通知がないので気付かなかったのですが9話幕間の神通さんで評価点を下さった梅矢様に、
この場を借りまして感謝致します。
拙作が感謝の気持ちになるかは判りませんが、お納めください。
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艦娘候補育成機関……。
それはつまり、表側の存在意義とは別の価値を有する場所ということなのか。
話を纏めるに艦娘は後天的になれ、それでいて様々な組織から必要だと認識されるほどの代物。
ずっと疑問ではあったのだ。
皇家、武家、軍部が認識する艦娘という兵器の性能に。
多くの学友や世論は軍艦に携わる女性軍人として艦娘を認識していた。
しかし神通教官は艦娘を人にあらず、兵器であると断言し詳細は明かさなかったではないか。
私を引き取った三笠母上や東郷の爺様もその点では同様だ。
二人から贈られた多くの本に記された艦娘も艦長や高位階級の存在、旗頭のような扱いがされている程度。
市井への認知度の割りにその数が多いでもなく、活躍が知られているともいえない。まるで実態が伴っていないのだ。
私でもこれまでに出会った艦娘と断言できる存在はたった二人だけだ。
巡洋戦艦 三笠、軽巡洋艦 神通。
なるほど、確かに身体能力は高いのだろう。
だが私の学んだ武術の多くがこと軍事で役に立つものではなかったと証明していた。
陸上であれば理解もできる。だがそれとて大勢に影響を与えるほどではない。
「艦娘は、ただの役職ではないのですね?…なにか強大な力を。」
「…そうだね。多くは明かせないが神通くんなら英国の主力戦艦らとも渡り合えるんじゃないかな。」
「……それは。」
返答に困る。
戦いに絶対はない、条件に応じて常道から意図して外れれば確かに軽巡洋艦が戦艦に抗することもあるだろう。
単艦での戦闘でも運良く接近できれば雷撃戦で打撃を与えることは可能だし、渡り合うという言葉は広義的に判断できる。
「ああ、すまない。正しくは神通くん一隻で艦隊と正面戦が可能だ…と僕は考えてるよ。」
「馬鹿な!!そんなことが……っ、失礼しました!」
思わず声を上げてしまった。
仮に可能だとして神通はどうなる、と続けることも躊躇われた。
失態に対して米内閣下は特に咎めもしない。
「きっと海軍上層部以外は、君と同じ反応をする。
日清、日露であの凄まじさを経験した者はもう少ないからね。」
「力をもたらす艦神技術。艦娘という存在に問題がない訳でもない。」
米内閣下の言葉を疑うつもりはない。
ただ私の記憶では日清、日露も勝利を収めて当然という認識だ。
この言い様は私が調べた戦史も手が加えられている可能性がある。
——つくづく前世の常識で思考を阻害されるのが口惜しい。
絶賛するほどに素晴らしいものに対して口をつぐむ理由はいくつか想像できる。
たとえば、コスト。艦娘候補生という単語から察するに適正と言い換えてもいい。
質は高いが数を揃えるのが難しいとなればどちらでも同じことだ。
もしくは、信頼性。実験兵器や最新型装備、新戦術となんでもいいがそれは前線で好まれるものではない。
やや型落ちしていても数多く生産された家電や車が愛用されることに近い。
最後の案は考えたくもないが、国内ではなく国外世論から鑑みた非人道的技術である可能性。
前世であれば戦局によっては賛同されるかもしれない、だがそれにしては艦娘という単語が登場した年代はかなり古かった気がする。
技術が前世より進んでいるのは確かだが、そこまで革新的という技術を私は目にしただろうか?
なら閣下の「凄まじい」という言葉から破壊力の面で危惧される可能性はどうか。例えば核のような。
いや、流石に飛躍し過ぎか。
推測でも知り過ぎることは危険だ。たった今、閣下の言ったように勢力は多く、私自身それを把握出来ていない。前世のように血筋が守ってくれるわけでなし、ここは惚けることも必要か。
「……数でしょうか。」
「及第点、だな。むしろ少ない情報からよく導き出したと評価できる。」
敢えて避けた後者が的を得ているとは思いたくないものだが。
米内閣下の言動にそれを否定する発言はない。
「艦娘はね、ほぼ一人で軍艦を運用できる者なんだ。」
一人で軍艦を運用できるならば海軍の常識が崩壊する。
物資は先の細い軍ほど命題になりうる。
そもそも、不要な人員を削減できるならその分を陸や空にでも回せばいい。
この先で入学を考えている海軍士官学校など要らなくなるじゃないか。
「あ、あの……。」
「そして僕が君を引き入れたい理由は一つ、東郷さんの名声でも三笠くんとの接点でもない。」
私の言葉を遮り、まるで熱に浮かされているように米内閣下は続けた。
「君の血だ。」
——……は?
