この素晴らしい嫁に祝福を!   作:王の話をしよう

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91話

 

 

 

 ※

 

 

「あいつさ、最初と比べて随分小さくなったと思わないか?」

 

『……………………………』

 

 

 ………あ、この沈黙は分かってない感じのやつだな。

 

 まあ俺も必死で動き回っていた時は気にも留めずについ今し方気が付いたんだし、しゃあない。

 実際アイツは最初とは見て分かるくらいには小さくなっている。

 だが、俺の腕を喰らった後。咀嚼するように動く度に僅かずつ大きくなっている事にも気付いたのだ。

 

 

「アイツに理性が無くなって久しいのはお前も分かるだろ?」

 

『それは見てたら分かるな。理性のカケラも残っちゃいねえ』

 

「じゃあアイツは今、何を規範として行動してるか。………分かるか?」

 

『……………ごめん、オレあんまり頭良くないからさあ』

 

 

 多分その答えは『食欲』だ。

 

 極めて原始的な欲求。理性が失くなったのなら、それに従う野生動物のような状態になってもおかしくはないだろうさ。

 ハンスは人型の時に言っていた。「人を美味しくいただいた」と。

 つまりアイツは人間を擬態の為だけでなく、栄養にも出来るのだろう。

 

 

『………………だから?』

 

「マジかお前………」

 

 

 ここまで言っても理解してもらえないとは思わなかった。本当に頭の回転が悪いとみえる。

 

 要はアイツは人間を喰って成長する。けれどこの草原では栄養になるような物が存在せず、俺の炸裂ポーションや何やかんやで削られても身体への供給が出来ない状態だったんだ。

 それで、本能的に多くの餌………この場合は人間だな。がいる街に向かおうと躍起になっていたんだろう。

 しかし所詮は動物的本能。より手近な場所で俺という餌が絶え間なく視界をチラついていればそちらに気を取られるしか出来ず、結果としてまだ街には到達せずにあそこでたった一本の腕に舌鼓を打っている。

 

 

「と、俺は予想するね」

 

『今のでそこまで分かれってのは無理があるだろ………。むしろお前自分の腕斬り落としながらそんな事考えてたの?』

 

 

 なんか唐突に神が降りてきたからね、しょうがないね。

 そして今からの俺の役目は、アイツの身体を文字通り削り続けることだな。そしてスクロールブッパでFA(ファイナルアンサー)

 

 

『あれ?趣旨変わってんじゃねえか。時間稼ぎはどうしたよ。そもそもそれが出来ないからアクアやめぐみんちゃんに頼ろうとしてたんだろうが』

 

「その受け身の姿勢の行き着く先があのザマなんだろうが。やられっぱなしは性に合わねえんだよ、てめえも知ってんだろ」

 

 

 どのみち治療するためにこいつから目を離す選択肢は絶対にあり得ねえ。

 その間に街の人間を手当たり次第に喰い殺して成長したこいつは恐らく爆裂魔法でも、俺の奥の手でも仕留め切れないだろうしな。

 

 

『死ぬよ?』

 

「………………」

 

『自分の体の事くらい予想はできてんだろ。今ここで無茶すりゃ間違いなく死ぬぞ。攻勢に出るのは良いがそれだって確実な話でもないんだろうし………』

 

「俺が死ぬ前にあいつらが来る保証だってどこにも無いだろうが。もしかしたら俺を置いて街から逃げてる可能性だって否定できねえんだからよ」

 

『ってお前それ言っちゃおしまいだよ……』

 

 

 もちろんそんな事は無いだろうが、これだけ待っても来ないとなると何かしらのトラブルに巻き込まれている事はあり得るだろうし。

 

 だから、こっから先はもう援軍なんざ期待しない。

 元々そういう戦い方をして来たんだ。慣れない事をして死ぬくらいなら俺らしく最期まで戦って俺らしく死ぬさ。

 

 

『おいおい、死ぬ覚悟決めてるトコ悪いがこの死にかけてる子はどうすんだ。クリスちゃんとの約束は?魔王討伐はオレだってお前にしてもらわなきゃ困るぞ。

 まだまだ死ぬには早いんじゃねえの?』

 

 

 ………痛いとこばっか突いてくるな。

 

 

