この素晴らしい嫁に祝福を!   作:王の話をしよう

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再投稿。







90話

 

 

 

 ※

 

 

 俺が悲劇のゲロインとなってから早数十分。

 

 あれからも度々嘔吐を繰り返した俺の胃の中には食った物はおろか、胃液すらも残っていないのではないか。

 事実、先ほどの物は嘔吐というよりも吐血と呼んだ方がしっくりくる。やだもー、喉が荒れちゃうじゃない。

 

 

『呑気かお前!クッッソ、あんの駄女神まだかよ!このままじゃマジで死んじまうぞ!』

 

「………ふと思ったんだが、毒ガスは吸気として吸い込んでるはずなのに先に消化器がダメになるってどうよ。

 普通肺からオシャカになることない……?」

 

『呑気か!そしてそれオレさっき言いましたよね⁉︎』

 

 

 気になったんだからしょうがないだろ。子供の無邪気な疑問にそんなに目くじら立てんなよ大人気ない。

 

 息も絶え絶えな俺とは対照にデッドリーでポイズンなスライムであるハンスさんは元気いっぱい。むしろ最初よりも動きが素早くなっているまであるから困り物だ。

 体力を奪われ、動きが鈍くなる一方の俺と激化するハンス。啖呵切ったは良いが、正直なところ俺はカズマ達が来るまで持ち堪えるのは無理なのでは、と半ばまで諦めていた。

 そんな俺がここまで毒の飛沫をマントに掠らせる事すら無く、弱りながらも五体満足で立っていられるのは。

 

 

『これは………下、地面か!三秒!それはサブでメインはその後真っ正面から!

 焦ってしくるなよ、速度で言やぁまだヒトとかたつむりくれえの差はある!』

 

 

 まず間違いなく、『こいつ』のおかげ……なのだろう。

 

 どういった原理か、こいつには数秒先の相手の動きが見えているようなフシがあるのだ。どっかの仮面の悪魔でもあるまいに、一体どうやっているんだか。

 

 

『その触手避けたら……多分毒の塊みたいなヤツを飛ばして来るか……?

 ああクソ、見難いんだよ!人型のままなら五秒先まではパーフェクトなのに!とりあえず上から来るぞ、気を付けろ!』

 

「そう見せかけて下から来るフラグですね、わかるとも」

 

『さっきっからどうしたお前⁉︎とうとう頭にまで毒が回ったか!』

 

 

 こいつの予言からきっかり三秒後に地面から染み出すように飛び出してきた触手をバク転で躱して着地した勢いを利用し、空高く跳ねて正面からの一撃をいなす。ついでに上空までは汚染されていない清浄な空気を肺いっぱいに吸い込み、あとは落ちるだけだった俺に発射された数発の毒弾をデュランダルの側面を滑らせるように受け流してから『裂空』でしっかりとハンスに俺を意識させる。

 ついさっき見つけたこの手順中々良いな。一連の流れで時間も稼げるし、まともな空気も吸えて一石二鳥やで。

 

 

『ジャンプ力ぅ、ですかねぇ………。もうお前斬撃放ちながらジャンプ繰り返せば?

 それだけであいつも的を絞れなくなるしお前も体力回復出来るだろ』

 

「あぁ〜^こころがぴょんぴょんするんじゃ〜^」

 

『………意外と余裕そうだなお前。体内の感じからして瀕死も良いとこなのに。辛くねえの?』

 

「お前………、それアレだからな。病人とかに言ったらぶっ殺されても文句言えねえからな?」

 

 

 辛いに決まってんだろ。

 

 辛い、苦しい、痛い、熱い、逃げ出したい、楽になりたい。………もしかしたら、死にたいってのもあるかもしれないな。

 でも、そんな弱音を吐いたって何かが変わる訳でも、早く良くなる訳でもない。だからせめて。周囲の人間には心配させたくなくて、そういった感情を押し込めて彼らは気丈に振る舞うんだ。

 

 俺が震える足に鞭打って今尚立ち続けてる理由はそんな上等なモンじゃねえが、弱音ぶち撒けたってなんも変わらないのは一緒だしな。

 もし言ったら楽になるよって言われたら今すぐこの場に寝転んで手足ジタバタさせながら大泣きしてやるよ。

 

 ……駄々っ子ゼロさんとか自分で言っててどうなん?マニアック過ぎひん?

