雨と天候を設定されている夜の街。その降り注ぐ人工の雨の中、漆黒の塗装がされているAC「インヴィジブル」が街の設備を無差別に破壊をする。
「テロリストと思しきACは一機……!!」
必死の形相で通信機へ怒鳴っているシティガードのMTをインヴィジブルを駆るバウンティは無造作にレーザーブレードで切り裂く。破壊された警護MTが街のバイパス道路へ倒れ込み、避難している乗用車の行く手を塞ぐ。数台の車が玉突き事故を起こし、道路が炎に包まれる。
「街の損害、拡大中」
「もう少しは破壊が必要だ」
自機のAIに答えながら無表情でACを動かすバウンティ。カラサワ・レーザーライフルを街に灯りをもたらしている地下都市特有の設備である疑似太陽光発生器に向けて放つ。落下してきた光源発生器の欠片に街の住民が悲鳴を上げた。
ギュア……!!
遠距離からミサイルがインヴィジブルへ迫ってくる。軽々とそのミサイルをかわしたインヴィジブルは肩に設置された広域レーダーの出力を上げはじめる。
「警備隊のお出ましだな」
バウンティはレーダーのモニターへ映し出される光点の数を数えながら、自機のAIへ訊ねた。
「時間経過は?」
「まだ十五分はあります」
「もう少し、暴れておくか……」
呟きながら、バウンティは街の中央を走るモノレールの基部を破壊する。支えを失ったモノレールの車体が地上へ落下をする。
「人の命と営みを壊して金を手に入れるか……」
クローム社の勢力拡大の為の破壊活動。いわゆる「汚れ仕事」である。未知の驚異にさらされた人間は自分達を庇護してくれる者を求める。
「その救世主にクロームが名乗り出るか」
ベスト・アイデアだな。バウンティはそう自嘲げにその言葉を口にした。ガードMTが放ってくるミサイルの数が多い事を見てとったバウンティはECM(ジャミング発生器)を宙へ浮かばせる。
「ガードの機体も、追加報酬になるという話だったな」
ECMの効果により、ミサイルの射出準備に手間取っているガードMT達をカラサワで撃ち抜きながら、インヴィジブルはその機体の脚部などでも街の設備を踏みにじった。
「レーダーに高速で接近をしてくる機体を確認」
「何機だ?」
「一機です」
「AC、レイヴンだな」
呟きながら、バウンティは機体のコンディションを確認する。主力火器であるカラサワは特に念入りにだ。
「敵機の照合終了」
AIの声と同時に彼方から高速でライフル弾がインヴィジブルへ迫る音が聴こえた。咄嗟にバウンティは機体のスラスターを軽く噴かす。遠距離からの弾丸が機体の脚部に命中する。
「ランカー登録レイヴン、ロスヴァイセ。搭乗AC名はヴァルキュリアです」
「ランカーか……」
建ち並ぶビルに機体を潜ませながら、バウンティが軽く唇をかむ。
「さすがに今回はナインボールのようにはいかないだろうな」
ランカーとはレイヴン達の依頼の仲介組織「ネスト」が定めるランキングの事である。地下世界に千人から一万人はいると言われているレイヴン達の内、僅かに五十名程度の人間のみがランカーの称号を得る事ができる。
「もっとも、ランカーの名に脅えるレイヴンは二流だ」
自身も何回かランカーに登録された事があるバウンティがそう呟きながら口の端を歪める。バウンティほどの腕となれば、ランカーの称号など気にしない。自分の目で見ている目の前の敵の動き、それのみでその相手の腕前の判断を下す。
「さすがに狙いは正確」
もう少し、機体の回避が遅かったならばインヴィジブルの脚部に機能障害が発生していただろう。
「相手は遠距離狙撃を主体とした戦闘スタイルであると推測されます」
「オーケー」
ロスヴァイセと言うランカーレイヴンの名前は聞いた事がある。正確無比な狙撃によって、何人ものレイヴンをあの世送りにしている腕利きのレイヴンだ。得物が狙撃用のライフルならば、近距離戦に持ち込めばインヴィジブルが有利ではあるだろう。
「だが……」
バウンティは一つだけ、ロスヴァイセに関する妙な噂を聴いた事がある。
「機体がスクラップにされたレイヴンもいる……」
狙撃によるコクピットなどの部位の破壊ではなく、搭乗する機体がパイロットもろとも原型を留めないほど木っ端微塵にされたレイヴンがいたと言う噂がネット上に流れていた事があった。
「フィンガーでも隠し玉としているのか?」
