この素晴らしい嫁に祝福を!   作:王の話をしよう

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再投稿。







83話

 

 

 

 ※

 

 

 アルカンレティアからほんの僅かも離れていない荒野。元は草原だったのだが、周囲の丈の短い草などはとうに枯れ果て、緑と呼べるものは今は俺が力なくもたれ掛かっている大きめの樹だけだ。

 

 マントの切れ端を口元に当て、荒くなりそうな呼吸を整えながら想う。

 今までの旅路、アクセルでの生活でも何度も「死ぬかもしれない」と思った事はあった。

 だが、こんな確信めいた予感を抱いたのは生まれて初めてだ。

 

 

「………俺、は………ここで……死ぬん、だろう……な………」

 

 

 この場で立っている人間は俺一人。

 いつもならばただの独り言に過ぎないその言葉にしかし、今は応える声があった。

 

 

『だから最初っから『死ぬぞ』って言ったんだっての』

 

 

 変声機を当てたかのような、甲高い不自然な声色。

 けれど、今はそれが妙に心地いい。片耳が溶け落ちているからだろうか。

 

 

『おまけに助かる最後のチャンスまで逃しやがってよ。そのままじゃお前、あと十分も持たねえぞ。

 …………けどま、合格だ。オレの力貸してやるよ』

 

「………今までも結構世話になってたと……ごほっ、思うけど………?」

 

『いや、今までの比じゃないと思うがね。……ま、どれもこれもお前がここを乗り切れたらって仮定が付くが』

 

「じゃあ無理だろ……、皮肉にしか、聞こえねえな……」

 

 

 ありがたい申し出だが、どうせなら手遅れになるよりもっと前に言って欲しかったものである。

 こんな死ぬ直前に言われても持て余すだけなんだが。

 心の中だけで声の主を批難していたその時。

 

 ズルリ。

 

 何か、湿った物が地を這うような音。

 

 

『 ! 来るぞ』

 

「わ……かってる、まだ何とか、見えてるよ……。距離感とかは……あんま分かんねえけど………」

 

 

 ………そうだ。俺はもう死ぬ、それはもう変えられない。

 結局はバニルの言った通りだったな。未来が分かってても意味なんざ無いってこった。

 

 ズルリ。

 

 また聞こえる。今度は先ほどまでよりも俺に近い位置から。

 

 死ぬ、それは良い。いや良くないけど、良い。

 人間はいつか必ず命を失うのだ、大局を見ればそれが遅いか早いかの違いでしかない。だから、それは良い。

 俺が我慢ならないのはーーー。

 

 ズルリ、ズルリ。

 

 少しずつ、音が近づいて来る。そこまで機敏じゃないのがせめてもの救いだな。

 

 俺が我慢ならないのは、俺の死が無駄になることだ。無駄死にが、犬死にすることが恐ろしい。

 何も成せずに死ぬことが、堪らなく恐ろしい。

 魔王軍の幹部を数人倒した?魔王城の結界を幾分か弱めた?

 足りない。全然足りない。もっと、もっと何かを遺したい。

 誰かに憶えていて欲しい。誰かに「お前が居てくれれば」と、そう思われるようになりたい。ーーー誰かに、必要とされたい。

 

 ズルリ。

 

 再び音が接近する前に背にしていた樹から離れる。この樹だけは何が何でも死守しなくては。

 重心が右に寄っている状態の覚束ない足取り。普段の速度など見る影もない。

 いつ動かなくなってもおかしくない脚を必死に動かしながら音源を確認しようとすると。

 

 

『見なくていいから走れ。真上から叩きつけ、時間は三秒後だ』

 

 

 ここ一時間程で聞き慣れたぞんざいな指示。それに従って碌に動かなくなった脚で無理矢理に身体を横に投げ出す。

 数瞬後、跳ぶ前に俺がいた場所に何かが直撃し、衝撃と共に飛沫が跳ねた。

 ジクジク痛む身体を起こし、自身に届く飛沫だけをデュランダルで防ぎながら精一杯の闘志を込めて目の前に立ち上がる巨大な物体を睨み付ける。

 

