旭日は夢と散る   作:ククルス

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お気に入りに感想、本当にありがとうございます。
見直したい箇所、自分ですら読み辛い部分がありますが適時改善できればと思います。

次からは漸く艦これ要素を入れられるかと。。。

1000文字追記、修正。(18.1.23)


①海軍幼年学校
現実には存在しません。
陸軍幼年学校の始まりは1870年、名前を変え時代に合わせて場所などを変えながら戦後まで存続しました。
13歳から16歳まで、その後は士官学校から陸軍大学に続きます。
教育は中学校程度の基礎教育に軍事学、武道で
睡眠時間は7時間前後、休憩時間は三食の食事を含む1時間半。
入学には1.2年の中学校卒業が必要なので実質は中学校の様なものでした。


②東郷平八郎の子孫
元帥は1934年5月30日に夫婦揃って病を患い亡くなっていますが当然、子供は居ました。
この世界では前世の一夜と同じく子を成せませんでした。


③副官だった男 小笠原
姓名は小笠原長生、最終階級は中将。
日露戦争時、東郷平八郎の副官を務め彼の信奉者になる。
伝記などを記し東郷神格化に務めた。



四話 海軍幼年学校(改訂)

三笠 殿

 

新緑の若葉が、その鮮やかさを魅せてくれる季節となりました。

母上におかれましては、お変わりなくお過ごしでしょうか。

 

私は同輩たちのそんな輝きを間近で見ていると日々努力せねばならない、という考えを強く過ごしています。

 

東郷のお爺様からの約定通り、海軍幼年学校に入学し早一か月。

こうして気の合う友人とも出会え充実を感じられるのも爺様のお陰であることを思えば、

気を緩めぬよう努めて参りたいと思います。

 

母上も食事に関してはしっかり食べ、御身体を大事にしてください。

 

 

 

 

 

 

1936年-5月 東京 八王子 海軍幼年学校

 

 

電気式の人工灯に手元を照らされながら筆を置く。

自室の机に載せる比較的小型の卓上照明で持ち込み品だ。

明る過ぎず、さりとて暗くもない絶妙な灯りは重宝していた。

とくに消灯時間を過ぎた時や同じ部屋と同居人が寝ている時に。

 

したためた文をただぼうっと眺めているとまた時間が流れた、という実感があらためてわいてきて振り返れば感慨深い。

百年を生き、死んだ人間が記憶を持った生まれ直して同じ時代を…それも違う世界を体験しているのだから。

 

三笠母上と出会い、恥ずかしさと暖かさに育てられ五年。

正月の挨拶から、正式に東郷という姓を与えられてまた五年。

実に十年。ある程度の身分に自由を得ると考えることも増えていく。

 

一番の疑問はやはり、あの枕元に現れた幽霊が如き女性。

これだけの月日を過ごして今更、この世界が夢だとは当然考えていなかった。

切っ掛けであるのは間違いない。

市政に流れる書物では得られる情報は少なく、他人に相談出来る話でもない以上は自ら調べていくしかないのだ。

それに加えても…そう。

私は、この人生をチャンスだと感じるようになっていた。

 

あの女性が私に何かをさせようとしているとしても、後悔を無くせるかもしれない。例え違う世界でも、日本に核を落とされたことは負けた以上に認めたくはなかったのだから。

 

運命の糸を手繰られているように進む人生に怖気もある。

東郷の爺様がまわしていたらしい手により幼年学校という道が生まれ入学の厳しいと聞かされた試験も、私の不安とは裏腹に筆記は簡単に通過、面接に至っては東郷という名を聞いただけで平伏されてしまった。

そうして最低限の着替えと筆記用具だけを詰めた手荷物を片手に入学。

 

驚いたのは海軍幼年学校の生徒に女子がいたことで、女子の割合に至っては男子と比べ圧倒的に多く国内世論としてもその事実に否定的ではないということだった。

その辺も武家の力関係が影響しているのだろうか。

 

判断に困るのは、知り得た知識の通りならばこの世界が歩んだ日本は、私の知るそれと大きくかけ離れていないらしい。

歴史に名を残した著名な人物、事変や戦争に関して多少の違いはあれどかつて見聞きしたままだったからだ。

 

人の生き死に関してもそう。

いかなる運命か祖父となった東郷元帥もすでにこの世を去っている。

悲しくないといえば嘘になる。

だが予測できていたからか不思議と涙は出ず、粛々と行われた国葬で私の分まで母上は泣いていた。

普段、陽気な表情を以外を見せたことのない母上が。

私の前で涙を流していたのは胸が苦しくなった。

 

「ふふ、不甲斐ない姿を見せてしまった母を一夜は貰ってくれるかな。」

 

そう口にした母上はきっと爺様が好きだったかもしれない。

 

爺様にしても、色々学ばされた。

年々と体調を崩していく彼を半月に一度、見舞う形で顔を見せるのが当たり前になって会話は次第増えていった。

初めこそ互いに接し方が分からなかったが、互いに老爺な訳で。

まして海軍に人生を掛けたという意味では通ずる所も多い。

分かり合えればあとは早かった。

 

私も嫉妬と畏敬は何処へやら、祖父としてではなく気軽に話せる人物として彼を好いていた。

海軍とは如何なる組織か。日露戦争では、現在の内閣は…とても祖父と孫が行う会話ではなかったとは思う。

知るに問題のない範囲で自身の歴史との齟齬を埋めることが出来たのも爺様のお陰だ。

孫に語り聞かせるように優しい祖父を意識していたのかは分からないが、後世に残された軍神東郷像とは重ならない。

そして、あくまでも祖父として不器用な軍神は没した。

 

