この素晴らしい嫁に祝福を!   作:王の話をしよう

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87話

 

 

 

 ※

 

 

「五軒……、ここも別段変わった事はなかったな」

 

「アクアが大袈裟に言ってただけで実際はそんなに被害出てねえんじゃねえの?」

 

「被害出てないってのは喜ばしいんだが、こうなるとどうにも進みづらくなるよなあ」

 

 

 というか昨日アクアが浄化したらしい温泉は店員さんがただのお湯になった〜とか嘆いてたんだが、あいつも温泉成分まで浄化しなくても良いのになあ。

 店員さんには気の毒だが、毒よりは全然マシだと思っといてもらおう。

 

 昼を過ぎ、俺とカズマが五軒目の温泉で話を聞き終えた時。

 

 

「誰か!誰か助けてください、ウチの娘が急に!」

 

「ん……!何だありゃ、なんか騒がしいぞ」

 

 

 人通りの多い広場で女性が叫んでいるのに気がついた。

 

 

「また勧誘かなんかじゃねえの?」

 

 

 カズマがあくびしながら薄情とも取れる発言をするが、常時であればその認識で問題ないのがこの街だ。

 俺だってそれがただの勧誘であればどんな大声を出そうとも反応すらしないだろう。

 今のは本気が窺える声だったから反応したのだ。

 

 

「いや、そういうのじゃなさそうだ。

 ……すみません、どうしました?」

 

「ああ!助けてください!ウチの娘がそこの温泉を飲んでからおかしくなって………!」

 

 

 まだ混乱している母親らしき女性が言うには、路頭に設置された温泉を飲める自販機で彼女の娘が温泉を飲んでしまったんだとか。まず間違いなく毒で汚染された物だろう。

 

 

「こいつは………」

 

 

 その子供には見覚えがあった。昨日俺にリンゴを売ってくれた女の子だ。

 

 見た瞬間に解る。ヤバい(・・・)

 

 白目を剥いて痙攣し、口から泡を吹いている。呼吸も上手く出来ていないようだ。……永く持たないぞこれは。

 

 

「すみません!どなたかプリーストの方はいらっしゃいませんか!女の子が苦しんでいるんです‼︎」

 

 

 俺も女性と一緒に声を掛けてみるが、一向に見つからない。

 

 くっそ……!アクシズ教には優秀なプリーストが無駄にたくさんいるって話はどこに行ったんだよ。

 それか俺たちを悪質な勧誘だとでも思ってんのか。どちらにしてもこの状況を打破するのは無理そうだ。

 

 一応……、本当にどうしようもなくなれば一度だけ、俺になんとかする術はあるにはあるものの、上手くやれる自信が無い。それよりはこの街のどこかにいる回復のエキスパートを連れて来た方が確実だろう。

 

 おそらく間に合わないが、それでもあいつなら死んでも復活させられるというチートスキルがある。ここは割り切るしかないか。

 

 

「おい、カズマ!アクア連れて来るぞ!

 あいつなら最悪死………、チッ、最悪の場合でもなんとかなんだろ!

 どうもこのガキがその汚染された温泉を飲んじまって………」

 

 

 離れて見ていたカズマを呼び寄せ、事情を説明しようとした時。不意に一人の男が目に付いた。

 

 その男の表情はこの場にいる心配、同情、「また勧誘か」と呆れる目。

 それらとはかけ離れた悪意の溢れる笑み、嗤い。

 

 

「おい」

 

 

 思わず声を出してから気づく。その男が昨日すれ違った知り合いと似ている男だという事に。

 本人でないのは見ればわかる。会ったばかりだったが、こんな表情をする奴ではなかった。

 

 

「なんだ?俺がなにかしたか?」

 

「………………」

 

 

 ヘラヘラと態度を崩さず男が応えるのが頭に来るのを我慢して、努めて冷静に振る舞う。

 

 

「あんた、今笑ったな?何がおかしい。小さい子が苦しむのがそんなに面白いか」

 

「はあ?言い掛かりはやめてくれよ、ただ笑ってただけで絡まれちゃあ堪ったもんじゃないぜ。思い出し笑いだよ、思い出し笑い」

 

 

 ………嘘だな。

 

 事実、今尚薄気味悪い笑みを口に貼り付けている。

 だが俺もなんとなく目に付いたから声を掛けたのであって、こいつがこの件に関わっているという思惑があった訳じゃない。

 確かにこれでは言い掛かりとしか言えないか。

 

 

「ゼロ、アイツ昨日なんか物騒な話してた奴だぞ」

 

「なに?」

 

 

 そんな俺を後押ししてくれたのは意外にもカズマだった。

 

 

「………どんな話だって?」

 

「『破壊工作が終わった』とか、『このクソ教団は終わりだ』とか」

 

 

 どうやらカズマは俺が出たすぐ後に温泉に入り、偶然あの温泉内での会話を聞いていたそうで、耳打ちして教えてくれる。

 