 

 

「残念だけど……そう何度も高くは跳べない、ねえ。もうちょい早く気付いてたら、違ったんだろうが。それをするには……、………いや、手がないこともないか……?」

 

 

 ああ、そうだ。今こそ隠してきた俺が取り得る唯一の回復手段の出番かな。こいつならわりとボロボロな俺でも全回復まで持っていけるんじゃないか?

 そうと決まればハンスの隙を窺ってーー

 

 

『……ん?何だこいつ。どこ行くつもりだ』

 

「………………?」

 

 

 困惑したような声を聞いてハンスを見ると、今までは俺を見ていない時はアルカンレティアにまっしぐら、といった感じだったハンスが何故か街と並行するように横に向かって移動している。その速度は先ほどまでよりもかなり速い。

 

 こいつはラッキーだ。街に行くなら止めなきゃならんが、そんな様子でもなさそうだし。回復する時間が取れるな。

 できればそのまま街から離れる方向に逃げてってもらえると更に助かるんだが。

 

 ここが好機とばかりにある物を取り出そうとするが、ふと。街ではないとするならばハンスは一体何に向かって移動しているのかが気になった俺は、ハンスが進む先に目を遣り。

 

 

「なっ……あ……!」

 

『どうした?今の内に………はあ⁉︎』

 

 

 見てしまう。

 

 

『何でこんなトコに………っ‼︎』

 

 

 身を隠す場所など一切ない草原で、こちらを観ていた数人の子供を。

 

 何でと言うが、これは多分……俺のミスだ。ハンスをこちらへ蹴り飛ばす時にかなり目立ってしまった。そしてこの巨体相手に大立ち回りだ。

 それを遠目でも目撃すれば、好奇心旺盛な子供が見に来ても不思議ではないだろう。

 

 その子供たちは全員が全員十歳程度だろうか。ハンスが自分達の方へ人間が走る速度よりも速く接近しているのに気付いたようで、一目散に街へ逃げ帰ろうとしている。

 ただ、その中で一人だけ。単純に足が遅いのか、それとも怪我をしているのか分からないが、とにかく他の奴らに比べるとはるかに鈍足の男の子がいた。

 他の奴は自分が逃げるので精一杯でそいつを気にかける素ぶりが一切ない。それか自分達と同じように逃げていると思っているのか。どちらにしても真っ先にハンスと接触するのは他数名から頭十個分は遅れているこいつだろう。

 

 

「………………っ」

 

 

 もはや一息つく暇もない。

 子供に気付くのが数瞬遅れた事と、自身の体力が限界近い事も相まって間に合うかどうか………いや、僅かに届かない……!

 

 走りながら残り三個となった炸裂ポーションを全力でハンスの足元の子供に破片が届かない位置、つまりは俺の目の前目掛けて放り、爆風を突っ切るようにして遅れていた子供の元へようやく到着する。

 爆風を真っ正面から受けたが、全身の所々に裂傷と火傷を負ったもののそれは大した事はなく、重症に至ったのは飛び散った飛沫が掠った左眼くらいか。

 左眼は見えなくなったが、今度は間に合った事にとりあえず安堵。

 

 ちょっとした賭けだったけど何とか成功したか。もうちょっと痛手を被るかとも思ったがさすがは俺だ。あのポーションの直撃ですらこの程度とは恐れ入ったーー

 

 

『バカ野郎‼︎敵から目ぇ離すな‼︎』

 

「‼︎」

 

 

 土壇場を乗り切ったと思い込んでいた俺が気付いた時には、もう。

 ハンスの触手に、左腕が呑み込まれた後だった。

 普通は逆なのだが、身体が動くよりも先に頭が理解する。

 

 喰われる(・・・・)

 

 次に頭が打開策を用意するよりも速く、右腕が握ったデュランダルで左腕を肩口から斬り落としていた。

 ……いや、どのみち猛毒であるハンスに触れた時点で左腕はダメになったのかも知んないけど随分思い切ったな、俺。

 

 重要な血管が多く通っている腕を斬ったのだ、助かるために無茶したのに出血多量で死んでは元も子もない。

 肩に全力を注ぎ、筋肉で血管を塞ぐように意識しながら痛みで動けなくなる前に足手まといを街まで送ろうとするが、それを阻むようにハンスの触手と本体が立ち塞がる。

 子供を右腕に抱えたまま触手の追撃を避けるうちに、自然と元いた木の根元まで戻って来てしまった。

 

