この素晴らしい嫁に祝福を!   作:王の話をしよう

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再投稿。







84話

 

 

 

 ※

 

 

「ああ!そこのあなた、顔に不幸になる相が出ていますよ!

 ですがご安心、今ならアクシズ教に入信してアクア様を崇拝するだけでその不幸が跡形も無くーーー」

 

「…………あの、あたしエリス教徒………」

 

「ぺっ!」

 

「…………………」

 

 

 もはや何度見たかもわからない光景。いつまで経っても慣れないのか、去りながらこちらを睨む若い男性を何とも言えない表情で見送るクリス。

 そろそろ見ていられなくなって来たので、口を挟むことにする。

 

 

「お前さっきっからわざとやってんのか?ダクネスならあんな扱いもアリだろうが、まさかお前までそうだったとはな。さすが親友ですね」

 

「じゃあどーすりゃ良いんだよ‼︎」

 

 

 鬱憤が溜まっていたのか、落ちていたゴミを力一杯蹴り飛ばす。逆ギレ&八つ当たりはよろしくない。せめて人には当たらないでくれよ。

 

 

「何でアクシズ教徒達はこんなにウチの子達を嫌うんですか⁉︎私もあの子達も悪いことしてないのに!

 ………ゼロさんも何か言ってくださいよ!」

 

「だから人に当たるなって………。あと素が出てんぞ」

 

 

 何か言ってくれと言われても。他宗教との小競り合いは仕方ないだろうよ。地球でも消えてない物をここで失くそうったって無理だろうし。

 ああなる事はもう前提として、馬鹿正直にエリス教徒だって明かさなきゃそれで良いだろ。

 あれはどうにかしようとしないお前だって悪い。

 

 

「正直良いじゃないですか!正直で何が悪いんですか!」

 

「悪かねえよ。悪かねえけど、この世ってのは本音と建て前を使い分けるのも上手な生き方ってこと」

 

「………本音と建て前?」

 

 

 訊き返されたので少し掘り下げてやるか。

 一つ頷いて教鞭を取る。

 

 

「例えばの話、お前が誰かに痴漢されたとしよう。この場合は俺の内心は、本音「ヤメロォ!」建て前「ヤメロォ!」になるわけだ」

 

「何でそのチョイス……。それによくわからないですし」

 

「一方で、エリス時のお前のスカートを誰かがめくった時の俺の心は、建て前「ヤメロォ!」本音「ナイスゥ!」となります」

 

「何でさっきから私を引き合いに出すんですか⁉︎しかもなんかいやらしい方向に!」

 

 

 どうもピンと来ないようなので、仕方なしに実践して見せる事にした。我が勇姿を見るが良い。

 

 

「あら、そこのお兄さんイケメンね。でももっとイケメンになる方法があるわよ!

 ほら、これを御覧なさい!『アクシズ教に入ったお蔭で彼女ができました!』『アクア様を崇めるようになってから顔が良くなり、モテるようになりました!』などなどのお便りがこんなにたくさん!

 あなたもアクシズ教に入って毎日をもっと楽しく過ごしませんか?」

 

 

 ちょっと歩いただけでまた勧誘に引っかかってしまった。

 今度はクリスを後ろに回していたからか、俺にタゲが集中したようだ。まあそれが狙いなんだが。

 

 ………ゴホン。

 

 

「そうですね!僕もアクシズ教に入信してからは毎日が楽しくて仕方がありません!」

 

「ぼふぅっ⁉︎」

 

 

 俺が目をキラッキラに輝かせてアクシズ教徒のフリをしてやると、何かツボにハマったらしく、クリスが吹き出して腹を抱えてしまった。失礼な話である。

 勧誘してきた女性は同類を見つけたのが嬉しいのか、そんなクリスには気付かない様子で。

 

 

「まあ!まあまあ、これは失礼しました!

