薄暗いガレージの中に一機のACが鎮座をしている。
「何かあんた、ネストから賞金を懸けられているわよ」
男のインヴィジブルの整備を請け負う裏の整備屋の女が、機体の現状データを男に差し出しながらからかうような口調で言い放つ。
「あんたを殺せば三万、このカラサワとやらを持ち帰ればさらに二万」
「ネストの連中め……」
苦笑しながら、男は機体データが記入された紙に目を通した。
「ナインボールがネストの手飼いのレイヴンだという噂は本当かもな」
「ナンバーワンのレイヴンを退けるとは、さすがに大した腕」
「相手がカラサワを恐れて、自滅してくれたお陰だよ」
「カラサワか……」
整備屋の女がツナギに付いた埃をその手で払い落としながら、インヴィジブルの足元に置かれているカラサワ・レーザーライフルをじっと見つめる。
「噂に聞くイレギュラー・パーツね」
「イレギュラー・パーツ?」
「時々、あるのよ」
雑然とした、暗い照明が照らすガレージの中の片隅にあるラジオに女が手を触れた。
「規格外の性能を誇るAC用のパーツがね」
「伝説のチートアイテム?」
「ネットゲームでもやっているの? あんた?」
「娘がやっているのを見た事がある」
「娘か……」
ラジオから昔のポップスが流れてくる。地上が崩壊し、地下へ人類が押し込まれる前の時代に流行った曲だ。
「以前、あたしの所にACの修理を頼んだレイヴンが持っていた」
「イレギュラー・パーツを?」
「あんた以上に評判が悪い男だったけどね、その三日月と言うレイヴンは」
「名前だけは聞いた事がある」
「自分以外の人間は全て道具と考えている嫌な男」
「俺と同じだ」
「あんたは自分と愛する小娘以外、だろ?」
その男の言葉に闇商売の女が甲高い笑い声を上げた。女に合わせるように男は口を歪める。
「月光とか言うレーザーブレードだったよ」
「威力の程は?」
男が訊ねながら、女にタバコを手渡してやる。ポケットからライターを取り出す女。
「全てを切り裂く魔法の剣」
「ファンタジックだな」
再び女は笑い声を上げた。ラジオから流れてくるポップスを聞きながら、男もタバコをくわえる。
「サンレーン、アンド、サニー、スマイルガール……」
タバコの煙が狭いガレージ内に立ち込める中、しばらく黙ってラジオを聞いていた男が不意に口を開く。
「俺は名前を変えてみる」
「名前を?」
「ヴァルチャーからバウンティへ」
「賞金首、バウンティか」
「良い名前だろ?」
「どこが?」
「襲ってきた奴等を返り討ちにして、その相手の品物を売り払える」
「フン……」
その言葉に鼻を鳴らしながら、女は小型の冷蔵庫からコーヒーのボトルを取り出す。二つのコップに注がれた男はコーヒーのコップの一つを女に軽く頷くように顎を下げてからその手に持つ。
「前のコードネームがヴァルチャー(禿鷹)だからねぇ……」
その女の呟きに男は答えない。黙ってコーヒーに口をつける。
「だけどさ」
タバコを灰皿へ置きながら、女はカラサワを見やった。
「賞金が懸けられているのは、このカラサワがあるからだろう?」
その言葉にも男は答えない。
「だったら、バウンティって名前は機体につけた方が良いんじゃないか?」
「機体だけ破壊をして、目的の物を奪取すれば満足」
コップを物だらけのテーブルへ置きながら、男が二本目のタバコに火をつける。
「そうすればパイロットの命は取らない、そんな賞金稼ぎはいない」
「確かに」
またしても女は暗いガレージ内で甲高く笑う。
「後、二日で調整は終わるわよ」
「なるべく早めに頼む」
軽く女へその頭を下げてから、男は真剣な顔で機体のデータ表に再度目を通し始めた。
「惚れていた女のためにね……」
「正確ではないな、その言い方は」
「その子供、娘の為にか」
「クローム社へしかるべき物を収めれば、娘の病気を直せる施設を使わせてくれる」
「一部のエリート、社長クラスの人間にしか使用許可が降りない最先端の手術か……」
「クロームも俺の事情を解ってくれてはいるよ」
紙に写されている機体データを頭の中へ収めながら、男は他人事の様な口調で淡々と女へ答える。
「良い依頼の話を持ってきてくれた」
「汚れ仕事かい?」
「仕事の後に酒でも飲めば、なんてことはない」
「……」
その言葉に女がどこか哀しそうな色を目に浮かばせる。その様子を男は見て見ぬ振りをしていた。
「あと、どのくらい金が必要なんだい?」
「さぁてね……」
「このカラサワの依頼をした奴も死んでいたんだろ?」
「後金を受け取れなかったよ」
そう言ってから男は一旦データから目を離し、カラサワ・レーザーライフルの銃身を少し皮肉げに眺める。
「だから、こいつを後金がわりに貰っても、バチはあたるまい」
「確かに」
女もその唇に人差し指をこすりつけながら、そのイレギュラー・パーツに目を向けた。
「まあ、こいつの方が俺には好都合だったかもな」
「傭兵の誇りとやらは無くしたかい?」
「あいにくと、最初からそんなものは持ち合わせていない」
自嘲げに女へ言葉を返しながら、男はポケットから携帯端末を取り出し、自分の機体であるインヴィジブルのデータが記録されたページを修正し始める。その男の横顔を女がじっと眺める。
「ただの娼婦の女、そいつの忘れ形見であるその娘のどこにあんたは命をかける価値を見いだしたんだい?」
「俺にも解らない」
むべもなく女にそう答えながら、男は電子通貨が収められたマネー・スティックを女へ手渡す。
「だがねぇ……」
そのスティックを受け取りながら、女は軽く笑みを浮かべる。
「そういう男に惚れる女もいる」
「だとしたら、そいつを利用するまでだ」
甲高く女の笑い声がガレージへ響いた。