再投稿。
※
ゼロに将棋のルールを説明しながら表情を観察する。
こいつは妙に日本に詳しいトコがあるから将棋についても、もしかしたら知っているないしやった事があるかもしれないからだ。
さて、ゼロの顔はーー
「…………ふうん、要は魔法もスキルも無いこっちのボードゲームみたいな感じか。駒の動きも似てるしこの辺はやり易いな。
良いよ、やろうか。初心者だから先攻はこっちに譲ってくれよな」
ぐっ、読み取れない………!
こいつがポーカーフェイスに長けているので無ければ完全に初見の反応だ。
だが念には念を。直接聞いて、その反応も見るとしよう。
「一応確認しておくぞ。ゼロ、お前将棋をやった事は無いんだな?」
「あ?………ああ、そういう……。心配すんな、俺はこんな小さい木の駒なんか見た事ないし触った事もないよ。初心者として扱ってくれて構わない」
「本当だな?」
「俺は基本嘘はつかないし、今回も嘘はついていない」
…………よし、信じても大丈夫そうだ。
俺は将棋がかなり得意だし、初心者相手に一方的な虐殺をするのも楽しいっちゃ楽しいが、今回は賭けだ。対等な条件で勝負しないと後からゴネられるかもしれない。少しは容赦しないとな。
「ゼロ、初心者相手に大人気ないことを俺はしない。
この端っこの香車と桂馬、俺はこの四枚落ちで相手してやるよ」
「マジで?カズマ君ったら太っ腹ぁ‼︎」
※
当然計画通りなんですがね。
カズマも警戒していたが無論のこと、俺は将棋のルールなどとっくに知っている。しかし嘘をついていないのも事実なのだ。
知識や定石は確かに頭の中に入っている俺だが、自分の目で見て肌で触れるのは間違いなく初めての経験。
そういう意味では完全に初心者なのだから正当性は俺にあって然るべきだろうよ。
………それにしてもカズマったらケチ臭くない?全くの初心者相手にたった四枚落ちとかどうよ。
せめて銀まで落とすか、さもなくば香車も桂馬も残していいから飛車と角行の二枚落ちくらいのサービスは有っても良さそうな物だが。
まあ元々仕掛けたのはこっちだ、贅沢は言うまい。むしろ平手じゃないだけカズマにしてはフェアだと褒めるべきか。
「じゃあ勝敗後の条件も決めるか。
俺が勝ったら………そうだな、まずそのこたつ仕舞って一週間はめぐみんの言う通り、冒険者として活動してもらおうか。その後は知らん。
そんでお前が勝った時の旨み………。
………うん、お前が勝ったら俺もバニルとの商売に協力してやる事にする。
いざって時にあいつに対抗できる俺がいた方が何かと都合も良いだろ。これはもちろん無償だ」
「………よし、それで行こう。しっかしめぐみんも面倒な事するよな。こんな事の為にこいつ雇うか普通?」
「う……、た、確かにこれなら私がやっても良かったかもしれませんが………。
………どうします、今からでも代わりますか?」
俺が負ける心配でもしているのか、めぐみんが上目遣いで俺の様子を伺ってくる。
うん、まあ普通にボードゲームで勝負するならめぐみんがプレイした方が俺よりもずっと強いだろうさ。
だがこれは将棋。この世界には無いゲームだ。言っちゃ悪いが将棋(まあ将棋に限らないのだが)に関しては序盤の定石を知っているのと知っていないのでは中盤から終盤にかけての立ち回りがクソ程変わって来てしまう。
今まで存在すら知らなかっためぐみんよりはまだ俺の方が上手くセットプレイ出来るだろう。
「何、心配すんな妹。仮にもお前の兄貴を名乗る男が普段どれだけ爪を隠しているかそこで見ておけ。
ダメだったらあとはお前に任せよう。その時に俺の出だしを参考にする為にもな」
い、一応だ。カズマがアホみたいに強い可能性だってある訳だし、俺だってダメだった時に問答無用でカズマをフォイアしたくはない。
その間にワンクッション、めぐみんにもチャレンジしてもらいたいのだ。
知力の高いこいつなら俺の指し方から何かを掴み取れるかもしれないし、そもそも将棋ってのは序盤さえしくじらなければ純粋に頭の回転が試されるゲームだ。
ならば最初だけ俺の真似をさせてその後はめぐみんの実力で打ち勝ってもらえばいい。
この負けた後も可能性を追求し続ける向上心。きっと俺の前世はアスリートか何かだったに違いない………あれ、ヤクザの鉄砲玉だったんだっけ?
