再投稿。
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「それにしてもキミ、嘘を見抜けるって便利だよね。あたしみたいに紛らわしい勧誘とかに引っかからずに済むんだろ?いいなぁ、無敵じゃん」
「まだその話すんのかよ……」
そろそろ日も傾いてきたという事で、カズマ達と合流する予定の旅館とやらに向かうまでの道中。
俺のやや誇張した自慢話がそんなに羨ましいのか、クリスがいいないいなと繰り返す。
俺としちゃあさっきのでその話題は終わったつもりだったんだが、一つの事にここまで食い下がるクリスというのも珍しい。
ここでもう少し俺という存在を大きく見せたいところ。ただ、残念なことに種切れだ。
それに引っかからずに済む、というのは疑問が残るな。たとえそれが嘘だとわかっていても釣られざるを得ない事態も十二分に考えられる。
「嘘だとわかっててもって……、嘘なら別に無視すりゃ良いじゃん」
「それが出来ない場合って事だよ。人によってはそれすらも無視できる強者もいるだろうが、俺はちっと自信ねぇな。例えばーー」
「リンゴいりませんか〜、一つ二百エリスですよ〜、もし今日売れ残ったらおかあさんに怒られるんです、買ってくれませんか〜」
「ーーこういうのな」
溜め息を吐いて声がした方を振り向くと、小さな女の子がいた。五、六歳くらいか。
リンゴを売り歩いていたらしく、手に提げた小さめの籠にはまだ幾つかのリンゴが入っている。
……ちなみにもちろん入信書らしき紙切れも確認できます。
こういうのホント狡い。無視しようもんなら周りから白い目で見られるわ罪悪感半端ないわで誰も救われないと思うんじゃが、じゃが。
話をしている最中にちょうどいい例が向こうからやって来るとは、運が良いのか悪いのか。いや、今回は良かったという事にしておこう。うん。
あまり待たせるのもアレなので、目線を合わせるように屈んでから幼女に返答する。
向こうから来たんだからね、事案とか言わないでください売り子なんだからしょうがないじゃん。
「そうだなぁ、じゃあリンゴを二つ……六つ貰おうかな」
「ほんとですか?ありがとうござい……あ、リンゴ五つしかない……」
「ああ、じゃあ五つでいいよ。ほら千エリス。帰るまでに落とすなよ。
…………ちなみに僕達はアクシズ教徒だから、入信書は要らないからね。純粋にリンゴを買わせてもらっただけだから、その入信書はゴミ箱にでも捨てて行くといい」
渡されてから突き返すのも忍びない。機先を制して受け取りを拒否っておく。
どうよこの完璧な対応。おまいらなら事案だがイケメンならば許されるという世の中の縮図といっても過言ではない……過言か。
つっても最後の言葉は必要なかったようだが。
リンゴが全部売れた事にテンションが上がってしまったのか、入信書を渡す素ぶりすら見せずに笑顔でこちらに礼を言って走って行ってしまう。
ただし、その礼の内容が問題だった。
「ありがとう、怖い顔のおいたん!ばいばい!」
「怖い顔のおいたん⁉︎」
訂正させようにも、幼女はさっさと夕方の人混みの中に消えてしまった後である。
何故絶妙に人の心に傷を残して行ってしまうのか。ナチュラルにドSな幼女とはたまげたなぁ……。
俺は河合荘のシロさんでは無いからして、そのような悪意のない罵倒では興奮できないというか普通に傷つくんですがね。
「待て待て、一口においたんと言っても年齢は様々だぞ。『パパ聞き』のおいたんなら歳は近い。
だが『フルハウス』のジェシーおいたんならば俺とは年齢が一回りほども差があるからして、ちょーっと許容出来ないかな………」
「何ブツブツ言ってんのさ、早く旅館に行くよ、『怖い顔のおいたん』‼︎」
そんなに老けて見えるだろうか、とそれなりに気にしている俺をからかうようなクリスの含み笑いが何とも癪に障った。どうしてやろうか。
※
「ふうぃぃぃぃぃ………」
ここは商隊のリーダーに指定された旅館という名の洋風の建物に備え付けられた露天風呂。
どうもカズマ達は一度この旅館に来てから街に繰り出したようだ。受付の人がそう言っていた。
帰ってくるのを待つのも何だし、先に風呂を頂いておこうというクリスの提案の元、こうして入浴している次第である。
アルカンレティアでは珍しくないのかもしれないが、この銭湯は通常の男湯と女湯の他に混浴がある。
