この素晴らしい嫁に祝福を!   作:王の話をしよう

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再投稿。







72話

 

 

 

 ※

 

 

 深夜の王城。周辺の富裕層の民間人は寝静まり、王の住む城だけが大量の松明によってライトアップされている。まだ肌寒い季節だと言うのに近辺がそれを感じさせないのもそのせいだろう。

 もっともそんな事は王城の正門前にやって来たこの男には関係無いわけだが。だって気温上げられるし。カガミが季節関係で恐れるのは夏の暑さだけである。だって上げた気温下げられないし。

 常に熱中症の危険と隣り合わせとかいい加減ご勘弁願いたいものだ。初級魔法を習得出来ていなかったら最悪、イフリートをほっぽり出していた可能性まである。

 そのお蔭で熱と『フリーズ』の応用を発見できたのは僥倖ではあったが。

 彼が一刻も早く王城に突撃したい気持ちを抑えてまでこんな益体も無い事を考えているのには理由がある。

 

 

「これは、なんの意味があるんだ?」

 

 

 それは確かについ先日までとは明らかな差異を持っていた。

 整然と並べられ、敷き詰められた石畳。

 王城に於いて王の威厳をそこを通る者に否応無しに自覚させる、ある意味では重要な象徴だ。

 

 それがどうだ、見る影も無いではないか。今や全ての石は失くなり地面が剥き出しにされ、おまけに水が大量に撒かれたかのようにぬかるんでいる。当然ながら昨日から今日にかけて、雨など降っていない。

 ある程度は土に吸収されたのか、固まり始めている印象を受けるが、それは今でさえ目を覆いたくなる惨状よりも更に酷い状態であったということだ。

 一体誰がこんなことを?と警戒して立往生してしまうのも無理はないだろう。

 

 それとは別に奇妙な事がもう一つある。

 普段は門の前に立ち、幾度と襲撃したカガミを最初に阻もうとするはずの衛兵が一人も見当たらないのだ。

 それが如何に無駄な行為であろうとも自身に与えられた職務を全うしようとするその心意気にはカガミも思わずご苦労様です、と気絶させた彼らに敬礼をしてしまう程度には認めている。

 ここまで尽くそうとするとは、さぞかし国王は慕われているのだろう。良い為政者である証だ。

 

 ………そして今、その立派な人間を殺そうとしている自分は何なのか。

 

 

「む、う」

 

 

 急に頭に靄がかかり、それを振り払う為に頭を振る。

 最近はこういうのが増えてきた。己が行いを省みようとすると何も考えられなくなってしまう。

 そう、だから、考えられなくなって動きが鈍るくらいなら、彼女の依頼をこなす事だけを考えていればそれでいい。それでいいはずだ。

 自分に言い聞かせるように何度も頭の中でそう呟き、直前までの思考を思い出す。

 

 そう問題なのは、何故そんな真面目な衛兵が今ここにいないのかという事だ。

 カガミが特段隠す必要も無いとゆっくりと徒歩で来た以上、彼の来訪自体は気付かれていなければおかしいのだが、はて。

 

 

「どうしたい、入って来ねえのか」

 

「っ⁉︎…………な、んだ。あんたか」

 

「なんだとは失礼だなぁオイ」

 

 

 突然静寂を裂いた声に驚くが、その主を認めて肩の力を抜く。

 ゼロだ。

 

 王城は門から入って百メートルほど石畳……今は泥道だが。それが真っ直ぐ続き、その目の前に城の巨大な玄関口がそびえ立つ構造をしている。

 その玄関にゼロが腕を組んで仁王立ちになり、声を張り上げたのだ。

 ちなみにその仁王立ちはとある世界ではガイナ立ちと称されるのだが、それはカガミには知る由も、また、関係もない話である。

 

 

「衛兵達はどうした?どこにもいないみたいだが」

 

「ンなもん退避させたに決まってんだろが。今から最悪、この道が再起不能になるレベルにメッタメタになる予定だからな。

 お前もなるべくなら巻き込みたくはねえだろ?」

 

「フハッ、それはいいな」

 

 

 この男はどれだけ暴れるつもりなのか、と苦笑してしまう。

 今の発言に反応したのか、入り口の奥から『ハァ⁉︎ちょっと、冗談だろ⁉︎なぁ、おい!聞けよ‼︎』『ジャティス様!今は堪えて下さい、いくらゼロでも多分そこまでは……!』という声が聞こえた気がするが、多分気のせいだろう。

 

 

「それは良いんだが、なあ。あんた、敬語はどうした?

