私の他の文でも言えることなのですが、
台詞が少なくなりがちでお付き合いいただいてる方には読みづらいかと思います。
なるだけ、喋らせるように心がけてみましたがどうでしょうか。
視点がコロコロ変わるのが問題あるようなら、主人公だけで絞れるように意識したいと思います。
やっと登場した艦娘なのに申し訳ない!神通さん、怖くしてごめんなさい!
①二本線に三桜
階級章の模様のこと。気になる方は調べて下さい。
陸軍では星を象り海軍では桜を象る。
②生徒監
いわゆる学年担任。陸幼では同校出身者で経験豊富な大尉から少佐相当が担当する。
某魔法学校でいうところの魔法薬学や変身学の教授。
その下には補佐をする少尉と下士官の助教が就く。
③三号生
幼年学校では三年制で三号生は学年を指す。つまり一年生のこと。
④海幼
海軍幼年学校のこと。陸軍幼年学校出身者を陸幼と呼称するので、同様に使用。
⑤特別幹部候補生
海幼は政治的な印象操作もあり建前上。
将来の艦長、艦隊指揮官を育成する目的で設立されている。
軍部では海幼出身者、特幹、幹補生などと呼ばれる。
腰まで伸ばした髪を揺らし、少女専用に仕立てられたのであろう白の教導服には一片の汚れもない。端的に美少女と表現する他ないが瞳は驚くほどに冷徹だ。
何かで読んだ屠殺場の豚を見る眼などという揶揄があったがなるほど、それに近いのかもしれない。
もしくは、なまじ美しいだけに人形のようにも見える。
これだけの視線に曝されて感情の色は感じられない。
年齢から判断すれば新兵でもおかしくはない筈だが、それを否定するかの如くその肩の階級章は彼女の地位を如実に示していた。
——二本線に三桜、ということは大佐・・・・・・だろうか。
教官、いや仮に生徒監でも大佐は階級が高すぎる。
役職に付き纏う階級は高過ぎても低過ぎもよろしくはない。
それが教育に関係するならば尚のこと。
規則や儀礼は当たり前になればなるほど破るのが難しい。
……特例で入学した私がいうことではないが。
つまり、そういうことなのだろう。
東郷か同期か、はたまた武家か。私の様な特例に値する権力が彼女を寄越したに違いない。
「よろしい、着席して下さい。」
その口から聴こえる声色も冷水の様で、ざわめいていた同期たちはピタっと口を閉ざし整然と席につく。
「私は神通、この花組を担当されていた勘左教官に代わり本日より担当となりました。神通教官と呼ぶように。」
「はい、神通教官!」
勘左教官は入学当初から担当していた、いわゆる花組の生徒監だった老人だ。
だった、というべきか。
とりわけ座学では睡魔を誘う方だったが問題のある人物ではなく、むしろ軍人らしからぬ温厚さから評判は良いほどだ。
私を特別扱いしないという意味で彼のことは好感を感じていたのだが。
身体が追随しても思考が回らないのか自分以外、誰一人として返事をしていないことに神通教官に見据えられてやっと気付く。
「……。」
沈黙のまま、神通教官は首ごと私を見るとすうっと目を細め口の端を上げた、気がした。
——蛇に睨まれた蛙、これが一番近いかもしれない。
視線の交差はほんの一瞬で、正面に首を正面に戻すと再び口を開く。
利する人物か、それとも外敵か。
「皆さん、私は連絡事項通達致しました。返事は、してくださいね。」
感情のこもらない口調で淡々と告げたそれは、最後通牒のようですらある。
同期生らが声を張り上げて返事をすると、教官は「よろしい」とだけ口にして周囲を見渡した。
彼女が何かをしたわけではないが、勘左教官がどうなったのかを質問する勇気のあるものはどうやら居ないらしい。
「そうですね、今日は海軍に属する上で無関係ではいられない事柄を一つ認識して頂きます。」
「"艦娘"について、です。」
教官がそう言うと、何名かの女子生徒と自分の隣に座る綴里は反応を示した。
その反応を示した生徒たちを一瞥し教官は続ける。
「一部の方は知っているようですので、それぞれに質問してみましょうか。知っていることを挙手し発言してください。
間違っている部分、足りない部分は補足しますので。」
――艦娘という単語、見た覚えがあった。たしか爺様の書斎で。
何名かの生徒がおずおずと手を挙げ発言していく。
「はい!艦娘とは国を守護する役目を背負った海軍の女性軍人のことです!」
「畏き方々に任命された軍艦の艦長、と私は聞きました。」
「はい、軍艦に勤務する女性軍人を指します。」
おおよその発言は似通っている。
私自身、その言葉の印象は発言した生徒たちと同じく漠然としたものだ。
ただ一つ違うのは艦娘という言葉はかなり古く、嘉永六年前後にはいくつかの歴史書で散見されたということ。
時代が時代だけに武家と関係もあるのかもしれない。
教官はそれらの発言を聞き、「それだけですか?」と生徒らを見渡す。
「艦娘とは、至尊に身を捧げ国に尽くす。軍艦の化身、そのものです。軍人、という表現は間違えているので注意してください。
基本的には見掛けても軍務以外で接しないように。」
一拍間を置いて発言した生徒らを見据えると