呆然と口に出さなかった私を、私は褒めてやりたい。偉いぞ私。
幸いにして、表面上は平静を保てたようだ。
場の空気がいささかの沈黙する。
「すまない、言葉が足りなかったね。君の血筋に宿る、力が欲しいんだ。」
「それは私の本当の家族が判明しているということでしょうか。」
先に出された母上の名、その言葉は家族関係を知っているのだろう。
「確証はない。が、確信はしているよ。」
この迂遠な言い回しは口に出せないのと同じだ。切り込める線引きが難しいが私を説得したいというならここは、踏み込んで問題ないはず。
「では、確信に至った理由とは?」
「その血は、艦娘の体調…性能と例えるとしよう。それを押し上げる。最近の神通くんの様子を聞いて、君に辿り着いた。」
神通教官の様子、さて何か変わったことがあっただろうか。
今度は惚けるまでもなく本気で想像がつかない。
艦娘が船の操艦を単独で行えるとして、なぜ私の要素が絡む?
「その様子だと、人の機微には疎いのかあるいは…。とにかく……ん?」
閣下が話を続けようとした矢先どしんという地響き、そして扉が強くノックされた。
「失礼します。米内中将閣下、神通です。」
そんな言葉が言い終わるか終わらないかの間に、扉を開いて見慣れた姿が現れたのだ。
正直、火急でもなければ不敬どころの話ではないのだが双方に気にした様子はなかった。
むしろやや怒気を孕んだ神通教官に対し、米内閣下は嘆息を漏らしている。まさか中将の方が立場が弱いのか。
「そう睨まないでくれ、神通くん。一夜くん、どうやらここまでの様だ。こうして会うことは在学期間中では難しいとは思うが考えておいてくれると嬉しいね。」
「はっ!」
正直、そう応えるしかない。
だが記憶が確かなら彼は総理大臣まで登り詰めるはずなので出世という面ならわるくはない話の筈だ。
神通教官の横を通り、米内閣下が扉を開けて姿を消した。
同時に怒気も治まったかと思うと、神通教官が私の肩を強く掴む。
「ど、どうしました?」
——い、痛痛痛、食い込んでる食い込んでる!!
「東郷。何も言われませんでしたか?身に危険が及ぶようなことは?」
言葉は例によって淡々としていたが、その目は真剣だった。
心配する様な色。それが私の自惚れでなければ、だが。
「大丈夫です。ただ、軍へ推薦すると…それだけでした。」
「……そう、ですか。なら構いません、身の振り方を自分で定めるまでは軍をあまり信用しない方が良いですよ。」
平静に応えると漸く肩から手を離してくれた。
やはり力がやばい。この握力で生活は不便ではないのだろうか。
しかし、米内閣下は理性派で政務向きの軍人という印象だったが、実は危険な人物だったのだろうか。
であるならば同じ名前でも前世と同じ人物像と考えるのは早計かもしれない。
艦娘にそれだけの力があるなら、先の礼儀のようにある程度お目こぼしされている部分もあるのだろう。
下手な高級将校よりも力がありそうな武家にしてもそうだ。わざわざ軍に排出するのも勢力的な意味合いを持つのか。
頼れる人物が欲しい。遅まきながら理解したが情報面で私は知らないことが多すぎるのだ。私をこの世界に引き入れたであろう白い女にしてもそう…あれも艦娘だったのではないか?
私としては神通教官を嫌ってなどいないし、思惑はどうあれ向こうから心配してくれているのだ。これも彼女なりの歩み寄り、精一杯感謝するとしよう。
なに、笑顔と眼を瞑れば愛らしいという保証は亡き爺様に頂いている。
「はい、ありがとうございます。心配してくださったんですよね?」
「・・・東郷三号生、調子には乗らないように。次の訓育が始まりますよ。」
私が出せる渾身の笑顔を見せた。筈だ。
しかし彼女は凝視したかと思うと、唇をへの字にし顔を背けて退出してしまった。
拝啓爺様、どうやら笑顔もだめみたいなのですが?