 何かを成し遂げたい、人の役に立ちたい。その気持ちは今も持ち続けている。だが、もう間に合わない。その願いは叶わない。

 だったら………ああ、だったらその前にーーー。

 

 物体がその巨体を揺らし始める。これもこの一時間で見慣れた、何かを飛ばす予備動作だ。

 その動きに合わせて切り札である、ここにはいない仮面の友人から貰ったマジックスクロール右手に備える。

 本当なら左手にも盾としてデュランダルを構えたいのだが………、無い物ねだりはしても仕方がない。

 

 

「せめて………お前は………」

 

 

 飛来するのは死の弾丸。一発でも命中すれば常人なら即死を免れない猛毒(・・)の塊。

 飛んで来る物などどうでもいい。それを放つ相手から注意を背ける余裕など有りはしないのだから。残された力を震える脚に注ぎながら最後の………、最期の覚悟を決める。

 

 

 お前だけは必ず…………!

 

 

 

 ※

 

 

「さあ、着いたわ!ここが水と温泉の都、アルカンレティアよ!ワクワクして来たわね‼︎」

 

 

 水の女神だけあって水に縁のある場所では元気になるのか、アクアが馬車を降りて真っ先に発した言葉がそれだった。

 パッと見た街並みは意外にもアクセルと大差ない。俺もアルカンレティアには初めて来たので、水の都というからにはヴェネツィアやアルトマーレのような水路でもあるのかと思っていたのだが、そんな事はないようだ。

 ただ、水要素を主張したいのか、噴水が多目に配置されている気がする。

 上を向くと、所々で湯けむりらしき白い靄が幾つか立ち上り、風に乗って微かに硫黄の匂いも流れてきた。

 

 

「………なるほど、日本の温泉街を西洋風にしましたって雰囲気だな」

 

「あ、それすげーわかる」

 

 

 日本の事をよく知っているカズマも同意してくれたが、実際にそんな感じだ。

 いやに自信満々なアクア以外が、街を歩く湯治客の多さに驚いて田舎者よろしくキョロキョロしていると。

 

 

「お客様方、今回は本当にありがとうございました」

 

 

 昨夜の『あの馬車の窓、割れてね?』事件の時にお礼がしたいと言っていた商隊の人が歩み寄りながら頭を下げてきた。

 

 

「そちらのお客様が礼金はどうしても受け取って頂けないという事ですので、せめて私が経営する旅館に無料でご宿泊できるように取り計いました。是非そちらでおくつろぎください」

 

「う……、そ、それもできればご遠慮したいんですけど……」

 

「何を仰いますか!あなた方がいなければ今頃どうなっていたか……。これだけは私も譲れませんからね!」

 

 

 話を盗み聞くに、この人はどうも商人であると同時に旅館の経営者でもあるようで、その旅館にタダで泊めてくれるんだとか。

 なるほどね、金は受け取らないけど別の形でならって事か。あの後何を話してんのかと思ってたらカズマも中々良い折衷案見つけたモンだ。こいつも意外と律儀なとこあるよなあ。

 

 

「おう、兄ちゃん。ちょっとこっち来な」

 

「ヘイ?………なんでしょう」

 

 

 内心でカズマに感心していると、人との距離の測り方が大雑把なあの冒険者リーダーが手招きしているのが見えたので、非常に嫌な心持ちで耳を寄せた。

 

 

「何の用ですか?」

 

「つれねえな兄ちゃん。兄ちゃんと俺の仲じゃねえか、堅苦しいのは無しにしようや」

 

 

 お前と俺の仲ならこれで良いだろ。

 むしろこいつ苦手だから早急に用件を済ませてさっさと解放してほしいまであるんだが。

 という訳でナチュラルに肩に腕回すのやめてもらえませんかね。

 

 

「はっはっはっはっはっ!」

 

 

 何わろてんねん。

 

 

「冗談はそこまでにしてよ、兄ちゃん達、アルカンレティアには純粋に旅行に来たんだろ?