「その子に関しては放置。見捨てる形にはなるがアクアなら後からでも何とでもしてくれるだろ。そこは割り切った。

 けどハンスに喰われちまったらどうなるか分からんからな。そのためにも露払いは必要だ」

 

『ほう』

 

 

 今さらアクアの腕前を疑うわけじゃないが、如何なアクアとて対象の肉体が無くなった状態でも蘇生できるなんてトンデモ能力は期待しない方が良いだろう。出来るのかもしれないけど、出来なかったら最悪だ。ここは悪い方へ考えておいて損はない。

 

 チラリと。アクアやカズマ、めぐみんとダクネスの顔が思い浮かぶ。

 

 

「そんで魔王討伐か。それは申し訳ないが他の奴に譲るしかないわなあ。俺がいなくたってミツルギあたりならイケそうな気もするし、そうでなくともジャティスとかアイリス、国王様なんかが重い腰上げてあっさりとやってのけちまうかもよ。あとは……、案外その子が将来俺なんか足元にも及ばないような凄え冒険者になって、あっという間にやってくれるかもしれないぜ?

 ………ま、そうするとやっぱりこいつの存在がネックだ。物理大幅カットとか人間が相手したら駄目な奴筆頭だろ。だから先にお片付けはしといてやろうと思っている所存であります!」

 

『ふむ』

 

「お前の願いは知らん」

 

『おい』

 

 

 人が子供を育てるってのは、自分に出来なかった事を託すためって考えもあるしな。だからと言って押し付けるのは論外だよ?

 あくまでそれをするのは本人の意思であるべきだ。俺がそうだったように。

 

 話の流れでジャティス、アイリス、国王様にミツルギ。そしてお袋の顔が思い出された。思えばもう随分会ってないな。もう会うことも無さそうだが。

 

 そうして投げられた質問を一つずつ解消しているうち、ハンスが俺の腕の消化を終えたのか動き始める。その向かう先は俺だ。

 はて。街を諦めた訳ではないだろうが、先に邪魔をするであろう俺を始末する魂胆なのか、それともただ俺の味を覚えたとかいう食欲に由来するものなのか。どちらにせよ気を引く手間が省けるのは有難い。

 というか俺の腕どんだけ消化悪いんだよ、たった一本で数分かかるとか………意外と普通か。

 

 気休め程度にもならないと分かってはいるが、火竜のマントを縦に引き裂いて作った紐で子供を樹の高い枝に括り付けておく。残った切れ端を自分の口元に当てて準備完了。

 することは単純、ハンスの攻撃を誘ってなるたけ多くの毒を消費させる。俺の身体が限界に達したその時がリミットだ。

 

 ハンスが近づく湿った音を聞きながら飛び出すタイミングを測っていると。

 

 

『ん?おい、オレの質問に全部答えてもらってねえぞ。一番大事なことだ。クリスちゃんのことはどうするんだよ、お前はあの子が好きなんだろ?』

 

「あいつの名前は出すんじゃねえよ」

 

『ええ………(困惑)』

 

 

 それ言い出したら心残りが多過ぎて動けなくなっちまうだろうが。

 

 そもそも俺はあいつが好きだが、別にあいつは俺のことなんてどうとも思ってないだろうよ。

 考えてもみろ。俺が死んだとしてあいつの今後にどんな影響がある?なぁんもねえぞ。

 しばらくの間悲しんではくれるだろうけどそれだけだ。一ヶ月もすりゃ俺のことなんざコロッと忘れて、ダクネスやめぐみんとよろしくやってる姿が容易に想像できらぁ。

 俺は今やあいつがいないと生きていけねえ。でもその逆は成り立たねえんだなあこれが。

 

 とまあ、そんな悲しい事実から目を背けるためにも、目の前の相手に集中させてくれや。

 

 その目の前の相手であるハンスの動きは非常に遅い。逃げられないだろうと高を括っているのか、はたまた緩急を付けていきなり速度を上げたりする腹積もりなのか。その場合でも対処できるように脚に力を入れておく。

 

 

『お前はホントにわかんねえなあ。人助けがしたいのにどうにも出来ない相手からは守るべき人を差し置いて尻尾巻いて逃げようとするわ、いなきゃ生きていけねえとか宣う相手の事を早速忘れようとするわ。まるで言動に一貫性がねえ。統合失調症の人だってもうちっと筋が通ってるぞ』