 同志を見抜けないとは私もまだ修行が足りませんわ!」

 

「いえいえ、お気になさらないでください、よくある事ですから。

 それでは、僕たちはこれで失礼しますね。貴女にもアクア様の加護があらんことを」

 

「ええ、あなた方も、今日という日が良き一日であるように祈っておりますわ」

 

 

 そのまま女性は新たなるカモを探すべく去って行く。

 女性の姿が見えなくなるまでその背を見送り………。

 

 

「ぺっ!……口が痒くなっちまった」

 

 

 真っ赤な嘘ってのはやっぱり慣れねえな。真っ赤な誓いなら熱唱するんだが。普段は嘘なんざ吐かねえから体も痒くなってきた。

 狂信者供がよくやるように地面に唾を吐いてからクリスに向き直る。

 

 

「さて、このように世の中ってのは本音よりも建て前を優先して廻るもんだ。

 お前もわかったら今後この街でエリス教徒を名乗ることは控えて………」

 

「ぼ、僕………ゼロ君が僕って……っくく……」

 

「………………」

 

「ようしわかった!わかったからその顔はやめない⁉︎

 キミ顔しかめると怖いんだって!あたしは慣れたけど子供とかが見たら泣いちゃうからマジで!」

 

 

 いつまで笑ってんだ、と渋面を作ってやると、慌てたクリスが俺の顔を戻そうとグニグニしてくる。

 

 せっかく嫌な思いをさせないように回避させる術を教えてたってのにそっちのけで笑われたりしたら誰だってこうなる。

 俺に非は無いと思うのだが、どうか。

 

 

「ゴメンゴメン、とにかくアレだろ?キミの真似してアクシズ教徒の人達を騙せってことでしょ?

 あんまり褒められた行為じゃないけど、まあやってみるよ」

 

「直前までの物や人に当たるお前の行為は褒められた行為どころか普通に責められるべき行為だけどな」

 

「…………………………」

 

 

 せめて何か言えや。

 

 

 

 

 ※

 

 

「ああ、そこの人。この紙に名前を書くだけで世の人が一人救われるのですが、貴女も救世主になってみませんか?

 今ならアクシズ教徒を名乗れる缶バッジも付いてくるのですが」

 

「えーっと……あたしもう入信してるんだけど……」

 

「おや同志でしたか、それは失礼。貴女にもアクア様の祝福がありますように」

 

「はは、どうも………」

 

 

 おお、ゼロ君の言う通りにしてみたら驚くほどスムーズ。女神として天界にいるだけではこういう時の対処がわからないので、彼がいて助かった。

 思えば彼には何かを教えてもらってばかりな気がする。

 

 

「………やっ、……してっ……!」

 

「……しく……!」

 

「うん?」

 

 

 特に行く当ても無いので、アクシズ教徒の子達からの熱心な勧誘を避けつつ、途中にあった屋台で何か適当に買って二人揃って行儀悪く食べ歩いていた時。どこかから男女が争うような声が聞こえてきた。

 見ると、路地の奥で若い女の人が男の人二人と揉み合っている姿が。

 女性の方は抵抗している様子だが、男性二人がかりでは手も足も出ず、女性の服を脱がそうとしている。

 どこからどう見ても婦女暴行しようとしている悪漢だ。

 ゼロ君は気付いていないようなので、慌てて袖を引っ張って静止させる。

 

 

「ちょっとゼロ君あれ!」

 

 

 あたしの言葉でようやくそちらを向いたゼロ君。これで一安心、と思いきや。

 

 

「………ふーん」

 

 

 フイッと何事も無かったかのように元の方へ歩こうとしてしまう。

 

 

「ちょちょ、ちょい!今見たよね⁉︎何やってるのさ、早く助けないと………!」

 

 

 行ってしまいそうなゼロ君を縋り付くように止める。

 彼は確かにあちらを見た。目に入らなかったとかではなく、はっきりと。

 その上で無視を決め込むというのはさすがにどうなのだ。

 彼が全ての人間に優しいわけではない事くらいはわかっているが、それでもあんな現場を見て放っておけるほど冷酷ではなかったはず。

 

 しかし、人の役に立ちたい思いから冒険者となったはずの彼の答えは。

 

 

「は?助ける?何を、なんで?」

 

「な…………っ!」

 

 

 あまりにも無情な返答に一瞬で頭に血が上り。

 

 

「もういいよっっ‼︎」

 

 

 そう怒鳴ってから踵を返して救出に向かうべく路地に駆け出した。

 

 何なんだゼロ君は!あんなに人助けがしたいと言っておいて、いざ目にしたら見て見ぬフリかよ!

