シリアスありません。
次回までに、一夜と綴里の顔は描いておきたいと思います。
海幼こと、海軍幼年学校での生活は相変わらずだ。団体生活に苦はないのだが身近に女性が存在するということは青少年にも、例え中身が成熟し干し柿のようになり掛けた私だとて意識せざるを得ない。そういう意味ではつくづく身体に心が引き寄せられているように感じてしまう。
男女の寮が同じであれば、トラブルが起きてしまうのも仕方がない筈だ。それが馬鹿な男子らによる巻き添いでも甘んじて、甘んじて受けようとも。
1936年-7月 東京 八王子 海軍幼年学校
神通教官が担当になってからは訓育はより厳しいものになった。
教え方がという訳でも、訓育時間が長くなったり休憩時間が少なくなるといった理不尽な理由でもなく、単純に時間当たりの密度が増したのだ。
所感は感情のない、人形の様な。彼女自身の言葉を借りるなら人間味のない教官だったが訓育は丁寧で教え方は上手いと思った。
やや根性論も目立つが間違ったことは言っていない。
恐ろしくない、などと驕ることはできないが好感を感じる。
と、いってもだ。彼女が来る前ですら同期たちは、夕食後から与えられる就寝時間までを自習に費やしていたのだから簡単な話ではない。
復習は当然、予習も増えていく。
疲労は積み重なり、週一の休日を余暇として使える同期は少ない。
少年らの健全な精力…いや精神は余力を失くして、ということはなく寧ろ暴発した。
◇
平日でも生徒には唯一、自由を許された時間がある。
それは入浴の時間だ。午後の術科終了後、夕食前と夕食後の時間だけは生徒間で自由に接触し移動が可能となる。
逆に入浴後はそれぞれ自室からの移動は原則許可されていない。
当然、他人の部屋に入るなどは以ての外だ。
綴里以外の数少ない男子が心置きなく会話出来る貴重な時間なのだが。
「水瀬の体つき、すごい・・・すごくないか!?」
針の筵のの様に髪をツンツンとさせた男、
頷きを返す年齢不相応、というよりも日本人らしからぬ長身の
そして胸の大きさにこだわりを持つ坊主の
「わかる。」
「いや、笠原もすごいぞ。なんと言ってもバルジが大きいぜ。」
「わかる。」
「私には、お前らがなぜ私の部屋で一々それを話してるのか、理解できない。」
「わかる。」
三人の友人らは貴重な時間を猥談に費やすことに決めたらしい。
私の言葉に綴里は小さく「僕の部屋でもあるよね」と呟いている。
「まあ、広いし・・・こういう話題だと綴里も東郷もこっちの部屋来ないだろ?」
と言われ確かにと内心頷く。笠原といえば。
「風呂上がりの笠原、確かに色気があったかな。」
「東郷も分かってるな!」
「東郷まで・・・・・・。」
綴里が不満そうな表情をする。彼は男の筈だ、だのにその表情を見ると胸がズキリと痛む感じがしてしまう。
「よし、東郷は誘ってやろう。」
何をしようとしているのか。
白い目で睨む綴里と私を傍目に、馬鹿な男たちは茶番劇を繰り広げていく。
「男女の大浴室、更衣室が隣接しているのは知ってるよな。」
「遂に始まってしまうのか。」
「いや、まさか・・・・・・!」
——予想が出来た。いや、出来ない方がどうかとも思うが。
「そう、穴を・・・我々は見つけてしまった!」
「な、なんだってー!!」
「それに明日、明後日は海軍省からの招集で神通教官含めて上級士官も居ないらしい。」
「じゃあ、行くしかないよな!な、東郷?」
「わかる。」
「一応、聞いておくよ。その計画は何時から考えてたんだ?」
暫く黙った主犯格の篠崎は「入学後の半月で」と口を窄めながら告白する。
前教官だった勘左大尉という人物は比較的温厚で、時間に厳しい人物だった。
時間に厳しいというのは悪い意味ではなく生徒らの自由時間や休憩を重要視してくれるという意味で。
神通教官も訓育の時間を延長などはされないが、自由な時間でも睨みを利かせているためなくなく悪だくみはお流れとなったのだろうと推測した。
「何故、私を誘うのか聞いてもいいかな。」
「なんだかんだ、誘えば来てくれるだろ?それに女子受けがいい。」
「・・・・・・東郷?」
綴里、やや軽蔑の色を見せながら私を見ないでほしい。
前世に比べ女性の美しさが増しているのは認めよう。
どうやら私自身も綴里に大きく劣るとは思うが、顔立ちは整っているらしいのも認めよう。ただし表情が硬くぶっきらぼうだとか生意気と揶揄されてもいるようだが。
とはいえ、出世という目標がある以上に東郷という名前の影響力は大きく同じだけ危険性もある。
彼らには悪いが断ろう、馬鹿とて無理強いはすまい。
「すまない、折角の誘いだけど私は乗れない。その秘密は胸に秘め聞かなかったことにする。」
「わからない。」
やや残念そうな表情を浮かべはしたが、想像はしていたのだろう。
その日はそれでお流れとなった。
◇
翌日の午後、陽が落ち術科の訓育終了を知らせる下士官らの声と共に大浴室へ向かう。
ほぼ毎日の様に連れ添う綴里だが、彼は人に肌を見せるのを嫌いやや時間をずらして入浴するためこの時間には居ない。
入浴の時間は午後の訓育後と夕食後の二回、どちらに入浴しても構わないし二回入浴してもよい。
といっても、汗を掻けば湯で流したくなるのが普通なので皆もほぼそのまま大浴室へ直行だ。
確かに神通教官を含め何人かの教官は不在だった。篠崎たちはどうするのだろう。