レーダーと集音装置に注意を向けたままバウンティはコクピットの中で呟く。フィンガーとは至近距離戦用の小型マシンガンの事である。濃密な弾幕を展開して相手の機体をズタズタに引き裂く。
「しかし、な……」
スクラップにされた機体は重装甲タイプのACだと言われている。フィンガーマシンガンの火力では余程の好条件がそろってない限り、そのような芸当は出来ない。
「まあ、取りあえずは」
カラサワの機能調整を標準モードとし、インヴィジブルの機体各部の推進器が熱を帯び始める。推進器に触れた雨が湯気を発しながら蒸発した。
「この手で行くか!!」
隠れていたビルからインヴィジブルの黒い機体が飛び出した。即座にライフル弾が降り注ぐ雨を切って迫ってくる。
バウンティが操縦桿を強く引く。インヴィジブルの胴部の装甲に叩きつけられた敵機のライフル弾が跳ね落る。その攻撃による軽いショックがコクピット内のバウンティの身体を揺らしながらも、彼はしかとその目に敵機の姿を入れた。
「白い塗装の機体、公開されているランカーのデータ通りの兵装かな?」
闇の雨の中、破壊された街の彼方に建つビルの屋上でその純白の機体色を鮮やかに主張させているヴァルキュリア。その機体は片膝をつきながら狙撃用のライフルの銃口をインヴィジブルへ向けている。
「倒してパーツの一つでも奪えなければ、無駄な戦いではあるがな……」
ヴァルキュリアからのスナイパーライフルによる射撃を機敏にかわしながらインヴィジブルはその白い敵機との距離を詰めようとした。ヴァルキュリアもその意図に気づいたらしく、インヴィジブルとの距離を離そうとその機体を立ち上がらせた。
「つねに首の皮一枚のスレスレをよく狙える!!」
機体を後退させながらも、ヴァルキュリアはライフルによる射撃を止めない。ビル等の障害物を巧みに利用しながらバウンティはヴァルキュリアへ近づく。敵機からの狙撃をバウンティは間一髪で回避を続けているが、それでも時おり雨を切り裂きながら高速で迫ってくる銃弾がインヴィジブルの装甲を叩く。
「くっ!!」
頭部の至近をライフル弾が通り抜けていった。一瞬、その弾丸の風圧でモニターの映像が歪んだ。
「地の利で俺に分はある!!」
後退を続けていたヴァルキュリアの背後に地下都市特有の区画を区切る隔壁がバウンティの視界に入る。相手を追い込んだと思ったバウンティは機体を一気に加速させ、建ち並ぶビルの陰からヴァルキュリアのライフルの適正射程距離の内側へ入り込んだ。
「よし、仕留める!!」
その接近戦を挑んできたインヴィジブルに対して、ヴァルキュリアはその手に持つスナイパーライフルの銃身を下ろし、肩のキャノン砲の砲門を向ける。
「スラッグ・キャノン?」
大口径の散弾を放つ肩部のキャノン砲をその手で支えながら、ヴァルキュリアは宙へ飛び上がった。暗い街へ流れ落ちる雨がその機体をわずかに隠す。
「二脚型のACで空中からキャノンを?」
反動が激しいキャノン系のAC用武装では、人型を模している二脚型のACの場合だと地面へ脚部を固定して発射体勢をとる必要がある。そうしないとキャノンを放った反動で自分の機体が大きく吹き飛ばされてしまうからだ。
「強化人間とやらかもな」
強化人間とは特殊な人体改造を施されたパイロットの事である。強化人間となれば戦闘時にパイロットへかかる様々な外部的、生理的、そして精神的なストレスに対する強い抵抗力を得ることになる。
「相手にしたくない奴だ……」
その為、機体のパイロット生命維持機能のスペースを減らす事ができ、その空間にキャノン砲などを使用したときの反動吸収用の装置や追加燃料などを収めてAC全体の性能を上げる事などが可能。
「ん……?」
軽く放たれてきたスラッグ・キャノンの砲弾の拡散弾を運良く全てかわす事が出来たバウンティの耳へかすかな音が聴こえた。
「モーター音……?」
「敵機のスラッグ・キャノンから判別不明の電磁波を確認」
AIの言葉に訝しげな顔をしながらも、バウンティはカラサワを街の上方隔壁の間際を飛行しているヴァルキュリアへ放つ。そのレーザーを機敏にかわしながら、ヴァルキュリアはスラッグ・キャノンの砲門をインヴィジブルへ向け続けている。砲弾は発射されない。
「なんだ……?」
呟きながらバウンティは再びカラサワを放った。先程よりも狙いをよく定めたせいか、そのレーザーはヴァルキュリアの片方の脚部の外部装甲を吹き飛ばした、次の瞬間。
ガァアア……!!