 大体、周りの人も周りの人だ!こんなにたくさん歩いていながら女の人一人助けようとする気概がある奴がいないなんて、そんなにこの世は腐ってしまったのか⁉︎

 

 女神としてはあるまじき憤怒で肩を怒らせながら、今まさに服を脱がそうとしている悪党どもの前に立つ。

 これでも冒険者だ。レベルはさほど高くないとはいえ一般男性二人程度であれば返り討ちに出来るだろう。

 

 

「そこまでだよ悪党!大人しくその人を離せ!」

 

 

 あれ、今あたし自分で言うのも何だけど結構カッコいいんじゃない?そんな場合でも無いんだけど。

 

 あたしの大声にビクリとした男達が驚いて手を止める。

 それに調子付いたあたしは、そのままダガーで滅多刺しにしてやろうと得物を抜いて突撃する……寸前に、何者かに肩を掴まれた。

 

 このタイミングであたしを邪魔するとはきっとこの悪党達の仲間に違いない、と反転して背後に立つ人間の腹部辺りを狙ってダガーを突き込んだーーー、

 

 

「痛ったい‼︎」

 

「えっ……、ゼロ君⁉︎何して……っ」

 

 

 なんと、後ろに立っていたのはゼロ君だった。

 なぜ来たのか、なぜ邪魔をするのか、本気でお腹刺しちゃったけど大丈夫なのか。何が何だか分からないままにゼロ君のマントで包まれる。

 

 

「いやあすみません、こいつったらアクシズ教徒だってのに正義感が一丁前に強いもんだから。

 見たところいつもここで勧誘してる方ですよね?僕達は今日この街に着いたばかりなんですよ。なので、慣れてなくて本物だと思っちゃったみたいです」

 

 

 混乱するあたしを他所に、腹を刺されたはずの当のゼロ君は平然と目の前の男二人、いや、襲われていた女性も併せて会話を始めた。

 …………どういうこと?

 

 

「あ、あ〜そういうことですか……。いきなり刃物を持ち出すから何事かとびっくりしましたよ………」

 

「これは失礼。我々も少々芝居が真に迫りすぎましたかな、ハハハ!」

 

「あのう、今あなた刺されたように見えましたけど、大丈夫なんですか?良かったら回復魔法をお掛けしますよ?」

 

 

 男性は姿勢を正しながら、女性は服を直しながら。今のことなど無かったかのように振る舞う。

 

 

「お気遣い無く、鍛えてますので問題はありません。

 ………それでは僕達はこれで。あなた方にも、女神アクアの加護がありますように。

 ……ほれ、行くぞクリスチャン。間違えた、クリスちゃん」

 

「え、あ、うん……?」

 

 

 ゼロ君に連れられて路地を抜け出して歩く。

 特に何かを説明してくれる雰囲気じゃなかったので自分から切り出す事にした。

 

 

「………どういうこと?」

 

「どういうことって………、まだわかんねえのか。あいつらはアクシズ教の勧誘だよ、今日だけで何回遭ったと思ってんだ。

 多分お前みたいに助けに行った奴に『アクア様の加護で追い払ってください!』的なこと言って入信書にサインさせるつもりだったんだろうよ」

 

 

 彼らがアクシズ教徒だというのは、最後の方の会話でなんとなく察していた。察してしまっていた。

 

 ………それでは何か?あたしはまんまと騙されて、正義漢ぶって赤っ恥をかいた間抜けな奴ということになってしまうのでは?

 急激に、さっきとは違う理由で首から上に血が上って行く。思わず顔を手で覆ってしまった。

 

 

「うああああ〜〜〜………」

 

「お前さっき自分のことカッコいいとか思ってただろ。顔に書いてあったぜ」

 

「そ、そういう事は口に出さずに心の中に閉まっておいて!

 ……うぅ、ゼロ君ごめんね、ダガー思いっきり刺しちゃったけど大丈夫?」

 

「ああそうそう、それもだ。お前街中で刃物なんざ抜くなよ。

 あんなもん向こうの態度によっちゃあ警察沙汰待った無しだったぞ。俺ですら街で剣抜くことはしないんだから、もちっと自重しろよ」

 

 

 仰る通り。

 頭に血が上っていたこともあってその辺のブレーキが故障していたようだ。素直に反省しておこう。

 

 だが、先ほどの件で一つだけ気になることがある。ゼロ君だ。

 ゼロ君の反応から察するに、彼は一目見た瞬間にはもう彼らがアクシズ教徒の勧誘だと分かっていたようなのだが、それはどのようにして見破ったのだろう。

 

 

「………そうだな、気付いた理由ってのは色々あるが、一番は演技力ぅ……ですかねぇ……」

 