 

「……カズマ。今すぐアクアを連れて来て、その子の治療と温泉の浄化を頼む」

 

「そ、それは良いけど、お前はどうするんだ?」

 

「俺はその野郎と少しばかり『お話』しなきゃいけねえな。

 治療と浄化が終わったら向こうの方角に来てくれ、多分街の外にいるから。……行け」

 

 

 カズマが頷いて走り出したのを確認してから、母親が泣きながら縋り付く女児に目を移す。

 既に痙攣が小さくなり始めている。心停止までは一分も無いだろう。

 

 

「話は終わったか?なら俺は行かせてもらうぜ」

 

 

 ヘラヘラと。変わらずに男が口にする。

 この状況を見ても、何も変わらずに。

 

 

「申し訳ない、少しだけお話宜しいでしょうか。出来れば街の外にまで場所を移したいのですが」

 

「あ?なんだお前。そんな権限あるのか?無いなら無視しても良いよなぁ」

 

「ええ、ありません。ですが、権限は無くとも無理にでも来ていただきます。

 拒否権はありませんので、悪しからず」

 

「はっ!そんなもん俺がここから動かなかったら良いだけのことじゃねえか!

 どうやって俺を外まで連れ出すってんだ、引き摺って連れてくか?」

 

 

 どうやって、と聞かれたなら行動で示すのが俺のやり方だ。

 今だけ、こいつにだけだがな。……教えてやろう。

 

 

こうやって(・・・・・)だ」

 

 

 男との距離を一歩で踏み潰し、形振り構わない、周囲への影響など一切考慮しない拳の突き上げで男の顔面を弾き飛ばす。

 首が捩じ切れそうな勢いで上空へ吹き飛ぶ男を見て、こいつが普通の人間ではないことを確信した。

 俺の全力のアッパーを喰らって原型を留めてるなんざあり得ないだろう。常人なら爆発四散、ダクネスですらまず無事では済むまい。

 

 追撃をしようと再び拳を握ると、男に触れた部分から僅かな熱さを感じて顔を顰める。

 ………よくわからないがこいつにはなるべく素肌で触れない方が良さそうだ。だったら次は脚だな。

 

 その場で石畳みを割りながら跳ね飛び、中空で回転する男の土手っ腹に叩きつけるように爪先蹴りを入れる。

 ボレーシュートで街の外の方角まで飛んで行く男。一応目印になりそうな大きめの木を狙って蹴ったのだが、あまり蹴りには慣れてないから少しズレたかもしれない。

 

 事態を呑み込んだ周囲の人間が上げる悲鳴を切り裂くように男の飛んで行った方向に向けて走り始めた。

 

 

 

 

 ※

 

 

 多少狙いから逸れたものの、おおよそ予定通りの位置に着弾していた男に話し掛ける。

 

 

「大丈夫ですか?まだ死んでもらっては困るんですが……」

 

「てめ……、自分でやっといてよく言えるなクソがぁ……」

 

 

 何事も無かったかのように起き上がる男に内心で驚く。

 手応えから死んじゃいないとはわかっていたが、まさか無傷とは思わなかった。もしかしたら物理攻撃にかなりの耐性があるのかもしれない。

 むしろそうじゃなきゃ純粋に俺よりも強い可能性が出て来るから困る。

 何にしても手を出したのは少し早計だったかもな。今となっちゃ遅いが。

 

 

「大丈夫か?首ひん曲がってないよな……?ったく、知り合いの顔をこんだけ強く殴るか普通」

 

「………知り合い?どういう事です、昨日の事なら人違いなのでは?」

 

 

 こいつにはどんな攻撃が効くだろうかを気にしていたが、それ以上にそちらに気を引かれた俺が聞くと。

 

 

「この顔の元になったおっさんは俺が美味しく頂きましたっと………ん?あんま美味しくはなかったか。

 俺はその顔をちょっと借りてるだけっつーか、何つーか」

 

 

 さらりと、なんでもない事のように。いや、実際なんでもない事なのだろう。

 ただの人間ではないとは思っていたが、人食い発言を聞くに人間では無さそうだな。

『ボルト』でもそんな敵キャラがいたから、こいつもそういう忍術使いだってなら話は別だけど。

 

 

「……なるほど、食べた相手の姿になれるんですか。便利ですね」

 

「ああ?なんだ、さっきみたいに怒らねえのかよ」

 

「別に?俺、その人のことあんまり好きじゃありませんでしたし」

 

「へっ、冷たいねえ」

 

 

 一瞬だけ意外そうな顔をしたものの、すぐに人を苛立たせるように嗤う。

 

 そう、少なくともこいつにとっては人を食うのは当たり前の事、それは問題ない。

 ましてや食ったのは冒険者だ。そんな物は事件にすらならない。

 それについて文句を言うやつは冒険者に向いてないからさっさと止めろと言ってやるレベルだ。

 だが、俺にだって我慢ならない事はある。

 

