この素晴らしい嫁に祝福を!   作:王の話をしよう

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80話

 

 

 

 ※

 

 

「お前は俺と同じ転生者なんじゃないのか?」

 

「…………………」

 

「…………………」

 

 

 カズマの聞きたい事は俺の予想通りではあった。

 けどこんなモン気にする事でもないし、きっと他にもあるんだろう。

 

 そう思った俺が続く言葉を促すように黙っていると、それっきり車内には馬車の走る音と環境音だけが残った。

 

 

「………………」

 

「………………」

 

 

 ………え?本当にそれで終わり?

 

 なんでえ、何を勿体ぶってんのかと思ったら今さらそれかよ、逆にびっくりだわ。

 

 カズマは俺が訳ありで素性を隠してるんじゃないかとか思っていそうだが、んなこたあない。ただ単に聞かれなかったし、わざわざ説明するのが面倒臭かったから話していなかっただけだ。

 あとこいつとかに知られない方が色々有利に進められたからな。将棋とか。

 俺だって成り立ちを墓場まで秘密にして持って行くつもりなど無く、いつかはこいつらにも話す時が来るだろうとは思っていたのだ。そういう意味ではタイミング的にはバッチリだと言えよう。

 

 問題はどう説明するべきか、だ。

 自分で言うのもアレだが俺は生まれが少々特殊過ぎて自分ですらはっきり理解し切れていない。

 エリスとバニルから聞いた話を総合した上でカズマの質問、『俺は転生者なのか』について答えると、どちらでもあり、どちらでも無いというのが最も適当な答えになってしまう。何ともテキトーだな。

 

 日本で死んだ『俺』はアクアのミスでこっちで産まれる胎児、つまり俺に特典と向こうの知識だけが移った状態で転生させられた。

 この際に転生者である『俺』の記憶と人格、肉体なんかはどっかに吹っ飛んでったらしい。カムバック。

 そして今ここにいる俺は人格も肉体も元々こっちで産まれるはずだった、文字通りこっちの人間だ。果たして俺は転生者と呼べるのだろうか。

 

 ………うーん、ここら辺はカズマの転生者の基準によるな。

 向こうの知識と特典を持っていれば転生者と判断するなら俺はそれに該当するだろう。

 向こうの『俺』そのままでなければそう判断されないなら、俺は転生者とは言えないだろう。

 さて、こいつが望む答えはどっちかな。

 

 表情でカズマが欲している方にテキトーに答えてやろうと顔をチラ見。

 すると、俺の目を真っ直ぐ見つめて口元を引き結び、俺の返事を待ち構えている顔が目の前にあった。

 

 ………ちょっと待って、なんでこんな真剣な感じになってんのこいつ。ここそんなに大事な場面じゃないよね?

 

 目を逸らしたくはあったが、何か負けたような気になりそうなので目を合わせ続けること暫し。

 

 

「………………」

 

「………………」

 

 

「…………ふ。言っとくけど騙してたわけじゃないぞ。今までだって嘘は付いてなかったんだからな、そこは留意しとけ」

 

「………!あ、ああ」

 

 

 全部説明するのはやっぱり面倒だったのだが、気が変わった。真剣な奴にはある程度の誠意ぐらい持つさ。

 マジで何でこんなに大事ぶってんのかは分からんが、こいつはこいつの事情があるのだろう。

 確かに、聞きたいことない?と言ったのは俺だし、目的地まで時間を持て余して暇だってのもある。たまには自分語りも良いだろ。

 

 ………よう考えたらそうでもないな、俺結構自分語りしてるわ。アイタタタタ。だけど止められない止まらない。

 そうと決めたらまずどっから話したもんかな。

 ……とりあえず、前の馬車で宴会芸をしているらしき馬鹿がミスった所から行ってみるか。

 

 

 

 ※

 

 

「で、そこで会ったのがお前らってワケよ。ちなみにあの時言ったことは全部本当だからな。

 不壊剣デュランダル………まあ要は硬いだけの剣だが。これは親父から受け継いだもんだし、俺については突然変異した回復力が異常なこっちの人間くらいに思ってくれりゃ良い。

 その後はお前も知っての通りってトコか。ドゥユーアンダスタン?」

 

「……………………………」

 

 

 ………あれ、反応が無いんだが。

 もしや今の似非英語の使い方が間違っていたのだろうか。いやしかし「理解出来たかな」的な意味合いのはずだしな。

 

 

「す……」

 

「す?」

 

 

 『す』ってなんぞ。……酢?酢酸ナトリウム?