「演技力?でも、少なくともあたしには本物と区別が付かなかったんだけど」

 

 

 だからこそ見事に釣られてしまったんだし。

 それでもゼロ君から見たら違和感バリバリだったようで。

 

 

「まず女の方だが、抵抗が弱すぎる。

 本当に嫌なら相手の目を潰したり、爪を立てて腕を傷つけたり、急所蹴り込んだり、その辺に落ちてるガラスの破片でも何でも突き刺すもんだろ。さっきのクリスじゃねえが。

 あと、口を塞がれてもいないってのに声が小さ過ぎ。男が声を抑えるのは当たり前だが女まで音量落としてどうすんだ。助け呼びたいんなら喉が潰れるまで叫べっての。その点で行くと勧誘としてもありゃ失敗作だよ。

 

 次に男達。

 ………男だったら服くらい脱がさずにビリビリに破れよ、なんで襲う側が相手に配慮でもしてるかのように悠長に脱がしてんだ。その間に人が来たらどうすんだ?絶対邪魔されるね。

 動きもゆっくり過ぎる。お前が気付いた時点で服に手をかけてて、お前が向こうに着いてもまだ脱衣の途中とか亀かよ。せめて猿並みになって出直してきて、どうぞ。

 

 ………まあ他にも細かい所は多々あるが、少なくとも本物ではなくアクシズ教の勧誘か、そうでなきゃそういうプレイだと推察。

 そんで周りの反応だな。周囲の人間が『またか』みたいな顔してたの、気付かなかったろ。

 以上の事からあいつらはいつもあそこで勧誘かそういうプレイしてるヤベー奴らだと思って、俺は見ないふりしようとしたわけだ」

 

「キミ凄えな⁉︎」

 

 

 指を一本ずつ立てて順番に説明していくゼロ君に感服する。

 

 たった一瞥でそこまで考えられるんならもう探偵になったらどうだろう。

 先輩ならここでアニメとか漫画のキャラの名前を色々出しそうだけど、あいにくとあたしはそういうのには疎いからなぁ。

 

 

「つーかそこまでわかってたんならあたしにも教えてよ!とんだ赤っ恥じゃん!」

 

「む、そこは正直すまんかった。まさかお前が俺を女性がレイプされそうなのに放置していく鬼畜クソ野郎と思っているとは露ほども思わず、てっきり俺の反応で察してくれるもんだとばかり」

 

「この流れであたしを攻撃してくるキミは間違いなく鬼畜クソ野郎だよ!」

 

「フヘヘ、まあアレだ、今後は見抜けるように注意しておけよ」

 

 

 そう言っていつの間に買ったのか、飲み物が入った瓶を渡してくる。

 冷えた瓶を手に持ったと同時に急に喉が渇いてきた。どうやら慣れない事をしたせいで緊張していたようだ。有り難く頂こう。

 

 それにしても、彼にはやはり教えてもらってばかりだと改めて感じる。

 こうしてあたしの体調さえもあたし自身より把握している節があるから不思議だ。

 

 ………しかし、このままで本当に良いのかとも思うわけで。

 だってこっちは女神なのだ。迷える人間を導くのが本来の仕事であって、その女神がたった十数年しか生きていない青年に導かれてどうする。逆だろ普通。

 

 ………………。

 

 

「……ねえ、キミって悩みとか無いの?こう、人生に行き詰まった〜!とかさ」

 

「藪からスティックだな、どうした急に。……まあそうね、お前と結婚したいけど」

 

「あたし関係はなしの方向で」

 

「………じゃあねえなあ。そもそもお前には俺が日々何かに悩んで惑ってるように見えんのかよ」

 

「ほんとに?」

 

 

 彼らしくはあるけれど、やっぱり直接聞くと驚きが勝ってしまう。

 実際問題としてこの年頃の男の子が何の悩みも持たずにいるなど、かなり稀有な事例なのではないだろうか。

 そうでなくともエリス教の信者の子達……子達とは言っても老若男女様々だが。からは日々様々な告解が届くというのに、そんな事があり得るのか。

 

 

「そう言われてもにゃあ。昔はそういうのもあった気がするが、旅に出る前とーーー」

 

 

 そこでなぜかあたしを見て。

 

 

「ーーー出た直後に全部解決したからな。今の俺は正真正銘、ストレスフリーのゼロさんだよ」

 

「解決した?へえ、どんな悩みだったの、それ」

 

 