 年上の人間には敬語を使うべきだろう?実際使ってたしな」

 

 

 カガミがゼロの急変した言葉遣いについて言及する。

 彼自身は別に敬語など使おうが使うまいが正直どうでもいいのだが、流石に昨日の今日でこうも態度が一変すると何かあるのでは、と勘繰ってしまう。

 

 

「ん?………あー、まあ確かにそれは俺が常々心掛けてる事ではあるんだが、見知った顔になるとどうしても取れちまうのも性分でな。

 こっちが俺の本性だと思って諦めてくれや」

 

 

 見知った顔、という表現にこんな場合ではあるが少し嬉しい物を感じてしまう。

 ゼロとはウマが合うし、彼からそんな感想が出てくるのなら多少は打ち解けられたのだろう。彼とは叶うならばまた酒でも酌み交わしたいところだ。

 

 そんなカガミの和やかな心中は次の言葉で跡形も無く吹き飛んだ。

 

 

「それでも使うべき相手にはちゃーんと使うんだぜ?

 ただ、今のお前は使うに値しねえってだけだ。

 犯罪者風情が、四の五の言ってねえでさっさとかかって来たらどうだ」

 

「……………な、何だと?」

 

「聞こえなかったか?早く剣抜けってんだよ。

 それともあれか?やっぱり僕が悪ぅございました、謝るから許してくださいっつー和解の話か?だったらボコった後に聞いてやるからとりあえず剣抜け」

 

 

 要するにかかってこいよベネット、という事らしい。

 これにはカチン、と勘に触る音がした。

 

 

「い……、言うじゃないか。あんた、昨日の俺の技を見切れなかった事を忘れてんじゃないだろうな、今度は止めてやらないぞ?」

 

「ハッ!お前何で昨日の話してんだよ、老人か。俺がしてんのは今の話だぞ。何で昨日通じたからって今日また通じるって思えるんだ?その傲慢にゃあ感心しちまうねえ」

 

「………………………」

 

「………………………」

 

 

 シャリン、と同時に剣を抜く音が小さく響く。

 

 方や銀色の直剣。並ぶ物の無い、世界で最も硬い剣。

 方や真紅の細剣。微妙な能力を努力と魔法によって究極の一に昇華させた熱を操る剣。

 

 どちらも女神から授かった物であるが、そのどちらも本人の物では無い、奇妙な関係性を持つ二振りの剣が向かい合った。

 その主が少しずつ距離を詰め始める。

 両者の間は百メートルも離れているのだ、剣が届く範囲まで近付かねばならないのは当然だ。

 ゼロの方は爆発ポーションを遠投して攻撃する方法も無くはないが、そんなものが当たるくらいにコントロールに自信があるならば剣など使わずに飛び道具を大量に持ち歩くだろう。要はノーコンが露呈するのが恥ずかしいのである。

 格好付けて抜剣しておいて徒歩で近付く様は傍目からはシュールに見えるかもしれないが、これでも彼らは文字通り真剣なのだ、あまり言わないでやって欲しい。

 

 

「後悔するなよ。今道を空けるなら怪我しなくても済むんだぞ」

 

「問題なんか、何もないよ。………その言葉くれるぐれえなら最初っから攻めてくんなよ、傍迷惑な。

 こちとらアクセルからわざわざ呼ばれて飛び出て来てんだぞ。交通費よこせ」

 

 

 双方共が間合いに入り、構えながら悪態を突き合う。

 ゼロは普通に正眼の構え。カガミは能力で周りの温度を調節しながらの正眼の構え。

 

 

「……………昨日から思ってたんだが、お前レイピアの構え方おかしくね?

 確か片手を捻って力を溜めるみたいに構えるのが普通だろ。なんだそれ、完全に剣道じゃねぇか」

 

「う、うるさいな、親父がこの構えで登録しちまったんだからしょうがないだろ。こうしなきゃ発動してくれないんだ。

 ああ、それにしてもやっぱり暑いな。『フリーズ』」

 

 

 会話の中でさりげなく(と思っている)氷結魔法で急激に気温を下げる。

 これで準備は整った。後は練習通りに繊細に熱を操作するだけだ。

 その間にゼロが先手を打って来ないか警戒していたのだが、どうも動く気配がない。不思議に感じているとそれが顔に出ていたのか、ゼロが喋り始める。

 

 

「『アトミックファイヤーブレード』。それがお前の頼みの綱みたいなモンなんだろ?

