take1
すべてのサーヴァントは、カルデアから退去した――――。
ただ一人、所長代理を務めるレオナルド・ダ・ヴィンチを除いて。
人理を護るための力、レイシフトは人理への反逆にも用いることができるために凍結され、メインの動力をも封じられたカルデアは“人理を守護する最後の砦”の役目を終えた。
『―――――以上、44名。登録認証 オールクリア。』
『安全性審査:教会規定 特別免除により、全員のカルデア入館を許可します』
『正面ゲート 開放。 ようこそ、ゴルドルフ・ムジーク様。』
『並びに国連査問会の皆様。 当カルデアは 皆様の入館を 歓迎します』
「ほ――――う!
ほほ―――――う!」
「いい! いいではないか! こんな地の果ての工房に期待などしていなかったが、まさか、これほど近代的な施設だったとは!」
胴間声を静寂の中に響かせながら、ゴルドルフ・ムジークはカルデアを歩く。
寒い外から温かい場所へと移った安堵もあったのだろうか。後ろに40名の兵隊を従えて、さあこの場所を奪い取ってやろうと意気揚々と人影に近づき―――――気づく。
「ほう、そこにいるのが報告にあった――――」
―――――ぬちゃり。
ひどく、湿った音がした。
―――――ぬちゃり。ぬちゃり。
これは、何の音だろうか。
ナニカが這い回るかのような、冒涜的な音。およそこの世界の生物が立ててはいけないだろう、この世の神秘を冒涜するような――――神秘そのもののような音。
―――――ぬちゃり。ぬちゃり。ぬちゃり。
なぜだか、周囲がとても暗いことに気づいた。
一度そのことに気づいてしまえば、何故それに思い至らなかったのかというほどに、そこは、とても、昏かった。
――――――ねえ。
ひどく、可憐な/耳障りな 声がした。
可憐な少女と、理解できない何かが同時に、同じ声音で、同じ言葉を、同じように語りかけたかのような。
先程、喋ろうとした言葉が張り付いてしまったかのように喉が引き攣り声がでない。
気づけば、甘く脳を溶かす/理性を鋭く引き裂く 薔薇のような、それでいて一度も嗅いだことなどないはずの何かの香りが鼻腔を、脳を、周囲を満たしていた。
―――――――言ったわよね、マスター。
それは、優しく/ 残酷 な声で。
それは、無垢な/ 汚れた 言葉で。
限りなく慈愛/ 憎悪 に満ちたその音は。
―――――――ちゃんと、見ていてくれないと。
ナニカガコチラヲミテイタ。
眼だ、と思った。
濃すぎる暗闇の中で爛々と輝く眼が、こちらを見ていると。
そして、少女のカタチをしたソレは、床に倒れた黒髪の少年を見ていた。
愛しそうに/拗ねたように 、その首に手を当てる。
不意に、少年がこちらを見た。恐怖に揺れる瞳が、助けを求めるかのように見開かれ―――――ぐちゃり、と湿った音がして、暗闇に飲まれて見えなくなる。
―――――――――ワタシ、悪イ子にナッテしまうわ。
では、一体。
あの少女が、床に転がったマスターを見つめていたのなら。
私は一体―――――誰と眼が合っているのだ?
その左目は右目よりも明らかに大きく、不自然な玉虫色のような色が瞬き、浮かんでは消える。
眼とは、こんなにも不規則に大きさが変わるものであっただろうか。眼とは、無数に輝いては消え、消えては現れテは現レテ消エテいく――――。
『――――――我が手に銀の鍵あり。虚無より現れ、その指先で触れ給う―――――――
それは、一対の輝く/昏い玉虫色の球体だった。
神秘的な/冒涜的な その輝きは万物の真髄が宿る/何もかも存在しない無限の虚無 を現しているかのようで。
果てのない存在にして自己。
それを見たゴルドルフは識った。宇宙の果ての叡智を視た。
それは、とても、『 』のようで――――。
識るべきでなかった/知ろうとしていた ナニカを視たゴルドルフは、無限の幸福/苦痛 にのたうち回り、幸福な絶叫と共に果て。
国連の査問団、40人の兵士たちが狂乱したり失禁したり絶頂したり踊りだしたり崇めたりする中、顧問であった言峰綺礼はただ一言呟いた。
「――――――あれは、もしや――――――そうか、宇宙の心は麻婆だったのか」
「いえ、おかしいですわよコトミネさん。というかなんですか、アレ。明らかにサーヴァントの枠に収まらない危険物ですよね?」
感極まる神父と、げっそりした顔のコヤンスカヤ。
唯一SAN値チェックを跳ね除けられた二人のうち一人は麻婆に思いを馳せ――――本当にSAN値チェックに成功したのだろうか――――もう一人は部屋の隅っこに突っ伏しているダ・ヴィンチというかモナ・リザに言った。
「――――それで、サーヴァントは全て退去する約束では?」
「いや、うん。こればかりはこの天才でもどうにもならなくてね―――――彼女は最早、
前は優しい、普通のいい子だったんだけどなぁ。と言うダ・ヴィンチちゃんだがその眼は死んでいる。契約解除したので令呪も使えないし、強制退去もできないということだろう。
「…………何か、弱点などは?」
「
「……魔術協会に報告させて頂きます、と言っても?」
「無い袖は振れないさ。……召喚システムを解凍すればなんとかなるかもしれないけれども―――――呼ぶかい、殺生院キアラかハイ・サーヴァント、メルトリリスを」
キアラならば、理性とか関係なく色んな意味で相手を食い尽くすだろう。メルトリリスは一切相手に共感せずに溶かし尽くすだろう。
端末でデータを表示して渡されたコヤンスカヤは、キアラのデータを見るとすぐにそっ閉じした。
「仕方ありませんわね。なら実力で排除―――――」
彼女が、“正体”を現そうとしたその瞬間。
『――――――いいわ。苦痛をあげる』
ぐちゃり。
床から、突然に現れた触手がコヤンスカヤを飲み込む。
「……ああ、残念だ」
ここに、査問団が来た時から。
ずっと、響いていた音は。
―――――――ぬちゃり。ぬちゃり。ぬちゃり。ぬちゃり。
床も、壁も、天井も。
全てを覆い尽くして、とっくの昔に飲み込んでいたのに。
『ようこそ、ゴルドルフ・ムジーク様。』
『並びに国連査問会の皆様。 当カルデアは 皆様の入館を 歓迎します』