 

 

「すみませんでしたああああああっっ‼︎」

 

「と、おっ?」

 

「お、お客さん⁉︎どうしました⁉︎すごい声が……」

 

「いえいえいえ、すんませんね、何でもないですのでお気になさらず」

 

「そうですか?あまり大声を出されますと馬が驚いてしまうので控え目でお願いしますよ?」

 

 

 いきなりカズマが叫び始めたせいで馬車を引いている馬が驚いてしまったのか、車体が左右に軽く揺さぶられてしまった。

 泡を食って仕切りを開けてきたおっちゃんの注意にそれらしく謝っておく。

 

 目の前にいる俺ですら驚いたんだからそら御者のおっちゃんも馬もびっくりするわ。カズマ君どしたん急に。

 

 しかし当のカズマはおっちゃんの声も聞こえていない様子で土下座しながらしきりに俺への謝罪をするばかりだ。

 

 

「すんません!ウチのアホがほんっとすんません!後からきちんと謝罪させますのでどうか命だけはっ‼︎」

 

「………………ああ?」

 

「ヒィッ⁉︎」

 

 

 なーるほど、そういう事か。

 

 こいつは多分俺が未だにアクアを恨んでいると思っているのだろう。そしてその矛先が自分や他のメンバーに向くかも、とかも思っているのかもしれない。

 

 馬鹿な、全くもってあり得ない話である。

 確かに初対面の時はアクアをどうしてやろうかとも考えなくもなかったが、それはそれ。

 アクアにはなんだかんだでかなり世話になっているし、今では恨み辛みなど欠片も残っていない。そもそもその時の事を俺が憶えていない以上は恨みようが無いしな。

 あいつがこの事を忘れているのか、憶えていて黙っているのか。それは分からないが、それで毎日を楽しく過ごせているならばそれでいいのだ。今さら蒸し返す気にもならない。

 

 

「俺がその気ならとっくにヤッてるよ。こっちが気にしてねえって言ってんだから、そんな態度取られるとむしろ腹が立ってくるから止めろ。アクアにも伝えなくて良い」

 

「それは………でも、良いのか?」

 

「良いんだよ」

 

 

 グリーンだよ。

 

 アクアを責める責めないの話はこれで終い、と一睨みしてやると、カズマは納得したかは微妙そうだが。

 

 

「そ、そうか……?そんじゃまあ、いつも通りにさせてもらうぞ?」

 

 

 恐る恐る、と言った体で顔を上げてから客席に戻る。

 

 ふん、それにしても結構長めに喋っちまったな。

 一息つく為に車窓の外の景色をぼーっと見ていると、視線を感じる。

 正面に目を向けるとカズマが俺の方をジッと見ていた。

 

 

「何だよ、もう俺に話す事なんざねえぞ。他になんか知りたいなら今の内に聞いときな。何を教えて欲しい?

 ………あ、先に言っとくと時系列云々の話は俺も知らんぞ」

 

 

『俺』とカズマでは最低でも十八年程生まれに差がある筈だが、知っている事を鑑みるにそれほどの差があるとは思えない。

 あの駄女神様がそこら辺適当に処理したんじゃないかね。

 

 

「それも気にはなるけど、聞きたいことっていうかお前の話でちょっと引っかかる事があってさ。

 お前産まれた時には既にそんな感じの性格だったって言ってたよな、それおかしくないか?」

 

「……何が?」

 

 

 俺の出自なんざおかしいトコだらけだろ。それとも何か?俺の性格が変って言いてえのかこの野郎。

 普段通りにしろとは言ったが早速だな。

 

 しかしカズマが言うには。

 

 

「いやそうじゃなくて。お前の日本での人格が消えたんなら今のお前の人格はどこから来た物なんだろうって、ちょっと思ってな。

 知識しか残ってないんなら、そういうのは産まれてすぐに身に着くってもんでも無いだろうし」

 

