再投稿。
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唐突だが、俺は寝る時に熟睡はしないようにしている。
まあ熟睡はしないと言っても意識がはっきりしている訳ではなく自分の名を呼び掛けられれば即座に反応出来る程度の物だ。
そのくらいの浅い眠りでも人間はそれなりに身体を休められるというし、回復力の高い俺だ。特に不自由などはしていない。
故郷の村にいた頃はそうでもなかったというか、基本的に昼間は動き回って疲れていたので余計な事を考えずにぐっすり眠れていた気がするが、一人で旅に出てからは深く眠れるはずもない。
初日こそドラゴンの襲撃によってそんな事を言っている余裕など無かったにしても問題は翌日からである。
一体どうやったらモンスター蔓延る平原のど真ん中でたった一人見張りも立てずに熟睡など出来ようものか。もしそんな方法があれば是非とも教えて欲しい。
何せこの世界、お袋が言うには火を焚こうが御構い無しにモンスターやらアンデッドが寄って来るらしいし、そもそも周囲に何も無いのでむしろ火を起こすと目立つことこの上ないのだ。
アクセルに腰を落ち着けてからもこの染み付いてしまった習慣は抜けず、一人でいた時間はそれほど長くなかったとはいえ如何に野宿の際に俺が神経をすり減らしていたかお察し頂きたい。
そんな俺ではあるが熟睡出来ない訳ではない。本当に疲れている時や、これはおそらくなのだが酒が入った時にも完全に記憶が無い事からかなり深く文字通り泥のような睡眠を摂っていると推察される。
深い眠り。
これはどんな生物だろうが問答無用で弱点を晒す事になる、ある意味で生物としての欠陥のような状態だ。
それは俺も名実共にアクセル一堅いとされるあの変態クルセイダーも共通だろう。
とある漫画では動物が最も油断する時は食事時だ、と豪語してある。面白い漫画ではあるが俺はこれには異を唱えたい。
いやいやいや、どう考えても食事時より熟睡してる時の方が油断してるだろう。油断とかそういう次元じゃねえだろもう。だって寝てるんだから。意識ないんだから。
古来より「寝込みを襲う」という表現があるように、寝入っている生物は非常に無防備だ。
ある狩りゲーの中でもモンスターを何らかの方法で眠らせ、その隙に爆弾を爆破して大ダメージを与える『睡爆』と呼ばれる手法が存在する。初心者の内は大変に有効な戦法だろう。(なお、ある程度熟練すると普通に攻撃した方が効率は良い模様)
ただし、ここで注意したいのはこれをリアルで知り合いにする時はそれ相応の覚悟を決めて欲しい事である。
爆破では無いにしろ寝ている人間に攻撃して起こすなど、本来悪戯でもしてはならない。正直殺されても文句は言えないレベルの大罪なのだ。された側からすればね。
想像してみると良い。穏やかな休日、ポカポカと暖かい春の陽気、その中で惰眠を貪る幸福。
それらを一瞬にして破壊し、陵辱する魔王の化身。
殺意が湧くのは無理からぬことだ。それがもし痛みを伴う起こし方であれば最悪の一言だろう。
俺ならばやられたらやり返す。やられてなくてもやり返す。誰彼構わず八つ当たりの精神に則り、周囲の人間を一掃して二度寝を決め込むまである。
………いやそんな事をされたことは無かったしその時になってもそんなに暴れ回りはしないけど。
まあ、冒頭から長々と一体何の話をしているのかというと、つまりだ。
「いつまで寝ているのだお前は‼︎いい加減にしろ‼︎」
「………っ⁉︎いだっ⁉︎いっだあああああああっっ‼︎‼︎」
ーーー寝ている人に暴力、ダメ。絶対。
※
「いった、痛ったい‼︎ヒギィ死ぬ、死んじゃう!マキ、マキ助けてえ‼︎」
「誰だマキとは、寝ぼけるな‼︎」
首筋に鋭い痛みを感じた俺が椅子から転げ落ち、血眼で周囲を見回すと血に濡れたサーベルを真っ白なハンカチで拭い取るクレアが再び怒鳴った。
そしてあろうことか俺の首にはかなり深い裂傷が刻まれている。なるほど、てめえが犯人かこのクソアマ。
「おまっ、お前ほんとふっざけんなよ……!結構深くイッてんじゃねえか!血い止まんねえし!どう責任取ってくれん……」
「『ヒール』。………これで良い?傷も残ってないわよ」
「あ、どうも…………むむ?」
………あれ?怪我が治ったなら怒る理由は無いのか?
