旭日は夢と散る   作:ククルス

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あれからお気に入り4件ありがとうございます!
帰省してから迷いに迷って、結局こんな出来…な感じは実感しておりますが宜しくお願い致します。

次回は10歳まで飛びます。

1000文字追記、修正。(18.1.23)


三話 名の重み(改訂)

年数は時を刻み、新しい年がまた明ける。

 

慣れ親しんで久しい執務室だった筈の部屋には、何処から持ち出したのか木枠で組まれた籠の様な造りの中に石炭の入った陶器と机に布団を載せた元祖こたつが置かれていて、これ幸いと半身を沈めうつ伏せに寝っ転がりながらお年玉変わりに所望した歴史の本を読み耽る。

 

大戦の歴史、日本が歩んだ道筋に大きな差は見られない。

時間の無駄だったか。そう思いつつ前世で薄れた記憶を思い出すように読むという行為は中々に楽しい。

今までがほぼ食べて寝るだけだったことを思えば当然だ。

 

気になったのは武家を表す記述で、現在でも武家は存在していてやはり軍人になるのが主流の様だった。

前世でも英国の影響を受け、爵位という制度が日本にはあった。

いわゆる貴族。実態は欧州の貴族とは全く違う代物なのだが。

この世界での武家は国家が成立してからも残り続けた貴族なのだろう。

 

爵位と同じで軍功を立てれば一代武家を名乗れるのだろうか。

 

そんな幼児らしからぬ私に対して母上は想像もしていない言葉を口にした。

 

「一夜、明日はお爺様の家に挨拶に行こうか。」

 

——……えっ?

 

 

 

1930年-1月 東京 麹町

 

 

私は、母上が来訪者を招き入れたあの日の己と今日まで安穏と過ごしてしまった己を殴り飛ばしたい心持ちだった。

 

最初に彼の顔を見て正直、私は何の感慨も抱かなかった。

 

 

白髪交じりの短い短髪に顎髭を生やし眉間に刻まれた皺は深く、その眼は年齢を鑑みても力強いものだ。

服装こそは和装に二重廻し(外套)といった私服姿ではあったが、この翁の放つ気が市井の民では有り得ないと伝えている。

 

だがその程度だ。

彼が母上の事を『ミカサ』と呼んだことですら、我が母はミカサという名前なのかと長年の疑問が消化された目先の事実にばかり目が向き、そんな母上の『ヘイハチロウサン』という言葉すらあって正体に気付くことができなかったのだ。

寧ろ、笑顔以外を見せた記憶のない彼女に悲しそうな表情をさせたこの男をどうしてくれよう、泣き散らして威嚇してやる!

などと思い返せば一丁前に嫉妬していた有様である。

 

——抱き上げられた時は出せるだけの感情で睨んだつもりだったが、

軍神だったとは……いや普通、気付くだろう私。

 

結局、彼が訪れたのも一度きりで他に来訪者が来ることもなく頭からは抜け落ちていた。というオチまでつく。

 

流石に三、四歳児にもなれば会話も問題なかろうと母上とのやり取りで得たことは育ったこの場所があの名高い三笠。

母上の名前も同じ字を書き、縁深い一族であるとのことだ。

それ以上は語っては下さらなかった事は知る必要がないか、知らせられないからなのか。

 

 

 

 

 

 

そんな己の感情はどうあれ、挨拶は大事なもの。

陸海軍という感情をぶつけ合う間柄でさえ、礼儀は守っていた。

まして、新年の挨拶ともあれば。我慢、我慢。

母上に促せるまでもなく、戸を開き出迎えて下さった曰く祖父らしい人物(軍神東郷)に頭を下げ挨拶をする。

 

 

「あけましておめでとうございます。」

 

「…明けましておめでとう。」

 

「あの坊主が随分と大きくなりおった、外は冷えるだろう。三笠、一夜、早く中に入りなさい。」

 

翁は呆気に取られた様な表情を少し浮かべたかと思うとすぐに目を細める。

玄関口から案内されるままに居間へ通された私たちは、座布団の上に腰を下ろし出された茶に手をつけようやく一息をつく。

 

ややあって翁が口を開いた。

 

「わしが東郷 平八郎だ。」

 

「一夜は覚えてないだろう、一度だけお会いもしたし抱いても下さったんだぞ。」

 

そんな言葉に苦笑しながら母上がつけ足した。

 

——覚えていますとも…。

 

海軍の神様とまで呼ばれた東郷元帥が質素倹約だったとは聞いていたが、下町の一角に屋敷を構えていたのは海軍なりに風聞を気にしてだろう。

敷地は外から見るよりも広く、武家屋敷程ではないが家二つはゆうに収まる様に見えた。

それでも壁が最近修繕されたようには見えないし、家具は最低限で調度品などは驚くほど少ない。

家人も東郷本人しか居ないのだろう。

彼から感じた印象は寂しいという気持ちだ。

 

「ははうえ、東郷おじいさまがわたしのそふなのですか?」

 

私はさきほどからの疑問を直接、聞いてみる。

その答えは隣に座る母上ではなく、対面の東郷元帥から応じられた。

 

「その通り、平八郎が孫…東郷 一夜がお前の名だ。」

 

「東郷 一夜…。」

 

今生の名を反芻する様に口にする。

 

母上から一夜と呼ばれてはいても実感の湧かなかった今生で、ようやく違う世に生まれたのだという感慨を抱いて。

 

 

 

 

 

 

本が好きだという一夜にわしの書斎にある本を好きに読んで構わないから席を外すよう伝えると、やはりというべきか彼は大人しく従った。

 

「一夜は聡い子になりそうだな。」

 

わしの言葉に三笠も嬉しそうに「ええ」と同意する。

 

「利発で年齢に不相応ではありますが、落ち着きのある自慢の子です。」

 

「それに、親の贔屓目で見ても可憐でしょう?」

 

一夜はれっきとした男子の筈だが…。

美しさならば三笠は美しいが、可憐かと言われれば性格に関して男より男らしい所がある。控えめにいって勇ましい。

艦娘という事実を差し引いても、婚約が結べない訳ではない。

未だ相手が居ないのは出逢いかわないとしてもそういうことだ。

 

わしとて、妻くらいしか貰い手など居なかったやも知れぬ。

 

そういう意味では双方ともに似ず良かったな、などと思いながら静かに茶を啜る。

 

「…時に話は変わるが、軍縮条約について聞き及んでおろうな。」

 

「はい、近い内に会議を行うという噂ならば……。」

 

日本における海軍、軍艦の軍縮条約に関する会議は都合三度目。

一度目は主力艦艇の保有と性能制限、三度目は二度目に中断された補助艦艇郡にやはり保有制限に関するものだ。

 

「うむ、そして件が顔に最後の大仕事となる。」

 

その言葉は本心だ。

自身の死が夫婦共々、間近に迫っていることは自覚している。

それでも一夜に東郷という名を継がせる事は悪魔でも事のついで、

むしろ廃れさせようとすら考えていた程だ。

 

東郷の名は既に如何な神童とて背負えぬ積荷に成り果てていた。

 

三笠の拾い子と知らぬ者は羨望や期待、嫉妬を向け、知る者たちが悪意を向けないとは断言出来ないのだ。

いや、間違いなく艦隊派以外は良い顔はすまい。

 

「三笠よ、一夜が十の歳を迎える時が別れぞ。」

 

だからこそ、心苦しい。

親子である事を許容する為に結果として離れ離れにさせることが。

 

三笠の返答は遂に聞こえることはなかった。

 

 

 

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