凄まじい散弾の斉射がインヴィジブルへ襲いかかった。左の脚部へその弾幕がかする。同時に強烈な衝撃が機体へ走り、姿勢制御バランサーが狂う。
「くそっ!!」
再度斉射される拡散砲弾の弾幕をインヴィジブルはスラスターを最大出力で噴かせてどうにか回避する。
「あれもイレギュラー・パーツとやらか!?」
「敵機武装、解析不能」
「解析なぞしなくても、見れば恐ろしさは解る!!」
スラッグ・キャノンの回避に全エネルギーを使用しているインヴィジブル。ジェネエーターから発生されるエネルギーの供給が追い付かない。機体の温度も上昇を始めている。ラジエーター(冷却器)へのエネルギー供給にも支障が出ているようだ。
「カラサワが使えないな……!!」
「肩部ミサイルの自動発射を提案」
「オーケー!!」
ヴァルキュリアへ向き直ったインヴィジブルの肩から小型ミサイルが放たれる。純白の機体から小型の球体のような物が射出される。
「デコイ!?」
ミサイルを誤誘導させるダミーへインヴィジブルから放たれたミサイルが飛びかかる。ミサイル同士がぶつかり爆発を起こす。
「距離を取る事を提案」
「距離を取っても相手には狙撃銃があるんだがな……」
機体の向きをヴァルキュリアへ向けたまま後退をするインヴィジブル。再度その肩からミサイルが自動発射される。
「くっ!!」
再びヴァルキュリアはデコイを放ったが、数基のミサイルが誤魔化されない。その白い機体の数箇所に赤く爆発が起こる。ヴァルキュリアのパイロットの呻き声と共にスラッグ・キャノンの連射が一旦停止した。
「なかなかやる……」
「その声は女か、ロスヴァイセとやら……」
「機体名やコードネームで解るであろう、同業者……?」
嗤いながらヴァルキュリアがインヴィジブルを追撃する。再びスラッグのモーター音が鳴り響く。バウンティは急いで機体のペダルを踏みしめた。
「天候にも恵まれている!!」
ブースターからの発生熱が雨で抑えられている事にバウンティは感謝をする。再び破壊活動を行っていた区画へ二機のACは舞い戻る。未だに何機かのガードのMTがバイパスに立っている。
「畜生のやる事だが……!!」
撃ち尽くしたミサイルポットを武装解除しながらインヴィジブルは後退をする。その自機の背後に突っ立っていたガードMTの後ろにインヴィジブルを回り込ませ、スラッグからの盾にするバウンティ。
ゴゥアァア……!!
「街の護衛が任務ではないのか!?」
盾としたガードのMTもろともスラッグを放ってきたヴァルキュリアを苦々しげにバウンティは見つめる。MTがスラッグの猛打で木っ端微塵に吹き飛んだ。インヴィジブルの機体の各部にもスラッグによる損傷がおよぶ。
「判断は的確、いや冷酷……」
近くのビルの谷間に隠れながら、バウンティはコクピット内で呟く。雨が不自然に強くなる、街の環境システムにも被害がおよんだのかもしれない。
「腕が立つ、そして場馴れもしている」
「鎮静剤の摂取を推奨」
「気にするなよ、違うさ……」
この機体のAIが時々見せる妙な気づかいにはバウンティは慣れている。苦笑しながら彼は戦術を脳裏で組み立てる。
「デメリットにはならない方法だろう……」
インヴィジブルの機体の左右両方の腕部前方、ちょうど肩の部分に格納されているインサイドと呼ばれるACのサポート・ウェポン格納システム。インヴィジブルのそれに格納されているECMをバウンティは複数基を宙へ放出させた。
「お高いECMだが……」
僅かに自機へもECMの妨害電波の影響がおよび、レーダーのヴァルキュリアを表す赤い光点が消えたり、複数表示されたりと誤作動を起こす。
「では……」
バウンティはカラサワの出力を下げ、ビルの間からでたらめに宙へ向けて乱射をする。
トゥウ、トゥ……
ヴァルキュリアの機体が静かにビルの谷間に隠れているインヴィジブルへ近づいてくる足音がバウンティの耳へ届く。雨が強く落ちる音がそのACの足音をより不気味に鳴らす。
「敵機接近中」
「少し黙っていろ……」
押し殺したバウンティの声にAIは何も答えない。何か考えがあると察したのかもしれない。気味が悪い位に出来の良い自機のAIに苦笑しながらも、バウンティはさらに低出力のカラサワを数回放つ。
「出てくるのだな、バウンティ」
ヴァルキュリアの機体から涼やかな声がバウンティの耳へ入る。
「ECMなどを出しても、このヴォータンの槍は防げない」
「見逃してくれないか? ロスヴァイセ?」
その震えた口調で言い放つバウンティの言葉にヴァルキュリアのパイロットであるロスヴァイセは答えない。ビルの谷間、そこのすぐ近くまでヴァルキュリアが近づく。
「来るな!!」
叫びながら、バウンティはカラサワを再び放つ。狭間のすぐ近くでヴァルキュリアの足音が止まる。カラサワを放ちながらバウンティはメインモニターの向き、それとカラサワの出力とモード調整を静かに行う。
メインモニターへ向かって正面から雨粒が飛び込んでくる。
ガガァア……!!