私が表沙汰となった経緯もそこにある。

爺様が亡くなるまでは一部を除いて、母上は勿論ながら私も伏せられていたらしい。

らしい、というのは爺様の副官だったという将官から聞いたからだ。

葬儀が行われて東郷の孫、と発表された。

 

『英雄も人である以上は軛から逃れること叶わぬ、されど残したものもある』

新聞の一文にはそう記されていて苦笑するしかない。

これが、たかだか中等部程度の子供に対する期待の重さか。

 

人は信頼にしている対象の発言や行動は好意的に捉えてしまいがちだ。

感情は行動や思想の一助であり、発端でもある。

東郷という軍神が亡くなり、不安に揺らいでいた人々の気持ちの拠所になれるように、私は選ばれたのだろう。

支援してくれる旧東郷派から利用されたと皮肉ってもいい。

 

お陰で、見える範囲の問題も浮き彫りになったともいえる。

 

葬儀の前、私と母上・・・それに副官だった男、小笠原は正式に海軍省、

そして御所に参上し正式に東郷の血筋として認められるよう諸々働き掛けてくれたのだとか。

海軍幼年学校へ入学するための資格、極端なところ市民権を得た。

それまで私は存在もしなかったということになるのだが。

 

小笠原に連れられ出会った軍部の将官らや、政府の高官の視線からは感じ取れる感情の色。

 

東郷を信頼し信奉する人間は私を見て、どう感じた?

不安、疑念、そこから期待や信用へと変化といったところか。

 

なら、嫌悪や不信を抱いていたものはどうだろう。

敵意、酷いものは殺意に近い。

 

 

約束などなくとも私は自ら進んで軍人になっていたのであろうことを思えば、少しでも早く軍属になれる選択肢を与えられより早く昇進できる。

やはり、母上にも爺様にも感謝してもしきれないだろう。

赤子であった頃、幼子であった頃は忘れていられた悔いと熱意は日に日に増していく。

 

 

話しを戻そう。

 

 

新しい生活を始めてひと月と少し。

こうして手紙を書くその内容に困らないくらいには、私の世界は大きく広まった。

 

とりわけ対人関係という意味において。

先にも連ねた通り、この海軍幼年学校は男子生徒よりも女子生徒の方が多い。

その影響もあってか男子生徒の団結はより強固なものとなる。

中でも私の隣の席となった綴里(つづり) 彰隆(あきたか)という男は明朗快活という言葉がよく似合うとても魅力的な男だった。

よく言えば子供らしく愛らしい、それでいて容貌や声は女子と間違うほどだから男子女子問わず彼に好意的なものが多い。

母上と爺様、後見人に近い小笠原という限られた対人関係いつしかもたなかった私にとって、同年代の友を得、多くの仲間を作れたことはとても喜ばしいことだ。

 

無論、年嵩な大人たちと同じくそんな同期ばかりではないが。

 

 

学校生活に関しては概ね、予想通りのものだ。

海軍幼年学校 、名前こそは立派だがその実態は陸軍幼年学校の敷地を間借りして併設された学び舎と男子女子共同の寮に過ぎない。

特に幼年学校であってもやはりというが陸軍と海軍の中はよろしくないのだ。

生徒だけではなく教官たち、も。

 

そんな環境だからやはりというができることは限られていた。

術理は簡単なものだけ、本命は座学である。机にかじりつくようにひたすら知識を吸収するのだ。

例えば規範。あれはだめだ、これはこうしろ。

上意下達は絶対で軍の一番最上位には陛下が居わすこと忘れてはならないだとか。

五か条は有名だろう。

 

忠節を尽くすこと、これは他者ではなく国に報い義に生死を賭するもの。

礼儀正しくすること、階級に従い上のものに服従するのは当然、軍歴が自分よりも古い者を敬うこと。

武勇にを重んじること、大勇を信とし小敵であっても侮らず、大敵であっても恐れず職務を全うすること。

信義を重んじること、できるごとできない、正しいか正しくないかを確りと考え約束すること。

質素を第一とすること、贅沢や派手を恥とし慎ましやかさを忘れないこと。

 

いわゆる『軍人勅諭』、勅命と言い換えてもいい。

 

知識は重要度順に簡単なものから、生活においては団体行動をたたき込む。挨拶や基本行動は特に重要で飽きるほどに繰り返す。

精神性を重視する国家ではあるが必ずしもすべての人間が考え方一つで軍人になれる訳でもない。

軍事組織において質の向上は至上の命題であり、軍人に向かないない者を排除するためにも最初の一か月はとにかくハードであった。

 

試験では多くを振り落とし、教育で割り振るように適さない者から脱落してく。

 

新鋭を育成する先駆けともいえる機関だが、求められる基準は不釣り合いなまでに高いものに思える。

後世はともかく教育にはひどく金が掛かり、この時代に13歳の段階で筆記、計算、語学に至っては会話レベルの英語を求められると必然的に一定以上の階級出身ばかりになる訳だ。

大凡が名家、武家の子息、子女。

才気に溢れていても身体も精神も子供に近い、そういう向かない人物は当然出てくる。

 

その点を含めても、座学で私達を指導する教官は随分と老成していて教養の高さが伺える人物だが教える側には向いていないように感じる。むしろ内政屋なような…。

私にとってはただ復習する様に思い出す日々だが、皆は淡々と知識ばかりを教本そのままに書き連ねられても堪らないだろう。

疲労も積み重なり生徒達の集中力も落ちていく。

 

音を立てて教室の扉が横へ。

教官の入室だと考えていた担当生徒が「起立」と声を上げ全員が立ち上がる。

そして、中に入ってくる人物を見て教室がざわめいた。

 

「よろしい、着席して下さい。」

 

白の教導服を着こなすには些か若い、いや若過ぎる少女がそこに居た。

 

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