 

 

 こいつメチャクチャ言うね。前者はデストロイヤーの時の事を言ってんのか?アレは正直申し開きのしようもございませんが。

 

 

だから気に入った(・・・・・・・・)

 

「なんで俺が鮑の密漁に誘ったみたいになってんだ」

 

『鮑?ああハイハイ鮑ね。海辺で鮑に食い付かれたまま溺れ死んだけどすっごい苦しかったゾ』

 

「溺れ死んだ兄貴は成仏してクレメンス」

 

『………成仏してぇなあオレもなぁ〜。というかなんでオレこんな事になってんだっけ………』

 

 

 なんかブツブツ言い始めた。結局コイツは何なんだろうな。っつってもまあ正体の予想は粗方付いてんだが、何でそうなったのかが全然分からん。

 

 …………それにしても。

 

 

「成仏、ね。………あーあ、俺はここで死ぬんだろうなあ」

 

『だから最初っから『死ぬぞ』って言ったんだっての、じゃけん人の話はちゃんと聞きましょうね〜』

 

 

 聞いた上での愚痴みたいなモンだ、気にすんな。

 

 ズルリ、ズルリと。ハンスが近づく音が大きくなってくる。

 さあ、そろそろQKも終わりだ。地獄の時間が始まるぜ。

 

 

『おまけに助かる最後のチャンスまで逃しやがってよ。回復してすぐに逃げりゃ死なずに済んだかも知んねえのに。

 …………けどま、合格だ。オレの力貸してやるよ』

 

「………今までも結構世話になってたと思うけど?」

 

『いや、今までの比じゃないと思うがね。……ま、どれもこれもお前がここを乗り切れたらって仮定が付くが』

 

「じゃあ無理だろ。皮肉にしか聞こえねえな」

 

 

 何に対しての合格で俺はいつから試されてたんだ、とかツッコミたいけどそれ以前の問題じゃねえか。

 

 ズルリ。

 

 また大きくなる湿った音。

 その元であるハンスを誘き寄せるように走り出す。流石に街から離すのはもう良いだろ。あんまこっちに近付けるとこの樹の上には瀕死の子供がいるからな。喰わせるわけにはいかん。

 

 

『見なくていいから走れよ、五秒後に真上から叩きつけ。避け方はお好きなように』

 

 

 左腕が無いせいで右側に傾く重心に難儀しながら指示のタイミングに従って横に跳ぶ。

 

 あ、やべえなコレ、想像以上に身体が重めーわ。動き回れるのはいいトコ十分ぐれえか。そして動けなくなったらほどなくして俺は死ぬのだろう。

 

 

「ああ、死ぬ前にこいつだけは殺さねえとなあ。………いや、これは少し違うか」

 

 

 死ぬ前に、なんて生易しい。

 

 

「死んでも、だな。死んでもてめえだけは必ず殺す。死神に出逢った奴がどうなるのか身を以て思い知らせてやらあ」

 

『おや、『死神』呼びは嫌だったんじゃないのかね?』

 

「俺だって考えが変わることもある」

 

 

 こんだけ死にそうな目に遭わされて、今からも文字通り死ぬ目に遭わされるんだ。こいつら魔王軍の前でくらいはその呼び名の通りに振る舞ってもバチは当たるまいよ。

 

 ハンスがその巨体を揺らし始めた。何回も見れば嫌でも覚える、これは毒の塊を飛ばしてくる時の予備動作だ。

 この攻撃は分かりやすくハンスの身体を削るから良いな。ずっとこればっかりしてくれないものか。

 

 

「それと一つ訂正。お前俺が死ぬ覚悟決めたとか言ってたな?」

 

『違うんか』

 

 

 飛来する紫弾。一発でも当たれば即死だろう死の弾丸をすり抜けながら。

 

 

「違うね。俺が決め込んだのは命を投げ捨てる覚悟だ」

 

 

 死ぬ覚悟なんかは冒険者になった時から決めてて当たり前………いや嘘ごめんそうでもないけど、少なくとも俺はそうだ。

 とにかくこの二つは似てるようで違う種類のモンだし、一緒にされんのは心外だね。

 

 

『どう違うのかの説明も無しによう言うわ』

 

「ハッ!そいつは見てのお楽しみってなぁ!」

 