インヴィジブルの上方からイレギュラー・パーツである「ヴォータンの槍」スラッグ・キャノンのモーター音が聴こえる。音もなくビル群の屋上まで飛翔したヴァルキュリアが谷間に隠れているインヴィジブルへ向かってスラッグを連射した。
ガオッ!!
最大出力のカラサワ・レーザーライフルから光の柱がヴァルキュリアへ向かう。ビルの壁を溶かしながら、スラッグを放つ為に身を乗り出した白いACの前面を焼く。
「ECMとレーザーは脅えの演出の小細工か!?」
スラッグを支える腕をカラサワに焼き付くされたヴァルキュリアが乱雑に拡散砲弾を乱れ撃つ。腕で砲身を支えてないせいか、その砲弾はいたずらにビルの壁とガラス窓を叩き撃つだけに終わる。
割れたガラスが雨に濡れたコンクリートの地面へ光のシャワーを打ちつけた。
「俺が何度死線をくぐったか!!」
「おのれ!!」
それでも、その砲弾の内何発かはインヴィジブルの機体へ破損させる。肩のレーダーサイトが甲高い音を立てて半壊する。
「腕の立つ奴が得意とする戦法だよ!! お前の取った行動はな、ロスヴァイセ!!」
「試作機とは言え、H10ナインボールを破ったのは伊達ではないと言う事か!!」
「あのナンバーワンと親しそうだな!!」
苛立ちの声を上げながら、ヴァルキュリアはライフルをインヴィジブルへ放つ。ECMが効いているのだろう、速射されたスナイパーライフルの弾はバウンティの機体の急所を外している。
「なるほどな、お前もネストの子飼いのレイヴンと言う事だな」
ビルの谷間から飛び出しながら、再度カラサワを半壊したビルから飛び立つヴァルキュリアへ向けて放つ。慌ててヴァルキュリアはインヴィジブルから距離をとろうとする。頭部上方モニターからの目測を頼りに発射されたカラサワの強烈な光がヴァルキュリアの右腕をスナイパーライフルもろとも吹き飛ばす。
「作戦時間、経過しました」
「そんなのはすっかり忘れていたぜ……」
機体のエクステンション(外部補助装置)であるエネルギー充填器でカラサワの射撃によって失われた機体エネルギーを補充しながら、インヴィジブルは戦域から離脱しようとした。
ギィフォ……!!
エネルギー充填器が機能を使い果たす前に音を立てて砕け散った。先程のスラッグにより破損していたようだ、そのエクステンションから噴き出した火が強烈な雨で即座にかき消される。機体のメインブースターからもかすかに煙が出ている。
「追ってはこないな?」
「ヴァルキュリア、戦闘力の約六十パーセントを喪失」
「よし」
インヴィジブルの損害も馬鹿には出来ない。長居は無用とバウンティは判断をする。
「また会おう、イレギュラー」
ヴァルキュリアも戦闘続行は不可能と判断をしたのだろう、豪雨が降りしきる街から撤退をしていく。
「イレギュラーとは何だ?」
「データに無い単語です」
「ナインボールも言っていたな……」
地区を繋ぐ連絡用通路を駆けながら、バウンティはふと自機の足元へ目をやった。
「……」
インヴィジブルの足は幾多も踏み潰したのであろう、紅く染まっている。
「サンレーン、アンド、サニースマイル、ガール……」
バウンティ、戦う戦士は暗い通路の中を疾走しながら、自分と愛する娘のお気に入りの歌を歌う。讃美歌の様に、高らかに。
みずからを鼓舞するかの様に。