 だったら正面からぶっ潰してやりゃあ大人しく投降してくれっかなってな。準備が整うまで待ってやるよっつーか剣は抜いてたんだからこっちに歩いてくる時にそのくらい済ませておけって言いたいけど。

 ………なあ、そこんとこどうよ、俺がそれを見切れたら降参してくれるとかいうサービスない?」

 

「そんなものはやってから言ってみろ。………やれるもんならな‼︎」

 

 

 操作し終えた熱をゼロに向かって飛ばし、それをなぞるようにケンドーという異国の剣技を模した突きが走る。

 カガミ自身はケンドーなぞ名前しか聞いた事がないが、父親からすれば慣れ親しんだ物らしく、それについて熱く語られた事を思い出す。

 と言ってもカガミの父、ヒノはカガミが二、三歳の頃に病死している。母親はカガミが産まれてすぐに亡くなってしまったようだ。

 教えてもらった事と言えば、ケンドーの名前。そしてこのイフリートの所有権と『アトミックファイヤーブレード』という最強の技だけだ。それしか父親についてはっきりと覚えている事はない。

 そこからはたった一人、誰に教えを請うでもなく、ただひたすらにこれだけを繰り返して来た。

 これだけがカガミの全て、家族との繋がりなのだ。

 

 それを簡単にぶっ潰すだと?身の程を知れ、クソガキが。

 

 

「『アトミックファイヤーブレード』‼︎」

 

 

 これだけは誰にも負けない、この動きはこの世の誰よりも自分が繰り返した。自分だけの技だ。

 そんなある種の誇りを纏った突きが三つに分かれる。

 狙いは右足、だがゼロには他に眉間と鳩尾に向かって直進する赤い流星が見えていることだろう。

 どれか一つを防ごうとすれば他二つが疎かになる。そうでなくとも常人ならば一つ足りとも視認することすらままならない。

 これが親父から継いだ技に俺が見つけた現象を応用した最高のーーー、

 

 

「なるほど、これか」

 

 

 バギィィィィン、という轟音と火花、遅れて凄まじい衝撃。

 

 

「なっ⁉︎………あ、折れーーー⁉︎ぐがあっ⁉︎」

 

 

 細剣は直剣に比べれば遥かに脆い。それが側面からの衝撃なら尚更だ。

 下から掬い上げるように弾かれたイフリートが折れた、と一瞬でも気を取られてしまったカガミを誰も責められまい。

 それは幸運にも杞憂に終わったが、上に弾かれた為にガラ空きになった胴体に流れるようなゼロの後ろ回し蹴りが突き刺さった。

 未だ水気を多く含んだ地面を十メートルも吹き飛ばされ、泥だらけになりながらも何とか体勢を整える。

 身体が浮きかけた状態だったからか、ゼロが手加減したのか、もしくはその両方か。ダメージはほぼ無いに等しいが、それ以上に精神的なショックが大き過ぎた。

 

 

「なっ、何でだ………‼︎」

 

 

 なぜあんな完璧な対処が出来たのか。

 今、ゼロは右足への突きにのみ剣を合わせ、逆に言うとそれ以外の二つを完全に無視した。

 眉間と鳩尾。人体の急所だ。無視できるはずが、そんなことが出来るはずがないのに、何故ーーー⁉︎

 

 

「『蜃気楼』だろ、お前のそれ」

 

「………………‼︎」

 

 

 デュランダルの腹で肩をトントンと叩きながら何でも無いようにさらりと言うゼロ。

 

 

「な、んで………」

 

「そう難しいこっちゃねえよ。昨日も今も、俺の目にゃお前の剣が三つに分身してるように見えた。

 これが示すのは実際に三つに増えてるか、そうでなきゃ幻が混ざってるかの二択だわな。

 ………さて、ここで思い出すのはお前が俺に最初に『アトミックファイヤーブレード』をぶっ放した時のことだ。

 俺はあの時、右鎖骨に飛んで来たのを左手に持った鞘で、喉に来たのを右手に持った剣で防いだ。こう、こうやってだ」

 

