――――――この一週間、ゴルドルフは死に続けた。
死んで、死んで、死んで。
それでもなお諦めきれずに前に進み続けた。
そしてそれは天草、ホームズ、ジャンヌ、アラフィフを感嘆させたが、それはそれとしてお互いに限界だった。
「メルトリリスの毒は強力ですが―――――これまでの悪夢は全て新所長に『翌日になれば違うものになると自分が気づいた』と誤認させた故に、延期されてきました。その前提が崩れてしまえば、限界を超えた新所長は帰ってしまいかねません」
「そして、彼が帰って次に来るのが誰になるか――――正直、かなりギリギリのことをしているのは間違いない。事が露見するのは避けるべきだ」
「主の………御業を…………」
「うーむ、困ったネ! では、私は最後の手段としてゲートがシステムエラーで開かないようにする細工をするとしよう」
正直、かなり新所長を痛めつけた。
心が折られては困るということで、天草、ホームズとアラフィフの悪知恵すら使った。マーリンも絶妙に悪夢を見せ続けた。
それでも、それでもなお一步届かない。
そして、その原因は明らかだった―――――。
「やはり、マスターがいなければ締まりませんね」
「探偵だけでは話は始まらないということだね」
「だ、誰か別の方を……回復役を………早く来てください、マスター……」
「まあ、我々だけだとどうしても悪どい手ばかり使っているしネ……」
そして、もう既に突破されない策は底をついていた。
「アビゲイルさんの精神攻撃は大変強力ですが、発狂した経験の少ない我々では再現に限界があります。そして金星料理を食べるあの精神力を見るに、恐らく押し切られるかと」
「精神攻撃は不可能だが、物理的なダメージもヘラクレス以上というのはほぼ存在し無い。……そして、『何か原因があって死ぬ』のであって、『カルデアが無条件に攻撃してくる』と思わせてはならない」
「……………我が、旗よ……」
「いっそ、ヘリコプターが来れないように出来ないのかね? 雪を強くするとか」
アラフィフの出した案に、全員が熱で浮ついた頭を捻る。
それは良い案のように思えたが、それほど大規模に、かつ気づかれずに天候操作できるなどそれこそ英雄王くらいのものではないだろうか。
「――――――最早、万策尽きましたか……」
………
……
…
『―――――以上、44名。登録認証 オールクリア。』
『安全性審査:教会規定 特別免除により、全員のカルデア入館を許可します』
『正面ゲート 開放。 ようこそ、ゴルドルフ・ムジーク様。』
『並びに国連査問会の皆様。 当カルデアは 皆様の入館を 歓迎します』
「ほ――――う!
ほほ―――――う!」
「いい! いいではないか! こんな地の果ての工房に期待などしていなかったが、まさか、これほど近代的な施設だったとは!」
胴間声を静寂の中に響かせながら、ゴルドルフ・ムジークはカルデアを歩く。
その言葉がどこか皮肉じみているのは、もう何度も此処に来たからだろうか。目は血走り、軽くヤバイ脳内麻薬が出ていそうな彼は、まるで初めて来たかのようでありながらその一挙手一投足には一切の油断が無かった。
「ほう、そこにいるのが報告にあった――――」
―――――ぬちゃり。
ひどく、湿った音がした。
―――――ぬちゃり。ぬちゃり。
これは、何の音だろうか。
ナニカが這い回るかのような、冒涜的な音。およそこの世界の生物が立ててはいけないだろう、この世の神秘を冒涜するような――――神秘そのもののような音。
―――――ぬちゃり。ぬちゃり。ぬちゃり。
なぜだか、周囲がとても暗いことに気づいた。
一度そのことに気づいてしまえば、何故それに思い至らなかったのかというほどに、そこは、とても、昏かった。
――――――ねえ。
ひどく、可憐な/耳障りな 声がした。
可憐な少女と、理解できない何かが同時に、同じ声音で、同じ言葉を、同じように語りかけたかのような。
しかし、ゴルドルフは慌てない。
この程度の危機、他に比べれば可愛いものだ。
「私は―――――私は死なん! これが最後の――――いや、最初の死だ!」
気づけば、甘く脳を溶かす/理性を鋭く引き裂く 薔薇のような、それでいて一度も嗅いだことなどないはずの何かの香りが鼻腔を、脳を、周囲を満たしていた。
―――――――言ったわよね、マスター。
それは、優しく/ 残酷 な声で。
それは、無垢な/ 汚れた 言葉で。
限りなく慈愛/ 憎悪 に満ちたその音は。
―――――――ちゃんと、見ていてくれないと。
「見ない、見ない見ない見ない見ない! 私は何も見ていない! 君のマスターと二人でやっていてくれ給え! 邪魔をしたな!」
目を瞑り、覚えた部屋の構造に従って少しずつ脇を通り抜けようとする。
そうだ、最初からこうすれば良かった! こんな簡単なことにさえ気づいてしまえば…。
「痛いほど手を握って…! それだけでいいの……」
み、見なければ……。
「――――――貴方の魔力………注ぎ込んで……?」
「って、何をしているんだ――――ッ!」
明らかに犯罪ではないか!