そう思い更衣室で衣服を脱ぎながら目的の人物を探すも見当たらない。
男子の方が少ないとはいえ、組は全部で三組あるからやや手狭な更衣室だ。
視界は男の裸で埋め尽くされている。
——そういえば穴の場所までは聞いていなかったな。綴里の眼もあったから話は終わったのだったか。
他の組の男子とは、こうした時間以外で接することは中々ない。
覗きなんて危険性を他の組の男子たち全員が共有できるはずもないから目立たない場所にあるのだろうか。
気にせず汗を流そうと、浴室の木扉を横に開こうとすると視界の端に完全には閉じられていない扉が揺れているのが移った。
その扉の先には掃除用具しか収まっていない。
誰かが閉め忘れたのか、とため息を漏らし近寄ると小さく声が漏れ出ていた。
「・・・ぉ!や・・・これ。」
「・・・かる。」
扉を開け放つと三人の男たちが、私に尻を突き出し左右に振りながら壁に張り付き鼻息を荒くしている。
当然のように裸で。
——・・・というか、男が尻を振るな。
君子危うきに近寄らず、見なかったことにしよう。
関わらないと宣言した私が口を挟むのもおかしな話なので扉を閉めようとした、のだが閉まらない。
尻が、つっかえて閉まらない。
「いて、なんだ・・・?おお、東郷。」
尻に触れる感触で篠崎はようやく気付いたのか振り返る。他の二人も同様に。
「なんだ、やっぱりお前も好きなんじゃないか!」
「わかる。」
「いや、いや・・・私はいい。扉が開いてたから気になっただけで。」
「おいおい、そんなこと言って。正直になれよ、綴里は居ないんだぜ?」
そういう問題でもないだろう。そもそも、何でそこで綴里の名前が出るのか。
「「あ"・・・っ!」」
悲鳴が小さく唱和されて聞こえたので私と篠崎は音の発生源へ視線を向けると、
金渕、山河の二人はいつの間にか覗きに戻っていたらしい。
「ハヤテ、どした。お前がそんな声出すの俺、初めて聞いたぞ。」
「琢磨、東郷、終わった。」
「何が?」
背筋に嫌な感覚が走り、汗が流れた。この空気を知っている気がする。
男子更衣室と廊下を繋ぐ両開きの扉が大きな音を立てて開き、用具室を出た篠崎と私は首を九十度そちらへ。
その鬼はとてもにこやかに笑っていた。
眼は笑ってなどいなかったが。
「・・・じ、神通教官。」
「大きい。」
確かに大きい。着やせするらしい、若さに見合わないその裸体を惜しげもなく披露し隠す様子もない。
騒ぎを聞きつけた他の男子たちが股間部を抑えたり隠す有様だ。
「・・・教官、お早いお帰りでしたね。」
最悪だ、と思いながら口から出た言葉は諦めからか。言い訳にもなっていなかった。
「えぇ、予定より早く用事を終えたので泊まる必要もなくなりましたから。」
やはり感情の篭らぬ、いや。やや怒気を含んで彼女は返答して下さった。
◇
私たちはその場に正座させられた。やはり、裸で。
腕を組む教官も裸なので、皆仲良く肌を晒している珍妙な状態だ。
ただ裸より気になったのは彼女の背に刻まれた、大きな傷。
まるで抉られたかの様な。
「・・・っ。貴方まで、こんなくだらない事に関わっているとは思いませんでした。東郷三号生?」
私の視線に気づいたのだろう。彼女は恥じらうような表情を見せた。
「はい。申し訳ありません。」
関わってはいないが謝罪した。友情から見捨てることができなかったというわけではない。
知っていたのは事実で、黙って止めようとはしなかったのだから当然だ。
女性の裸を覗いてなどはいないが、間近で見てしまっているのも事実。
謝罪を受けて、視線をそのまま私の横に座る篠崎たちに向けると一か所へ視線を集中させる。
そして微笑む。
「篠崎三号生、金渕三号生、山河三号生。貴方たちの謝罪は不要です。」
「それほどまでに余力があるとは判りませんでした。私の眼も節穴だったようで、申し訳ございません。」
彼女の言葉から同じように視線だけを向けて察した。ああ、若さだな。
「あっ、あの・・・。」
「三人はその姿のまま私が良いというまで校庭を走りなさい。東郷三号生は三十周、駆け足ですよ。」
その粗末なものが不要というなら別ですが、と篠崎の弁明を切り捨てる。
◇
肉体より精神的に疲労した身体を引き摺って自室に戻る。
走り切った後、あの教導服をちゃんと着た神通教官は「二度目はありませんよ」と言いながら服を返してくれた。
結果的に不問に処すということらしい。
残念ながら夕飯の時間は過ぎてしまっている。
三人はまだ走っているし、教官はそれに付き合っているのだろう。
扉を開いた私に、綴里は駆け寄り上目遣いで口を開く。
「と、東郷は、見てないんだよね?」
「当然さ、見てないよ。」
その答えを聞いて綴里は安心したように綻ぶと机の上から何かを持って来て差し出す。
手に持たれていたのは白い皿、その上にあるのは握り飯のようだ。
「これは?」
「東郷が夕飯食べれないと思ったから食堂の叔母さんに取り置きをお願いしたらね、取り置きは出来ないけど自分で作るなら余った米使っていいよって。だからね、そのよかったら。」
「助かるよ、ありがとう。綴里。」
「う、うん!」
恥ずかしそうに顔を染める綴里を見て、まるで女の子の様だと思いながら握り飯を口に運ぶ。
ややしょっぱく不格好ではあったが、私は感謝の気持ちを忘れないように残さず食べる。
ちなみに、消灯時間になっても教官たちの声は外から聞こえていた。