めぐみんも俺が言いたい事が分かったようで、得心したように頷いている。
「………なるほど、そういう事ですか」
「そういうこった。さあカズマ、ゲームを始めよう。✋( ͡° ͜ʖ ͡° )アッシェンテ」
「「は?」」
俺の行動の意味が分からなかったのか首を捻るカズマとめぐみん。
と、その時ちょうどみかん片手に帰ってきたアクアが、
「あ!ちょっとカズマ駄目じゃない、ちゃんと『
何するか知らないけどシュヴィとリクの頑張りを無駄にしたら許さないから!」
「おう……?わ、悪い?」
「ごめんアクア、その話は場が荒れるから止めとこうな。
このネタ持ち出した俺も悪いんだ。分かってくれるお前がいて良かったよ」
分からない人は詳しくは原作、または劇場版を観てね。
※
何だかよく分からないがとにかく対局スタートだ。
先攻はゼロ。とはいえ初心者の出だしなどたかは知れている。
俺はこいつに定石等の存在すら教えていないのだから、さぞ惨憺たる有り様だろう。
ゼロもその辺は開き直っているのか、さして悩む事もなく一手目を指す。
パチン、と乾いた音がした後に置かれた駒は
▲7六歩。それだけなら特に変わった所のないごく平凡な出だしだ。先手を取った人間の半分以上はまずこの一手目を指すだろう。
だがそれはある程度将棋について知っている人間という条件が付く。
将棋を初めて見た異世界人が初対局の一手目に偶然指せる確率はかなり低いはずだ。
…………………。
「…………ゼロ、もう一度、もう一度確認するぞ。
お前本当に将棋を知らないんだな?」
「お、何だ?これなんか反則になるのか?
だったら悪いが、俺は本当にこんなゲーム初めて見るんだ。さすがに許してくれよな」
「…………いや、大丈夫だ」
………まあ、偶然という事もあるだろう。
納得はしていないがあまり人を疑うのも良くない。とりあえず続きをするとしよう。
そしてしばらくの間駒を置く音だけが響く。
パチン。
パチン。
パチン。
パチン。
……パチン。
パチン。
………パチン。
パチン。
「おいちょっと待てコラ」
我慢出来ずにゼロの肩を掴む。
ゼロはそんな俺に対して不機嫌そうに。
「何だよ」
「何だよじゃねーよ!何で初心者が一手も間違わずに『矢倉』組もうとしてんだ、ふざけんな‼︎」
そう、ゼロ側の盤面には完璧な矢倉が組まれようとしていた。
こちらも対応しようとはしているが、両端の駒を四つ落としている以上こちらの不利は避けられない。
そして何よりもこいつだ。初見でこの動きは絶対に有り得ねえ。こいつーーー!
「…………アクアアクア、ヤグラッテナンダー?」
「流石に無理がありませんかゼロ⁉︎素人目にもその淀みの無さは初心者としてあるまじき物だと分かりますよ⁉︎」
「いい加減白状しやがれ、お前本当は将棋を知ってんな⁉︎」
「……だから何度も言ってんだろ、俺はこんなゲーム見るの初めてだって。
何なら、嘘を付いたらチンチン鳴るあの魔道具持って来てもらっても構わんよ」
そう言うゼロの顔はあくまでフラット。とても嘘を付いているようには見えない。
だがそこに違和感を感じる。何だ、俺は何かを見落としてーーー?
そして俺はさっきからのゼロの発言を思い出し、ある事に気付いた。
「…………違う、違うぞゼロ。俺は将棋を知っているか、と聞いたんだ。見た事の有る無しじゃなくて知っている知らないで答えろ」
「………………」
そう、こいつは一貫して『見た事が無い、やった事が無い』でしか答えて来なかった。
それは裏を返せば知識については答えていないということになるのでは無いだろうか。
果たして、ゼロは観念したように肩を竦め。
「……………お前にしては気付くのが遅かったな」
「ふざけんじゃねえ、てめえ俺の親切心に付け込みやがってこんなの無効に決まってんだろうが‼︎
結局は不正かよ⁉︎もうお前と賭けなんかしねえからな、絶対☆裏切り☆ヌルヌル‼︎」
よし決めた、もうこいつ信用するの止めよう!