 さすがに産まれた瞬間から自意識を持っているだけはある。悩み自体はいつか抱いた事もあったらしいのに既に解決済みとは。

 

 昔のゼロ君の事はわからないし、本人から聞けるならそれが一番。どんな悩みを持っていて、どんなきっかけで解決したのか聞いてみる。

 

 

「………お前それマジで言ってんの?」

 

「え」

 

 

 今の今まで機嫌が良さそうだったのに、突然声のトーンを低くして目元を細める。怖っ、裏で何人か始末していそうだ。

 しかしあまり怒らない彼がこんな態度になるというのは、多分今の会話であたしが失言してしまったのだろう。

 その悩みについては踏み込まれたくなかったのか、どこかで地雷を踏んでしまったのかと焦っていると。

 

 

「う、あ、いや、悪い。わかんねえなら良いや、俺が勝手に特別視してるだけだしな」

 

「あ……、ううん。こっちこそごめんね」

 

 

 自己嫌悪したように首を振って、彼は悪くないだろうに謝ってしまった。……またか。

 普段から何かの要因で険悪なムードになっても、ゼロ君が真っ先に謝ってしまうお蔭で喧嘩にまでは発展しないのだ。

 こちらとしては助かる一方なのだが、彼の方で言いたいことを溜め込んでしまっているのでは、と逆に心配になってしまう。

 

 僅かに気まずくなり、少しの間会話が途切れてしまうが、そのうちにゼロ君がポツリと。

 

 

「………あんま気にすんなよ。『エリス』としてのお前は確かに人を導くのが仕事だろうが、今のお前はただの『クリス』だ。

 その姿でいる間くれえは誰かに教えてもらってばっかでも、責められるような事じゃねえだろ」

 

「…………んん?」

 

 

 え、彼は一体なんの話をしているのだ。

 直前までそんな事を話していた記憶は無いのだが。

 

 

「なんの話って………、お前が俺に教えてもらってばっかで女神としての威厳がどうたらこうたらとくっだらねえ事考えてそうだったからフォロー入れたんだが。

 急に俺の悩みを聞いてきたのはそのせいだろ?」

 

「前から思ってたけどキミのそのスキル何なの?もう以心伝心っていうか、普通に心読んでるよね?」

 

 

 もう凄い通り越して怖いんだけど。

 

 彼の言うにはあたしにしか使えないスキルらしいが、どうやったらそんな事が出来るようになるのか教えて欲しいものだ。

 そしたらあたしだってゼロ君に意表を突かれずに済むかもしれないのに。

 

 すると、ゼロ君は顎に手を当てて、ふと話を始める。

 

 

「昔話をしようか。お前は俺のお袋のことは知ってるか?女神として下界を見通せるらしいけど」

 

 

 首を横に振る。

 

 見通せるなどとご大層な事を言っても細かい部分は見ようと意識しないと見ることなんて出来ない。

 そんな事が出来るならゼロ君とはもっと早くに出会っていただろう。

 つまり、出会う前の彼についてはほとんど何も知らない。

 

 

「ふうん?いや、それなら良いんだ。俺のお袋はちっとばかし変わっててな。

 ある夏の始まる時期、こんな事があった」

 

 

 

 ※

 

 

『ゼロ〜、もう直ぐ夏だね〜』

 

『そうだな』

 

『暑くなるね〜』

 

『そうだな』

 

『………戦争の準備しなきゃね〜』

 

『そう……、……⁉︎』

 

 

 ※

 

 

「あの時は元々ちょっと変な人だったけど遂に壊れたか、と嘆きたくなったね」

 

「少し待とうか。………ごめんあたしもさっぱりわかんないや、キミのお母さん大丈夫⁉︎」

 

 

 全く以って意味がわからない。

 

 夏だから暑くなる、これは解る。

 だが夏と戦争がどのようにして繋がるのかが意味不明過ぎてこちらがおかしくなったのかと心配になってしまう。

 そんなあたしの様子を苦笑しながら見るゼロ君が一応、といった感じでフォローする。

 

 

「いやいや俺もそうだったんだが、どうもお袋は重度の圧縮言語の使い手らしくてな。普段の何気ない会話でふと出る言葉がすんげえ端折ってあるんだよ。

 詳しく話を聞くとまあ、なるほどとは思うんだなこれが。

 この会話は、

『夏が来る→女神エリス感謝祭が開催されるじゃん?→エリス教徒を妬んだアクシズ教徒がちょっかいかけるじゃん?→戦争じゃあ!→じゃあその準備をしなきゃね』

 ………ってことらしいわ」

 