「…………………」

 

 

 今度は俺が黙する番だった。

 確かにそうだ。人格が綺麗さっぱり消えたと言うのならば産まれたその瞬間、俺はただ物事を少し知っているだけの無垢な赤ん坊に過ぎない。

 だのに、俺はあの時既に自分という物を取得していた。これはどういう事か。

 まさかバニルが嘘を付いていた訳では無いだろう。アレは一応正式な取り引きで教えてもらったのだ、悪魔が契約で相手を騙すとは思えない。となると、はて。

 

 目を閉じて考え込む。と、言っても答えが出る筈もなく。

 

 

「(あれは確か十歳の頃………、いや九歳だったか?お袋が風邪で寝込んだ時に三日ほど看病したな。その時に俺のこの並ぶ者なき心優しい性格が生まれたとは考えられないだろうか。そしてその三ヶ月後には………)」

 

 

 どこをどう迷走したのか、憶えている限りの記憶を誕生からこっち、片っ端から羅列するだけの思ひでぽろぽろ大会になってしまった。自分でも理由が分からないが、どこでどの性格が生まれた、とかを考えたかったのかもしれない。

 もちろんこの行為に何の意味も成果も無い。強いて言えば老化防止に役立つ程度だ。

 

 

「(まず、なぜ今さっき話したばかりのカズマが気付ける事を十数年も意識すら出来なかったのだろうか。これでは俺が本当にアホみたいではないか。

 そもそもが俺は一つの事に集中するとその他の事が疎かになる悪癖がある………ああでも今まで結構忙しかったからそんな事思いもしないべ普通。……言い訳だけど)」

 

 

 ブツブツと口の中でだけ記憶を掘り起こす作業が、次第にそれに気が付かなかった自分への罵倒を探す作業になりつつあったその時。

 

 くいくいと俺の袖を引く感覚に気付いた。この馬車には俺の他にカズマしかいないのだから、

 

 

「………どうしたカズマ君。俺は今自分が何者なのかを探す旅に出ているんだけどね」

 

「どうでも良いわそんなもん。それより、なんかあっち……遠くの方から砂煙が上がってるんだけど何か分かるか?」

 

「砂煙ぃ?」

 

 

 問われるがままに思考を中断してカズマの指差す方向へ身体を乗り出す。

 しかしあまり遠くの物を見るようには出来ていない俺の目には何も見えない。カズマはおそらく『千里眼』スキルを使っているのだろう。

 

 

「………すまん、俺にゃ見えねえな。ま、この辺で砂煙っつったら砂くじらかなんかだろ。

 かち合ったらやばいし、御者のおっちゃんにも一応伝えておいてくれ」

 

「おう。すみませーん!向こうの方角に………」

 

 

 カズマが報告している間に少し考え直す。

 

 そう言えばこの辺りは走り鷹鳶の生息域でもあった筈だ。その群れが大移動してるなら砂煙ぐらい立つだろうが、どうだろな。

 

 

「…………ああ、そりゃお連れさんの言う通り、砂くじらですかねえ。

 他の可能性としてはリザードランナーの群れか………いや、リザードランナーの方はつい最近アクセルの冒険者の方が姫様ランナーを退治して落ち着いてるってんでそれは無いか。

 あとは走り鷹鳶ってとこですか?」

 

「走り鷹鳶?」

 

「ダジャレと思われるかもしれませんが、そりゃ名付けた人に言ってくださいよ。

 走り鷹鳶ってのはダチョウみたいな見た目をしてて、何かしらの硬い物体に凄い勢いで突進してはスレスレで避ける時のスリルを好む珍しいモンスターでね。大方、どこかの鉱山にでも移動する途中なんでしょう」

 

 

 何の危機感も感じていない様子のおっちゃんからは予想通りの回答が得られた。

 

 走り鷹鳶はおっちゃんの説明通りだが、ついでにリザードランナーについて補足しておくと、エリマキトカゲを人間大にしたようなモンスターで、繁殖期になると姫様ランナーという、言うなれば女王蜂みたいな雌個体を巡ってたった一頭の王様ランナーという個体を決めるために熾烈なバトルを繰り広げる奴らだ。