 

「子供には、手を出すなよ」

 

「………はあ?」

 

 

 俺は別に善人という訳ではない。大多数の人間からは良く見られようとしてはいるが、見られようとしている時点で善人とは程遠いしな。

 それでも、悪人だろうと善人だろうと関係なく守らなくてはならないルールはある。

 子供を守るのが大人の仕事だ。それ以上に優先される事柄なんかない程に。

 それを破る奴はただの外道であり、少なくともそんな奴にかける容赦など俺は持ち合わせてはいない。

 こいつも人間じゃ無かろうが、生物として生まれたのなら子供を害してはならないというルール、暗黙の了解のような物があるだろうに。

 

 

「無茶苦茶言ってんなてめえ。てめえら人間だって他の生き物のガキ殺すぐらいはするだろうが。

 そもそもありゃ俺が手を出したんじゃなく、あのガキが勝手に毒飲んで勝手に死んだんだぜ?」

 

「でも、その毒をばら撒いたのはお前なんだろうが。お前はなんだ?魔王軍かなんかか」

 

 

 男は当てずっぽうな俺の推測に目を見開き。

 

 

「………ほぉう、よくわかったな。俺は魔王軍幹部、ハンスって者だ。お初にお目にかかるぜ、『死神』殿」

 

 

 あっさり認めやがった。俺がナメられてるだけかもだが。

 しかし魔王軍の幹部。ベルディアといいこいつといい、幹部ってのはどいつもこいつも自分が動かないと気が済まねえのかよ。

 という事は、こいつと待ち合わせていたあの女性もそれに準ずる何かなのだろうか、そうは見えなかったな。

 ………考えても無駄か。邪魔してこなきゃそれでいいや。

 

 こいつの言っていることは尤もだ。人間の件もそうだし、こいつがあの子に直接手を加えた訳でもない。今回は俺の言っていることが間違っているのだろう。

 

 だからまあ、今からこいつを殺すのはさっきの話も含めて、ただ俺が気に入らないからだ。

 

 ………初めてだった。

 

 人が目の前で死んだのは初めてだったんだ。今までモンスターに襲われていようが魔王軍に襲われていようが、俺がその場に間に合えばどうにかなっていたし、それが多少なり俺の誇りになっていたのだ。

 その初めてが小さい子供だというのもまた気に入らねえ。

 

 普段強い言葉を使って偉ぶってるクセして、いざそうなったらこんなに心を乱されるなんざ情けない限りである。

 そんな自分に腹が立つ。その怒りの分も、それを作った原因であるこいつにぶつけさせてもらうとしよう。

 言っちまえば単なる八つ当たりだ。人間としても下の下、最低クラスの行為だがな。

 

 

「ククッ、それになあ、てめえら人間の常識で俺を測るんじゃねえぞ。

 俺たちゃ基本的に長命だからよ、てめえらみたいに無駄に子孫残さなくても滅ぶなんざまずねえんだよ、この下等生物が!」

 

 

 何が気に食わなかったのか、最後は声を荒げて唾を飛ばすハンスを見て、少しだけ昔を思い出してしまった。

 

 

「………へっ」

 

「……何笑ってやがる」

 

「いやあ何、王都でベルディアの言ってた事を思い出してな、その通りだと思ったんだよ」

 

「へえ?そういやお前、ベルディアもヤッてたんだっけな。あいつがなんて言ってたって?」

 

 

 思いがけず知り合いの名が出たからか少し態度を和らげるハンス。

 

 

「『いつの世も、戦が起きる理由は食糧の問題と思想の違い』だそうだ」

 

 

 この世の真理を突いてるよまったく。

 

 ベルディアは元々人間だったからか、分かり合えそうな雰囲気はあった。

 しかしこいつとは考え方というか、まさしく思想の違いを感じる。

 こちらを下等生物だ何だと見下しているのだからにべもないが、なるほど、戦争ってのはこういう時に起こるもんなんだろう。

 ……ベルディアと言えば、この構図もあの時と似てないでもない気がするな。確かあの時、俺はこう言ったんだっけか。

 

 

 

「ぶっ殺してやる」

 

 

 

 思い出しついでに、ベルディアに放った言葉をしかし、あの時とは違う明確な意志を込めて投げ掛ける。

 俺はベルディアに対して手を抜いていた訳ではない。そもそも最初はあいつよりも俺の方がほんの少し弱かったし、手を抜く余裕が無かっただけだが。

 けれどこの言葉は本気では言っていなかったと思う。実際あの時は仕留めはしなかった。

 

 だがこいつはここでぶっ殺す。これ以上被害を出すのも嫌だし、さっきから頭をチラついている女の子が死んでいく場面が鬱陶しい。それを振り払う為にも。

 

 本気で、戦おう。

 

 

 

 

 


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