「何それわかりにくっ‼︎」

 

 

 圧縮言語と言うのがどういう物か知らなかったが、どうも自分の中で話を纏めて、そのまま相手も自分と同じ理解をしているだろう仮定で話を進めてしまう事を言うらしい。

 困ったことにそういう人はたまに見るなあ……。

 

 というか、結局ゼロ君はこの話から何を伝えたかったのだろうか。それも謎のままなんだけど。

 

 

「だからさ、俺が『以心伝心』を使えるのはそんなお袋と長年暮らしていたからなんだよ。

 相手が自分の中だけで話を完結させちまうなら、それを察してやんなきゃだろ?

 そんだから俺は相手の考えを読むのが他の人よりもほんのちょっと得意なんだって事を言いたかったのよ。

 お前以外相手でも、発した言葉がどれだけ本気かくらいは分かる程度にはな」

 

「ああ、なるほどねえ」

 

 

 多分それもさっきの勧誘擬きを見抜く材料になったのだろう。

 彼のこういう、剣だけじゃなくて多芸な所は純粋に凄いと思う。

 

 

「特にお前は表情に出やすいし、読みやすいんだよ。治せ、とは言わんがポーカーフェイスの練習をすることをお勧めするね」

 

「……………むう」

 

 

 なんとなく、嫌ではないがなんとなく悔しい気持ちになって隣を歩くゼロ君を見上げる。

 ここまでやり込められると、どうにかして一矢報いたい気分になるのは、単なるあたしの我が儘なのだろう。

 

 そうやって歩きながらどうにか隙を見せないかと観察していると、ちょうどゼロ君があくびをして………あくび?

 

 

「………?ゼロ君が人前であくびなんて珍しいね。眠いの?」

 

「ぁふ……あ?俺か?」

 

 

 ゼロ君はキミしかいないだろ。

 

 いつもは気を張っているのかなんなのか、彼がこうして緩んだ姿を見せるのは非常に珍しい。

 昨日のゾンビ騒動で寝不足なのではと思ったんだけど。

 

 

「………うーん?違うと思うがね。ただ単に脳に酸素が足りなかっただけだろ。

 俺は眠いとかいう感情とは最近は無縁だし………ってかあれ?お前ゆうべのゾンビ騒動知ってんのか。ダクネスとかから聞いたとか?」

 

「何言ってんの?見てたに決まってんじゃん」

 

 

 そもそも何故知らない前提なのか。普通に知ってるっつーの。

 しかしゼロ君は何が不思議なのか、納得の行かないご様子。

 

 

「でもお前ゾンビ襲来の時は寝てただろ?馬車の中でめぐみんと一緒にさ。

 それともありゃ狸寝入りだったってのか?ゾンビ目の前にしてお前が?」

 

「はあ?」

 

 

 何故そうなる。確かに『クリス』であるあたしは馬車の中で睡眠をとっていたが、意識は『エリス』として天界にいるのだから見る事くらいは出来るだろうに。

 

 

「………?なに、お前って『エリス』が変装して下界に降りてきてるんじゃないの?」

 

「………違いますけど?」

 

 

 あれ?言ってなかったっけ。

 

 エリスとクリスの身体は別個で、どちらかが眠るともう片方に意識だけが移動するって、あたし言い忘れてたっけ。

 

 

「……え、初耳なんですけど。俺はてっきりワープゲートみたいなモノがあって、変装してそこから天界行ったり下界行ったりしてるもんだと思ってたぞ」

 

「あー、まあそういう事も出来なくはないんだけどね。

 一々変装するのって面倒くさいじゃん?女神としての力も封印しなきゃいけないしさ。

 だったら最初から肉体を二つ用意して、意識だけで移動したら楽ちんじゃない?

 普段はエリスに戻る時はエリス教の教会に部屋を貸してもらってそこから意識だけを飛ばしてるんだよ」

 

「それは確かに。いやしかし………」

 

 

 ガーン、とショックを受けたような顔でブツブツと何事かを考えるゼロ君を見て、少しだけスッキリする。

 

 どうせすぐに驚かされる側に回らなきゃいけなくなるんだから、この間の僅かな時間くらいは情けない優越感に浸るくらい、許されても良いだろう。

 

 

 

 

 


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