が手の届かない高みに登ってしまった気がして僅かに落ち込むジャティス。

 それを知ってか知らずか、ペンを走らせる動きを止めたゼロが酔いを潜ませ、普段の調子を少し取り戻して静かに言う。

 

 

「おい、ジャティス。一応言っとくがあんま気にすんなよ。

 俺は冒険者だ。腕を磨くのが一番の仕事で、逆に言えばそれ以外はしなくても良いっつー楽な立場よ。

 反対にお前はコレ(・・)が本業じゃねえだろ。あくまでお前が戦うのはオマケだ。本来王子がそれもどうかとは思うがな。

 いずれ国王になりゃもっと剣に触れる機会は少なくなるだろうさ。その時にまだ俺と張り合おうったってそら無茶だわ。

 忘れんな。お前は政務が本業で、戦闘について誰に負けたからといって落ち込むこたねえ。むしろ俺を顎で使ってみせろよ。それに応えるのも俺の仕事だ。もちろん報酬は頂くがな」

 

「……そ、そんなこと、君に言われるまでもないよ。

 それよりヒノ討伐の首尾はどうなんだい?倒せそうなのかい?」

 

 

 年下の冒険者に図星を突かれ、ごく当たり前の事を諭されてバツが悪くなってしまった。

 それを誤魔化すようにゼロに話を振るが、再びペンを動かし始めたゼロから返って来たのは意外と言えば意外な答えだった。

 

 

「ん〜?ああ、そりゃ心配ない。ありゃ勝つのは簡単だわ。それと、ヒノじゃなくてカガミな、。やっぱり別人だったわぁ。

 問題は他にあってだな〜、ちょっと排除じゃなくて無傷で拿捕したいんだが、これが難しいんだよなぁ〜。

 何せ手加減出来る程弱い相手じゃないし、かと言って俺が本気出せば腕の四、五本は吹っ飛んじゃうしなぁ〜」

 

「そもそも人間に腕はそんなに付いてないと思うけどね」

 

 

 驚くことに勝つのは容易だと言うゼロには強がりを言っている様子はない。

 まあゼロは元々無理な時は無理、とはっきり言うタイプなので勝てる事は勝てるのだろう。

 しかし無傷となると。ジャティスも眉を顰めてしまう。

 

 これは人間に限らず動物にも言える事だが、普通に殺すよりも捕獲する方が難易度はケタ違いに跳ね上がる。

 当然だ。何しろ殺せばそれで終わりなのに、生きたまま動きを止める方が難しいに決まっている。

 それで行くとまだ人間は降参を知っている分動物よりはマシかもね、程度だ。無論それも相手によりけりではある。

 

 

「今その為に道具使って何とか出来ないかな〜っと思ってるんだが………。うーん、なんか無いかねぇ〜」

 

 

 ゼロも特に考えがあった訳ではなく紙とペンを用意したようだ。見ると、何やら魔法の名前が書かれた後に横線で何度も消した痕が残っている。

 一人よりも二人の方が思考が行き届くだろうとジャティスもゼロと一緒になってウンウン唸ってはみるが、ゼロからベルゼルグ三脳筋と呼ばれる一角を担う彼では政務以外に頭を使うのは苦手らしく、早々にゼロに丸投げしてしまう。さすがは脳筋である。

 

 そうこうしている内にレインが水を三人分淹れて帰ってきたので、ゼロも休憩しようと水を受け取り、そこでゼロの動きが止まった。

 

 

「どうしたのさ、ゼロ。飲まないのかい?多少は酔いが醒めてきたみたいだけど、水を飲めばもっとスッキリするかもよ?」

 

 

 ジャティスが自身も酒好きが故のアドバイスをするが、ゼロは水の入ったコップを見たまま何かブツブツと呟いている。

 

 

「………水。みず……MIZU……ミズ……ウォーター。アクア……?」

 

「あの……ゼロ様……?」

 

 

 もしや自分が持ってきた水に何か不都合があったのかと不安がるレインだが、唐突にゼロが水を一気に飲み干した事によってその懸念は杞憂となった。

 

 

「思い………ついた!綴る‼︎」

 

 

 飲み干したコップを勢いよく置き、またしても紙に向かって書き始めるゼロ。それと同時にレインとジャティスにも指示を飛ばし、確認を取る。そこには先までの酔っぱらって絡んで来たチンピラの姿など見られない。

 どころか、普段よりも数割増しで頭が冴えているようにも思える。これも酒の力なのだろうか。

 

 

「ジャティス。門から入り口までの石畳の道があるだろ?あれって下の地面はどうなってる、教えてくれ」

 

「門と入り口って……王城のかい?あれの下には普通に土があるはずだけど」

 

「そりゃいいや、全部引っぺがせ!」

 

「……………はい?」

 

「だぁから、石畳全部剥がして地面剥き出しにしろって言ってんだよ。それで、下の地面に水を撒け。ぬかるみが出来るくらいにびったびたにしろ」

 

「何言ってんの⁉︎全部って………全部かい⁉︎今日だって王城を訪れる客人はいるんだよ⁉︎そんな事………」

 

「頼む、やってくれ。時間は今日の深夜までだ、深夜にはもうあいつが来るからな」

 

 

 真剣な表情のゼロ。彼がおふざけで言っているのでは無いのは分かったが……。

 

 

「ぐっ……!あと十数時間しかないじゃないか……‼︎」

 

 

 時計を見て思わず呻いてしまう。

 

 迷っている暇も審議している暇もない。しかし、ゼロがそれを必要だと言うのならば。

 

 

「わ、分かったよ、後から事情は説明してもらうからね!レイン、今日の来客は全部キャンセルで頼むよ。あと、城の衛兵総出でゼロの指示に従って」

 

「し、しかしジャティス様………!」

 

「レインにはまだ頼みたい事がある。お前、『テレポート』の魔法は使えたっけか?