 

 言いつつあの時の再現のように鞘と剣を前に持ってくる。

 そうだ、確かにああやって防ごうとしていた。それがどうしたと言うのか。

 

 

「あの時に弾かれたのは左手に持った鞘だけだった。おかしいじゃねぇか、全部実体があんなら右手の剣も弾かれてなきゃ。

 俺はあの後体勢を崩してすっ転んだが、剣は持ったままだったぞ。ついでに言うと何の手応えも無かった」

 

「‼︎」

 

「加えて最後の一撃だ。お前はさも自分が止めてやったかのように有耶無耶にしようとしたが、実際にはあの時本物の一撃は俺が鞘で防いでいたんじゃないか?

 つまり他に俺に見えてたのは全部幻だったって事になる。

 そうなると、だ。怪しいのは直前までのお前の行動だよ。幻惑系の魔法を使うのが一番手っ取り早いってのはあるが、注意深く観察してた俺にはお前がそんな事をしていないと断言出来る。お前が直前に使ったのは氷結魔法だけだ。

 それ単体なら周囲を冷やす程度の効果しか無いこの魔法だが、お前のイフリートは熱の操作が出来るんだろ?どの程度精密な操作が可能かは知らんがな。

 この二つが合わされば一定条件下でしか見られない、とある自然現象が再現できる。

 冷たい空気と熱された空気の温度差で生じた揺らぎに映る幻。そう、蜃気楼だ」

 

「……………!」

 

 

 カガミは絶句するしかなかった。

 

 たった一度である。たった一度技を見ただけでゼロは仕組みをほぼ看破してみせた。

 自分が数年間、練習に練習を重ねてやっと物にした蜃気楼を利用した同時多発攻撃。それをこんなにあっさりと。

 

 

「まあ偉っそうに言ってはいるけど、もう一回見るまでは半信半疑だったんだぜ?

 なにせ蜃気楼ってのは本来この至近距離であんなはっきり見えるもんじゃねえしな。光源の問題もある。

 それに上や下に浮かぶぐらいの蜃気楼ならともかく実物と平行に映る蜃気楼は確か相当条件が厳しかったはずだし、もし出来るとしたらナミの『天候棒(クリマ・タクト)』並だ。

 間違ってたら目も当てられねえ……と思ってたんだが、その顔見た限りじゃあビンゴだったみたいだな。 や っ た ぜ 」

 

 

 ニヤリと笑うゼロだが、カガミはそれどころではない。というか今の説明ではまだ理解出来ない点があった。

 話に出て来たクリマ・タクトなる謎の単語もそうだが、それよりも気になる事。

 

 

「どうしてだ」

 

「は?いやだから、あの、人の話はちゃんと聞いてくれな?

 また一から喋るのは結構大変………」

 

「違う、俺の技の仕組みが分かったとしてもどれが本物かは分からないはずだろうが!何でどこを狙ったのか分かったのかって聞いてんだよ!」

 

 

 そう、今の話でカガミの技のタネを見破ったのは分かった。

 だがさっきのゼロはまるで三つのうちどれに実体があるか確信していたようだったことに触れていない。

 まさか勘とは言わないだろう。もし違ったらそのまま落命の危機だ。

 よほど幸運に自信があれば別だが、カガミが聞きたいのはそんな事ではない。このままでは納得がいかない。

 

 

「うおおお……⁉︎なに、なにキレてんの。怖いわー、最近のすぐキレる若者超怖いわー」

 

「こんのっ……‼︎」

 

「つーかそれこそ『初歩的な事だ、友よ(エレメンタリー・マイ・ディア)』ってヤツだ」

 

「……えれ、何?」

 

 

 ゼロが何と言ったのか聞き取れず、知らずに俯いていた顔を上げるとほんの少し、目を細めるゼロの顔が見えた。

 

 

「お前昨日言ったよな、頼まれた事以外での殺しはしたくないって。その中には俺も含まれてるんだろ?