「質問はありませんか、無いようでしたら講義を開始します。」と続ける。
なら階級はどうなのだ、と感じたが襟章がないのはそういう意味なのか。
ここで更に睨まれるのは得策ではない。そう理解しつつも、私の手は自然と上がっていた。
「……どうぞ、東郷三号生。」
「はい、接してはならない理由をお教えください。」
明らかに上官であるところの神通教官に疑問をぶつける。それは軍人としては避けるべき行動だ。
思考停止を是とするわけではなくとも、従順であることを求められるのが軍隊という組織。
ただ、私は綴里や一部の女子生徒は肌を白くして沈黙を通していたことが何より似ても似つかない筈の彼女から、母上に近しい間隔を感じている。
そんな質問に教官はやはり淡々と答えた。
「艦娘は人間ではありませんので。」
教室に再び沈黙が包まれる。
もしかしなくとも、神通とは川内型巡洋艦のことなのか。
母上の名は三笠、そういう世界なのかと保留したが流石に縁の深い…だけでは説明が付かないだろう。
母上もまた、彼女のいう艦娘であると考えれば爺様との関係にも納得がゆく。
「はい、ありがとうございました。」
それだけをどうにか言葉にして、私は席に座る。
ならば、人間ではないとはどういう意味か。
比喩の可能性も、言葉通りの可能性もある。
綴里へ視線を向けると彼は力強く手を握りしめていた。
「では、英語教範の二章から始めましょう。」
その疑問を訊ねても、答えが得られるとは思えない。
神通教官は黒板へ向き直り、紙をめくる音と共に講義が開始された。
◇
一日の訓育を終え、寮の自室に綴里とともに戻る。
自室の机に座りノートを開く。講義の内容を纏めるのを忘れない。
日課にしてしまえばこういう事はのちのち楽になる。
綴里は寝台に横になりながら私の背に声を掛けてきた。
「東郷はすごいね。神通教官と言葉を交わせて、目も逸らさないなんて。」
「別にすごくなんてないさ。本音を言ってしまえば少し怖かったよ。」
「僕には……そっか、でもすごいよ。」
彼との会話がそこで途切れる。こちらから踏み込んで事情を聴くこともできたが私はあえてそれをしなかった。
暗さを見せなかった彼がここまで弱気になるからには何かがあるのだ。
それは教官に対してか、艦娘に対してか。
好奇心で人の傷に切り込むことは望ましくない。
ただ、人間関係と難しいもので他人に弱さを見せるのはとても勇気のいることだ。
想いは言葉にしなければ伝わらない。前世ではそれで後悔したこともある。
「綴里。相談には乗るから、いつでもいい。話したい時に話してくれ。」
しばらくして「ありがとう」、というか細い声が聞えた。
◇
「で、東郷閣下の忘れ形見はどうであったか。」
夜の会議室で数人の将校たちの前に私は立たされている。
命令に従って陸上勤務から受け持つことになった特別幹部候補生ら、その三号生に対して私は必要以上接するな、などと言い含めたが。
私の現状はその逆の状況を告げていた。
艦娘は人間ではない。結果、軍人でもない。
しかし軍属である以上、私たちは一定の権利とともに階級と義務を与えられているのだ。
階級社会である以上、自身より上の階級であればその制約は受けない。また、直属の上司なら私は付き合わざるを得ない。
私が彼…東郷三号生くらいの年のころは、彼のように生意気だったのだろうか。艦娘になる前にあった筈の記憶は薄れつつあった。
そんな益体もない思考で意識を斜め上にそらしながら、階級上は目上の将校らの質問に答える。
「まだ初日ですので、判断しかねます。」
「勘左大尉は彼を大層、評価しているようだったが?」
「失礼ながら勘左生徒監と私は面識もなく、その言葉には意味がないものと思われます。」
普通の軍人であれば不敬、不遜ととられても仕方のない態度だ。
それでも言及されていないのは、彼らに私を処罰する権利がないことも含め人ではないからに他ならない。
付け加えるなら勘左生徒監は件の東郷三号生を政治的に利用しようとしたから排除されたのだ。そんな前任が残した資料に意味はない。
軍人とはいえ人間だ、善意であれ悪意であれ利権を維持しようと無駄な力を奮うものは少なからず居る。
——くだらない、同じ海軍。船か陸でこうも違うものですか。
私の態度に正面に立つ高級将校は、苦虫を噛み潰したような表情を浮かべると煙草の煙を私に吹きかけて続けた。
「貴官が、この海幼に配属された理由は理解しているな。」
「はい、今期の幹補生訓育と将来の艦娘候補生への助力だと認識しています。」
「訂正だ。東郷三号生の評価とその報告を行いたまえ。」
「彼一人を贔屓しろ、という認識ではない。と考えても?」
「無論だ、我々は公平でなくてはならない。当然、貴官にもそれを求める。」
詭弁だ、とは口にしない。
「はい、了解しました。」
最低限の返答と共に、私は退室する。
そのまま校舎を出て空を見上げ、息を吐く。
海からはそう離れていない筈の空に星は見えない。
私の心は、身体と同様にあの日から時を止めて進んでいないように感じた。