 使えるなら、登録先にアクセルはあるか?」

 

「ア、アクセルですか?一応王国内の主要な街であれば登録してありますので可能ですが……?」

 

 

 ちなみにこの世界の『テレポート』は思った所へどこでも行けるという便利な物ではなく、自らの足でそこに行き、その場所を登録する。そしてその登録した所へは一瞬で行けるようになる、という代物だ。つまり、行ったことの無い場所へは行けない。

 また、登録先には数に限りがあり、その数はスキルを強化する事でしか増えないという。

 便利には違いないが、日本からの転生者からは初見時に『なんか思ってたのと違う』と言われること請け合いである。

 

 

「段取りした後でいいからここに書いてある住所に行ってアクアって奴を呼んできてくれ。保護者は…………多分出てこないからいいや。本人を高級酒で釣ればクマーするから」

 

「はあ……。ク、クマー?まあ分かりましたが……あの、こちらに記載されている魔法は何でしょう?随分珍しいというか……よくこんな魔法ご存知ですね?」

 

 

 レインに渡された紙にはアクセルにあるとある屋敷の住所とともに、マイナーな魔法からメジャーな魔法の名前まで、まるで統一性がなく記されていた。

 

 

「ああ、昔ハワイで親父に教わってな。いや、親父の顔なんざ知らないけど。

 マジレスすると、まだ俺が魔法使う事を諦めてなかった頃に勉強したんだよ。今となっちゃ知識でしかないけどな。

 その魔法が入ったマジックスクロール。王都で出回ってるだけ買って来てくれ。優先順位はこれとこれと………」

 

 

 言いつつ、幾つかの名前を強調するように丸を付けていくゼロ。

 その中にはレインですら記憶の片隅に押しやる程の珍しい物もあった。

 

 

「これ全部ですか⁉︎………さすがに全部揃えるとなると難しいかもしれません。特にこの魔法がスクロールとして保存されているなど聞いた事がありませんし、そもそも使う人間自体を見たことが………」

 

「それならアクセルに行ったついでにウィズ魔道具店ってとこに行け。確か前に売ってたはずだ。俺も初めて見て、物珍しかったもんで憶えてる。

 もしかしたら変な仮面付けたクソ野郎からぼったくられるかもしれんが、この際だ。言い値で買ってやれ」

 

「ウィズ魔道具店……ウィズ?どこかで聞いたような………」

 

 

 記憶を掘り起こすように額を抑えながらフラフラといった足取りで部屋を出て行くレインを見送り、再びジャティスに向き直るゼロ。

 

 

「ジャティス、お前は『セレナ』って人物を王都………いや、王国内の戸籍謄本ひっくり返して探してくれ。

 腕の良いアークプリーストだそうだ。どうもそいつがきな臭い。いないならいないで構わねえ」

 

「ふむ、セレナ……だね?分かった。探させよう。

 それよりもいい加減説明してくれないか。なぜ敷いてある石畳を剥がせなんて無茶を言うんだい?おまけに水浸しにしろだなんて。

 こんなに君が張り切るんだから必要な事なんだろうけど、理由を聞かないとあまり許可したくないよ。お父様にバレたら………」

 

「………………………」

 

「………………ゼロ?」

 

「悪い、寝る」

 

「は?」

 

「疲れたから寝る。時間が天辺周る一時間くらい前になったら起こせ。その時に説明してやらあ」

 

「いやいやいや!今説明してくれよ‼︎君の予定で行くとその時にはもう手遅れじゃないか!衛兵動かすのだって僕の独断だと少し厳しいんだよ⁉︎」

 

「それは何とかしてくれよ。………ぬわあああああん疲れたもおおおおおん‼︎」

 

「何だよそれ⁉︎大体だね、僕やレインをこき使っておいて自分だけ寝るなんて何様のつもりだい‼︎

 僕は一応王子だよ!レインだって貴族だ、君が率先して働くべきじゃないのかい⁉︎」

 

「それあるー!」

 

「さっき僕に言ってくれた事は嘘だったのかい⁉︎あの、『俺を顎で使って見せろよ、それに応えるのも仕事だ』ってやつ‼︎

 割と良いこと言うなって感心してた僕の気持ちを返せ‼︎」

 

「それあるー!」

 

「……………………」

 

「超ウケるー!」

 

「ぶっ殺してやるっっ‼︎」

 

 

 王子にあるまじき暴言を吐きながら机に突っ伏して寝ようとするゼロに飛びかかるジャティス。

 だがしかし、振るう拳のことごとくが直撃してもそんなの関係ねぇ!とばかりに寝始めるゼロの姿に脱力し、結局言う通りに動いてしまう辺りジャティスの人の良さが伺える。

 ゼロが起きたら今度こそ説明してもらう事を胸に誓い、自らも動き始めるジャティスだが、彼も、当の本人であるゼロでさえ見落としていることがあった。

 

 

 それはそう、ゼロが酔っている時の記憶は、彼の頭からすっぽりと抜けてしまうという事なのだが、それが発覚してジャティスが発狂するのはあと十数時間後のお話。

 

 

 

 

 

 


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