 

 毒弾を躱しきった俺に伸びてきた触手を力任せにぶった斬りながら叫ぶ。

 

 ヘイヘイ、なんかテンション上がってきたぜ。燃え尽きる前の蝋燭だろうが何だろうが知ったこっちゃねえ。

 ハンスに喰われたらしい冒険者のおっさんも言ってたっけな、「最期に笑っていられたらそれは良い人生」とさ。

 そんなら死ぬ瞬間までテンションアゲアゲなら最高の人生って事だろ。

 

 

『なんだその謎理論⁉︎(驚愕)』

 

「ゴチャゴチャうるっせえ!こっからはあのスライムクソ野郎が息絶えるまで終わらねえ楽しい楽しいダンスパーチーよ、水差すんじゃねえや!」

 

『……………!』

 

 

 我ながら何を口走っているのか分からないが、俺の台詞を聞いた、口しか付いていない人影はその口を三日月のように裂いて。

 

 

『良いねぇ!最近の大人しいお前はつまんねえと思ってたんだ、やっぱお前はそっちが似合ってるぜ!旅に出た頃に戻ったみたいじゃねえか!』

 

 

 あれ、俺ってこんなトチ狂ってたっけ?確かに最近は腰を落ち着けてテンションも低くなってきてた自覚はあったけどね。

 

 

 

 

 ※

 

 

 

 その戦闘の一部始終を遠目に観ていた者達がいた。

 

 隻腕の彼とあの、見るからに禍々しい巨大な半液状の生物がどのような経緯で相対するに至ったのか。それはそこにいる誰も知らない。

 彼らはただ街の外に変なモンスターと男が一人いて、自分達の仲間をそこに置き去りにしてしまったという、数人の子供達からの報告を受けて見に来ただけだったからだ。

 彼が戦う理由は分からないが、それでも。彼があのモンスターをこの街に近づけまいとしているのは彼らにも理解できた。

 

 その戦闘は凄まじいの一言。

 

 まず、彼のスピードが速すぎる。その速度たるや、遠目で見ている自分達ですらも切り返しの度に見失い、高レベルのプリーストが揃っているにも関わらず、誰一人として正確な動作を把握できない程だ。

 モンスターも触手の数を増やし周囲に毒々しい色の飛沫を撒き散らして対抗しようとしているが、全く成果を上げているようには見えない。

 彼は逆にその速度を活かし、横に避けられるだろう触手を敢えて後ろに退くことで限界まで自身を追わせ、触手が伸び切った所で一瞬でモンスターの懐まで踏み込み、右腕に構えた剣で触手を根元から両断するくらいである。

 振った際の衝撃のような物がこちらまで届きそうになる、片腕で放ったとは思えないその一撃は見ていて背筋が凍るようだ。

 だが、それによって散る飛沫は元から避ける気が無いのか、それとも全ては避けきれないのか、彼に容赦なく降りかかる。

 

 その代わりかのように。まるで「死ぬにしてもてめえの攻撃にだけは当たってやんねえ」とでも言うように、モンスターの触手はそのことごとくが空を切っていく。

 彼が紫毒の触手を躱し続け、全てを両断する様はある種、舞を舞うかのような雰囲気が感じられた。その舞は舞う本人も向けられる相手も区別なく死へと誘う、まさに死へ進む舞。

 

 いつまでも続くかに思えたソレは、唐突に終わりを迎える。

 

 

「………!………!」

 

 

 彼がいきなり地面に倒れ伏してしまったのだ。なんとか起き上がろうとしているのは見て取れるが、どうやら脚が動かないらしい。

 

 彼らの内の幾人かが駆け寄ろうとするが、他の者がそれを制止する。

 既にモンスターがその触手を振り上げ、後は彼に振り下ろすだけだ。今から向かった所でもう間に合わない。

 

 

「ゼロ!!!!」

 

 

 しかしそんな中。街の方角から倒れた彼に走り寄る数人の影があった。反応から察するに彼の仲間のようだ。

 そして彼らが叫んでいる『ゼロ』というのは、今尚巨大なモンスターに立ち向かおうとしている彼の名前なのだろう。

 

 なんとなく。なんとなくではあるが、その名前を憶えておこうと、彼らはそう思った。

 

 

 

 

 

 

 


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