 そこで何故かハンスが俺を狙う動きを止めたため、子供を置いて少々休息を取らせてもらうとしよう。

 

 何より、もう我慢するのも限界だった。

 

 

「〜〜〜〜〜〜〜〜〜ッッ‼︎」

 

 

 痛い。痛い。痛い。痛い。

 

 既に無い左腕が痛む気さえする。これが幻痛ってヤツなのか、初めて体験した。出来りゃあ体験せずにいたかったよ。

 

 声を上げてまたハンスに狙われても馬鹿らしいので、マントを噛み締めて必死に押し殺す。

 身体は痛いと訴えかけてるのに、頭は逆に冷静になっていくのは皆そうなんだろうか。それとも俺だけなのか。

 

 ………これマジで痛いな。俺は長男だったから耐えられたけど次男だったら耐えられなかった。

 

 

『お前は一体何治郎だ。産まれた時から一緒にいるが兄弟がいるとは初耳だな』

 

「……………へけっ……」

 

『ハムタロサァン………』

 

 

 こいつ中々冷静だな。付き合いは短いけど、こういう時こそ慌てるタイプだと思ってたのに。

 もっと心配してくれても良いのよ?

 

 

『………もう駄目だよ、お前も、その子もな』

 

 

 近くに立って俺を見下ろす影がそんな事を言う。

 

 俺がダメってのはなんとなく分からなくも無いけど、この子も、ってのは……?

 

 

『……多分お前の毒ガス説が合ってたんだろうな。回復力の高いお前だからあの程度……まあそれもおかしいんだが、とにかくあの程度で済んでたんであって、常人だとこの領域に足を踏み入れた時点で行動不能クラスの被害を受けると見たね』

 

「んな、アホな………!」

 

 

 確かに連れてきた子供の様子は、つい今まで走って逃げようとしていたとは思えないくらいに弱っているようだった。呼吸は荒く、浅く、目をきつく閉じて開ける気配も無い。

 

 ってことは何か?良かれと思ってここまで連れて来たのに、そのせいでこの子は死んじまうってのか?

 

 ………俺が、殺すのか………?

 

 

『そりゃ飛躍しすぎだ。お前が助けなかったら今頃はお前の左腕と一緒に溶けて失くなってたんだから、お前のせいってのは筋が違うぜ。

 この場合はただ結果は変わらなかったってだけ……うん?………どっちにしろ死ぬんなら助けない方が良かったのかもな、苦しまずに済んだんだし』

 

「………お前から見て、どうだ。俺とこの子はどのくらい生きられる」

 

『いや専門でもないオレにそんないついつ死ぬみたいな事訊かれても。

 ………そうだな、その子の方は何もしなきゃ十分くらいで、お前が酷え。こうしてる時間すら惜しいレベル』

 

 

 まあ……そんな所だろうな。自分の事は承知の上よ。

 

 じゃあ何のために訊いたのかって?何事も確認ってのは大事だろう。例えすることに違いが無くても、だ。

 

 十分もあれば街まで行ってアクアを見つけるくらいは出来るだろう。その間に街の人間がハンスにやられるかもだが、それだってアクアに後から蘇生してもらえばいい。

 

 何から何までアクア頼りになってしまう事に若干の申し訳無さを覚えつつ、片腕で手間取りながら一枚のカードを取り出し、続いてもう一つ必要なアイテムを懐から出そうとした時。

 

 

『何するつもりなのかは知らんけどやるなら早くしな。何でハンスがあそこで止まってんのかは分からねえけど、それだっていつまでも続くもんでもないだろうし』

 

「……………?」

 

 

 その言葉が妙に引っかかった。

 

 そういやあ、何でハンスはあそこから動かねえんだ。あのまま追って来てたら間違いなく俺を仕留められただろうに、あんな所で身体を波打たせてーー

 

 それはまるで何かを咀嚼するような。そして、最初と比較すると幾分か図体が小さくなった気がするハンスを見て。

 

 

「…………!」

 

 

 思い至る。ハンスが頑ななまでに街へ向かおうとした理由。その効果に。

 

 ………マズイな。だとしたらこいつは今が一番弱ってる状態って事になる。

 これ以上成長させたら誰にも、どうにも出来なくなっちまうんじゃないか?