魔術師故にそういう意味だと思ったゴルドルフは、目の前に浮かぶ玉虫色の球体に気づいた。
「ああああ゛―――――ッ!?」
ゴルドルフは有り得ないものを見たショックにその場をのたうち回り――――。
そして、気づいた。あれ、なんか平気だぞ、と。
あのエリザベートの料理に比べれば、軽くデコピンされたようなものだと。
瞬間、もう手段を選んでいられないとマーリンは悟った。
「GUAAAAA!」
突然、部屋の外から襲い掛かってくる巨大な魔狼を――――しかし、ゴルドルフは、有り得ない反応速度でその一撃を躱すと、そのままどこからか取り出したヘラクレスの剣斧で叩き潰した。
「ふ、ふふふはははっははははッ!」
『(……これは、不味いですね)』
『(うむ、メインゲート閉鎖準備!)』
夢だと気づかれてしまえば、その夢の制御は本人のものとなる―――。
実際の夢がそうであるように、夢であると気づきさえすれば想像できる全てが実現するのである。最早、マーリンの力も及ばない。
早かったのか、あるいは遅かったのか。互いの思惑はあれど、ゴルドルフはこの勝負に勝利した。故に、自らのイメージした武器を呼び寄せられたのである。
「そうか―――――そうだったのか!」
軽々と剣斧を振り回すゴルドルフは、叫ぶ。
「おかしいと思ったのだ! これほどまでにおかしな事態が続くわけがない―――――つまり、これは! 私の不安が創り出した悪夢だ!」
叩き潰されながらもゴルドルフを食いちぎろうとした魔狼が、縦横無尽に振り回される剣斧によって光の粒に変わっていく。
『(……ふむ、最悪の事態ではないようだけれど)』
カルデアのサーヴァントの故意だとは気づかなかったようだが、これ以上は無理だろう。
仕方ないのでストレス発散でもさせることにしたマーリンは、無数の雑魚敵をけしかけると思う存分にゴルドルフに暴れさせる。
「ふはあはははははは!」
何故か現れたドラゴンの首を一撃で叩き切り、無数のオートマタを一撃で薙ぎ払い、挙げ句の果てにはゲーティアの人理砲っぽいものを一刀両断する。
最早、ゴルドルフを止められるものは無かった――――。
―――――――――――――――――――――――――
「ゲート、封鎖完了……どうするかネ、天草くん」
「……万策尽きました。かくなる上は、カルデアが停電したということにして――――」
ついに力尽きたジャンヌが倒れ。天草が彼女を冷蔵庫に突っ込む。
やむを得ないと最後の手段を切ることにした天草の目の前で、冷蔵庫の隣の何もない空間が“開いた”。
「――――こ、こんにちは! メリークリスマス!」
「ア、アビゲイルさん…!?」
その開いた扉――――いや、“門”から出てきたのは、誰あろう。
ぬいぐるみを抱えた、本物のアビゲイルで。
「そ、その……ついこの前出ていったばかりで、とても心苦しいのだけれど。クリスマスはやっぱりマスター達と、カルデアで過ごしたくて……」
「――――――良いところに来てくれました!」
「えっ?」
「ホームズさん!」
「――――直ぐに、気象情報を確認しよう」
「新宿のアーチャーさん!」
「――――場所の設定だネ! 任せてくれ給え!」
「アビゲイルさん! 隠密、かつ大規模に“門”を開いて頂くことはできますか?」
「お、隠密…? うーん……セイレムでは、直ぐに“門”が分かってしまったのよね?」
「――――小規模な門を無数に開くことで誤魔化すのはどうかね?」