いや違う。今俺が怒るべきなのは寝てる人間に刃物突き立てた事に対してだ。
お前さぁ!いっつもいっつもそうやってさぁ!それしか無いのか出来ないのかよぉ⁉︎ボクガッ!ドンナオモイデマイニチスゴシテルトオモッテルンダッ‼︎
「知るかそんなもの!お前がこの時間を指定したのだろうが!起こして何が悪い‼︎」
「…………指定?何のこった」
つーかよく考えたら何で俺王城に帰ってきてんだ?
確かカガミと呑んでたら酒が切れて、一緒に店呑みに変更して三軒目を出て…………そっから憶えてないな。まあここにいるって事は自力で帰ったって事で良いのか?
そこまで考えた時、頭の芯が急に鈍痛を発し始めた。何だか無性に水が飲みたい気分だ。
これが二日酔いか、どうも酒に弱い性質はそう簡単には変えられないな………。
「っ、あったま痛え………なあクレア、いつこっちに来たのか知らんがとりあえず水持ってきてくれねえ?喉も渇いたし」
「水が欲しいの?『クリエイトウォーター』っと。
………どう?すっきりした?」
目の前に水の塊が出現し、そのまま俺の顔面に直撃。全身をびしょ濡れにしてしまった。
「………ありがとう。頭は冴えてきた」
………うん。そうじゃなくてね。まあ今回は俺が悪かったかな。ちゃんと水が飲みたいからコップ一杯分汲んできてくれと言うべきだった。
普通なら分かりそうなもんだがこのアホにはちょっと難しかったかな。
…………ん?このアホ?
「……?ちょっと待て。アクア、何でお前がここに居る。お前はアクセルに居ただろうが」
「?アックアさーん、ゼロが呼んでるわよ〜、アックアさーん」
「お前だお前。この世界に大剣背負って青っぽいシャツ着たムキムキのおっさんはいねえよ」
お前その発音だと『神の右席』だからな?やめろよ、俺でも流石に勝負にもならんぞあいつらは。
「何でって、お前が呼んだのだろう。遣いにレインを寄越すから何事かと肝を冷やしたぞ」
「俺が呼んだぁ?」
答えは本人では無く呆れた顔のクレアから返って来た。
どうも俺が呼んだらしいが……いつだ?記憶にございませんなぁ。
そもそも今日は何日なのだ。カガミの襲撃はこの空気からするとまだのようだが。
記憶の混濁が見られる俺が脳内を整理するようにこめかみを指でグリグリしていると、ドアの横の壁に寄りかかって腕を組んでいたジャティスがなぜか幾ばくかの敵意を込めた表情で口を開いた。
「いや、それもそうなんだけど君の指示通りにしたんだからそろそろ説明してくれないかい?
一体どんな意図があって王城の石畳を剥がさせたりこの、アクアさん?なんか水の女神様と同じ名前だね?」
「その通り!この私が水の女神アクアよ!分かったらひれ伏して捧げ物の一つでも持って来てくれるととても嬉しいです!」
「ア、アクア殿、申し訳ないがこの方は王族なのだ。いくらなんでも相応しい対応をしていただかないと困る」
「何よ、ゼロは普通に接してるって言ってたじゃない。何でゼロは良くて私はダメなのよ。差別よ差別!」
「そ、それは………うん、それは………」
何だか俺のせいで困っていそうなので謝る事にした。
「悪いな」
「本当にな‼︎本当にお前のせいだからな‼︎」
謝っといてなんだが相変わらずうるさい女である。
ジャティスは初対面から王族に向かって自分は水の女神だと言うイカれた女を困ったように横目で見て、
「ゼロ、僕が言うのもなんだけど関わる人は選んだ方が良いと思うよ」
「ちょっとあんたどういう意味よ‼︎王子だか何だか知んないけどどう考えたって女神の方が偉いんだからもっと崇め奉ったらどうなのよ‼︎具体的には晩御飯食べたい‼︎」
「あー、すみませんすみません。レイン、この人を厨房まで連れて行って料理長に何か作らせて。多分それで大人しくなるだろう」
「分かりました。あの、アクア……様?こちらへどうぞ。今何か作らせますので………」
「む、申し訳ありませんジャティス様、私もしばらく失礼します。少し自室で着替えを………」
「ああ、ご苦労様、クレア。終わったらまたここに来てくれないか、ゼロの話によるともうすぐ彼が来るらしいからね」
「心得ております。それでは」
酷く疲れた顔でレインがアクアを連れて部屋を出て行く。と同時にクレアも一旦部屋を出たようだ。
途中で話が途切れ、それを思い出すように額を人差し指で叩きながらまたジャティスが口を開く。
「えー、何だっけ………えっと、そう、何で石畳を剥がさせたりあの人をここに呼んだんだい?一応この事って極秘扱いなんだけど、その辺りはちゃんと考えての行動なんだろうね?」
「その前に何でお前はそんな目で俺を睨むんだ?心当たりが皆無なんだが」
「………それを本気で言ってるんなら僕は君を殴っても許されると思うよ。あんな事言っといて………」
「あんな事?何の話をしているのかさっぱりだな。お前こそ説明義務が発生するぞそれは。
そんな目を向けられる程に酷い事をした記憶なぞ俺には無い」
「………ちょっと、ちょっと待ってくれ。嘘だろ?なぁ、本当はちゃんと憶えてるんだよね?