 

 

『……?どうしたよ』

 

「予定、変更だ」

 

 

 アイツはやっぱり俺がここで始末する。ハンスを倒せる可能性が残るのは恐らく今だけだ。

 

 ………すまんな。

 

 息苦しそうに短く呼吸を繋ぐ男児に心の中だけで謝罪する。また見殺しにしちまうな。

 

 頭を切り換え、取り出しておいた俺の冒険者カードに指を走らせる。操作するのは習得可能スキル欄。その最後に刻まれた魔法名をタップした。

 途端にその魔法の詠唱、使い方、効果の全てが脳に叩き込まれる。なるほど、魔法ってのは皆こうやって覚えてたのか。勝手に使い方が脳裏に浮かんでくるとは便利だな。

 

 そのまま迷うことなく、その魔法を自身へ。

 

 

「『セイクリッド・ハイネス・ヒール』………!」

 

 

 それは上級回復魔法。王城でアクアに教えてもらった、現段階では最高峰の回復魔法だ。

 その効果は凄まじく、全身を侵していた倦怠感、吐き気や眩暈が軒並み和らいだだけでなく、左腕と左眼の痛みすらもかなり和らいだ。

 やっぱ魔法は凄えな。これならまだ、ほんの少しの間なら戦えそうだ。

 

 

『おおお⁉︎何だお前、魔法使えたのかよ⁉︎

 ……あれ?でも今のって上級魔法だよな。そのわりにゃ腕も眼も治ってねえぞ』

 

 

 それは仕方ないだろう。魔法の効果というのは先天的な才能とスキルレベル、あとは込めた魔力量に依存するんだ。

 たった今習得したばかりの、付け焼き刃未満の俺の魔法に本職クラスの効果なんざ期待するべくもない。

 それでもさっきまでなら俺の計算上は全快近くまでは行く筈だったんだが、ハンスに直接触れちまった上に片目片腕持ってかれちゃあな。止血鎮痛多少の解毒、これだけありゃ御の字さね。

 

 

『何でも良いけど、回復魔法使えるんならもう一度使ったらどうだ。お前弱りすぎててそれでも死の危機は乗り切ったとは言えねえぞ。魔力切れも起こしてねえみたいだし、あと一回ぐらいなら使えるんだろ?』

 

「ねえよ。俺が魔法使えるのは今の一回こっきりだ」

 

『あ?』

 

 

 そもそも俺が魔法を使えない理由は保有する魔力がゼロに等しいからだ。覚えるだけなら『冒険者』である俺はどんな魔法、スキルも自在に覚えられる。

 なら、その魔力を肩代わりしてくれる物があれば俺はそれらを扱えるって訳だ。

 

 言いながら用済みとなった、とある鉱石を捨てる。こうなっちまったら高価な鉱石もただの石コロだな。

 

 

『マナタイト⁉︎持ってきてたのか!』

 

「使うつもりは、全然無かったんだけどな……」

 

 

 俺が使ったのはめぐみんからの報酬として貰った大きめのマナタイト鉱石だ。元々はゆんゆんが用意した物なのだが、何の因果か巡り巡って俺の手に渡ってきた。

 魔法を使う予定も使う気もさらさら無かった俺は完全にコイツを売るつもりだったんだが、初心者の街であるアクセルではマナタイトなどの比較的高価なアイテムは売れない傾向にある。上等なアイテムばかり取り扱っているウィズの店が流行らない理由がまさにそれだ。

 だから、どうせ売るのなら高く売れる場所でと、アルカンレティアで捌いてしまうつもりだったのだが………。

 

 ………売っちまわなくて良かったよ、ホントに。

 

 

『………なるほどね。お前自身が回復した方が、確かに両方とも助かる可能性も出てくるか。

 お前がその子背負って街に行けばアクアに治してもらえるだろうしな。そうと決まりゃさっさと行こうぜ』

 

「………それは駄目なんだ。予定変更っつったろ……?」

 

 

 ハンスについて気付いた事が無けりゃ諸手を挙げて賛成したいし、実際さっきまではそうするつもりだったのだが、それをするとそれこそ勝ちの目が潰える。それは出来ない相談だ。

 

 そして俺は未だに身体をポンプか何かのようにぐねぐねと動かすハンスを指差して。

 

 

「……なあ、アイツさ。最初と比べて随分………小さくなった(・・・・・・)と、思わないか……?」

 

 

 

 

 

 


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