 そんなお優しい奴が眉間だの何だの、どう考えても直接命に関わるような場所狙って来るかよ。もちっと考えて選ぶべきだったな」

 

「それは……」

 

「いやいや、別に悪いって話じゃねえ。むしろ初見なら普通に引っかかるだろうぜ。常時の戦闘ならわざわざ肩や足なんて回りくどい箇所なんか狙わねえ。敵ならタマ取った方が早いからな。

 俺がこうやって対応出来んのはお前の事をある程度知ってるからだ。そして技自体ももう見てる。

 こう言っちゃなんだが昨夜お前が俺との対話に応じた時点で八割方俺の勝ちは決まってたみたいなもんだな」

 

「だからって………!あ、あんたイかれてるんじゃないか………⁉︎」

 

「あん?ああ、たまに言われる」

 

 

 言ってる事は理解できる。だがそれを実行に移せるかどうかとなると大きな齟齬が発生する。

 例え前提条件が整っていたとしてもカガミは蜃気楼を実物と見紛うくらい精巧に作り出したつもりだし、事実、ゼロにもそう見えていただろう。

 それが命の危険が及ぶ急所に向かうのを無視して、カガミの気まぐれ一つでどうとでも転ぶ『急所以外の場所』にヤマを張るなど馬鹿げている。頭のネジが数本ぶっ飛んでいるとしか思えない。

 

 何だ、もしかして自分の考え方が間違っているのか、と自身の人生観を疑い始めたカガミに向けてゼロが僅かに首を傾げる。

 

 

「で?」

 

「……で?」

 

「いやほら、俺はお前の奥の手を潰したぞ?お前はここからどうすんのよ」

 

「……………」

 

「降参……はしてくれそうに無さそうですね、はい」

 

 

 考える。

 通じなかったとしてもカガミにはこれしかない。イフリート自体があの動きでしか攻撃できない以上はどうにかして当てなくてはならないのだ。

 考える。

 そうだ、急所以外に的を絞られている。だったら。

 

 

「だったらいっその事全部急所以外を狙うか?それとも全部急所を狙うか?

 悪いな、どっちもさせねえよ。お前のターンはもう終わりだ『ボトムレス・スワンプ』‼︎」

 

「うっ⁉︎」

 

 

 ゼロが懐からマジックスクロールを取り出して早口で詠唱する。

『ボトムレス・スワンプ』。地面の一定範囲を泥沼に変え、相手をそこにはめる事で動きを封じる魔法だ。

 下が土だろうが石だろうが関係無く変化させられるが、そこだけ色が違ってしまうので動きが素早い相手には察知されやすい。しかし。

 

 

「まさかこの為に⁉︎くそッ‼︎」

 

 

 地面が既にドロドロの泥に覆われているこの場所ではどこからどこまでが効果範囲なのか全くわからない。

 発動した以上はどこかしらが変化しているはずだが。

 止むなく当てずっぽうで横に跳ぶ。

 着地すると、下は相変わらず泥だが取り敢えず地面と判断できる程度の固さはある事に安堵の息を洩らすカガミ。

 

 

「あー、やっぱり避けられるよなあ。

 じゃあしょうがねえな。一応普通の方法も試しましたけどダメでした、の証明が欲しかっただけだし」

 

 

 まだ何かあるのかとゼロに視線を戻すと何を考えているのか、剣を納めているところだった。

 

 

「……?どうした、まだ勝負は着いてないぞ。なぜ剣を仕舞う?」

 

「いんや、もう着いてるよ。つーか今回コイツで戦うつもりさらさら無かったし。

 ただ実力では負けてるとか思われたく無いから意地張っただけだし」

 

「……なんだそりゃ。舐めてんじゃないぞ」

 

 

 再び『フリーズ』を使い、イフリートで気温を上げ始める。

 対してゼロも新しくマジックスクロールを取り出し、しかしそれを発動させるでもなくブラブラと遊ばせ始めた。

 

 

「お、お。なんか陽炎が見えてきたな。丁度今準備中ってか。………じゃ、悪いけど振り出しに戻って頂きましょうかね!