どうせならクリスと一緒にでも入りたかったので誘ってみたのだが、クリスから
「キミだけならともかくとしても他の人もいるかもなんだろ?嫌だね」
とスッパリ切られてしまったので、一人で混浴に入っている。まあ当然の反応ではあるので良いんですけどね。
………え?何でクリスもいないのに混浴にいるかって?その質問には俺だって男だ、という回答で納得して頂けると思う。
カズマではないが、混浴などに抱く男のロマンも分からんでもないのだ、多少なりとも目の保養になればとクリスには内緒で足を踏み入れたのだが………。
「………予想とは違うけど誰もいないってのも貸し切り感あって良いもんだな………」
湯船に浸かりながら周囲を見渡してひとりごちる。
あまり流行っていないのか時間帯の問題なのか。俺以外に人の姿が無いのは少し残念だが、混浴ってのは基本的に若い女性客が利用する事は少ないものだ。いたとしても良いとこ彼氏付きだろうな。
歳を召されたお婆さんの裸体を見たところでどうしたらいいのかわからなくなってしまうし、これはこれで良かったとも言えよう。
「あら?先客がいたのね」
「うん?」
そのまま湯面に揺蕩うことしばし。どうやら他の客が来たようだ。
危ない危ない、油断してて気配を一切感じられなかった。この人が敵だったら死んでたぞ。
股間のタオルを確かめてから声の主を見る。
「オオ、ホントにデケエな!オオ、ホントにデケエな!」
「ヒッ⁉︎」
「……ああ!す、すみません、つい………」
「い、いえ。別に構わないのだけれど、何故二回も言ったの………」
言ってねえよ。
目に飛び込んで来た二つの爆弾のせいで咄嗟に変態的な言葉を発してしまった。
いや、それも仕方ないという物。なにせ目の前の女性は若い上に美人でスタイル抜群ときている。
俺だったから自制できたものの、カズマだったら危なかったかもしれない。
どちらにしてもこんな所でたった一人でいるべき人間でないことは間違いないが。
「………?見たところお一人のようですがなぜ混浴に?」
そう、彼女は一人だ。
混浴を一人で利用する女性客は相当に珍しいのではないか。何が目的なのだろう。
「この後ここで待ち合わせているのよ。尤も、彼は温泉に入ることは出来ないのだけれど」
「ああ、無粋でしたね。とんだ失礼をしました」
なるほど、温泉に入れない男性と待ち合わせ。
………何でわざわざ混浴でそんな事をするのだろうか。嫌がらせか何かにしか思えないのだが。
とはいえ、さすがにこれ以上は踏み込み過ぎだろう。何かしらの大事な話をするのかもだし、まだ堪能していたかったけど、俺は早めに上がらせてもらおうかな。
「……あら、出て行ってしまうの?貴方なら居てくれても構わないのよ?」
「は?………あの、どこかでお会いしましたか?」
だとしたらこの上なく失礼な話であるが、俺からはこんな美人さんの見覚えなどない。人違いではないだろうか。
しかし、クスクスと楽しげに笑う女性の答えは。
「いいえ、初対面よ。私が一方的に貴方の顔を知っているだけ」
何だそりゃ。新手の逆ナンか?だったらもう少し文言を精査してくれないと俺の心には一切届かないのだがね。精査しても届かないけど。
「あ、申し訳ないけれどそういうのではないから。貴方、自分が有名だってことを自覚した方が良いわよ?」
「……ははあ、なるほど」
そういや俺ってば結構な有名人でしたっけね。
基本王都かアクセルでしか活動してないから、アルカンレティアでも俺を知ってる人がいるとかは思いもしなかったな。照れちゃうぜ。
「それも少し違うけれど。というか貴方そんなキャラだったのね。……まあいいわ。
せっかく顔を合わせたのだし、今後この街の温泉にはあまり入らない方が良いとだけ言っておきましょうか。
この宿の温泉ならもうしばらくくらいは大丈夫だと思うから、入るならこの温泉にしておきなさい」
脱衣所に入っていく俺に、そんなよくわからない忠告をしてくれる。
……入らない方が良いってのは多分、冒険者リーダーから聞いた毒物騒ぎが関連してるって程度は俺にも分かるが、『この温泉はしばらく大丈夫』……?
この意味深な一言で一気にきな臭くなったぞおい。そんな言葉、この事件に何らかの形で関与してないと出て来ねえだろ。
まさか、誰かが作為的に毒物をばら撒いてるって噂の方が正しかったのだろうか。目下のところ一番の容疑者はこいつだが。
ただそうなると、俺に忠告したのはどういう訳だ?