そ、そうだ!この紙!この紙に見覚えがあるだろう⁉︎」
俺が断言してやると急に焦った様子で懐から紙を取り出して確認するように俺に示してくる。
その紙にはまるで酔ったミミズがのたうった跡のような、辛うじて読めるかどうかといったような………有り体に言えば汚ったねえ字でカズマの屋敷の住所と魔法の名前が書き記されていた。
見覚えなどは完全無欠に無かったので正直に一言。
「知らん」
「ファーーーーーーwwwwwwwww」
「ブホォ⁉︎って、何しやがるこのタコォ‼︎」
ジャティスがよく分からない声をあげながら殴ってきた。
本来なら躱すくらいは出来たのだが寝起きという事もあって反応が遅れてしまった。まあ当たっても差して痛く無かったので結果はオーライである。
「君が!泣くまで!殴るのを!止めない‼︎」
だが、それを見て取ったジャティスがしたのは腰に挿した聖剣を鞘から引き抜き、振り上げる事だった。
まさかとは思うがそれで俺を斬るつもりじゃないよな………?
「………い、いや、一旦落ち着けよ。ああ、もしかしたら俺が悪いのかもしれない、謝るよ。だからさっさとその剣置けって。俺を見ろ、丸腰なんだぜ?そんな相手に武装して恥ずかしくねえの?だからそんな剣なんか抜こうとするなよ。大体お前今殴るのをって言ったじゃねえか。なんで剣なんだよ。ほら、『自分の言った事には責任持てよ』王子」
「くぁwせdrftgyふじこlp」
「ちょっ⁉︎レインさーん‼︎クレアさーん‼︎王子!この国の王子様が御乱心なんですけどォ⁉︎」
※しばらくお待ちください
ジャティスがSANチェックのダイスロールでファンブルしてしまったのでしょうがなしにぶん殴って気絶させ、俺の声を聞いて駆け付けたレインにクレアと一緒に事情を説明してもらう。それによると。
「…………はあ?俺が?石畳全部剥がせって……そんな事言ったのか?」
「ほ、本当に憶えてらっしゃらないんですか⁉︎あんなにしっかりと受け答えされていたのに⁉︎」
「おい、見苦しいぞゼロ!ジャティス様とレインが嘘をついていると言うのか!」
「いや、そうは言ってねえけど。
………はっきり言っていい?それは従うお前らも悪いよ。酒入ってんのが分かってんだから酔っ払いの戯言と一蹴するべきだよそれは。バカなの?」
「うっ………⁉︎」
「この男……!それは私もそう思ったがそれを本人が言うのは違うだろう‼︎たとえその通りだとしてもだ‼︎」
「あ……、あの……もう許して下さい……」
味方であるはずのクレアからの追撃でレインも限界が近付いて来たようだ。
もう止めて‼︎もうレインのメンタルは限界よ‼︎
「ですが、これからどうしましょう?あのゼロ様の指示が全て妄言だとすれば何の策も無しに迎え撃つ事になります。
失礼ながらゼロ様、普通に戦闘になった時にカガミに勝てますでしょうか?」
情けない主君とは違い、何とか一命を取り止めたレインが心配そうに、上目遣いでこちらを伺う。
なあに、ご心配召されるなお嬢さん。
「勝てる。と言うか楽勝だなあの感じは。多分そこで寝てるやつでも今度やればいい勝負にはなるぞ」
自ら気絶させたジャティスを顎で指しながら単なる事実を述べる。
昨晩から今日にかけてのヤツとの会話、憶えている限りではあるが、対峙した時の違和感の正体も看破した。次やれば普通に負けはしないだろう、負けは。
「…………?ならば問題など無いだろう、手早く片付けてしまえ」
「それがどーもそんな簡単な話じゃ無さそうなんだよ。裏で誰か手引きしてやがる。そいつの正体が今んとこさっぱり分からねえんだ。
分かってるのはアークプリーストであること。名前がセレナであるということ。………この二つしかない。
つー訳でカガミを倒してハッピーエンドと行きたいよ?俺も。けどここでそれやっちまえば手掛かりも何も無くなっちまう」
そう、戦えば勝てはするが、そこに相手の生死は含まれていないのだ。
と言うか俺がやれば高確率で相手は死ぬ。そこでルートが途切れちまう。だから何とか捕獲したい………と決めた処までは憶えてる。その為に必要な事。
「なあレイン、もう一度確認するぞ。この紙は本当に俺が書いたんだな?」
「それは間違いありません。この目で見ていました」
「さっきはああ言ったが何も戯言と決まった訳じゃねえ。なんだかんだ言って、意図があるかも分からんからな。