 んなら耳に入れといた方が良いんじゃねえかってな。これでも俺ぁ親切で通ってんだぜ」

 

「はあ………?」

 

 

 俺とこいつで話すことなど無いだろうし、またぞろくだらない与太話だとタカを括っていたのだが、雰囲気から察するにわりと真面目な話っぽい。

 ので、一瞬だけ連れ五人の様子を見て、こちらに注意を向けていないのを確認してから続きを促す。それによると。

 

 

「……ここだけの話、最近この街である異変が起きてるらしいんだわ」

 

「異変……ですか。どんな?」

 

「温泉だよ」

 

 

 何だそりゃ。温泉街なんだから温泉が見つかるのは当たり前じゃねえか。

 それとも凄い効能がある温泉でも見つかったのか?ユクモ温泉的な効果が見込める物なら毎日往復してでも通わせてもらうぞ。

 

 

「あんたも知ってるだろうが、このアルカンレティアじゃあ温泉の数と質が有名だ。

 ………実はな、その温泉の質が一部、急激に悪くなってるそうなんだよ」

 

「……マジかよ」

 

「大マジだ。悪いトコじゃあ入った人間が意識不明になったり、身体の一部に異常をきたしたりと、随分ヤベエらしいぜ」

 

「え・えー⁉︎」

 

 

 温泉が有名な街で温泉の質が悪くなるとか死活問題だろ。街畳んで良いレベルだぞ。

 

 しかも他人事じゃ済まない。こっちはそれが楽しみで来てるってのに、入ったら体調崩すとか最悪の一言だ。原因とかはわかってねえのかな。

 

 

「それが、王都が何度か調査団を寄越したらしいんだが一向にわからないんだと。

 噂で聞く限りだと、毒物使ったテロの可能性も考慮されてるってよ」

 

「………人為的な物なのか?」

 

「だから噂だっての。確証みたいなのがある訳でもねえし、流石に陰謀論ってヤツだと俺は思うがね」

 

「あんた陰謀論とかいう言葉知ってたんですね。意外通り越してびっくりしましたよ」

 

「お、そんな褒めんなよ兄ちゃん!

 まあどのみちごく一部の温泉の話だし、気を付けてりゃ特に問題はねえだろうからよ、それだけ覚えときな!」

 

「皮肉は通じねえのか………あ、教えて頂いてどうもありがとうございます」

 

 

 最後は笑いながらそう締め括って仲間達と歩いて行くリーダーだが、笑いごっちゃねえぞこっちは。

 どうしようか。今からでもカズマを説得してアクセルに帰らせて………ああでもテンションMAXのアクアを制御できる自信がねえなチクショウ。

 

 ごく一部と言うのがどのくらいの確率なのか、この事は流石にカズマ達には話した方が良いだろうかということを考えながら俺も他のメンバーの元へ戻ると、そこには何故かクリスしかいなかった。

 

 

「あり?カズマ達は?」

 

「遅い、なに話してたんだよ!」

 

 

 どうやら俺の話が長かったので飽きたのか、他四人は別々に行動してしまったようだ。

 クリスは俺を気にかけてわざわざ残ってくれたらしい。天使かな?

 

 

「アクア先輩とめぐみんはフラフラ〜ってどっか行っちゃうし、ダクネスもカズマ君と連れ立って行っちゃうし!