 バトルと言ってもその方法は徒競走のように、シンプルに誰が一番走るのが速いかで決める。

 これだけなら特に危険も無く、むしろ勝手にやらせておけば?といった感じなのだが、侮れないのはその速度である。

 馬の全速力を超えるようなスピードで走るモンスターが民家に突撃してきては堪ったものではないだろう。しかも数が百も下らないものだから一般ピーポーではどうしようもない。

 ご多聞に漏れず冒険者が出張った訳だ。つまりこのDIOが。

 

 テイラーのパーティーに雇われてクエストに行ったのだが、いやあ、姫様ランナー一頭倒せば雄どもは勝手に落ち着くってんだからあんな楽な仕事は無かったさね。

 速いっていっても俺の速度からすればカタツムリも良いところだ。合間を縫って狙うのは容易かったし、リーンその他の面子もサポートしてくれたので美味しくクエスト達成の打ち上げ代になっていただきましたとも。

 その後ダストが金を使い過ぎたと泣き付いてくるのはご愛嬌。

 彼はあれだね、学習とかしないのかね。………無理かな。無理だな、うん。

 

 

「はい、先生!」

 

 

 と、カズマにモンスターの生態について授業をしていると、カズマが先ほど指差していた方向を見ながら元気良く手を上げた。

 

 

「元気があって大変よろしい。何でしょうカズマ君」

 

「砂煙が………っていうか多分走り鷹鳶とやらは真っ直ぐこちらへ向かってくるようなのですがそれについても補足お願いします」

 

「……………?」

 

 

 再び身を乗り出して目を凝らすと、大分近づいて来たお蔭か今度は俺にも視認する事が出来た。

 カズマの言う通り、この馬車目掛けて直進している気がする。が、見た所この馬車には積み荷らしい物は特に無い。奴らが望むような硬い物体など無いというのに、一体何が目的でこっちに走って来ているのだろうか。

 

 硬い物……、硬いもの……、硬いモノ……、硬い……剣………?

 

 

「「………あっ」」

 

 

 俺と全く同じタイミングで声を上げるカズマ。おそらく至った結論も同じだろう。

 

 カズマがこちらを振り向く前に高速で首を捻って明後日の方向を向く。僕悪い事してないよ。

 

 

「おいゼロ、お前、その剣。デュランダルの神器としての効果もういっぺん言ってみろ。確か世界で一番硬いとか何とか言ってたよな」

 

「言っ……たかもしれんなぁ」

 

 

 あ、やべーわ。これやべーやつだわ。超怒られるパティーンだわ。

 

 

「嘘を言わないのは立派だな。じゃあもう一つ聞かせてもらうぞ。

 あいつら、その剣が目的でこっちに来てるんじゃないだろうな」

 

 

「………可能性は、否定できない」

 

「こっち見ろおい」

 

 

 カズマの顔が見られない俺がそっぽを向き続けていると。

 

 

「お、お客さん!何故か走り鷹鳶の大群がこの馬車を狙って来ていますが、大丈夫ですからね!

 こんな事もあろうかと護衛に冒険者の方を雇っていますから!心配いりませんから!」

 

 

 おっちゃんが俺達が不安がらないようにか、殊更に明るく振る舞う。

 

 やめてくれないだろうか。カズマの視線も相まって罪悪感に押し潰されそうだから。もう許してくれないだろうか。

 というか奴らは本当に俺のデュランダルを目当てにしているのか?

 もしかしたらそれは勘違いで、実は並走している冒険者達が何かしらの鉱石を持っていてそれを狙っているのではないか。

 

 一応、念の為、デュランダルを外に出して様子を見てみる。

 その直後に砂煙の進行速度が上がった気がした。

 

 ……………………。

 

 

「カズマ、大変な事実が発覚した。原因は俺だ」

 

「見りゃ分かるわ!何だよ、せっかくお前とクリスがいればあいつらのお守りが楽になるって思ってたのに、今回はお前までトラブルの元なのかよ⁉︎」

 

 

 

 誠に遺憾である。

 

 

 

 

 


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