昨日俺が言った事を最初から言ってってくれ。出来れば一言一句違わずだ」
「わ、分かりました」
俺はそう言ったが何も全て言えるとは思っていなかった。要所要所だけ抑えてくれればいい程度だったのだが、レインはまるで本当に俺の口から出た言葉のように、口調まで完璧に再現してくれる。
所々突っ込みどころはあったがそれでもさすがはアイリスの教育係を務めるだけはある。想像以上だ。
想像以上なのだが………。
「……………ふむ」
「あの、以上です。どうですか?何か思い出したりは………」
「駄目だな。何も思い出せない」
「そ、そうですか…………」
話し終えたレインに残酷な事実を伝えるとガックリと項垂れてしまった。
だがそのリアクションは早計だな。俺は思い出せはしなかったが思い付かなかったとは言ってねえ。
土の地面、大量の水、用意させた魔法。ここから導き出される結論は何も酔っ払いの専売特許じゃねえんだよ。
………しっかし、本当にこれ俺が考えたのかよ。酔った頭で?俺ってばもしかしたら酒入れると頭が冴えるタイプだったのかもなあ。
「い、意図が分かったのですか?あの、教えて頂けると……」
「それよりレイン、俺が頼んだっつーマジックスクロールは用意出来たのか?」
「一応は。全てとはいきませんでしたが、この強調された物は用意出来ました。
王都に出回っているだけでは厳しかったのですが、ゼロ様のご紹介にあった魔道具店で定価の三倍以上の値段は張りましたが、どうにか」
「へえ、店に居たのは仮面付けた
ウィズがその場に居たらそんなバカ値で売るのを見逃しはしないだろうし」
「そうですね。バイトだと言う変わった方だけでした。店主さんはお留守だったようで………」
それは多分留守だったのではなく、店の奥で黒焦げになっていたのではないだろうか。
レインが奥を覗かなくて良かった。女の焼死体とその犯人を前にしたレインがどんな対応を取るか全く分からねえしな。
「もう一つ。俺もこの国で産まれてから外国に出た事は無いが、未だに地震に遭った事がねえ。
この国では地震ってのは相当珍しい。……この認識に間違いは?」
「は?地震………ですか?それはまた珍しい事象を………。
はい、それは間違いありませんね。この国で記録された最後の地震は二十年以上前になります。
私達が気付かないだけで多少揺れてはいるのかもしれませんが、認識出来るほどの大きなものはこの二十年で一度も無いはずです」
「それがどうしたのだ」
よしよし、これは俺の読み通りだな。
当然ではある。何せこのベルゼルグ王国は大陸の中心に位置しているのだ。大きな地震などそう頻繁に起きるはずが無い。二十年ってのは予想外だが、嬉しい誤算だ。
「
多少は運が絡むが…………。いや、そこが一番問題か」
「おい、さっきから何を一人で納得しているのだ、私達にも説明しないか」
俺がブツブツ言っていると業を煮やしたのか、しばらく空気と化していたクレアがこう言ってくる。
説明したいのは山々富山ブラックなのだが、いかんせんこの知識を理解してもらえるかが分からない。
レイン級に教養があっても少し厳しいのでは無いだろうか。
これは地震が多い国の知識なのだ。地震が少ない国からすれば、意味不明の烙印を押されても不思議ではない。さーて、どうすっかね。
「ごっ、ご報告致します‼︎ヒノがやって来ました‼︎至急迎撃の用意を‼︎」
と、どう言いくるめるべきか悩む俺には都合が良い事に、タイミング良く衛兵がノックも忘れて部屋に転がり込んで来た。
そうか、あいつの本名を知ってるのはこの場では俺たちだけなのか。それはそれで気の毒だな。
「と言うわけでもう説明してる時間が無い。ぶっつけ本番でいくからあとはよろしく」
「お、おいゼロ、大丈夫なのかそれで⁉︎」
「まあ任せとけって。辺境の小さな島国の知恵ってやつを見せてやらあ。
レイン、アクアを王城の入り口で待機させといてくれ。あいつにも仕事がある。
……………そうだな、作戦名は『奇跡も魔法もあるんだよ』でいくかな」
「何を言っているのだ。奇跡?はともかく、魔法などあるに決まっているだろう」
「お前がそう思うんならそうなんだろう、お前の中ではな」
「?」
せっかくカッコつけてんだから水を指すのやめてもらえます?空気読めよ。コンチクショウめ。