 ゼロ君はゼロ君であたし達放ったらかしでお喋りでしょ?キミ達には協調性ってものが欠けてるよ全く!」

 

「そりゃ悪かったな。お前もアクアとかダクネスと一緒に行きたかっただろうに、俺を待っててくれてありがとうよ」

 

「………ま、まあ?結局泊まるとこは一緒なんだし、そんなに大事なことでもないから、あたしは別に良いけどさ」

 

 

 ぷんすこ怒ってここにいない面子の分まで責めてくるクリスを宥めながら、俺達も適当にアルカンレティアを練り歩く事にする。

 文句を言いながらも初めて来た街を歩くのが楽しいのか、クリスは楽しげにあちらこちらへ首を振るっている。

 

 小言はいいけどあんまりキョロキョロしなさんな。通りすがる方々に笑われても知らんぞ。

 

 

「誰かに迷惑かける訳でも無し、良いじゃん。こういう観光地に来るのってあたし初めてだからさあ」

 

「人、それをお上りさんと呼ぶ」

 

「それは違うんじゃないかなぁ。いやあたしもよくわかんないけど」

 

「それは違うよ!ってか?ははは此奴め、(かぶ)きおる」

 

「キミはホントどこでも意味わかんねえなぁこんチクショウ!」

 

 

 旅先でも安定のクリスの世間知らず弄りをしている俺に。

 

 

「キャッ⁉︎」

 

「おう?申し訳ない、ちゃんとよけたつもりだったんですが」

 

 

 すれ違おうとしていた女性がぶつかって来て、派手にコケてしまった。

 一応、手を差し伸べて助け起こしておく。

 

 

「なになに?ゼロ君ともあろう人でも旅行中は油断したりするの?女の人にぶつかっちゃダメでしょ」

 

 

 先程の意趣返しか、クリスがからかうようにそう言ってくるが、いくら何でもただ道行く人にぶつかるほどに気を緩めたりはしない。今のはまさしく『ぶつかって来た』のだ。

 つまりこの女性が新手の当たり屋か出会い目的でなければ多分ーー

 

 

「ああっ!何ということでしょう、足を挫いてしまったようですわ!

 すみませんがそこの方、少し肩をお貸し願えないでしょうか。あそこの教会まで連れていって欲しいのです。

 もし、もしあなたに人の心があるのであれば、私に怪我をさせた事を悔やむ気持ちがあるのであれば、そこでアクア様の素晴らしさについて語る会が開かれていますので参加して下さってもよろしいのですが………!」

 

 

 わざとらしく足をさすりながら上目遣いにチラチラと見てくるご婦人。

 ご婦人が指差しているのはアクアに似た彫像が正面に置いてある教会、アクシズ教の教会だと思われる。

 

 クリスがそういう事か!と得心した表情になったのち、俺が起こした女性に。

 

 

「あ、あの、すみません。あたし達はエリス教徒なので、アクシズ教への勧誘は遠慮したいなーって………」

 

「ぺっ!」

 

 

 そう言ったクリスの足元に、態度が急変した女性が唾を吐きかける。

 直撃させなかったのは最後に残った優しさだったのだろうか。させようとしても俺が回避させるが。

 

 足を挫いたと言っていたとは思えないほどの素早さでそそくさとその場を後にする女性にもう一度唾を吐かれたクリスはあまりの事態に頭が追い付かないのか、しばらく呆然としたままだった。

 

 話には聞いていたが早速洗礼を受けてしまったらしいな。

 今まで注視していなかったが、よくよく周りを見ると、どこを向いてもアクシズ教の教会が建てられている。

 

 そう、このアルカンレティアという街は『水と温泉の都』という肩書き以上に『アクシズ教の総本山』という悪名の方が響き渡っている街なのだ。

 入信している全員が狂っていると評判のアクシズ教徒。その総本山と罵られながらも観光客の絶えないこの街は実は凄いのかもしれない。

 むしろその強引な勧誘さえも売りにしている説まであるから商魂逞しいやな。

 

 

「ぺっ!」「ぺっ!」「ぺっ!」

 

 

 おそらくアクシズ教徒だろうが、周囲で話を聞いていたらしい人間達も地べたに唾を吐き付けていく。

 

 ちなみにアクシズ教徒とエリス教徒の仲の悪さは有名である。専らアクシズ教徒が一方的に攻撃する側であるのは言うまでもないが。

 

 

「ぺっ!」

 

 

 ………この街はさっさと滅びた方が世の中の為になる気も、ちょっとする。

 

 

 

 

 


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