 先生ーーーーー‼︎打ち合わせ通りお願いしまっす‼︎控えめでね‼︎」

 

 

 いきなり大声で誰かに合図を送るゼロ。

 それに応えるようにゼロの後方、王城の玄関口からも大声が返ってきた。

 

 

『任せなさいな‼︎それよりお酒の事忘れないでね‼︎』

 

 

 どうやら他に何者かがいるようだ。恐らくそいつが何かしてくるのだろう。

 何が来ようと躱してみせる、と身構えるカガミだが、次の瞬間に襲って来たのはカガミの理解を軽々と飛び越える規模の水創生魔法だった。

 

 

「『セイクリッド・クリエイトウォーター』‼︎‼︎」

 

 

 二人の足元に影が落ちる。

 

 

「「は?」」

 

 

 カガミと、何故か指示を出したはずのゼロも理解が及ばないとばかりに上を向いて固まる。

 上空に浮いていたのは巨大な水の塊。

 通常、水創生魔法は空気中の水分を引っ張ってきて純粋な水を創り出す魔法のはずだ。

 だと言うのにその水球の大きさと来たら、どう考えてもこの辺り一帯の空気中に含まれる水分で賄える量だとは思えない。あれは一体どこから創った水なのか。

 

 

「「どぼぅあああああ⁉︎」」

 

 

 重力に従って落下してきた水球はゼロとカガミの中間に出現した。

 必然的に弾けた大量の水は両人を押し流す激流となる。

 そうは言ってもここはかなりの広さがある屋外。二人は互いとは反対方向に数メートル押し戻されただけで踏み止まっていた。

 無論水は相当な広範囲に広がっていったが。

 

 

「ぐっ………!あ、あんた一体何がしたいんだよ⁉︎」

 

「ボボボボボッ、この川ッ、深いッ‼︎助ッ、けてッ、流されッ、ボボボボボボッ‼︎」

 

 

 こいつは本当に何がしたいのか。

 味方(多分)の魔法の範囲を正しく認識せずに巻き込まれるなど素人以下だ。

 さっきは頭がキレるような素ぶりを見せていたが、もしかしたらただのバカなのではないだろうか。

 

 

「い、いやごめん。あいつにはちゃんと抑え気味に使うように言ったんだけどな」

 

「全然連絡行き届いてないじゃないか!これのどこが抑え気味……」

 

『ねえちょっとーー‼︎ゼロさーん、どお?私的にはだいたい四分の一くらいに抑えたつもりなんですけどーーー‼︎』

 

「「四分の一⁉︎これで⁉︎」」

 

 

 冗談だろ?

 これでも王城の敷地に収まらずに一般の往来にまで水が飛び出すレベルなのだ。

 それが四分の一の出力とは、どんな化け物だ。もしそれが本当なら本気を出せば一人で洪水を起こせるではないか。神か。

 

 

「うええマジかよ……。えっと、アクアーーー‼︎ナイス‼︎ナイス適量だ‼︎ただ今度からは十分の一くらいにしようかー‼︎」

 

『えーー⁉︎なーーにーー⁉︎もう一回やれってーー⁉︎』

 

「言ってねえよ⁉︎お前はあとは大人しく酒でも飲んでろ‼︎」

 

 

 凄く微妙な空気になってしまったのだがこれは攻撃しても良いのだろうか、と逡巡して気付く。

 せっかく調節した空気が水によって撹拌されてしまっている。ゼロが言っていた振り出しに戻るとはこの事だったのか。

 慌ててイフリートを全開で起動させ、周囲に熱い空気を停滞させる。

 それをゼロが見逃すはずもなく、手に持っていたスクロールを発動させ、また新たに取り出した。

 

 ………しかしゼロはどこにあんな数のスクロールを入れているのだろう。マントの裏にでも仕込んでいるのだろうか。

 

 

「『フロート』。っし、これでいいはず。

 さーて!鍛えてばっかでオツムが弱いであろうカガミ君に午前二時……じゃなかった、科学の時間をお知らせするぜぃ‼︎

 上手くいったら拍手喝采、失敗してもご容赦を‼︎」

 

 

 今度はカガミの準備ができるまで待ってくれるということは無さそうだ。

 取り出したスクロールを水浸しの地面に広げて口上を述べている。

 気温の操作は不完全だが、もう待てない。ゼロの魔法が発動する前に開いてしまった距離を埋めるべく駆ける。

 しかし間に合わず、ゼロの元へ辿り着くより先に聞き慣れない詠唱が木霊する。

 

 

「『アースシェイカー』ッッ‼︎‼︎」

 

 

 それと同時に泥と水に覆われた王城の敷地全土を極大の揺れが襲った。

 

 

 

 

 


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