「――――湿度を上げ、気温を下げ、気圧を下げるのダヨ!」
この黒幕たちが生き生きとしているのを見て、アビゲイルは困惑した。
なんだかとても嫌な予感がしたからである。
「えっと、それで……マスターは?」
「マスターは今、カルデアを救うために留守にしているのですが―――――そのカルデアに、別の危機が迫っています。アビゲイルさんが手伝って下さると、我々もマスターも大変助かります」
「―――――頑張るわ!」
が、すぐに笑顔で頷いた。
…………
………
…
「――――――開け、門よ…!」
「座標軸との接続を確認! 魔力探知、誤差範囲!」
「――――現在、シベリアにて強烈な寒気団があるようだ」
「くっ、しかし流石に誤魔化し切れないかネ……!?」
無数の超小型の“門”が、カルデア付近の気圧を下げ、湿度を上げ、気温を下げる。
曇り程度だった天気が急速に悪化し、雪がちらほらと降り始めるが――――。
「くっ、流石にこの規模の改変は――――」
まだ雪は弱いが、魔術協会や国連に気づかれないようにするにはこれが限界か。
天草がそう思った瞬間―――――全てのモニターがダウンした。
それは、サーヴァントだけが気づくようなごく僅かな時間だったが――――カルデアのモニターには、その姿がはっきりと映っていた。
それは、いつぞやもカルデアをハッキングした、“観測機”にして願望機、月のスーパーコンピューターことムーンセルのAI。
『―――――BB、チャンネルー!』
『なんだか楽しそうなことをしているようなので、BBちゃん見参っ! うーん、センパイのピンチにこっそり駆けつけるBBちゃんは、やっぱりデキる後輩なのでした……』
「まさか、カルデアだけではなく……?」
『もちろーん! この程度の時代のコンピュータなんて、BBちゃんからすればカモもカモ! 無謀にもBBちゃんに挑むガウェインさん並にカモネギです! 既に全世界の主要な観測機器はハッキング済みですので、やっちゃって下さい!』
「しかし、魔術的なものは――――――」
『何をしているのかしら。さっさと済ませてくださる?』
『やれやれ。まさかこの私が、メディアと協力することになるとは……』
『王の話をするとしよう――――やあ、こんなこともあろうかとヘソクリでキャスターを何人か再召喚しておいたけれど……どうかな?』
『さぁて、後はこの万能の天才に任せてくれ給え!』
次々と集まってくる報告は、熱で倒れていたはずのサーヴァントや、既に帰ったはずのサーヴァント、そして、姿の見えなかったダ・ヴィンチちゃんのものもあり――――。
「……皆さん、まさか出番を窺っていたのでは?」
呆れたように呟く天草の口元にも、笑みが戻る。
『さて。どうかしら?』
『――――ま。マスターが帰ってないのに帰れって言われてもね?』
『たわけ! この我に黙って何をしているか――――! 王たる我に黙って祭りを開くなど、不敬と知れ!』
「皆さん……!」
――――――最早、勝敗は決した。
全世界の観測機を、魔術・電子双方から完全に阻害したカルデアは“門”による大規模な気象の改変を実行。猛吹雪を巻き起こし―――――ホワイトクリスマスが確定した。
ヘリコプターが飛ばなかったゴルドルフの来訪は、26日を待つこととなる――――。
駆け足というか早さだけが取り柄で大変申し訳ないのですが、ここまでお付き合い頂きありがとうございました!
エピローグ書こうと思ったけどこれは無理では…?