こいつの俺を知ってる発言から察するに俺が冒険者としてそれなりにやるのは知っているのだろう。
そんな俺にわざわざ怪しまれるようなセリフ吐くってこたぁ、こいつ自身は犯人じゃなくて、だけど犯人は知ってるってとこか。
「なんて推理してみたところで全部無駄で、実際はただ身を案じてくれただけだったりするんだろうねえ」
「何ブツブツ言ってやがる。邪魔だ、どけ」
「あ、申し訳ない」
おっといけない。脱衣所に入った所で考え込んでいたせいで他の客の出入りを妨げてしまったようだ。
素直に謝罪して横にどくと。
「……おや?さっきぶりですね」
そこにいた男の顔には見覚えがあった、というか今まさに話を思い出していた冒険者リーダーだった。
あまり関わり合いになりたいタイプではなくとも、挨拶しないのは無いだろうと会釈する。しかし。
「あん?………ああ、この
色黒の男性は少しだけ首を捻ってから無愛想にそう言い捨ててさっさと露天風呂に入ってしまった。
ふむん?人違いにしては似過ぎていたような気もするが、まあ違うと言うからにはそうなんだろ。
確かにあいつだったら俺が挨拶せずとも俺に絡んで来そうだしな。
あの馴れ馴れしい性格を思い出し、苦笑しながらクリスと合流すべく脱衣所を出た。
※
「あら、ハンス……で良いのよね?また随分とゴツい格好してるわね」
「おうウォルバクか、良いだろコレ。ついさっき採れたばかりだぜ」
「ふうん。……それより、今しがた赤い髪の子に会ったでしょう」
「ん?ああ、あのガキか。あいつ、どうもこのガワと知り合いみたいでよ、挨拶して来やがったぜ」
「あの子が『死神』よ」
「………マジか。あんなガキが魔王様の懸念事項?かなりやりそうだとは思ったが道理で……つーか何でここに?まさか俺の計画がバレたんじゃ……」
「その心配は無さそうだったわ、単に旅行みたいね。
というか、魔王軍に出回ってる手配書くらいちゃんと目を通しなさい。人相だって書いてあるんだから」
「………………」
「………ハンス?」
「なあおいウォルバク。
「………それは、ここで事を構えるということ?」
「そうさ。今までは行動範囲の広さと移動速度の速さから今イチどこにいるのか掴めなかった『死神』。その居場所がわかったんなら好都合だろ。
………いやあいつ本当何なんだよ。何で昼過ぎに王都で目撃されたと思ったらその日の夕方にもうアクセルに移動してんだ。その報告が来た次の瞬間にはもう王都にいるし。
おまけにテレポート使った痕跡すらないってどういうことだよ、報告してきた部下が疲れてんのかと思って無駄に休みやっちまったじゃねえか」
「それは良いことじゃない」
「馬鹿、そのせいでハンス様は優しいとか噂されちまったんだぞ?泣きそうだったわクソッタレ。
……ともかく、こいつはチャンスだ。お前と俺、二人がかりなら楽勝」
「ごめんなさいハンス、そういう事なら私は手を貸せないわ」
「だって……って何でだよ!」
「三人」
「あん?」
「三人よ。何十年も代替わりしなかった魔王軍幹部が彼一人に三人滅ぼされている。それも、ここ一年の間でね。
噂だと私達ですら手に負えなかった、あの起動要塞デストロイヤーの完全破壊にも携わっていると聞くわ」
「それがどうしたってんだ」
「わからない?どんな奥の手を持っているか、底が知れない相手に無闇に手を出したくないと言っているのよ。どうしてもやりたいなら貴方一人でやって頂戴」
「……わーかったよ。実際俺だってマジで言ってた訳じゃねえんだ、ジョーダンだよジョーダン」
「嘘つきなさい。ま、三人と言っても、一人はバニルだし、実質二人なんだけどね」
「ハッ!違いねえ。俺としちゃあいつがいるだけで俺の部下達も嫌がるし、わりとせいせいしてるがね。
そうそう、バニルと言や、十年ぐらい前によーー」
「ねえ貴方、そんな身内話をしに来た訳じゃ無いのでしょう?早く用件を済ませてくれないかしら」
「………何だよつれねえな。まあ確かに脱線しすぎも良くねえか。
今日は、ようやくこの街の破壊工作が終わったって事をお前に伝えに来たんだよ。これでこのクソ教団も終わりだ」
「……………」
「もちろん今すぐって訳にゃいかねえが、長くても十年か二十年程度だろ。俺やお前からしたらそんなに遠い話じゃねえ」
「……そんな事を伝える為だけに私に会いに来たの?私はただ湯治がしたくてここにいるのよ。
さっきの件といい、あまり巻き込まないでほしいわね」
「だから一応報告に来てるんじゃねえか。お前にゃ悪いが俺だってこの教団には我慢の限界だ。
潰す為なら手段を選んじゃいられねえからな。もうしばらくしたら他の湯治場所を探してくれや………」
「シッ、誰か外にいるわ。もうそろそろお開きにしましょう」