抜け抜けとよくも言えたもんだなこいつも。こんな不公平極まり無い条件で続けるなんてしないからな。
どうしても続きがしたいならこれをまず無効にして平手でもう一度始めからーーー。
「おいおい、何寝ぼけてんだよ。俺は最初から本当の事しか言ってないんだ。中断する理由がないだろ」
「はああああ⁉︎」
こいつ急に何を言い出しやがる。まさかこのまま続けろとか言うんじゃねえだろうな。
「いいか?確かに俺は将棋を知ってはいるさ。
でもな、お前は不正だ何だと言うが俺は本当に将棋を見たのは初めてなんだ。将棋ってのは実際に触らないと実力が付かないモンだ。その俺がそれなりに強いであろうお前相手にハンデ無しでマトモな勝負なんざ出来るわけねえだろ」
「…………む、うう?」
むむ、何だか凄くまともな事を言い始めたぞ。
「俺が将棋を知ってると分かってりゃお前は多分平手で勝負を挑んで来ただろう、そんな状況下において俺は自分の勝ちの目が潰えない最善策を取ったつもりだ。
お前はどうなんだ?同じ状況で俺と同じ事をしないっつー保証でも出来るのか?お前もこの状況なら俺と一緒で知ってるという事実を隠そうとするんじゃないか?」
「…………………………」
保証など出来るはずもない。それそのままではないにしろ似たような事を間違いなく俺はするからな。
俺の表情からそれを読み取ったらしいゼロが畳み掛けるように口を開く。
「それにだ。追及しなかったお前も悪いだろ?もし最初に今みたいな言い方をしてれば俺は正直に喋っていたさ。それをせずにゲームを始めたのはお前だろうよ。
……今回は騙されるのもまた勉強って事で見逃しちゃくんねえか。そもそも負けたからといってお前に何か不利益がある訳でもねえだろ?条件はたった一週間だ。
たまにはめぐみんを安心させてやれよ、リーダー」
「…………………」
そう言われるとゴネている自分が子供っぽく感じるな。
「…………チッ、何でお前が勝つ前提になってんだよ。言っとくがまだ最序盤だ。勝敗なんざここからどうとでも転がる」
パチン、と駒を進める。
別にゼロの言い分が完全に正しいとは思わない。思わないが、一理あるのも事実。
賭けの席では騙される方も確かに悪いのだ。それをゲームを始めた後にゴネても周りからは馬鹿にされるだけ。
ならばここから逆転して俺SUGEEEEEEに持っていけばいい話だからな。
「ほら、お前の番だ。俺はもう油断しねえからな」
「………お前のそういうトコは長所だと思うぞ、若人よ」
悪い顔でニヤリと笑うゼロ。
若人って、お前と俺は一歳しか違わないだろうに何言ってんだか。
気をとり直して目の前の悪人を負かすべく集中し始める俺であった。
※
屋敷の居間に駒を置く音だけが静かに響く。
めぐみんも、アクアですらも空気を読んでか余計な口を挟んで来ない。
…………いや、アクアがいるソファーから寝息が聞こえる。どうも寝ているらしい。道理で静か過ぎると思った。
パチン。
…………パチン。
パチン。
…………パチン。
パチン。「王手」
………………ふむ。
「………めぐみん」
「…………何ですか」
「マナタイト返そうか?」
「いりません」
さいですか。
天を仰いで一つ息を吐く。そして大きく吸って。
「ありませえええんっ‼︎」
「勝ったどおおおおおおおお‼︎」
俺の降参の声にカズマから全力の勝鬨が上がるが、俺にそれを止める術はない。
だって完膚なきまでに実力で叩き潰されちゃったんだもの。俺が予想以上に弱かったのか、はたまたカズマが予想以上に強かったのか。
「あなたは本当にどうしてそうなんですか⁉︎カズマを言い負かした時は少しは見直したのに!」
めぐみんが責めるようにベシベシ叩いてくる。
普段なら止めるなりふざける所だが、しかし今回はされるがままになっておこう。こんなところでアクセルに来てからの俺の無敗伝説に傷が付くとは思ってなかった………。
「ふははははは‼︎約束だからな、俺は外に出ないしお前には商売を手伝ってもらおうか!
まさかあんだけご立派なセリフ吐いといて嫌とは言わねえよなあ⁉︎」
見事なまでにOTLの姿勢になる俺を見下すカズマ。
その煽りを受け続ける俺の心境たるや………。悔しいです‼︎