ところで扉の前で見張っていたはずの鏑木教官はどうしたのだろうか。
と視線を回すと彼は廊下の隅で逆さ直立していた。
さっきの地響きはこれか、鏑木少佐の無事を祈りながら私は教室へと向かった。
◇
「米内中将閣下、どうぞ。」
米内中将と呼ばれた男は促されるまま海軍幼年学校の門前で待たせてあった黒塗り高級車の後部座席へと乗り込む。
扉を開けたのは特徴的な着物を着こなした黒髪の美しい女性だ。
米内が乗り込んだのを確認すると扉を閉め反対側から「失礼します」と乗り込んだ。
運転席には眼帯を左眼に付けたブレザーのボーイッシュで年若く見える女子。一夜が見れば現代の学生のようだと考えただろう出で立ちだ。
後ろの二人を確認してからアクセルを踏込むと車は緩やかに走り出した。
「東郷長官の忘れ形見、私たち完成系の母・・・三笠様の御子は如何でしたか?」
着物の女性は車の揺れに長く美しい髪を揺らしながら米内へ問いを投げる。
語調や雰囲気などは神通に似ているが米内へ向ける表情は正反対で微笑みを崩さない。
米内とて人の心までは読めないが悪感情ではないだろう。
「そうだな、想像以上だった。」
「それは・・・よい意味で?」
「良い意味でだ。この際、暗愚でさえなければいい程度の考えだったんだけどね。どうして中々。」
秀才止まり、というのが東郷三号生について鏑木少佐からの報告を聞いた米内の認識だった。
あの東郷長官の孫で実質の飛び級に加え成績は主席。校内で問題を起こしたようだが概ね支障なしとの教官らの評価。
問題を起こした張本人ではなく巻き込まれたのだろう、と記されていたがこれも米内にとってはどうでもよかった。
美しい女子に囲まれ粗相を侵す、大いに結構。むしろ自分がやりたいほどだ。
そういう問題に巻き込まれ、名声や成績から足を引かれずに評価されていることの方が軍隊では重要だといえた。
頭が回れば軍人として優秀か、と言われれば米内は首を傾げるだろう。
秀才などと持て囃され自尊心の高い士官が現場や実戦で痛い目を見るのは少なくない。
しかも、そういう者に限って他の者を巻き添えにすると考えていた。
「なぁ、それは頭の出来でか?それともこっちの方か?」
興味があるのだろう。運転席で運転する女子は右手でハンドルを掴みながら左腕で助手席に置いてある刀を軽く叩きながら悪戯っぽく笑う。
傍から見ても運転に危なっかしさは感じられない。
「天龍、ちゃんと前を見て運転してください。」
「わーってるよ!そもそも、見てなくたってオレが事故るかって。」
注意されてやや不満そうに口を尖らせる天龍を追い打つように米内が続ける。
「扶桑くんと天龍くんが無傷でも、僕はそうはいかないからね。安全運転で頼むよ。」
「あっ中将まで!あー…分かった、分かりましたって。」
正面に向き直りしっかりと運転に戻ったのを確認してから米内は着物の女性、扶桑と天龍を交互に見て問いに答えた。
「神通くんとも十分以上切り結べるみたいだからね、体術もそこそこできるんじゃないかな。」
その言葉は両者の反応から見ても驚愕だったのだろう。
本気を出せば人間の規格を容易く超えてしまう艦娘は、同じ艦娘はともかく人への教練に向いているとは言えない。
それは扶桑も天龍も共通の認識。天龍の質問は、彼女にとって会話を盛り上げるための冗談に程度のものだった。
本気を出せば、というが艦娘にとっての平均基準はひどく判断しづらい。
一刻みで十まで汲める井戸と、百刻みで千まで出すポンプでは測りも意味も違う。
それが事故や不調を重ねながら訓練で手を抜くことの知らぬ模範的存在として知られる神通であれば、殊更に。
「マジかよ・・・。」「驚きね。」
故に二人の言葉は驚きで迎え入れられた。
米内は逆にそこまでの驚きはなかった。
術科は必修だったがそもそも艦娘と手合わせすることなどない。
艦娘に限定された不便さなどは理解は出来ても共感は出来ないのだ。
脳裏で浮かべた女子に見まがう少年。時々、驚きの感情を洩らす甘さはあったが・・・。
「狸共が神輿として使うには少々、担ぎ辛いと僕は思うけどねぇ……。」
流れてゆく街の風景を眺めながら米内は独りごちた。